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龍の瞳  作者: MASTER EROS
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大物YouTuber

順平が出て行って1週間が経った。

龍巳は久しぶりに妻と二人きりでの穏やかな時間を過ごせていた。働きもせず、目を離せば悪さばかりする存在がこの数十年いつも家に居たのだ。自分で思う以上にストレスになっていたらしく、息子が出て行ってから体調も良くなってきた気もしていた。


───もっと早く、ウチから叩き出しといた方が良かったのかもしれないな───


順平のことを気に病んでいる妻の前ではとても言えないが、それが龍巳の正直な感想だった。



数日して、上の娘から久しぶりに電話があった。

数年前に結婚し、今は離れたところで暮らしている娘からの久しぶりの電話だ。声を聞くのも数ヶ月ぶりだったので、電話を取った龍巳の声はいつにも増して明るかったが、残念ながら娘の声はそうではなかった。


「…アイツ、何かネットでニュースになってるんだけど」


アイツ、というのはもちろん兄の事だ。ろくに働きもせず家族に迷惑かけてばかりの長男に、兄の威厳などあるはずが無い。


「…ああ順平か、実は1週間くらい前にアイツ家を出て行ったんやけどな。ニュースって、また何かやらかしたんかアイツ?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、アイツ、今ネットで相当有名人になってるらしいよ。“syamu復活”だって言って、色んなとこで騒ぎになってるらしいし」


───有名人?あいつが?───


田村青年も高木青年も似たような事を言っていたが、龍巳の中では未だに息子と“有名人”というワードが全く結び付かなかった。


「…お父さんはもうアイツほっとくつもりなん?」


続く娘の問いに、一瞬答えに詰まる。


「…いや、そう言うわけじゃないんやけど、もう全然言う事聞かんくてなぁアイツ…」

「別に良いんだけど、ちゃんとそっちで何とかしてよね。ごめんだけど、お父さん達いなくなった後、こっちで面倒見るとか絶対嫌だからね」


娘は学生時代に“お前の兄ちゃんsyamu_game”と揶揄われて泣きながら帰って来た事がある。今でも兄に対して色々と思うところがあるのだろう───


「お、おぉ…何とかする、何とかするわ…」


───気休めでしかないな───


自分で言いながら、そう思った。“何とかする”とは、具体的に何をするのだろうか。

今まで考えないようにしていたが、自分達が死んだ後、順平が妹達に迷惑をかけることになる絵は容易に想像できた。私達が頑張って遺産を残したところで息子が一人で生きていける気がしない。仮に生活保護を求めるにしても、福祉施設に入れるにしても、「まずは家族で」と言われるだろう。


───どうすればいいか分からない。しかし、いつまでも後回しには出来ない───


「何とかしてよね」という娘の言葉が、電話を切った後もリフレインしていた。



大物YouTuber“syamu_game”───

なぜrが全角なのかは気になるが、それがインターネット上での順平の姿であった。


パソコンで息子のことを調べ始めて丸一日、龍巳は“syamu”についての概ねを理解しつつあった。ようやく、これまでの来訪者、嫌がらせ、高木青年の言っていた事がどういう意味だったのか腹落ち出来てきたのだ。


そこにあったのは、普段の順平の姿からは全く想像も付かないような熱狂的な人気であった。「とても信じられない」と言うのが最初の心象であったものの、理路整然と情報がまとめられたWebページを読み進めていくにつれて、次第に理解が深まってゆく。


───要するに、インターネット上の玩具として人気が出ていたんだな───


順平が投稿したYouTubeの動画を通して、ちょっとドジだけどどこか憎めないおじさん、そんなキャラクターが定着したようだ。

一部動画サイトでは順平を素材としたオリジナルの動画、“MAD”と呼ばれる動画も多数作られており、親の目から見ても思わず唸ってしまうような作品、笑い転げてしまうような作品がいくつも見られた。その多くの作品内で、“syamu”は現実の息子の姿からは大きくかけ離れた魅力的な人物として描かれていた。


───だとすると、順平が成功することなど、やはりあり得ないのだ───


ネットで成功を収めると息巻いて出て行った息子の背中を思い出し、龍巳の表情は曇る。


───お前じゃないんだよ、順平───


ゴミを活用して素晴らしい廃材アートを作ったとして、評価されるのは芸術家であり、ゴミ自体が評価されることなど決してあり得ないのだ。

順平も高木青年も、表面的な“syamu_game”の人気しか見えておらず、何がどう人気なのかまでは考えが至っていなかったのだろう。


───今までも、これからも、息子は一人では生きていけないのだろう───


息子の人気を知って尚、父親のその哀しき直感は、覆ることはなかった。

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