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教育は順調です

 ――――で、有言実行。やるときはやる私です。


「いやぁぁっ! 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死んじゃう! ……どうして、レイズなんてかけてないのに、魔獣が寄ってくるの?」


 情けない悲鳴をあげているのは、バルバラだ。

 魔腮鼠(マサイネズミ)という、姿はハムスターに似ているけれど大きさは子豚くらいという魔獣に追いかけ回されている。討伐ランクはDだ。


「大丈夫ですよぉ! 魔腮鼠相手に死ぬのは至難の業です。せいぜい骨折くらいが関の山ですから、頑張ってくださいね!」

 私は、メガホン代わりに口の両脇に手を当てて、応援した。



 ――――全員に脅され、否も応もなく教育を受けることになったバルバラだが、やはりと言うべきか、なんと言うべきか、自分で自分にレイズをかけろと言ったのに、かけるふりだけして誤魔化そうとした。

 ……まったく往生際の悪い聖女さまである。なので、私がかけてあげた(・・・・・・)のだ。


 そう。やってみたら私にも聖魔法ができてしまったのである。

 今まで魔法なんて使えないと思っていたけれど、そういえば聖魔法は試したことがなかったんだよね。


 ……うん。やっぱり私って女王の子どもだったんだね。

 聖魔法が使えるのは、王族の女性だけってことだから、疑惑確定です。


 まあ、わかってはいたんだけどね。


 もちろん、レイズは誰にもバレないようにこっそりかけた。

 バルバラが、なにやら叫んでいるが、混乱しているってことで押し切れるはず。



「きゃぁぁぁっ!」

「逃げてばかりじゃダメですよ! 戦わないと!」

「私は、聖魔法使いなのよ! 攻撃なんてできるわけないじゃない!」

「人間、死ぬ気になればなんでもできるもんです!」

「そんな気になんて、なってたまりますか!」

「じゃあ、死んでください!」

「嫌よぉ! 私を助けなさい!」

「嫌です!」


 きっぱり断ってやれば、バルバラは涙目で睨んできた。

 ……まだまだ余裕がありそうでなによりである。


「嫌ぁぁっ! こっちに来ないで!」


 バルバラの振り回した聖杖が、魔腮鼠にボカン! とヒットした。

 高そうな大きい宝石がついているので、効果は抜群だ。

 子豚サイズのハムスター……もとい、魔腮鼠が「キュー」と悲鳴をあげてひっくり返る。


「やればできるじゃないですか!」

「やりたくなんてないのよ!」


 聖杖をブンブン振り回しながらバルバラが叫ぶ。



 うんうん。まだまだ元気そうだ。

 こっそりデバフをかけてやろうかな?


 ニヤリと笑う私の横で、ノーマンが、また「うわぁ」と言って引いている。


「シロナ、僕も! 僕にも教育してよ」

 反対側の隣から、兄がしつこく強請ってきた。


 私の教育は、まだまだはじまったばかりである。




 ◇◇◇




 ――――そして一ヶ月後。


「やったわ! 見なさい。私にかかればこの程度の魔獣、敵ではないのよ!」

 魔改造されたトゲトゲのついた聖杖を振り上げ、バルバラが得意そうに叫ぶ。

 彼女の足下には、三体の単眼豚(タンガントン)が倒れていた。


 単眼豚とは、ひとつ目の豚の頭を持つ二足歩行の魔族である。

 討伐ランクはCでそれほど上位ではないけれど、魔腮鼠に比べれば格段に強い魔物だ。


「お見事です! 次は、単眼熊(タンガンベア)に挑戦ですね」


 単眼熊の討伐ランクはB。


「任せなさい! あっという間に撲殺してあげるわ!」

 ホーホホホ! と高笑いするバルバラ。


 撲殺とか、絶対聖女の戦い方ではないだろう。

 ……聖女どこ行った?



 私の教育を受けたバルバラは、立派な前衛戦士に進化を遂げていた。

 そう、彼女はやればできる子だったのだ。

 ……まあ、さすがにここまでの戦闘狂になるとは思わなかったのだが。


 きっかけは、やはり魔腮鼠を杖で撲殺したことだろうか?

 あの後、私はバルバラを褒めて褒めて褒めまくった。


「本当に今まで魔獣と直接戦ったことがなかったとは思えないですよ。最初の戦闘でここまで戦えるなんて……バルバラさんって天才だったんですね!」

「なっ! ……ひ、人を死にそうな目に遭わせておいて……なにを言っているのよ! ……で、でも……ま、まあまあ、なかなか見る目はあるようね。……そうよ。私みたいな天才には、できないことなんてないのよ! この程度の魔獣など、敵ではないわ」


 頬を赤く染めながら、バルバラは胸を張る。


「スゴいです! じゃあ、次はもう少し大きい魔獣に挑戦してみましょうか」

「えっ! そ、それは……嫌よ! 私が、そんなことするわけないでしょう!」

「大丈夫ですよ。バルバラさんなら、きっとできるはずです! なんと言っても天才ですもの」

「そんな言葉におだてられると思ったら、大間違いよ!」




 ――――大間違いでは、なかった。

 生まれながらの令嬢で、周囲からちやほやされて育ったバルバラは、おだてに大変弱かったのである。


 うん、きっと彼女は、褒められて育つタイプなのだろう。

 ただ今までは、よくても悪くても褒められていたので、本当の意味では成長できなかったのではなかろうか?


「スゴい! スゴい! バルバラさん、カッコイイです!」

「そ、そう? フフン。もっと褒めてもいいのよ」

「私、もう一度バルバラさんのカッコイイところが見たいです」

「ま、まあ……それほど言うのなら、もう一度やってあげてもいいかしら」


 なんというか、あまりにもチョロすぎるのではなかろうか?

 この人が次の次の女王だなんて……うちの国、大丈夫?


 そんな心配をせざるを得ないほど、バルバラは私に褒められ調子に乗った。

 その後も、繰り返し私の『教育』を受け、見事戦士として開花していったのだ。



 今では、魔族と戦闘になるたびに、自ら前線に飛び出し聖杖を振り回すくらい。


 …………ちょっと、育てすぎちゃったかな?


 ま、なにはともあれめでたしめでたし――――と言いたいところなのだが、問題は例によって私のことが好きすぎる兄だった。


「ズルい! あの女ばかりシロナに褒められて……殺してやる!」

 バルバラをギロリと睨みつけ、悔しそうに叫ぶシスコン兄。

 そんな理由で仲間を殺そうとしないでほしい。


「ダメよ、兄さん。バルバラさんは、今が伸び盛りなだけなの。本当に強いのも、誰よりスゴいのも兄さんだってこと、私はちゃんとわかっているから! 嫉妬なんてしないでちょうだい!」

「だって――――」

「だってもさってもないの! 私は、兄さんが一番好きよ!」

「シロナ!」


 ぎゅうっと、痛いくらいに抱き締められたが、このくらいは甘んじて我慢しなければなるまい。

 私も一生懸命手を伸ばし、ポンポンと兄の背中を叩いて宥める。

 ようやくちょっと落ち着いたかなぁと、思ったのだが――――。


「……フフフ、その一番の座も、いずれ私が奪ってさしあげますわ。なにせ私は、伸び盛りですから!」


 そこに、バルバラから横槍が入った。

 そう。なぜかバルバラは、兄に恋する乙女から、兄をライバル視するスポ根ドラマのライバル令嬢に進化したのだ。

 イメージは、アレだ……某名作テニス漫画のお○夫人。


「なんだと!」

「言ったとおりですわ。頭打ちになったクリスさまなど、私の敵ではありませんのよ」


 バルバラの背後に、咲き誇る花々と舞飛ぶ蝶が見える……ような気がする。


「頭打ちだと……そんなはずがないだろう!」

「実際、最近のクリスさまは、伸びていないのでは?」

「くっ! 見ていろ!」


 叫ぶなり、兄が飛び出した。

 向かうは、目の前に広がる深い森。

 つい先ほど、バルバラが単眼豚を倒した場所だ。


「黙って見ているはずがないでしょう? 私の方が、スゴい獲物を狩ってきてさしあげますわ! シロナさん、待っていらしてね」

 高らかに宣言してバルバラも駆け出した。



 ……いや、うん。やる気に満ち溢れているのはいいんだけれど。

 ……この森の魔物は殲滅されるんじゃないかな?

 ……ああ、でも私たちは勇者一行だから、それはそれでいいのかも?



 考えこんでいれば、ガサガサと音がして、アレンが茂みから現れた。


「あ、シロナさん! これ狩ってきたんだけど……どうかな?」


 彼が片手に持っているのは、直径三十センチくらいの蛇の頭が二つ。

 ただし胴体はひとつで、後ろにズルズルと伸びて茂みの中に続いている。

 見えている範囲に尾は見えない。


 ――――うん。多頭魔蛇(タトウマダ)の一種で、双頭魔蛇(ソウトウマダ)ですね。

 素早い上に致死レベルの毒を持っているので討伐ランクはSなんだけど。


「……スゴいですね。おひとりで狩ってこられたんですか?」

 私の褒め言葉に、アレンが頬を赤らめた。

「ああ。バルバラ嬢も頑張っているし、私としてもこれくらいはできなければと、思ってね。……これも、みんなシロナさんの『教育』のおかげだよ」


 嬉しそうに微笑む王子さまは、キラキラしている。

 手に持つ双頭魔蛇さえなければ、宗教画のような清々しさだと言えただろう。


「そ、そんなこともないと思いますけど」

「いやいや、シロナさんが『教育』の中で出す、各人の能力限界ギリギリを見極めた適切な課題がなければ、私もバルバラ嬢もノーマンだって、ここまで強くなれなかったよ。本当にありがとう」


 心からお礼を言われて、私の頬はピクピクと引き攣った。



 ――――そう。

 バルバラを『教育』している私を見たアレンやノーマンは、自分たちもそれを受けたいと志願してきたのだ。


「聖女より戦闘力が弱い剣士なんて、あり得ないからね」

「戦士も同じだ。……このままじゃ立つ瀬がなくなっちまう」



 ……いや、そこまで強くなる必要はないような気がするんだけど?

 ……既に兄の戦闘力だけで、このパーティーの戦力は過剰だよね?

 ……っていうか、ぶっちゃけバルバラの『教育』は、あくまで精神メインというか、私にしたことへの仕返しが主で、戦闘力が上がるのはおまけでしかないんだけど?



 いろいろ言葉が頭を過ぎったのだが、結局私は頷いた。

 説得するのが面倒くさかったともいう。


 結果、アレンとノーマンにも、バルバラからレイズとデバフをかけさせて魔獣を倒させまくった。

 二人ともかなりレベルアップを果たしたのは言うまでもない。




 ――――今の勇者一行を倒すのは、魔王軍総掛かりでもかなり難しいのではなかろうか?

 ていうか、ひょっとして瞬殺できるのでは?

 ……とりあえず、戦力が上がるのはいいことだから、無問題だよね?




「あ、いたいた。見てくれ、俺の戦果!」

 そこにノーマンが帰ってくる。

 背中に担いでいるのは、雄鶏頭蛇(ユウケイトウダ)ではなかろうか?

 蛇の尾を持つ雄鶏で、双頭魔蛇と同じくらい強いはず。当然討伐ランクはSだ。



「……スゴいですね」

「ああ、嬢ちゃんのおかげだよ」

 そうではないと思いたい。



「シロナさん、やりましたわ!」

「シロナ! 見て見て!」



 その後、バルバラが羽石竜子(ウトカゲ)を狩ってきて、兄が雹竜(アラ)を狩ってきた。

 羽石竜子は、日本でいうところのワイバーンで、雹竜は、ドラゴンの中でも嵐を操る悪神レベルの竜だ。

 どっちも、そう簡単に狩ってこられる魔獣ではないんだけどな。

 もちろん討伐ランクはSだ。



「バルバラさんも兄さんもスゴいです!」



 半ば自棄になって褒め称えながら、この戦力と戦うことになる魔物たちに、つい同情してしまう私だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あっという間に手綱を握りよった やっぱりあんた女王様の器だよ………
[一言] > ――――今の勇者一行を倒すのは、魔王軍総掛かりでもかなり難しいのではなかろうか? ・・・主人公は何処を目指してるんでしょうか? これ魔王軍は風前の灯というかW
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