自分にされたら嫌なことは、他人にしてはいけません
で、その後――――。
「ごめん。この次からは、獲物の半分はシロナに譲るからね」
憂さ晴らしを兼ねた戦闘でちょっと暴れすぎた私に、兄が頭を下げてくる。
「兄さんったら、そんな必要ないわよ。普通に旅していれば、私もそこまで苛々しないと思うし」
「ううん。運動不足はよくないよ。配慮ができなかった僕が悪い。……ホントにごめんね」
シュンとした兄は、ちょっと可愛い。
とはいえ、獲物半分はもらいすぎだろう。せめて三分の一……いや、四分の一くらいで十分だ。
「それにしても回復魔法のレイズにそんな効果があるとは思わなかったな。今度僕にもかけてもらおうかな」
考えていれば、兄は表情を一転。楽しそうにそんなことを言いだした。
百パーセント本気なのは間違いないだろう。
その証拠に、未だかつてないほど好意的な笑顔をバルバラに向けている。
――――そう、今回の件について私から事情を聞いた兄は、バルバラに怒ったりしなかった。
むしろ私が思いっきり戦えたことを喜んで、お礼を言ったくらい。
「バルバラさんは、その後も私に弱体化魔法のデバフをかけてくれたのよ。おかげでやりすぎなくて済んだの。助かったわ」
私も感謝の言葉をバルバラにかけた。
嫌味が九割九分だが、憂さ晴らしができたことへの本気の感謝も、一分くらいはある。
悔しそうに顔を引きつらせた聖女さまの顔は、見物だった。
アレン、ノーマン、ローザの三人は「うわぁ」と言った後でドン引き顔。
兄は、目を輝かせた。
「それはいいな。正直、聖魔法なんてなんの役にも立たないと思っていたんだけど……そうか、そんな使い方もあるんだな」
ニコニコニコと、ものすごく嬉しそう。
「兄さんもかけてもらうといいんじゃない?」
特にデバフは、暴走抑制に最適だ。
「ああ、そうだな」
「――――おい、それでいいのかよ?」
兄妹仲良く会話していれば、ノーマンがツッコんできた。
「大丈夫だ。最近敵が弱くてやりがいがなかったからな。自分が弱体化できるならちょうどいい」
「いやいやいや、そうじゃねぇよ!」
両手を大きく横に振りながら、ノーマンが叫ぶ。
「そうじゃないって?」
「その聖女さまは、嬢ちゃんを殺そうとしたんだぜ。それを咎めないでいいのかよ?」
そう言われれば、そうだった。
あんまりどうでもいいことなので、ついつい忘れていた。
「そんな! 殺そうだなんて、していませんわ!」
ノーマンの言葉を聞いたバルバラは、大声で否定する。
しかし実際やったことは、立派な殺人未遂。
回復魔法で助けるつもりだったなんて言ったって、本当に助けたかどうかは、かなり疑問だ。
この場の誰ひとり、バルバラの言葉を信じる者はいなかった。
しかし――――兄は「ああ」と言って笑う。
「害虫をいちいち駆除しても仕方ないからね。彼女の弱さじゃ、シロナにかすり傷ひとつつけられそうにないし。……それに、放って置いてもあまり害にならないものは殺しちゃダメって、シロナに言われているんだ」
兄の口調は、ちょっと残念そうだ。
私の言葉がなかったら、きっとバルバラを瞬殺していただろうことは、間違いない。
私は腰に手を当て、兄をキッと睨みつけた。
「無益の殺傷はしちゃダメに決まっているでしょう。……前だって、兄さんったら、私がちょっと蚊に刺されて痒がっただけで、世界中から蚊という蚊をすべて絶滅させる駆除魔法を創造しようとするんだもの。蚊は伝染病を媒介する悪い虫だけど、その幼虫のボウフラは水の浄化をしているのよ。魚のエサにもなっているし、蚊を食べる虫だってたくさんいるの! つまり、立派に生態系を支えているのよ。私が少し痒かったくらいで絶滅させるのは止めてよね!」
前世の記憶があるせいで、私は食物連鎖を知っている。
まあ、魔法があって魔獣や魔物がいるこの世界に、地球の食物連鎖の考え方が当てはまるのかどうかはわからないし、私を刺した蚊が日本の蚊と同じものかどうかも不明だが……たとえどうであれ自分のせいでひとつの種が絶滅するのは、避けたい。
「シロナは、賢いね」
「褒めても、やり返しすぎは絶対ダメですからね」
私が釘を刺せば、兄は「チェッ」と小さく舌打ちした。
「……蚊って」
ノーマンが呆然としたように呟く。
「………………わ、私は、蚊でなんかありませんわ!」
バルバラが、顔を真っ赤にして叫んだ。
うん。そんなの当たり前。バルバラと一緒にされたら蚊がかわいそうだ。
兄は、パッと表情を明るくした。
「そうだよね! ……ほらシロナ、本人もああ言っているし、種の絶滅じゃなくてひとりくらいの駆除なら、生態系には関係ないんじゃないのかな?」
個人の駆除=殺人を、そんなに綺麗な笑顔で提案しないでほしい。
「ダメったら、ダメよ! 弱い者イジメをする兄さんなんか、嫌いになるわよ!」
「ええ! そんな、シロナ!」
兄は、ショックを受けたようで「嫌わないで」と縋りついてくる。
「……弱い者イジメ」
今度は、アレンがポツリと呟いた。
堪えきれずにローザが、プッと吹き出す。
バルバラは、声も出せずにブルブルと震えていた。
「……まあ、嬢ちゃんたちがそれでいいんなら、言うことはないんだがよ」
ノーマンはまだ納得できないようだ。
「大丈夫ですよ。……それに、仕返しはしませんけど、教育はしなくっちゃいけないかなって思っていますから」
私は、笑いながらそう言った。
「教育?」
「ええ。バルバラさんには『自業自得』とか『因果応報』とか『身から出たサビ』とか『ブーメラン』とか……しっかり学んでほしいんです」
「……うわぁ」
ノーマンが、なにかに怯えたように一歩二歩と後退る。
「……ブーメラン?」
アレンは、そこに引っかかったもよう。この世界にはブーメランってないのかな?
「シロナの教育は厳しいからな。……僕もよく泣いたもんだ」
兄が懐かしそうにそう言った。
「クリスさまが……泣く?」
ローザが、信じられないように目を瞠る。
「もうっ、兄さんったら誤解を招くような言い方は止めてよね。兄さんは、私にかまってもらって嬉し泣きしただけじゃない」
風評被害も甚だしい。
私はただの村人なのだ。
勇者の妹なので、普通の人よりはちょっぴり強いかもしれないけれど、勇者を泣かすほどだなんて思われたくない。
「……嬉し泣き……それはそれでちょっと引くな」
ノーマンは、さっきから引きっぱなしじゃなかろうか?
「具体的になにをするつもりなんだい?」
その点、アレンの質問は建設的だった。
「そうですね。基本は『目には目を、歯には歯を』でしょうか?」
「え?」
「自分で自分にレイズとデバフをかけてもらって、魔獣と戦ってもらいます」
「はぁぁぁ!?」
最初の「え?」はアレンで、次の「はぁぁぁ!?」はノーマン。
「そんなこと、私にできるはずがないでしょう!」
バルバラは、金切り声を上げた。
「できますよ。っていうか、できるまで私が教えてさしあげます。教育するって言いましたでしょう」
「そんなことされたら、死んじゃうわ!」
「死にませんよ。死ぬ前にまたレイズをかければいいんです。バルバラさんだって、自分でそう言っていたじゃないですか?」
ニッコリ笑ってそう言ってやれば、バルバラはグッと言葉を詰まらせる。
「……そ、それは」
「最初の授業は『自分にされたら嫌なことは、他人にしてはいけません』ですよ。それがわかるようになるのが目標です。……骨身に染みるまで頑張りましょうね」
「……うわぁ~」
ノーマンは、やっぱり引いている。
このくらい序の口なのに……困ったものである。




