6 公爵邸での晩餐会(2)
「戦闘狂??」
私の声にピキリと固まったおば様を見て、笑いながらおじ様が教えてくれる。
「今日リユーちゃんも見ただろう?
アイラの戦闘能力は漆黒のカラスも認める高さなんだよ。
何人のカラスたちがアイラを大事にしていたか……。
僕たちの結婚式ではカラスの咽び泣きが響いたんだよ」
笑いながら話すおじさまに、頬を膨らませて反論を見せるおば様。
そのおば様の肩をやさしく抱いて、なだめながらおじ様は続ける。
「僕と結婚する前も、してからもなんだが、公爵夫人というのは狙われやすいものなんだ。
本来は護りのカラスや漆黒のカラスが鉄壁の守りをするんだが……。
アイラに関しては嬉々として囮になるんだよ。
他のカラスよりも先に事態を収拾してしまってね。
出番がなくて本来ならアイラの護衛は嫌がられるはずなんだが。
アイラの担当になる漆黒のカラス達は、その雄姿を見たいがため護衛の順番を決めるくらいなんだ」
おじ様の説明に気を取り直したおば様が、いきなりはっきりと言い切る。
「とりあえずリユーちゃんは私が教育係になるわ」
急な発言にポカンとする。
お母様が苦笑しながら私の手を優しく包みながら話す。
「ごめんなさいね。
我が家の娘になったからにはカラスから離れられないの……。
あなたを巻き込むことは悩んだの。
もし普通の女の子としての生活をリユーが望むなら、今日の話は忘れて生活することはできるわ……」
困ったような表情をしながらお母様が言う。
「もしカラスになりたくないと言っても俺たちはリユーの家族だよ。
ただ、このことは一生秘密にしてもらわなければならないが……」
お父様も悲しそうに言う。
私はおば様の目をしっかり見て、お母様の手を放し立ち上がり淑女の礼をしながら
「おば様、教育のほどよろしくお願いします」
と言った。
次の日から、お母様とベルと公爵邸に通うことになった。
ベルはそのまま訓練場に向かうが、私はお母様と公爵邸に入る。
おば様からドレスをお借りして着替える。
「リユー! 今日はこちらですわ!」
アリアが公爵邸で、私の準備用の部屋として与えられた、客室で待ち構えドレスを広げて待っていた。
アイラおば様も私の到着を待ってくれており、アリアを優しい笑顔で見ていた。
挨拶が終わり、衝立の奥でお母様にドレスを着つけてもらう。
今日は水色の柔らかな生地のドレスだった。
衝立から出ると、アリアはこちらが照れくさくなるくらい褒めてくれる。
「やっぱり似合う!
お母様! 私の見立ては、ばっちりじゃないですか!?」
「そうねぇ
アリアはかわいらしい色が似合うけれど、リユーちゃんは原色や涼しい色合いが似合うわね」
「リユー。もうすこし待ってね。次は髪を整えるわ」
お母様が照れながらお礼を言う私を、鏡台の前まで連れて行き私の髪を整えてくれる。
「ねぇおば様。今日のリボンは私と色違いよ?」
興奮しながらアリアがお母様に手渡したのはきれいな刺繍が施された青いリボンだった。
アリアの頭を見ると頭の高い位置で一つに結ばれた髪にきれいな赤色のリボンがついていた。
「いいなぁ。赤色……」
思わず、ぼそりと言う私にアリアは嫌がることも無く笑顔で素敵な提案をしてくれる。
「やっぱりリユーは赤色が好きなのね。
今日の帰りにリボンを交換しましょうよ!
このドレスには赤のリボンは合わないけれど絶対リユーに似合うもの」
アリアの言葉に思わず頬が緩み、鏡越しに「ありがとう」と言った。
「さっ完成よ」
というお母様の合図で鏡台の前から降り、三人の前に立った。
「やっぱり、リユーちゃんは手足が長めね。
身長もアリアと比べると高いし」
私をまじまじと見ながら、おば様が顎に手を置き観察しながら言う。
「お母様! 違いますわ!
リユーは金色に近い明るい茶色の髪がまっすぐで、キラキラ光る金色の瞳が綺麗なのよ!」
アリアが「分かってない」とおば様に言い寄る。
「そうね。ウソみたいに肌も真っ白で、目もまん丸で大きいものね」
お母様がうっとりとするように言ってくれるので、私は少し恥ずかしくなってしまう。
アイラおば様が「パンっ」と手をたたき
「さぁまずはお茶会の稽古よ」
と言って昨日の庭園にお茶会の準備ができていることを教えてくれた。
昨日のような体を動かす訓練をすると思っていた。
ドレスに着替えてお茶会をすることを不思議に思いながらおとなしく着いて行った。
外に出ると庭園に昨日のお茶会と同じように準備がされていた。
私たちは席につき、お茶を入れてもらうのを待つ。
お茶を一口飲み、おば様が説明を始めてくれる。
「これから、ほぼ毎日、同じ感じになるから慣れてもらった方が早いけれど……。
念のため説明をしておくわね」
おば様の方を向いてしっかりと頷く。
それを見て満足そうに見ておば様が続ける。
「これから午前中はミレッタと二人であなたたちに淑女教育をします。
内容は今日のようにお茶会での作法や刺繍、花言葉などの座学、ダンスの練習などです。
そして昼食をはさみ、午後はアリアはミレッタからカラス教育を受けるのよ。
そしてリユーちゃんは私からカラス教育を受けてもらいます」
後半は理解できたが前半の淑女教育が理解できずに思わずコテンと首をかしげる。
私の様子に気づいたお母様が私の肩をトントンと叩いて説明してくれる。
「リユーが我が家にやってきた時、緊張するかと思って言わなかったの。
実は我が家は子爵家なのよ」
お母様の発言にびっくりした。
確かに大きい別邸に使用人さんや料理人さんがいるとは思っていたが、それは公爵家の別邸だからだと思っていた。
「私は子爵家の長女なのだけれど、爵位は弟が継いでいるの。
アーロンは伯爵家の次男だけれど、家督は長男が継いでいるから私たちには爵位がなかったの。
でもジョエル様とアイラが、二人の最側近を務める私たちに爵位がないと不便なことが多いからと、公爵家の持つ子爵位を一つ譲ってくれたのよ。
だからあなたは、サウス子爵家令嬢リユー嬢なのよ?」
知らぬ間に自分が子爵令嬢になっていたことに、かなりの衝撃と驚きを受けた。
思わず固まってしまっている私に髪型が崩れないように優しくお母様が頭をなでてくれる。
「爵位があろうとなかろうと、リユーはリユーで変わらないわ。
それにカラスの任務をする上で爵位があったほうが動ける範囲は大きくなるわよ。
そんなに緊張せずとも大丈夫よ」
お母様の微笑みと手の温かさに固まって、緊張していた体の力がゆっくりと抜けていく。
息を吐くのと同時に「はい」と返事をした。
「さぁそろそろお茶会の作法の練習にいきましょうね」
おば様の声に気持ちを切り替えお茶会の稽古に身を引き締めた。
昼食も少しの緊張の中、テーブルマナーの確認をされながらもなんとか食べ終えた。
そして私はおば様と昨日の訓練場に足を踏み入れた。
昨日同様に何人かのカラスの人たちが訓練に汗を流していた。
その片隅でベルが体術の訓練をしているようだった。
何度も大人のカラスに転ばされながらも果敢に立ち向かっていた。
その姿に勇気を貰い、私も気合を入れなおす。
それをおば様にみられたのか、クスクスと笑いながら私に話しかけてくれる。
「ベルも頑張ってるわね。
さぁ私たちも始めましょうか」
おば様と向かった先は、大きな木の板に円を様々な場所に書いた的の近くだった。
「体の使い方なんかは、これから教えていくわね。
今日はまずはあなたに合った暗器を決めようと思うの。
ちなみに私は、特に得意不得意は無いのだけれど、好んで使うのはこれとこれかな」
おば様が指さす先は、小さなナイフと棒状の先がとがった針のようになっているものだった。
他にも色々鉄球や、円状のものがあり、とりあえず全種類を的に向かって投げるように言われる。
私は手首をくりくりと軽く回して、まずは小さなナイフを手に持ち投げた。
「ストン」と音もなく的に吸い込まれたナイフを横目に満足して、次々といろいろな暗器を投げた。
すべてが的に命中して少し嬉しくなる。
おば様の顔を見ると、おば様も嬉しそうに私を見てくれていた。
「やっぱりリユーちゃんも暗器は得意みたいね。
今後は剣の訓練もするけれど、それは相手の武器を奪うという行程があって使うものだから。
まずは暗器をマスターしましょうね」
私は頷きながらもおば様に一つ質問した。
「おば様はなぜ暗器なのですか?」
私の質問にクスクス笑いながら教えてくれる。
「公爵夫人が剣を腰に差して歩くことはないでしょう?
私が戦闘に入る時は基本ドレス姿なのよ?
だからドレスに隠せる暗器を使うの。
今日はつけていないけれど、私は任務の時は基本専用の下着をつけるの。
今度リユーちゃん専用のドレス用の下着も作りましょう。
下着をつけていない時も、太ももに特注のガーターで仕込んでいるわ」
おば様の説明になるほどと頷いた。
「とりあえず、ドレスに仕込めて邪魔になりそうにないものから優先的に選んでしまいましょう」
おば様の言葉を合図に、私は再び的に向かって様々な武器を投げ続けた。
結果、私は細身のナイフとさほど重くない鉄の棒に決まった。
いざというときに鈍器としても使えるということで、その二つを主に使うことに決まった。
それらの武器の基本的な動きから、投降以外の使用の仕方を教えてもらい、その日は終わった。
私はくたくたになりながらも充実した日に満足しながら、馬車の中でお母様の膝枕で寝てしまった。