【おまけ】 星の王子様とお転婆お姫様
私が12歳の時の話。
我がクォーツ王国の友好国であるヘルダ国へ国交150年の式典に参加した。
初めて一人で王太子として参加する式典にかなり私は緊張していた。
柄にもなく緊張からかヘルダの城下町に付いてすぐ私の馬車酔いが限界を迎えた。
「シーラス様。
ヘルダ国の城下町は治安も良いですし、数人のこちらの護衛とヘルダの護衛と共に少し歩かれますか?」
「すみません……ジョエルおじ様……。
少し……外を歩いても良いですか……?」
「えぇ。もちろんですよ」
今回付き添ってくれたのは、元第二王子。
お父様の弟であり、現クォーツ国の筆頭公爵マグネ公爵であるジョエルおじ様だ。
馬車酔いでへばってしまうとは……と思いながらも馬車から降りて外の空気を思いっきり吸う。
ジョエルおじ様が従者から受け取ったレモン水を一口飲んで毒見をしてくれているのを横目で見ながら、私は真っ青なヘルダの空を見上げながらもう一度息を大きく吸う。
「ほらシーラス。
さっぱりするから飲んでごらん?」
私とおじ様の関係は周囲も知っているので、公の場でない限り普通に喋ってもらうようにしている。
それに城下町で大の大人が子供に恭しく接してしまっていると、誘拐を狙うものに餌を撒くようなことになる。
おじ様の手にあるカップを手に取ろうとしたとき近くで複数人の子供の声が聞こえた。
「どいてっ!」
その言葉と共に僕の上に何か衝撃が一瞬加わる。
地面に倒れ込まなかったのはジョエルおじ様が私を瞬時に支えてくれたからだった。
少し高さのある塀から落ちてきた何かを逆の手で掬い取っていた。
しかしおじさまの持っていたカップからレモン水が零れてしまい、私と落ちてきた何かにかかってしまう。
そして背中を支えられている僕と、お腹を掬われている何かはバチリと目が合った。
ピンク色の輝く瞳に少し赤みがかった金の髪が緩やかにウエーブしている。
そのピンク色の瞳が大きく開かれてピンク色の血色の良い唇が開いた。
「わぁ。星の王子様みたいね。
金色の髪に紺色の瞳なんんてキラキラしてるわぁ」
そう言って唇が弧を描く。
ピンクの瞳が緩やかに細められてはじけるような笑顔を見せてくれる。
その姿をぼーっと見ているとジョエルおじ様の声で我に返った。
「危ないよ。ダメだよ?
ちゃんと下を確認してね」
そう言ってジョエルおじ様は私の頭にかかったレモン水を拭う。
女の子はブルブルと頭にかかったレモン水を赤金色の髪を大きく振って飛ばそうとする。
「ごめんなさい。
今度からは気を付ける」
言いながら頬から少し垂れたレモン水をぺろりとなめとる。
「ん。美味しいレモン水。
お兄ちゃんのだったんだよね? ごめんね?」
言いながら僕を覗き込むキラキラ光るピンク色の瞳。
僕は急いでポケットからハンカチを取り出し女の子に手渡す。
ピンク色の瞳が一瞬、大きく開かれてその後またはじけるような笑顔を見せてくれた。
「ありがとう」
「よければそのハンカチはもらって?」
「え?
でもなんか……。
このハンカチものすごくいい物でしょう?」
「いいんだ。君に持っていてもらいたい」
「分かった。ありがとう。
星の王子様。ばいばい」
そういって手を振り駆け去って行く赤い金色の揺れる髪をじっと見ていた。
「シーラス。行くよ?
服は濡れていないね?」
ジョエルおじ様の声で我に返りヘルダ国の城下町を歩いた。
ヘルダの城下町はクォーツと負けず劣らず活気に満ちており、民たちの笑顔があふれている。
「ジョエルおじ様。ヘルダは良い国ですね」
「あぁそうだね。
海を挟んで遠い国だけれど、ヘルダの国民性はクォーツ国民と似ているね。
王族も家族仲がとても良いそうだよ。
そんな王族が見本となることで貴族も民も家族愛が一際強い国だね」
私は活気の良いヘルダの城下町をキョロキョロとしながら進んで行く。
皆が明るい顔をして物を売ったり買ったり。
街を歩く家族もとても仲がよさそうに手を繋いで歩いている。
「おっ! そこの綺麗な坊ちゃん!
どうだい?
うちのフルーツはとてもおいしいよ。
ジュースにもできるよ」
屋台の声に思わず振り向くとジョエルおじ様が私に優しい眼差しを送ってくれて
「買ってみようか?」と言ってくれる。
私がコクリと頷くと、護衛がジュースを買ってきてくれる。
ジョエルおじ様の計らいで護衛達にもジュースが振る舞われる。
「さっきはレモン水が飲めなかったからね」
一口毒見を済ませてくれたジュースを受けとる。
受け取りながら先ほどのあのピンクの瞳を思い出す。
思わず熱くなりそうになる頬を誤魔化すためにジュースに口をつける。
ジョエルおじ様がクスリと笑った事には気づかずに、そのジュースのおいしさに思わず目を瞠る。
「美味しいよね。
ヘルダはクォーツよりも気温が高いからフルーツの甘みが強いんだよ。
けれど嫌な甘さじゃなくて爽やかだよね」
ジョエルおじ様の言葉に刻々と頷きながら、私はジュースから口を離せないでいた。
そんな私を店主が見て嬉しそうに微笑んでくれる。
「ジョエルおじ様。
私、歩けて良かった。
緊張が解けました」
「よかった」
そういいながらジョエルおじ様は私の頭を優しく撫でてくれた。
少し城下町を回って気分良くなった私は王宮に続く城下町の端で再び馬車に乗り、王宮へ向かった。
王宮では僕より2才年上のヘルダの王太子が僕を迎えてくれた。
「ようこそ。
長旅だったでしょう?
お疲れだと思うので夕刻の舞踏会まではゆっくりお休みください。
昼過ぎに父上との謁見を予定しておりますのでまた人を遣ります。
僕ともその時ゆっくりお話ししてくださいね」
そう言ってヘルダの侍従たちが各々を客室に案内してくれる。
私にはジョエルおじ様が部屋までついて来てくれた。
おじ様と休憩しながら謁見についてや、舞踏会についての打ち合わせをする。
「謁見と言っても、国王夫妻と王太子の三人との謁見だね。
非公式だから気軽にね。
舞踏会はシーラスが未成年なことを配慮してくれて夕刻の早い時間からのスタートだよ。
だから王族の姫や王子も参加するからね。
ダンスの作法なんかはクォーツと同じだから気を付けてね。
それとシーラスのエスコート相手はヘルダの第四王女だよ。
今、8歳の王女だね。
姫は彼女だけが婚約者が決まっていないからシーラスの相手に決まったけれど、深い意味は無いから安心してね」
ジョエルおじ様の言葉に安心して頷く。
クォーツの王族男子には悪癖とも言われるものがある。
それは一目惚れだ。
そして必ずと言ってもいいほどその一目惚れ相手と結ばれる。
母上と父上も、父上の猛アプローチによって結ばれたことを聞いている。
何よりもここ最近一番顕著にこの悪癖を見せたのは目の前のジョエルおじ様だ。
一目惚れと言っても国の益になる相手を選ぶことで私たちのこの悪癖は黙認されている。
私が考えることが伝わったのかジョエルおじ様も私を見て苦笑した。
謁見の時間となりヘルダの騎士たちに案内されながら応接室に向かう。
扉の前に立つ侍従が恭しく礼を執り扉に向かって私達の到着が知らされる。
一呼吸おいて扉が開かれる。
出迎えてくれたのは柔和そうな男性と柔らかい笑顔を浮かべる女性。
この二人がヘルダの国王夫妻だとすぐに分かった。
さきほど出迎えてくれた王太子がにこりとこちらを向き微笑んでくれる。
「本日は遠い所からわざわざ来てくれてありがとう。
不自由はないかね?
ちょうど二年前、我が王太子がそちらに出向いたことがなんとも懐かしいね」
そう優しく声をかけてくれた国王にほっと胸をなでおろす。
クォーツとヘルダはとても仲の良い友好国なので、王子や王太子の初めての外交訪問にお互いの国を指名する。
「この度は国交150年の記念すべき式典に私をご招待いただき感謝します。
今回が初めての外交になりますので、ヘルダに受け入れていただき助かりました」
「次代のクォーツも安泰になりそうで安心したよ。
ねぇマグネ公爵?」
「お久しぶりでございます。陛下」
ジョエルおじ様も、もちろんヘルダには何度か訪問しているので国王とも顔見知りである。
五人でにこやかに話していると妃殿下が「そういえば」と口を開く。
「そう言えば、今日の舞踏会なのですけれど……。
シーラス様に四の姫をエスコートしていただけるとか……」
「ええ。そのように聞き及んでおります」
「そのね……四の姫はいい子なんだけれど……その……」
「ものすごいお転婆なんだよ」
言いよどむ妃殿下から王太子が続きを引き受けたかのように言葉を続けた。
私が驚きで目を瞠っていると王太子が苦笑しつつ話を続ける。
「マグネ公爵夫人や、クォーツ王妃もなかなか活発な方たちだと耳にしているんだけれど……。
僕たちの四の姫は多分お二方にも負けず劣らずなお転婆なんだよ。
ちゃんと淑女教育は受けているから礼儀作法は問題ないのだけれど、今回はダンスもあるだろう?」
確かにジョエルおじ様の奥様であるアイラおば様はまぁ言わずもがなだ。
そして私のお母様であるクォーツ国の妃はもうお転婆の限りを尽くす。
子供がいてもなお公の場以外では走るし、趣味は遠乗りだ。
どうやっているか分からないが、護衛を振り切り一人で馬を走らせにいったりする。
「姫はダンスが好きなんだよ。
ただ数々の令息が相手しているんだが、もう振り回すは何ので、今はどの令息も姫のお相手は遠慮するんだよ」
私は王太子の話を聞いて思わずクスリとする。
私の反応に安心したのか国王夫妻も王太子も安堵の表情を浮かべてくれる。
「それでは姫の準備ができたようだ。
紹介してもいいかな?」
「ええもちろん」
しばらくして扉が開かれると、礼をとっている可愛らしい赤金色のウエーブがかった頭が見える。
その頭が午前中に見たあの女の子と重なる。
頭が上がり、私が期待していたそのままのピンクの瞳がこちらを見て大きく瞠られる。
そしてすぐにはじけるような笑顔になって口を開いた。
「あっ星の王子様だ!!
もしかしてシアをエスコートしてくれるのは星の王子様なの?」
「こら!プリシア!
シーラス様にきちんとご挨拶なさい!」
妃殿下に怒られてハッとしながら私の前できれいな可愛い淑女の礼をしながら挨拶してくれる。
「初めまして。わたくしヘルダ国第四王女 プリシア・ヘルダにございます。
よろしくおねがいいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします。姫。
私はシーラス。クォーツ国の王太子です。
本日は姫のエスコートの栄誉を承り光栄です」
私が紳士の礼をしつつそう言うとピンクの瞳が嬉しそうに細められる。
「ねぇねぇ星の王子様はダンス好き?
シアはダンスが大好きなの」
「私もダンスは得意ですよ。
姫のお眼鏡にかなえば嬉しいです」
「じゃあシアとたくさん踊ってくれる?」
「もちろんです」
私がそう言うと私と姫以外の全員が口を開けて固まる。
ジョエルおじ様は嬉しそうにクスクスと笑っている。
妃殿下が誰よりも早く我に返り姫に注意する。
「プリシア! ダンスの回数の意味を教えたでしょう!?」
「もちろん覚えているわよ。
だからシアは星の王子様と3回は踊りたいの!」
私は姫の近くに寄りそっと姫の手をとりながら微笑む。
「姫はダンスを3回踊る意味をご存知なんですね?
それで私と3回踊ることを希望されている?」
私が手をとったからか、かわいらしい頬をほのかに赤く染め恥ずかしそうにコクリと頷く。
私はそれを確認して国王の方に向き直り
「よろしいですか?」と伺うと嬉しそうに頷いてくれた。
その後プリシアは私の隣に座り、可愛らしい口をめいいっぱい開けながらクッキーを頬張る。
私がそれを見ている間に今日の午前中、城下町であった事をジョエルおじ様が説明してくれる。
「またシアは王宮を抜け出していたのか……」
「ええ。しかし、私の護衛がこちらに戻るまで、姫様を密かに護衛しておりましたのでご安心ください」
「それは申し訳ない」
ジョエルおじ様はさすがと言うべきか、すぐに姫が誰かと気づいていたようだった。
姫がカップに手を伸ばしてカップを持った後、私の視線に気づきニコリとしてくれる。
私はそれに微笑みを返す。
そんな私を見てジョエルおじ様は話を続ける。
「お二人はよくご存知かと思いますが、私を含め王族男子の悪癖ですね」
「まあ。クォーツであればこちらも文句がないどころか嬉しい限りだ。
我々は見守らせてもらうよ」
舞踏会が始まり、姫をエスコートして会場に入った。
予告通り二人でダンスを始めると既定のステップを含めながら姫は時々、私を試すようにステップを変える。
私がそれに合わせるとピンクの瞳がキラキラと光る。
二曲目は私が姫を試すようにステップに変化を加える。
すると姫は少し驚きながらも嬉しそうについてくる。
約束した3曲目は大きなターンを加えたり、姫の腰を少し持ち上げたりして抱き上げるとはじけるような笑顔を見せてくれる。
3曲ダンスが終わり、王族の休憩室に姫と向かう。
ソファに隣り合って座る。
「姫は何故、私を『星の王子様』と呼ぶんだい?」
初めて会った城下町から姫は私の事を一貫して『星の王子様』と呼ぶ。
その疑問をやっと聞くことができた。
「あのね、王子様の瞳と髪がキラキラ綺麗だから。
髪は綺麗な金色でしょ?
瞳は星に照らされた夜空みたいな青さね」
「そうか……嬉しいよ。
ありがとう。
あと、もう一つ聞きたいんだけどいいかい?」
「ええもちろんよ」
「ダンス一回はただのパートナー。
ダンス二回はお互いが認める相手。
ダンス三回はお互いに愛情があるという意味だよね?」
私の言葉に恥ずかしそうに俯きながらコクリと頷いてくれる姫の前に膝を折り座る。
姫が膝に置いている手をそっと握りこんで顔を覗き込みながら聞く。
「姫? プリシア?
私と婚約してくれるかい?」
私の言葉に一瞬息を飲みピンクの瞳を大きく瞠る。
そして嬉しそうにはじけるような笑顔を見せてくれた。
その後両国王が承認してすぐに私たちの婚約が決まった。




