【番外編】リユーの素顔
花祭りの期間は1週間、学園は休みになる。
私とベル、アリアとミハエルお兄様の婚約は花祭りの初日に決まった。
花祭り期間は貴族の婚約や結婚が増えるので、私たちも例にもれずベルとの連名で各貴族に婚約をした報告の手紙を書いた。
「リユーもやっと終わったのね……。
私も今日の朝やっと終わったの。
もう当分自分のサイン書きたくないわ」
「アリアは筆頭公爵家の娘だから私よりもお手紙の数多かったもんね」
「それはいいんだけどね……」
私達は花祭りの休暇の最終日公爵邸の庭園でお茶会をしていた。
やっと一仕事終わったのにアリアの表情は浮かなかった。
「どうしたの?
何かあった?
ミハエルお兄様がアリアに何かしたなら私から言うよ?」
「違うの……。
手紙を送るのは高位貴族から順番に送るでしょ?
それで……ミハエルが子爵家嫡男なのが影響したみたいで……。
伯爵家とかから釣書が数件届いたのよ……」
私はそれを聞いて呆然とした。
婚約を公にしていない場合は釣書が届くことはある。
しかし婚約者がいる者に送ると言うのは失礼どころの話ではない。
それにアリアが送った手紙に対する返信に釣書を送るとは……。
「ミハエルが子爵家だから自分にも可能性があると思ったのでしょうね。
もちろんマグネ家とサウス家の仲を知っていればね。
そんなことは無いんだろうけれど……」
「ミハエルお兄様は?」
「そう! そっちなのよ! 問題は!!」
先ほどまで切ない表情を浮かべていたアリアが机に乗り上げる勢いで話し出す。
私はその変わり身に驚きつつも、カップがこけないようにさっとアリアの分も一緒に持ち上げる。
「あぁごめんなさい。
私が自分で対処したかったのに……。
お母様がミハエルに言っちゃってね。
怒ったミハエルとミレッタおば様が……ね……」
「ああなるほど……」
アリアにご愁傷様という気持ちで頭を下げる。
ミハエルお兄様は護りのカラスとして戦闘訓練を受けているので肉体派かと思いきや、実は一番お母様に似ている。
「わざわざ、お母様とミレッタおば様とミハエルと3人で私の釣書を送ってきた家が参加するお茶会に行って……。
いっ……いかに……私が可愛いか……私を……愛しているかを語ってきたのよ……」
真っ赤になった顔を隠すように両手で隠しながら、小さな声でうめくように言うアリア。
私はそれを見て思わず声を上げて笑ってしまう。
「それで、アイラおば様とお母様が援護してミハエルお兄様よりもあなたは価値があるんでしょうね?
って笑顔ですごんだってところかしら?」
「ええ。まさにその通りよ……」
「いいんじゃない?
学園が始まってから煩わしいよりも。
ミハエルお兄様はアル兄様やシーラス様と成績も変わらないし、見目も身内贔屓を除いてもいいでしょ?
学園前にお兄様から直接けん制されたなら、アリアは今まで通り学園で過ごせるじゃない」
「まぁそうね。
本当は私が対応したかったけれど。
考え方を変えればリユーの言うとおりだものね。
それで?
リユーはどうするの?」
私はアリアの言葉にぽかんと間抜けな顔をした自覚がある。
「もう、リユー。ベルは結構人気があるのよ。
リユー素顔じゃなくてもっさり眼鏡で通っているんだから。
もしかしたらがあるかもしれないでしょ?」
「もっさり眼鏡……気に入っているのに……」
「もう! そっちじゃなくて、『もしかして』の方よ!
もしかしたら、ベルにだって女の子が言い寄るかもしれないわ。
不安にしたいわけじゃないけれど、ベルは令嬢に人気なのよ。
『騎士みたい』とか『誠実そう』とか。
無駄に親切だったりするから憧れている子が多いわ。
見た目がもっさり眼鏡のリユーが婚約者って知れば私達みたいに『それなら自分も』って思う子も増えると思うわ」
アリアの言葉に思案する。
けれどあの変装は私の意志では無くてベルの希望で、お母様の提案だ。
「とりあえずベルとお母様に相談する……しかないかな。
あの変装は今後カラスとして動きやすいように素顔を隠している意味もあるから。
私だけじゃ判断できないことだし」
「そうね。多分お母様もリユーの師匠だし何かあれば相談に乗ってもらえるように伝えとくわ」
「うん。ありがとう」
という会話をしたのを思い出す。
「あなたがリユー・サウスね!
ちょっとこっちに来なさい!」
学園に登校して早々、まさか昨日アリアと話したことがこんなにすぐ起こるとは……。
私は「はい」と大人しく返答して数人の令嬢についていく。
伯爵令嬢が3人。子爵令嬢が2人。男爵令嬢が3人。
そして私の大人数で廊下を歩けば目立つだろうに。
せっかく今まで地味に学園生活を過ごしてきたのにと肩を落として彼女たちについて歩いた。
「なぜあなたがエイベル様の婚約者なのよ!」
「そうよ。あなたより私たちの方が綺麗なのに!」
「私はエイベル様にずっと憧れていたのに!」
「どうせあなたはエイベル様の虫よけなのよ!」
「ちゃんとした婚約者が見つかるまでの仮の婚約なのだわ!」
なんて答えるべきかと考えていると最後、なんとも聞き覚えのある言葉が聞こえた。
私もアイラおば様やアリアのおばあ様であるサリエラ様のお話を聞いたことがある。
どの世代にも人気の言葉なのだろう。
『仮の婚約』というものは。
と思考を思わず違うところに飛ばしていると令嬢のうちの一人が聞き捨てならない言葉を言った。
「エイベル様のお気持ちがあなたにあると思わないで!」
「……なるほど。皆さまのご意見は理解しました。
私がベルの婚約者であることは見た目が問題であるということですね?
わかりました。
少々お待ちください」
私が急に早口で反論したからだろう。
全員がポカンとして私に何も言うことなく固まってしまった。
私はその様子を無視して、眼鏡を取り三つ編みをほどく。
ポケットに入れていたハンカチをそばある井戸の水で濡らして顔をグイっと拭く。
そして目にかかるほど伸びた前髪を少し湿ったままの手でかき上げる。
いつも少し猫背にしていた背筋をしっかりと伸ばし令嬢たちの方に向き合い渾身の淑女の礼をする。
「皆様、この度はご忠告ありがとうございます。
わたくしがエイベル・サウスの婚約者。
リユー・サウスでございます」
そう言って顔を上げ、微笑みを浮かべると聞きなれた声が私を呼ぶ。
「リユー!!
やっと見つけた」
「ベル……」
私に駆け寄ったベルは私の腰を引き寄せるようにし、素顔をさらした私の頬を優しく撫でる。
「ごめんな。リユー。
俺のせいだ。
俺がリユーの素顔を隠したかったからあんな格好をさせたために……。
今後は俺が堂々と守れるから……。
素顔で生活しようか。
俺もリユーのその金の瞳で見つめられたいからな」
そういって私の瞼に優しく口づけを落として、令嬢たちの方を向く。
「それで?
君たちは俺の大事なリユーに何か用事か?」
ベルの問いかけに私とベルを呆然と見ていた令嬢たちはハッと我に返る。
「いえ何も!」
「失礼しました!」
足早にその場を去っていった。
ベルに腰を抱かれたまま上を見るとアリアとミハエルお兄様がひらひらと手をふってこちらを見ていた。
その日は三つ編みと前髪、そして眼鏡だけ元に戻し学園で過ごした。
その日の夜、私は夕食を食べに来ていたアリアとお母様と三人でお茶をしていた。
「ほらぁ。早速だったじゃない」
胸を張って自慢げに言うアリアに苦笑いを返す。
「リユーは綺麗なんだから見た目で黙らせるっていう、昨日の作戦はうまくいったのかしら?」
「もちろんです!」
お母様の疑問に嬉しそうに自信満々に返答するアリアを見ながら昨日の夜の事を思い出す。
昨日の夜、アリアとお茶会でした話をお母様とベルに相談した。
お母様もベルはあっさりと素顔をさらすことを許可してくれた。
「俺が婚約者なことはもう発表しているし、もうリユーは俺が堂々と守る理由ができたから大丈夫だ」
「ベルも騎士爵とはいえ爵位を賜ったから、アリアの動きは青のカラスに近くなるから素顔でもいいわよ。
あなたは同世代の子よりも身長も高くてその金の瞳がとても魅力的なのよ。
かわいいというよりも綺麗なの。
見た目であなたを判断するような小娘は見た目で黙らせなさい」
そう言ってお母様は良い笑顔で私に簡単にできる魅力的な変装の解き方を嬉々として教えてくれた。
「明日からは私たちも、もう隠れて会ったりしなくても良くなるのよね!?
グロリアの学園生活みたいにすごせるのがすごく嬉しい!!」
そういって隣に座る私に抱き着いて喜んでくれる。
私もグロリアでの学園生活を思い出し、嬉しくなってアリアの背中に手を回す。
アリアとベルと過ごせていたグロリアの学園生活がやはり恋しかった。
またみんなで学園生活を送れると思うと嬉しくなる。
キャッキャとはしゃぐ私とアリアをお母様が優しく見つめてくれていた。




