57 ルウの捜索①
◇◇◇
ルウ・ソーニーの捜索が大々的に始まった。
“侯爵令嬢、黒髪でやや小柄、スタイルのいいファビュラスな美女。先日誘拐されたとみられ、有力な情報提供者には婚約者から非常に高額な報酬が支払われるとのこと。”
新聞各紙の一面が似顔絵つきでそう伝えたため、噂は一気に広まった。
ルウはカフェのバイト先で、お客様が読んでいる新聞をチラ見した。
――びっくりするぐらい似てませんねえ、この似顔絵。
ルウは悪女なりきりのときに濃い化粧をしていたので、落としたら誰だか分からないだろうとは思っていたが、ここまでとは。
「店主さんは心当たりないですか?」
ルウがカフェ店主の老紳士にそう声をかけると、彼は首をかしげた。
「いやぁ……覚えがないねえ」
ルウはちょっとニヤケてしまった。こんなに身近にいても、バレないものなのだ。
「これ、私がこのルウ・ソーニーですって名乗り出たら懸賞金もらえますかね? 黒髪で、だいたい似たようなものですし」
「ファビュラスな美女って書いてあるじゃろうが。取り次ぎすらしてもらえんよ」
「ですよねー」
まさかルウがファビュラスな美女だなどとは誰も思うまい。
同じことはお針子通りでも繰り返された。
「ねえ、私のことルウ・ソーニーを見かけましたって言って通報してくれる人いません? 情報料は私と山分けということで」
「何を言ってるんだい。どへたくそな化粧の田舎者じゃ誰も見間違わないよ」
「いやでも、ドレスとメイクで盛ったら意外といいとこまでいけるかも?」
「ルウ、トゥワイラさんスキ」
しかしお針子たちの見解は「無理がある」で一致してしまい、詐欺の企画はお流れになった。
「でも珍しいこともあるもんだねえ、名前と髪の色が一致してるなんてさ」
「そういえば、ルウの目、赤いんだね。珍しい色だから、見間違われることもあんまりないんじゃない?」
「ええ、でも、このやり取り、トゥワイラさんとはもう三回目くらいですけどね……」
「え? うっそ! 私、忘れてた? ごめん!」
いえいえ、と首を振りつつ、ルウは不思議に思った。
――なんでか皆さん、私の目の色は忘れちゃうんですよねぇ。
目の色どころか、それ以外の特徴もよく忘れられる。誰かが『記憶に残りにくい』と言ったが、本当にそうなのかもしれない。服や化粧を変えると、そちらのアクの強さに印象が引っ張られて、本体の素地が目に入らなくなってしまう、絶妙な平凡さ加減なのだ。
――新聞にも『黒髪』としか出てませんし、きっとディーン様も私の目の色までは覚えてなかったんでしょうね。
失踪するにはむしろ都合がいいので、ラッキーだと思っておこう。
「ファビュラスって言葉自体初めて聞きましたが。ましてドレスなんて見たことも食べたこともありません」
「職人が自分の作ってるものを持ってないっていうの、貧富の差を感じるよね」
――まったくバレる気配を感じません。
ルウはそのまま市井暮らしを続行することにしたのだった。
◇◇◇
ルウが捜索願など歯牙にもかけずにのんびりバイト生活に明け暮れている頃。
異母妹・ヘルーシアは『ルウ・ソーニー失踪』の新聞記事に、大興奮していた。
――お姉様がいなくなった! ということは、ディーン様との婚約もなくなった!!
これほど嬉しいこともない。
――どうせお姉様は素行不良のダメ女。それなら、不手際のお詫びとして、わたくしを身代わりに嫁がせるとディーン様に説明するのはどうかしら?
ディーンだって、あんな誰と寝たかも分からない女と結婚させられるのは嫌だろう。
ヘルーシアをひと目見れば、こちらの娘の方が器量がよく、性格もいいと一瞬で理解するはずだ。
ヘルーシアはとっておきのドレスを選び出し、ディーンの家に直接乗り込むことにした。父の目を盗み、週末の行事で出かけたのを見計らって、こっそり馬車を走らせた。
ディーンの家はこぢんまりとしていたが、ヘルーシアにはそれも好ましく映った。二人暮らしをするにはちょうどいい家ではないか。幸せな妄想を繰り広げつつ、応接間でしばらく待たされることになった。
困惑気味に出てきたディーンをひと目見るなり、気持ちが浮き立つ。かつて好きになった男の子の面影を色濃く残しながらも、ディーンは逞しく成長していた。細身の身体には似つかわしくないほど筋肉質な身体が、少しラフなつくりのジャケットから垣間見える。その体つきは戸外の重労働者が自然と身につけるものとは明らかに性質が違っていた。騎士らしく厳しい鍛錬を積んで作り上げた肉体だった。涼感のある銀髪と貴公子の体現といった甘い目つきが暑苦しさを帳消しにし、彼を美しい彫像のように見せている。
「あなたは、ソーニー侯爵家の……」
「ヘルーシアでございます。姉が勝手に消えてしまったという報せを受けて、居ても立っても居られずに参りました。ディーン様には本当にご迷惑をおかけして……」
「ちょうどよかった。いずれご挨拶に伺おうと思っていたんだ」
ディーンは正面にかけたソファから身を乗り出し気味にした。
「姉君の行方に心当たりはないだろうか? たとえば、彼女が好きだった場所、趣味、何でもいいんだ。教えてもらいたい」
「姉は男好きでたくさんの男性の家を泊まり歩いていましたから、ちょっと……わたくしには分かりませんわ」
「では、知る限りで彼らの名前を教えてほしい」
ヘルーシアは面食らった。
――あら? そんな女と縁が切れてせいせいしたんじゃないのかしら?




