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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第一章 始まりの灯火
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第四話 標の光(3)

「伏せなさい!」

 天高く飛んだ火球が、次第に高度を下げていく。

 それを見たフィリスは、隣に座る一年生に素早く指示を出し、立ち上がった。

 すぐ目の前の競技場外縁部の縁から下を覗き込む。

 競技場の端に掘られた水路を流れる大量の水。

 フィリスはすぐにエレメントを励起させた。

 全身から青のオーラが湧き上がる。

「水よ!」

 水路に手を向けると、まるで龍を模したように水が伸びる。

 それが自分と同じ位置まで伸びると、手を空へと向け、

「打ち落とせ!」

 フィリスの号令と同時、水が天高く昇っていく。

 それを追うように、二本、三本と伸び、最終的に五本の水が空へと昇っていった。

(やっぱり、五本が限界か)

 歯を食いしばり、悔しげに顔をしかめるも、それどころではないと思い直し、今まさに観客席に向かって落ちてくる火球に向かって水龍をぶつけた。

 火球の熱によって爆発するような勢いで水が蒸発する。

 霧散した水蒸気の後には、火球も水も消えていた。

 フィリスは次々と水を伸ばしては火球を打ち落としていった。

 呼びだせる水の上限数が五であるため、火球を打ち消す度に新たに水を打ち上げていく。

 だが――

(数が多すぎる!)

 ちらっ、と他の水使いを見やる。

 同じように迎撃に当たっていたが、明らかに押されていた。

 少しずつ、火球が近づいてくる。

 焦りが冷静さを失わせ、死の恐怖がフィリスの心をかき乱す。

 傍から見れば、即座に行動できたフィリスは優秀すぎるくらいだった。

 だが、彼女には経験がなかった。

 戦後の平和な時代に育ったが故、『命を懸けた』ということがないのだ。

 だから、死を前にした瞬間、行動することができなかったのだ。

 迫り来る火球を間一髪で落とす。

「きゃあああっ!」

 足下から悲鳴。

 咄嗟に見下ろすと、エラが頭をかかえ、震えていた。

 その悲鳴を聞いたレイが庇うように覆い被さっている。

 レイは右手を挙げ、自身とエラを薄い水の膜で覆っていた。

 そこにソラの姿は見えない。

 どこにいったのか考えている余裕はなかった。

 フィリスから見れば薄い、レイのつくりだした水の膜。

 火球が直撃すれば、防ぎきれない。

 そしてそれは、二人の死――つまり観客の死を意味する。

 そうだ。

 自分はこの子たちを――観客のみんなを守らなければならない。

(こんな、ところでっ――)

 死ぬわけにはいかない。

 負けるわけにはいかない。

 こんな、こんな火球如きに!

 守りたい気持ちが、死の感覚を一時的に克服させる。

 次々と水を打ち上げ、火球を打ち落としていく。

 周りの水使いも少しずつ順応している。

 だが――打ち落とした火球の数すら把握できないほどの時間が経ち、

(もう、力が……)

 これほどまでにエレメントを酷使したことなどなかったフィリスは、いままでに感じたことのない倦怠感に襲われた。

 まるで体力を抜き取られていくような妙な感覚。

 それが、エレメントの酷使による影響だと理解したときには、すでに息が上がっていた。

 立っているのもやっとで、膝を付きかける。

 それでも、倒れまいと踏ん張る。

(こんな、ところでっ――!)

 その頭上に、火球が迫る。

(せめて、二人は――)

 咄嗟に両手を広げ、エラとレイの前に出る。

「お姉さま!」

「先輩!」

 背後から声。

 熱を感じるほどに接近する火球。

「――っ!」

 怖い――素直にそう思った。

 だけど、目は逸らさない。

 最後の抵抗とばかりに迫り来る火球を睨み付ける。

 その瞬間――

(えっ――?)

 眼前まで迫っていた火球が、唐突に横から飛びだしてきた巨大な水龍の顎に呑み込まれ、消えたのだ。

(今のはっ!)

 目の前の通り過ぎる水龍。

 それを追うように、視線を向ける。

 一頭の巨大な水龍が、観客席を回るようにとぐろを巻き、火球を食い潰していく。

 火球が水龍の体にあたる部分にぶつかるも、消えたのは火球だけだった。

 圧倒的な水量が、火球の熱を容易に奪い去っていく。

 これほどまでに巨大な水龍を出せる人物はひとりだけ。

 その人物がいるであろう貴賓席を探し、見上げる。

 思った通りの人物がそこにいた。

(やっぱり、あの人はすごい……)

 フィリスにとって憧れであり、目標であり、師であるイリダータ・アカデミーの学長――ミュール・ミラーの姿がそこにあった。

 だが驚いたのは、気がつけば姿を消していたソラが、ミュールの隣に立ち、彼女に迫る青いオーラを放ちながら、フィリス以外の水使いを補助していることだった。


            ※


「ソラ、持ちそう?」

 視線は次々と降り注ぐ火球へ。

 言葉は隣に立つ、背の小さい自慢の息子へ。

「大丈夫。ミュールは?」

「こっちもまだいけるわ」

 お互いに一瞥し、まるで強がるように口元に笑みを浮かべる。

 巨大な一頭の水龍はミュールが呼び出し、ソラは全体を俯瞰できる位置から水使いたちが打ち漏らしそうになった火球を狙って落としていった。

 落ちる火球の数と、対応する水使い。

 客観的に見て水使いが押されていると判断したソラは、すぐに階段をのぼり、高い位置を目指した。

 そこにいたミュールを見つけ、近くで一緒に水を生み出し、火球に対抗したのだ。

 ソラのおかげで余裕が出てきた。

 なにより、水使いたちが立て直しつつある。

 フィリスを見やると、彼女もまた、再び火球を落としていった。

(それにしても、肝心の競技場は?)

 火球を打ち出した原因である四年生の火使い――ロベルト・ロマノ。

 あのとき感じた気配。

 全身がゾッとするような感覚。

 この気配には覚えがある。

 体に刻まれていると言っても過言ではない。

 忘れるはずがない。

 忘れられることすらできない。

 ロマノという男子生徒から感じた気配は間違いなく――【深淵しんえん】だった。

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