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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第四話 戦嵐豪雨(8)

  黒い霧が人の形を形成していく。


 ――いやはや、まさかそう来るとは思いませんでしたよ。


 長身痩躯に長髪のポニーテール。

 闇で構成されているが、浴衣を着崩しているようにソラには見えた。

「ジズ!」


 ――おや、私だとバレていましたか。


 その声は、誰の口から発せられたものでもない。

 だが、目の前の闇から聞こえているのは確かだった。

 どこか飄々とした軽い口調。

 だが、この声から感じるのは、冷徹非道な男の残虐性。

 この男は、間違いなく笑顔で人を斬る。

 そして、その笑みを深くするのだ。

「やっぱり、お前だったんだな!」

 ソラが叫ぶ。

 二ヶ月前、闘技場でソラたちを襲った闇の使徒のひとり――ジズ。

 風使いにして、刀使い。


 ――覚えていてくれたとは……これはこれは、光栄なことで。


「よくも風子さんをたぶらかしたな」

 ソラは、その闇に向かって睨みつけた。


 ――たぶらかさす? いやはや、まさか、とんだ言いがかりですよ。彼女は求めたのですよ。力を……そして私の声に応えた。これは彼女の意思なのです。


「そう仕向けただろ!」


 ――私の『器』となるに足る実力を持っているか否か。それが知りたかったのです。彼女は、適正だけでいえば、他にいないほどの逸材です。なにせ、東雲と南雲の《《両方の》》血を継いでいる。あとは、人を斬るだけ。それだけで、彼女は私を受け入れる。


「そんなことはさせない。絶対に誰も殺させない。だって……東雲の刀は、守るためにあるんだから」


 ――ええ、ええ、なんとも愚かな教えです。刀は殺すためではなく、守るため? まさに笑止千万。刀とは人を斬るために造られたもの。それを守るため? しかも、自分ではなく、大切な者のためと? クハハハハ、だから、東雲を離反し、南雲などが生まれたのです。もっとも、そのおかげで私は、好きなだけ人を斬ることができたのですがね。


「笑いたければ笑えばいい。ボクは、その教えを貫く。お前を倒して、みんなを守る!」


 ――ほぅ、威勢がいい。しかし、できますか? 殺さず、倒すと? キミが? 私を?


 瞬間、その場の空気が凍り付いたかのような、異様なまでの殺気に、ソラは全身に悪寒が走るのを感じた。


「できる!」


 ――では、私を楽しませてください。


 ジズを形作る闇の右手から、延長するかのように闇による刀がつくられる。

 そして、闇と緑が綯い交ぜになった禍々しいオーラが曇天の夜空よりもなお濃く沸き上がるのだった。


            ※


「学長!」

 その声に、ひたすら集中していたフィリスは、顔を上げた。

 そこには、保健医のコーデイが立っていた。

「状況は二人から聞いたわ」

 そう言ってフィリスの向かい側に膝をつく。

 その二人――エラとレイが遅れて控室に入ってくる。

 息を切らし、控室に入るなり地べたに座り込む二人に、フィリスは心のなかで、ありがとうを言った。

 口で言う余裕はなく、気づけば口の中が乾ききっていた。

 コーデイが来るまでの間、フィリスはずっと止血につとめていた。

「あとは任せて」

 コーデイが両手を近づける。

 それを確認したフィリスは、そっと手を引いた。

 そこに、交代したコーデイの手が傷口に当てられると、まばゆいほどの青のオーラが発生した。

(すごい)

 コーデイは、イリダータ・アカデミーでは保健医の肩書だが、大戦時にはミュールと同じ班に属し、そこで医療を担当していたのだ。

 当時の戦場は酷く、コーデイはそこで何度も班の仲間を助け、傷ついたものは敵でも手当をしたという。

 そのおかげか、コーデイの医療技術は他の者よりも格段と上がり、どんな外傷でも冷静に、そして適格に治療を施せるようになった。

 助けた敵と再び相まみえたとき、向こうから身を引いてくれたこともあったという。

 コーデイという人間は、水使いの医療技術の第一人者であり、人格者でもあった。

 本来ならば、本国でどこぞの席を用意されていてもおかしくはないが、ミュールの引き抜きの話を最後まで聞かずにあっさりと了承し、設立当初からのメンバーのひとりとなり、ミュールが絶対の信頼を置く人物でもあるのだ。

「ミュール――あなたをこんなところでは死なせないわ!」

 学長ではなく名前で呼ぶコーデイに、事の深刻さがうかがえる。

 そして――コーデイの指示の下、縫合やガーゼを貼って包帯を巻くなどを補佐し、

「なんとか命は繋ぎとめたわ」

 ふぅ、と安堵の息を吐き、コーデイが地べたに尻をつく。

「本当ですか!」

「ええ」

「よかった」

 エラとレイを労っていたクリスが、二人と抱き合う。

 フィリスも、カームと視線が合うと、疲れ切った表情に口元だけ笑みを浮かばせた。

 カームもまた、ふっと笑い、大きな息を吐いていた。

「みんな、本当によくやってくれたわ。特にフィリス」

「は、はい」

 突然名前を呼ばれ、思わず背筋を伸ばす。

「あなたの指示があったからこそよ。ありがとう」

 肩に手を置かれ、よくやったと頷いて見せるコーデイに、フィリスは涙が浮かび、何度も「はい」と言いながら頷いた。

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