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ひとりの剣士として

「つぎはわたくしと手合わせお願いします」


「いいぜ、かかってきな」


 メミと入れ替わるようにしてタクマはその場をはなれた。

 すでに疲れきってボロボロである。

 その場に座りこむと、それでも足りずに仰向けに寝転んだ。


「はぁ……手も足もでなかった」


「そりゃ、相手はあの舞踏剣士だからな」


 隣では大男のホルガがあぐらをかいている。

 その向こうでミノルが、これからはじまるメミの戦闘を応援するような格好だ。


「言っとくけどよ、タクマ。あれで姐さんは全盛期の三分の一くらいの実力だぜ」


「マジか……いや、納得だけどな」


 舞踏剣士、ベッサは強かった。

 それは怪我をしている間にもわかっていたことだが。

 その肉体の練度と、技。

 それらを鑑みれば当然のことだが、それはタクマの想像をはるかに超えていた。


「まるで地球ゴマだな」


「ちきゅ……なんだそれは」


「ああ、俺のもといた世界にあったアイテムだ」


 それは普通のコマではない。

 外側から力を加えても、重心を変えて回りつづけるというものだ。

 つまりベッサの剣術にも似たところがあった。


 ちょうどメミが、四足歩行する獣のようにベッサへと飛びかかる。

 ナイフを逆手に、低くかがめた身体に隠すようにして。


 そして地面スレスレから、首すじへの斬りつけ。

 それを軽い背面へのステップで、ベッサが見送る。

 しかしメミの攻撃もそれだけでは終わらず、むしろナイフが陽動であったように肩から思いきりぶつかりに行った。


「いけーっ、メミたんっ!」


 ミノルから聞いたことだったが、あのメイドの少女の得意技はナイフ術だけではない。

 近接打撃に、関節技。

 まるで総合格闘家のように、むしろ中距離の間合いを得意とする剣士にとっては天敵ともいえるスタイルだ。


 そして、そこからは女ふたりのくんずほぐれつ泥試合が展開されるかと思われた。

 はたして、地面を転がっているのはメミひとりきりだった。


「あんた、おもしろい戦い方するね」


 かくじつに押し倒したと思ったのだろう、メイドはなにが起きたのかわからず目を丸くしている。

 それを見下ろすように、剣を肩に担いで余裕そうなベッサ。


「さぁーて、アタシもだいぶ体があったまってきた。続きをやろうか」


「……次は転がします」


 ただメミの意気込みもむなしく、それからしばらく地面を転がり続けるのは彼女ひとりだった。


「なぁタクマ、おまえさんの目にはどう見えた? そのちきゅ……なんとかってのはどういう意味だ」


「つまり筋肉は素晴らしいってことだ」


 目を輝かせて、タクマは語る。

 いわく、人が動作をするとき、筋肉は緻密なバランス感覚を発揮する。

 ただ歩くだけでも使われるのは脚の筋肉のみではない。あらゆる全身の筋肉がスタビライザーとして機能し、絡みあっている。


 トレーニングとはいわばそのリンクを切り離すことに極意がある。

 脚の筋肉を鍛えるのであれば、脚の筋肉だけを稼働させるような動作、姿勢。


 無意識のうちに働いている大小の筋肉を、すべて制御できるのだとするならばその者のトレーニング効率は最大限に発揮されることだろう。

 それをマッスルコントロールと呼んだ。


「ベッサの場合もそのコントロール感覚に優れている。ただしトレーニングの為ではなくて、実戦のためにだが」


 むしろタクマとは目的意識が正反対だろう。

 ベッサの場合、リンクをより強固にすることに重きがある。

 意識せずとも使用される全身の筋肉を、もし完全に均一な出力で稼働できるのだとしたら……。

 それは外側からの力では絶対に倒れない地球ゴマのように、完璧なバランス感覚を可能にするだろう。


 そしてそれはひたすら基礎に忠実なことと、動作の正確さに由来している。


「もし怪我をした左脚が万全になれば……俺はもうベッサに指一本も触れられないかもしれないな」


「全盛期の姐さんはほんとうに凄かった。舞踏剣士は自身が踊るわけじゃない……」


 そうしてふたりは戦況に目を向ける。

 緻密なバランス感覚と体さばきによって、タックルをかわし続けるベッサ。

 勢いあまってたたらを踏み、もしくは地面を転がって、グダグダに体幹を崩されているメミ。


 踊らされているのがどちらなのか、一目瞭然だったろう。


「俺もそうだった。無様なダンスを踊っていたのは俺の方だったな」


 そうして流石のメミも諦めたらしい。

 うつぶせに転がってから、ついに起き上がることはなかった。


「つぎ、あんたやるかい?」


「せ、拙者は後方支援が専門でござるから遠慮するでござるよ……」


「そうかい。よかった、あたしも流石に疲れたよ」


 そう言って、ほとんど使わなかった剣を仕舞う。

 ふっと息をついて寝転がるタクマの隣に腰かけた。


「……べつに礼なんて言わねえよ」


「いや、俺は実際なにもしてないからな。ミノルもなぜかありがとうございましたって言ってたし」


「タクマ、弟子としてのおまえを今日で破門にする」


 なにを言われたのか理解できず、タクマは体を起こした。

 ベッサは、なにか強い意志をもってこちらを見つめている。


「おまえはもう弟子じゃない。今日からは競うべきひとりの剣士だ」


「俺が……?」


「今年、おおきな剣術大会がこの街でひらかれる。おまえはそれに出ろ。アタシも出場するつもりだ」


 それは3年に一度開かれる『剣帝争奪戦』と呼ばれる剣術大会のことだった。


 ひとりの剣士として。

 期待のこもった目を向けられ、タクマはちょっと気圧される。


「いや、俺はただ筋トレができればそれでいいから……」


「試したくないのかい? あんたがいまどれくらいの強さで、開催までのあと20日間でどれだけ強くなれるのか」


「……」


 少し時間をくれ。

 と、タクマの答えはこうだった。

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