盛者の施し
「おまえらぁ! やめろぉーっ!」
空き地にて、男たちが数人がかりでひとりの女性を取り押さえている。
はたから見れば誤解されるかもしれないが、男たちにしてみれば善意の行いだ。
しかし、当の本人はというと赤い髪を振り乱して、必死で抵抗している。
あれほど気高く、美しいはずの女剣士がまるでいたいけな少女のように目を潤ませていた。
「落ち着くんだ、ベッサ。すぐに終わるから」
「いやだぁーっ! はなせーっ!」
「そんなに嫌がったら、協力してくれるミノルに申し訳ないだろう」
タクマは幼い子を諭すように、女剣士ベッサへの説得を試みていた。
その彼女を、大男のホルガががっしりと羽交い締めにしている。
そして三人と向かい合うように、勇者ミノルがメイドを連れて立っていた。
「タクマ殿、そちらのレディがイヤがるのも無理はないでござるよ。拙者のこの『盛者の施し』というスキルは少々アレでござるから」
「嫌がるなんて贅沢です……ミノル様からの施しは、わたくしの特権でしたのにっ……」
メイド服を着た褐色肌の少女、メミは恨めしそうな目をベッサに向けている。
これからベッサに使用するユニークスキル『盛者の施し』のおどろくべき効果は、試合の日に彼女が身をもって証明していたのだ。
「ところでミノル。そのスキルについては、詳しいことを聞いていなかったな。もし不利益じゃなければ教えて欲しいんだが」
「不利益だなんてとんでもないでござる! 他でもないタクマ殿の頼み……拙者にできることなら何でも言って欲しいでござるよ」
「さすがはミノルだ……太っ腹とはまさにおまえのためにある言葉だな」
あはは、と笑い合うふたり。
どうやら妙に気が合うらしく、他の三人はそれを呆れたように傍観していた。
「このスキルでござるが、拙者の『体液』に癒しの効果を付与するものなのでござる」
「体液……つまり唾液や汗、血液もそれに当たるということか?」
「そうなのでござる。よくファンタジーでは『ポーション』なんて回復の秘薬が登場するでござるが、拙者の場合は体液がそれになっているのでござるよ」
ここで試合でのハイライトが思い出される。
火傷を負ったメミの身体を、べろべろと舐めていたミノル。あれはいかがわしいことではなくて、傷の回復のための行為だったということだ。
「だったら血をくれよっ!」
「この不届きものめっ! ミノル様の高貴な血をいただけるなど、思い上がりもはなはだしい!」
「まあまあ、メミたん。ベッサ女史、うちのメイドがとんだご無礼を、許してほしいでござる」
「っ……どうしてミノル様が頭を下げるのですか……」
「ただ、血となると拙者もリスクを負わなければならないでござる。この世界に安全な採血技術があれば問題ないでござるが、そうでなければ代用できる他の体液を使うしかないのでござるよ」
ここでタクマはふと思いつく。
超回復である。
疲労し、傷ついた筋肉がタンパク質やビタミン、ミネラルなどの栄養で回復し、さらに大きくなる現象。
この回復がもし人為的に起こせるのだとしたら? と。
「……あとで俺も体液をわけてもらうべきだろうか。メイドのあんたはどう思う?」
「はあ……ミノル様のご友人のお頼みであれば、引き受けていただけるでしょう」
「そうか。ところで、いい三角筋してるな。トレーニングのメニューはどうしているんだ? 今度いっしょに合トレしないか?」
「はぁ……?」
「ちょ、タクマ殿。目を離した隙にうちのメイドを口説かないでほしいでござるよ」
「おい、お前さんたち。話が進まねえからちょっと黙っててくれ」
見かねてホルガが声を発する。
姐さん、となにやら真剣な面持ちで腕の中のベッサに告げた。
「足の裏を舐められるくらい、べつにいいじゃねぇか」
「やめろっ! 具体的に言うんじゃないっ!」
「だってよぅ、姐さん。いちばん辛かったのはあんただろう? こんな奇跡のようなこと、誰よりも待ち望んでいたのは姐さんあんたじゃねぇか」
ホルガは感極まってきたのか、ぐっと目尻にシワを寄せた。
おそらく誰よりも近くで女剣士の苦しんだ日々を見届けてきたのだ。
それがもしかしたら終わるかもしれない、そう思うと胸が熱くならずにはいられなかった。
「あんたの弟子からの恩返しだ。黙って受けとるべきだろう?」
「……でもよ」
「俺からも、頼む。ミノルに足を舐めさせてやってくれ」
ふたりの誠意は、頑なだった女剣士の心を解いた。
黙ってうなずくベッサ。
それをうけて、膝を折って這いつくばるような姿勢になるミノル。
まるで女王陛下の靴先へかしずくように、うやうやしくそのつま先を手に乗せた。
ぺろぺろ。
ぺろぺろぺろ。
「うっ……くっ」
ぺろぺろぺろ。
べろんっ。
「っあ、……くぅ」
べろん、べろん。
……ぐぽっ。
ぐりゅぐりゅぐりゅぐりゅ。
「……!」
ぐりゅぐりゅぐりゅぐりゅ。
べろべろべろべろべろ。
ねろん、ねろん。
「ううう……ぐぅぅぅぅ……ぐすっ」
施術はほんの数分のことだった。
日が傾きかけていた。
シルエットになった四人。
女剣士がこぼした涙を、はたして笑うものは誰一人としていなかった。




