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夢の中

 また同じ夢だ。

 夢と現実の区別をつけるためには左手を見ればいい。

 現実なら、片時も離さず身につけている白い手袋がある。

 もし手の甲に『72』の刻印があれば夢だ。


「よく来ました、勇者ノクトンよ」


「キサマが呼んだのだろう……女神」


 ノクトンは灰色の髪をかきあげ、その下から睨みつける。

 目の前には女神像とおなじ姿の女性。

 この時間も空間もあいまいな世界で、なにより現実感のないこの美貌。

 ノクトンにとっては憎らしいほど美しい姿だった。


「どうしてあの勇者を帰さない?」


 ノクトンの問いになにも答えない。

 具体的なことには何一つ反応せず、ただ女神は薄く笑っている。

 こちらの夢であるというのに、主導権はいつも相手にあった。


「いくら剣術に特化しようとも、レベルを上げなければ話にならないのとは分かっているはずだ。それを……」


「ノクトンよ、あなたは『最良の勇者』を見つける使命を果たすのです」


「だったら尚のこと……! まあ、いい。今度こそ最良の勇者には最有力候補がいる」


 数字だけを見れば圧倒的だろう。

 30日目におけるレベル到達点の最高記録はふたりいる。

 ひとりは勇者トキナである。

 そしてもうひとりはノクトン本人なのだった。


「あのままレベルを上げていけば魔王討伐は容易だろう。しかし、それだけでは足りないのだとすると……150日目の最終到達レベル記録『72』を塗りかえるしかないのだろう」


 かつての自分ではそれになり得なかった。

 女神の求める『最良の勇者』に。

 だからこそ彼はこの世界にとどまり続けていた。


「俺は……いや私はもう失敗しない。今度こそ最良の勇者を見つけ、この悪夢から解放されてみせる」


「励むのです、勇者ノクトンよ」


「女神よ、キサマの顔を見るのもこれで最後だ」


 ノクトンは笑う。

 そろそろ夢が終わるのを察していた。

 目が覚めれば『上級神官』としての現実がはじまる。

 この夢自体をもう見ないよう、ノクトンは決意を固くするのだった。



 目がさめると、胸のあたりに重みがあった。

 その人物はすーすーと寝息を立てていて、タクマの大胸筋を枕にすやすや眠っている。


 あたりは暗い。

 夜中に目覚めることなんて、それもトレーニングの一環だと、しっかり睡眠をとるタクマにとってはありえないことだった。


「コニカ……重たくはないが動けないだろ。起きてくれ」


「う、うぅ……ん。あと五分」


 タクマが肩を揺すっても起きる気配がない。

 そのとき、部屋の入り口からガタッと物音がしたかと思えば影が舞いこんできた。


「タクマくんっ……!」


 とつぜん、飛びかかってきたのはコニカだった。

 頬ずりするようにがっしり掴まれて、疲労のせいなのかタクマにはそれを払う力はない。


「よかったー! とつぜん死んじゃったみたいに動かなくなったから、心配したんだよ、もうっ!」


「そうだったのか? ……いや、ホルガに担がれていたのは覚えているが、そうか家に帰った記憶がなかったな」


 これほど疲れることもそうないことだ。

 いくら過酷なトレーニングだろうとも、疲れきって気を失うことはない。

 怪我をしたり自力でジムから帰れないほどの負荷は、筋肉以上に肉体へのダメージになってしまうからだ。


 そうなると先ほどの戦いはたしかにダメージを残したのだろう。

 しかし、不思議と悪い気はしなかった。


「なに笑ってんのタクマくん! そういうの男の子は好きだけど、危ないだけだからね!」


「……そういうおまえも無茶して寝ていたじゃないか」


「ボクはいいんだよ。だって愛のための戦いだもの」


 なんだかよくわからないことを言っているなー、とタクマは息をついた。

 そういえば。

 コニカがここにいるとして、胸にもたれて眠っているのは誰なのだろうか。


「おい、おまえは誰なんだ……おい起きろ!」


「うぅん……あと5分食べさせてください」


「おまえエルマリートだな……!」


 はたして意外な人物だった。

 エルマリートといえば、神官を名乗るだけあってこちらとは微妙な距離感をとっていたらしいのだ。

 それがこの状況だと、夜まで眠っているタクマを看病していたらしい。


「エルマちゃん、ボクと交代でタクマくんを診ていてくれたんだよ。タクマくんは大切な友達だからって」


「友達……そうか、そんな風に思ってくれていたんだな」


 さすがのタクマもはっきり覚えていた。

 自分に向けられた声援の中に、たしかにエルマリートの声があったことを。


「ムネ肉……」


「いやこれは食料だな」


 夢の中でタクマの大胸筋でも食べているのか、口をもごもごと動かすエルマリート。

 それがおかしてく、タクマとコニカのふたりは穏やかに笑い合った。

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