決戦の火蓋が切って落とされる
円形の闘技場にしつらえてある、観覧席へと通されたヘクサーはその先で面食らっていた。
真っ白な仮面の下は蒼白だったろう。
「ああ、おまえさん……!」
ヒゲ面の大男がこちらに気づき、声をあげる。
その隣には赤髪の女剣士。
ヘクサーとしては顔をあわせる覚悟もなく、まさかこんな場所で再開するとは思ってもみなかった。
「……やあ、元気そうだね」
引き返すのもおかしいので、ヘクサーはふたりのとなりに腰かける。
普段なら人を喰ったようなボーイソプラノの美声も上ずった調子だ。
「霧刃の、そりゃ姐さんへの当てつけか? おう?」
「やめないか、ホルガ」
息まく大男ホルガを制して、女剣士ベッサがこちらを見やる。
その目にはもっと恨みがましい色がこもっていてもいいものだが、ヘクサーが想像するより穏やかなものだった。
座席のかたわらには杖が立てかけてある。
しばらく黙って、三者三様に視線を眼下の闘技場へ向けている。
「あんたも変わりないみたいだね」
ややあって口をひらいたのはベッサだった。
所在なさげにしていたヘクサーも、意を決して彼女に向きあう。
「ベッサ、あのときは……」
「もういいんだよ、ヘクサー。その件はとっくにカタがついたじゃないか……それより目の前のことだよ」
「そうだ。今日は姐さんの弟子の晴れ舞台だからな」
ホルガがうんうん首を振っている。
ヘクサーにしても意外な単語だった。
弟子、とは戦う準備をしているあの少年のことだろう。
しかしあの舞踏剣士が、それも勇者を弟子に?
ヘクサーの頭にクエスチョンが浮かぶ。
「ベッサ、つまりあの少年はキミが鍛えたのかい?」
「まあ、ただの気まぐれだよ。そういうアンタもあの勇者を弟子にしたんだろう?」
気まぐれ、というわりには期待感をこめた目で闘技場を見つめる。
両刃剣をさした少年、その体つきはたしかに闘うもののそれだ。
そして構えには舞踏剣士の血脈が感じられる。
またゆったりと相手を観察する目には、どこか斧使いの横顔が重なった。
「なるほど、まるでキミらの子どもだね」
そう言って調子を取り戻したように、ヘクサーはくつくつと笑う。
ベッサは憤慨し、ホルガについてはまんざらでもない表情だ。
しかし怪我をしてから抜け殻みたいだった彼女に、また以前のような活力が戻っている。
ヘクサーはそれだけで救われたような気持ちになった。
「ちなみに勇者トキナは、ぼくの弟子じゃないよ。なにも与えていないし、すこしの間だけすれ違っただけさ」
「そう言いつつ気になって試合を見に来たんだろ。お人好しのアンタだから、どうせいらない世話でも焼いたんだろうさ」
「……お見通しみたいだね。ただ彼は強いよ、ぼくからみても」
するとベッサが目を見張る。
ヘクサーから褒め言葉がでたのが意外なように。
「それは、第十三代『剣帝』から見てって意味なのかい?」
「……そうだね。もし彼が今年の大会に出たとして、いい線いくんじゃないかな? 優勝できるかどうかは『龍殺し』が出てくるかどうかにかかってくるだろうけど」
「あんなやつが出張ってきたらだれも勝てないよ。アンタだって疑惑の『剣帝』だろうに」
「ははっ、そうかもね。そのうえ前回は舞踏剣士まで欠場してたから、ぼくなんて頂点を名乗るにはふさわしくないだろうさ」
軽口を叩きあうふたりを、ホルガが恨めしそうに見つめている。
そういえば彼は2年前、つまり前回の剣帝争奪戦に出ていたのだとヘクサーは思い出す。
「オイラはその疑惑の剣帝に負けたんだけどなー」
「ははっ……ところでベッサ。この勝負、どう思う?」
苦しまぎれに話題をかえる。
そろそろ決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
神官たちがなにやら口上を述べ、準備をはじめている。
「アタシに教えられたのは、ただ剣の振り方だけだよ」
「そうか、それなら強敵だね。ちなみにぼくは、まず初手で決着すると思っている」
ヘクサーは真実味をこめて言う。
それに心当たりがあったのか、ホルガがあっと声を上げる。
彼が勇者トキナと揉めていたという噂は本当だったらしい。
きっといざこざの中で剣を交える機会があったのだろう、とヘクサーは推測する。
「あの技か……たしかに一撃でケリがつくな」
「そう。あの技をキミらの弟子が見切れなければそれで終わり。ただもし初手をしのいだとしたら……」
「そこからは剣帝にもわからない、てわけか。ほら、もうはじまるよ」
眼下には対峙する2名。
かたや、簡素な革鎧にありふれた剣をたずさえた少年。
反りかえった細身の剣を構え、身をひくく屈める、片目を前髪で隠した少年。
じゃーん! とドラの音がひびく。
それと同時に、鉄同士のぶつかる甲高い悲鳴にも似た剣戟の音が場内にこだまするのだった。




