暗殺者
コニカは寝息をたてている。
すーすーと、なにかいい夢でも見ているような顔だ。
魔法というのはよほど疲れるのか、メイドのひざを枕にして、この分だとしばらく起きそうにない。
「いやぁ、すごい威力だったでござるよ。わかっていても死ぬかと思ったでござる」
ノボルが興奮した様子で話す。
それをききながら、タクマもあの真っ黒な炎を思い返した。
闘技場のまっしろな壁には、魔法の余波による焦げ跡がついている。
まるで大量の墨汁を浴びせたみたいに。
これほどの影響を考慮していなかったのだろう、何人の下級神官がそれを見て呆然としていた。
「おまえ、頑張ったんだな」
タクマは眠るコニカにあたたかな目を向けた。
魔術師との特訓がこれほどはっきりとした成果を上げたのである。
コニカをねぎらうのと同時に、自分も気が引き締まる思いだった。
「それで、誰からもつっこまれないので自分から白状するのでござるが……」
「なんの話だ? ミノル」
「メミたんを奴隷にした経緯でござるよ、タクマ氏。彼女はもともと暗殺者だったのでござる」
ミノルからふと不穏当な単語が飛びだした。
暗殺者、とは字のごとく。
きけばミノルは、何者かから命を狙われていたらしい。
「半月ほど前から商人ギルドに顔を出すようになったのでござる。拙者は屋台だけでなく色々と手広くビジネスをやっていたのでござるが、それをよく思わない御仁がいたようなのでござるよ」
「裏の権力者、みたいなものか?」
「まさにそんな感じでござる。ギルドで台頭しはじめた拙者を、うとましく思って排除したかったのでござろう。すご腕の暗殺者をこちらに放ったのでござる」
それがメイドのメミらしいのだ。
見た目には褐色肌の少女。
しかしその立ちすがたや、足の運びにただならないものをタクマも感じていた。
まるでネコ科の肉食獣のような、しなやかな体躯。
獲物をねらうするどい目つき。
侍女の格好というのも、そのぴんと張りつめた雰囲気をカバーするためなのかもしれない。
「とあるお屋敷に招待されたとき、メミたんはそこで侍女として働いていたのでござるが、それさえカモフラージュで、油断していた拙者は窮地に立たされたのでござるよ……」
「ミノルさま。それについては、ワタクシから説明させていただきます」
そう言って割りこんできたのはメミ本人だった。
いくらか和らいだ調子で、彼女はタクマに向き合う。
「お屋敷でミノルさまをあと一歩まで追いつめたワタクシでしたが、お恥ずかしながら……ワタクシ自身もそのときは極限状態だったのです」
「メミたんたち暗殺者は、主人からかなりひどい待遇にあったらしいのでござるよ。彼女たちは幼いときから殺しの訓練だけを受けて、道具も同然に扱われていたのでござる」
暗殺者たち、ということはメミのような少女が幾人もいるのだろう。
彼女の痩せた体をみれば、タクマにもそのひどい待遇というものが想像できる。
食事も満足に与えられず、きっと劣悪な生活環境にあったはずだ。
「ワタクシはその前の仕事で失敗を犯してしまいまして、罰として食べることを禁じられていました。その後がない状態でミノルさまと対峙したとき、とうとう限界がきてしまったのです」
「メミたんは腹ぺこでふらふらだったのでござるよ。だから、拙者はミノル特性のうまいん棒を食べさせたのでござる」
「ああ、あの脂質の魔物のことか」
うまいん棒とは、脂質を脂質で包んだクレイジーな揚げ物のことだ。
これが町では空前の大ヒットだというのだから、タクマのような食生活を送っている人間としてはわからないものである。
するとメミが、恍惚とした表情で身をよじった。
ああ、と悩ましげな声をあげる。
「ワタクシはあのとき、死んだのです。あんなにも美味しいもの、生まれてはじめて食べました。その瞬間それまでの暗殺者としての価値観が殺されて、ワタクシは生まれ変わったのです……」
「拙者もそのときユニークスキルを得たのでござる。対価を払いつづける限り、対象を隷属させるスキル『奴隷縛りの首輪』を」
メミの首につけられた重厚な首輪と、それにつながる鎖。
しかし金属の質感や重みは感じられない。
コニカによると魔素、つまり魔法のもとで出来ているらしいのだが、それは物理的な束縛ではないということだ。
「ワタクシはミノルさまに懇願しました。あなたに飼われたい、と。一度ワタクシを殺したのだから、この命はあなた様のものです……とすべてを差しだしたのです」
「拙者も奴隷という形でメミたんを縛るのは心苦しかったのでござるが、それ以外に状況を打開するすべはなかったのでござる。メミたんが寝返ったとなれば、拙者の命を狙っていた御仁も今後はそうやすやすと手出しできなくなると踏んだのでござるよ」
結果としてメミはミノルのボディガードという形に落ち着いたようだ。
彼女の存在は抑止力としてミノルを守り、またミノルも彼女に対価を与えた。
奴隷というとただれた関係を想像するが、それよりはっきりとした共生関係にあるらしい。
するとメミがなにやらもじもじしている。
頰を赤くして、うっとりとした目でミノルを見つめる。
「ワタクシ、ミノルさまのために働きました。ですから、そろそろ……!」
「そうでござるな。そろそろ対価を支払う時間でござるか」
「ミノルさま……もう、ワタクシ我慢が……はやくミノルさまの棒をっ」
「はしたないでござるよ、メミたん……こんなところで。さあ、奥へ行くでござる」
メミが立ち上がり、ごとっとコニカの頭が地面に落ちる。
それさえかまわず、ふたりはそそくさを闘技場の裏手へ消えていった。
タクマはそれを見送り、なんだかもやもやとした気分で次戦へのウォーミングアップを開始する。
いまは戦いのこと以外、あまり深く考えるべきではないだろうと割り切って。




