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勇者レベル1、経験値より筋肉を求む  作者: 倉矢あきら
第5話「30日目」
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燃やし尽くせ

 ミノルの舌はメイドの少女、メミの顔だけではない。

 破れた衣服からのぞく素肌へと、上から順に伝う。


「はぁっ……うぅん……」


 メミが熱く吐息をもらす。

 ただやみくもに愛撫しているかと思えば、火傷を負っていた頰はもとの褐色肌へ戻り、つやつやと血色がよくなっていた。

 つまりこれがミノルのもうひとつのユニークスキル『盛者の施し』の効果なのだろう。


「……あっ。えっとソは全であり一である。猛龍の火炎なり。ワレの呪言に従いその力を示せ」


「はっ、あぁ……ミノル様」


「うぅー! 燃やせ。燃やせ。ソは猛る龍の息吹である。万物を燃やせ。その一切を灰塵と化せ!」


「ミノル様……あぁ!」


「ワレは呪言の行使者である! 万物を燃やし尽くせ……できた!」


 コニカは手のひらを眼前にかざした。

 あの見てられないふたりへ向けて。

 目にきっと力を入れ、さいごの一節をつむぐ。


火龍(ドラゴン)息吹(ブレス)!」


 粉じんが舞い上がる。

 黒く明滅するそれは、巨大なひとかたまの影になる。

 首をもたげた、まるで龍の頭のようなシルエット。

 その顎がぐわっと上下に割れ、これまでにない力が湧き上がる。


 そして放たれた、暗黒。

 極太の黒い火炎が、ミノルとメミのいる場所を塗りつぶす。

 避けることも、防ぐことも叶わない。

 ただひたすらに強大な力の奔流が、ふたりをあっけなくのみ込んだ。


「……えっ!」


 ややあって黒い火炎はかき消えた。

 その中央で、なにごともなく抱き合うふたり。

 まさかこれもミノルのスキルによるものなのかと、コニカは目を剥く。


 しかし、意外そうにしていたのはふたりも同じだった。

 なにか透明な力に守られていたらしく、地面の焦げあとはそこだけ白く円形に切り取られている。

 とするならば、どうやら女神の加護が働いたのだろう。


「そこまで……! 第1試合の勝者、勇者コニカ!」


 ノクトンの宣言。

 やや遅れて、ドラが数度鳴らされる。

 じゃーん、じゃーん!

 どこか投げやりに響いたそれは、試合が終わったことを意味していた。



 第1試合のあと、闘技場の裏手にまわったノクトンは息をついた。

 彼にしても予期せぬ決着だった。

 コニカのレベルは6。スキルも最弱の火の呪文がひとつと、試合に関係ないユニークスキルのみ。


 それなのに初手から見せたあの魔法は、レベル6の威力ではない。

 しかも試合を決定づけたものに関しては、魔法ですらなかったのだ。


「……キサマの入れ知恵か。魔術師」


「ふふっ、久しぶりじゃなノクトン坊やよ」


 そんな彼の背後に立つのは、9つくらいの少女である。

 身の丈にあわない白衣の裾をひきずり、暗緑色のおかっぱ頭、むらさき色の瞳。

 魔術師ヤシカは愉快そうにからからと笑っていた。


「おぬしも見ないうちに老けたのう。頭も白くなってからに」


「見た目が変わらないのはキサマだけだ……化物め」


 ノクトンは襟元をゆるめると、乱暴に頭をかく。

 いつも張りつめていたものが、どうやらヤシカの前だと調子を狂わされるらしい。

 それで、と彼女に説明を促した。


「うむ。あれこそワシがとうの昔に諦めていた大魔法の再現、魔術『火龍ノ息吹』じゃよ」


「どうして勇者が魔術を使う? いや、まずもってあの粉はなんだ」


「あれは砕いた魔石じゃ」


 ヤシカも投げやりに笑う。

 魔石といえば希少な品だ。それを粉々に砕くなど狂気の沙汰である。


「ちょうど発動には中型のものが30個ほど必要じゃったよ」


「さんじゅ……いや、なるほど。それだけの魔素を消費すれば、あの威力にも得心がいく」


「まあ、本家の足もとにも及ばぬだろうがのう。なにより詠唱が長すぎる。1対1の戦いではとうてい使い物にならんよ」


「それでもキサマは、勇者コニカに魔術を託した。なぜだ?」


 するとヤシカはすっかり教鞭をとるような格好で、ノクトンに解説する。

 まず魔術とは勇者の魔法を再現したものであり、劣化版でしかないということ。

 ただし呪文さえ唱えれば理論上は誰にでも使えるものであることを前提とする。


「コニカは3つの呪文しか使えなかった。着火と、推進と、発破。それ以外のものとなるとレベルを上げるしかないが……レベルを上げられないやむを得ない理由があった」


「ユニークスキルの影響だろう。経験値のかわりに魔石を高確率で得られるという……だからあれほど大量の魔石を」


「さよう。おぬしが売買を禁止していたのじゃったな。そのおかげで有効に活用させてもらったよ。魔石の粉じんにより魔法の効果を飛躍的に高めることに成功したのじゃ」


 その結果が、あの黒蛍という詠唱だった。

 しかし魔法の呪文だけでは、せいぜいそこが限界点。コニカの実力を伸ばすためには足りていない。


「そこでワシらは考えた。では勇者が魔術を使ってみたら……と。呪文さえ唱えられたならばレベルに縛られない大魔法を行使できる、その可能性に賭けてみたのじゃ」


「結果として発動できたが、やはり劣化版でしかなかった。詠唱が長すぎるし、なにより消費する魔石の量が馬鹿げている」


「しかしコニカにはその問題を解決するスキルがある。むしろ、この黒魔法の行使はコニカにしか出来ないことじゃろう。ワシの研究成果がここに結実したのじゃよ」


 ヤシカはコニカに名を与えた。

 黒魔法使い、と。

 それはある種の裏技のようなものだ。

 いくつもの偶然が重なって、ようやく可能となった机上の空論。

 ヤシカも万感の思いで、先ほどの戦いを見ていたのだった。


 するとノクトンが背を向ける。

 つばを吐くように、苦々しく口をひらいた。


「余計なことをしてくれたな。裏道などあってはならない……勇者はレベルを上げなければならないというのに」


「ん? なんじゃおぬし……」


「女神の加護から外れることなどあってはならない。このままでは世界の理が破綻してしまう。もうこれ以上……レベルの低い勇者にのさばらせておくわけにはいかないのだ」


 もはやその声はヤシカに投げかけられてはいない。

 狂気に濡れた瞳。

 ノクトンは力なくうなだれると、まるで誰とも会わなかったかのように闘技場へ戻るのだった。


「……あやつ、なにを言っておった? 世界の理が破綻するじゃと……?」


 その背中をいぶかしげに見送り、ヤシカは考えこむ。

 なにか良くないことが起ころうとしている。

 その悪い予感は、彼女のちいさな肩に重くのしかかるのだった。

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