恋の病を患うことのなかった婚約者
繰り返される時間の中で積もり積もった思いがある。
クリスティーナのノアへの恋慕がそうであるように。
繰り返される時間の中で募っていった思いがある。
ノアのクリスティーナへの嫌悪がそうであるように。
何十回、何百回と続けられた時間の中で、いつしかノアの心にはクリスティーナが嫌いだという思いが募っていた。
『ノア様は私の特別なのです!』
クリスティーナの瞳は光り輝いていた。
自信を持てないことがコンプレックスだったノアにとって、過剰な自信を当然のように持っていて己の言葉を寸分も疑っていない様は眩しくあった。
それでいてどこをどう見て取っても普通のノアを、まるで特別な人間であるかのように言うクリスティーナが腹立たしくもあった。
兄のアルベルトのように特別勉強ができるわけでもなく、特別剣術ができるわけでもなく、人を惹き付ける社交ができるわけでもなかった。
リアムに、出来る兄がいる弟の宿命だと言われても、心の中で卑屈は積もる。
その日も隣で1人楽しげに色々なことを話すクリスティーナに、うるさい!とつい怒鳴ってしまったノアをぽかんと見上げた彼女は、次の瞬間には赤くなった頬を緩めて嬉しそうに笑った。
『やっと私に感情を見せてくれた!』
クリスティーナの反応がノアには奇妙なものに見えて、本人を奇異なものを見る目で見てしまった。
幼い頃の些細なやり取り。
クリスティーナもノアも忘れている出来事。
学園の学園長室から温室のある方角を見る。
あの頃、ノアはクリスティーナだけが子供なのだと思っていた。けれど、クリスティーナがノアから離れていったことに焦りを感じていた。
ノアが勝手に進んでいると思っていただけで、ノアとクリスティーナは同じ地点に立っていてお互いの見ていた世界が小さかっただけだったのだ。
ノア自身も子供であったことに、全てが終わってからようやく気付いた。
2度もクリスティーナに醜態を晒した日は生涯忘れることはない。
我が儘であってもいつだって自信満々なクリスティーナを妬んでいて、拒絶されても尚ノアに固執する彼女に安堵していた。
王族というしがらみがあるからこそ皆が王族へ望む優秀な姿と望まれたように優秀な兄と比べてノアを見ていても、クリスティーナだけはノア個人を見てくれていたから。
思い出したくないもない愚者であった頃の過去であると同時に胸に留めておくべき出来事だ。
クリスティーナはノアに、良い人が見つかるといいですねと言って幸せになってほしい大切な存在なのだとも言ってくれた。
ノアはクリスティーナに恋をすることはなかった。
そして、ノアは今も独り身で、これからも結婚することはないと確信している。
ノアにはきっと恋をする相手なんて出来ないだろう。
未だ独身のリアムには同じ道を歩む気かと嗤われたが、ノアは自信を持って、そうですよと答えた。
ノアは今、学園長でありながら国外に出向いて他国の教育制度を学んでいる。隣国と始めた交換留学が評判が良かったので、他国とも同じようなことが出来ないかと検討している。
その為にはまずは他国のことを知らなければいけないので、ノアが直接出向いてその国の情勢を見極めた後、情勢はどうなのか、生徒の安全は確保できるのか確認している。
その際にルチダリア公爵当主がもたらしてくれる情報には随分と世話になっていた。
温室にはルチダリア公爵当主であるエルヴィスとその妻であるクリスティーナ、2人の子供である男の子と侍女が、隣国からやって来ている。
研究所にリアムがいない時には、研究所所長と共にノアも来客に対応することになっている。
部屋で待っていると扉の前から泣き声が聞こえてきて、ノアは所長と目を見合わせて扉を開けた。
すると、一行が扉の前で泣き止まない赤子をあやしていた。プラチナブロンドの赤子を抱いていたクリスティーナが赤子に似た髪色の侍女に渡すと、赤子は泣き止み、その様子を見ていた夫婦は面白おかしそうに笑い始めた。
それを見ていたノアの心が軋んで思わず目を逸らしたが、次の瞬間には公爵家一行に笑顔を向けた。
クリスティーナがノアの幸せを願ってくれているように、ノアもまたクリスティーナの幸せを願っている。
これにて完結です。
受付停止するまでの感想を読む限り、賛否両論あるとは思うのですがこれで完結です。
活動報告で何か書くので気になる方がいらっしゃれば読んでみてください。
稚拙ではありますが、今まで付き合ってくださってありがとうございました。
この作品が完結できたのも、皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。




