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二人だけの世界



梨花は午後も少し元気がなかった。


「梨花ちゃん、今日はあまり調子よくないみたい……」


と小さく呟いた藍那の横顔を見て、久斗は迷わず言った。


「じゃあ、少し外出るか。気晴らしに……」


窓下の駐輪場に置いてあるバイクを指差すと、藍那の瞳がぱっと明るくなる。




久斗はヘルメットを取り上げ、藍那の前に立つ。


「ほら、頭こっちに」


藍那の髪を指でそっと撫でる。耳に触れないように慎重にヘルメットを被せると、

藍那は顔を赤くしながら、少しだけ照れ笑いをした。


コイツかわいいんだよ、クソっ。


「……なんか、特別扱いされてるみたい」


「コイツの免許は……、昔……お前を後ろに乗せたくて取ったんだ」


一瞬、時間が止まったようだった。


藍那の頬はゆっくりと赤くなり、唇が震える。


「……何よ突然……。そんなの、言われたら……」




後部シートにまたがった藍那が、走り出すと同時に久斗の腰に腕を回す。


ぎゅっ……と抱きしめられる感触。

背中に当たる柔らかさ……、体温が熱い。


「わっ、ごめん、ちょっと怖くて……」


「いいよ。落ちない程度に、しっかり掴まってろ」


久斗は前を向いたまま、藍那の腕を抱きしめた。




バイクは静かな町外れへと入っていき、やがて山側の道へ。


人気はほとんどなく、遠くまで続く道路。


空気は澄んでいて、木々の匂いが心地よい。



藍那がこっそり呟く。


「……ここ、すごいね。世界に2人しかいないみたい」


その言葉に、久斗の胸が少し熱くなる。


風の音だけ。


振り返らずとも、彼女が微笑んでいるのが分かった。




バイクをゆっくり止め、ヘルメットを外す。


藍那の茶色の髪がふわりと揺れて、光を受けてきらりと輝く。


「すごい……こんな景色、初めて見た……」


藍那は息を飲んで、遠くの山並みに目を細めた。


風が2人の間を抜けていく。



「ねぇ、久斗……」


藍那が横顔のまま、ぽつりと言う。


「うん?」


「……いま、周りに誰もいないね。音もほとんどないし。まるで、本当に……

 私たち2人しかいないみたい」


「そうだな。静かだ」


藍那は胸の前で手をぎゅっと握る。


その指先が小さく震えていた。


「ねぇ久斗。私ね……こういう時間、ずっと欲しかった。

 学校でも、塾でも、みんなといるのは楽しかったけど……でも、違うの」


言いにくそうに、唇を噛む。


「久斗と2人で、どこかに行ける時間……

 “私だけが久斗を独り占めできる時間” が……欲しかった」


その言葉に、胸が少し熱くなる。


「……独り占めって……」


「だって……」


藍那は顔を赤くして、視線をそらす。


「バイクだって……久斗、私のために免許取ってくれたんでしょ?

 “コイツを後ろに乗せるため”って……言った……」


「まぁ……あれは、その……当時はな……」


藍那の頬が一気に赤くなる。


「じゃあ……本当に、私のために?」


「そん時は……、藍那を乗せて走りたかった」


その瞬間、藍那は胸の奥で何かが溢れてしまったように、

久斗の腕をぎゅっと掴んだ。


「……嬉しい。すごく嬉しい……。

 ねぇ久斗、今日ここに来た景色、ずっと忘れないと思う。

 だって、久斗と2人で見た景色だから。

 誰に邪魔されるわけでもなく、ただ……久斗の背中にくっついて走って……

 風の音しか聞こえなくて……

 こんなの……もう、“2人だけの世界”って言うしかないじゃん……」


藍那の声が少し震えていた。


強がりな彼女には珍しい、素直すぎる言葉。


……この世界じゃ、感情も距離感も、ちょっとだけ敏感になるよな。


「藍那……」


「もっと……いたい。もう少しだけ、この“2人の世界”にいたい。

 久斗がいいって言うまで……ずっと……」


俺は言葉に詰まりながらも、静かにうなずいた。


「……ああ……」


藍那の口元に、安心したような、甘い笑みが浮かんだ。




しばらく走ったあと、道が広がったカーブに差し掛かる。


その先に、不良が2人、車で道を塞ぐように停めて、立っていた。


「おい兄ちゃん、ちょっと止まれや」


片方は金髪で、もう片方は刈り上げに木刀を持っている。


藍那の腕がさらに強く締まるのを感じて、久斗はバイクをゆっくり止めた。


「藍那、後ろに下がってろ」


「……うん。大丈夫だよね……」




久斗が一歩前に出ると、木刀を持った方がニヤついた。


「おいおい、女だけ置いてけよ。怖い目見せたくねぇし?」


「あー、そうか。じゃあ怖い目見んで済むように、さっさと寝てろ」


「はぁ? 調子にのん──」



殴りかかってきた瞬間、久斗の拳が先に入った。


顔面にクリーンヒットし、金髪がそのまま地面に沈む。


木刀が振られた。


しかし久斗は身を滑らせ、脚で弾き、そのまま踏み込んで横蹴りを叩き込んだ。


「イテっ──!」


体勢が崩れたところに拳を2発。


倒れたヤンキーの木刀がアスファルトに転がり、乾いた音を立てた。



久斗は息一つ乱していない。

ただ冷静に意識の飛んだ2人を見下ろした。


「……弱っ、剣抜くほどの相手じゃない。命のかからない素人の喧嘩か……」


藍那が駆け寄ってくる。


「久斗、大丈夫!? 怪我してない?」


「俺は平気。こいつらが勝手に倒れただけだ」


そう言うと、藍那は胸に手を当て、ほっと息を吐いた。


そして──少し震える声で微笑む。


「……ほんとに倒しちゃった……久斗、やっぱり怖いくらい強いね」


「怖いのはこいつらだけだよ」


「久斗ってすごい」


「いや、今のは大したことじゃない。ただの強がり雑魚」


「ううん。

 私を守ってくれる、って分かるだけで……すごいよ」


頬を赤くする藍那。


久斗は目をそらしつつ、バイクの方へ歩き出した。


「……戻るぞ。梨花の様子も見たいし」


「うんっ」


再びバイクに乗り、藍那がぎゅっと抱きついてくる。


その温もりを背中に感じながら、久斗はアクセルを回した。


2人の影は、夕暮れの道へまっすぐ伸びていった。



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