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異世界で戦った日々



次の日も、梨花は少し顔色が悪かった。


咳が出るほどではないが、体の芯に冷えが残っているような、そんな微妙な不調を抱えている。


「ちょっと横になってるだけで大丈夫……」


梨花はベッドの端に寄り、膝を軽く抱えて横になった。


その隣で藍那が心配そうに背をさすっている。



俺は二人の様子を横目に、ベッド脇の椅子へ腰を下ろした。


少し背中を丸め、梨花の顔を覗き込む。




しばらく静寂が続いたあと、藍那がそっと口を開いた。


「ねぇ、久斗……。前に言ってた異世界の話、

ちゃんと聞いたこと、一度もなかったなって思って」


梨花も弱々しく頷く。


「私も……聞きたいです。どんなところでした?」


二人の視線が同時にこちらへ向けられた。

まっすぐで、逃げ場のない好奇心。


胸の奥が軽くざわつく。

語りたくない記憶と、語らなければいけない責任が混じった感覚。


「……わかった。じゃあ、少しだけ」


布団の上で二人は姿勢を整える。

藍那は膝に手を置いて身を乗り出し、梨花は布団に膝を立てて座り直した。


部屋が静かに、俺の言葉を待っていた。





「石造りの街並みと尖塔の城がそびえる世界だった。

魔法や剣が日常にあって、街道には魔物が潜んでる。


冒険者は革鎧を着て、ギルドで依頼を受けながら生計を立てる。

夜になれば村では焚き火が灯って、精霊に祈る声が響く。


不便で危険も多いけど……みんな逞しく生きてた」


言いながら、遠い景色が自然と目の裏に浮かんだ。


「最初に戦ったのは……ゴブリンだった」


藍那が息を呑む。


「ほんとに、あのファンタジーの……?」


「うん。小さいけど……迷ってると殺される。

あいつらは手加減しない。容赦もない」


最初は……本当に怖かった。

武器を持つ手が震え、殺すという行為そのものに吐き気すら覚えた。


「相手が化け物でも……殺すのが、怖かったんだ」


俺は膝の上で手を握った。指先に力が入る。


「あの瞬間だけは――自分のほうが、バケモノなんじゃないかって思った」


梨花が、布団越しにそっと手を伸ばすような仕草をした。

触れはしない。でも、その動きだけで気持ちは伝わった。





「でも……アロンに助けられた」


その名を口にした途端、胸の奥が熱く軋んだ。


「勇者アロン。俺よりずっと強くて、真っすぐで……

“お前は戦える”って、そう言ってくれた」


藍那が静かに尋ねる。


「その人とは、ずっと一緒に?」


「いや、共闘したのは何回かだけ。

俺は勇者パーティーの中心でもなんでもない。

本当に、そこまで凄かったわけじゃないよ」


少し笑ってみせた。

だが、その笑いの端には寂しさが滲んでいた。


梨花がそっと言葉を重ねる。


「でも……たくさん倒したんですよね? ゴブリンや、オーク……」


「……ああ。ワイルドウルフも。

オークは人間の倍以上の力があって、

ワイルドウルフは速い……噛まれたら終わりだ」


血の匂い、巨大な影、咆哮。

騎士団の怒号や仲間の悲鳴。


一瞬で、すべてが蘇る。


「冒険者と肩を並べて戦ったこともあったし、

騎士団と一緒に城壁を守ったこともあった。

立場が違っても……戦ってる時は皆、同じだったよ」


語り終えると、部屋に静寂が戻る。




藍那は真剣な目をしながら、どこか切ない表情を浮かべていた。

梨花は胸元の布団をぎゅっと握っている。

その指先が、どれほど不安だったかを物語っていた。


「……大変なんて、そんなレベルじゃ⋯⋯ない⋯ですね」

梨花の声はわずかに震えていた。


「久斗……」

藍那が名前を呼ぶ。

強さでも弱さでもない、ただ寄り添うような声で。


俺は小さく息を吐いた。


「……もう終わった話だよ。

帰ってきたらこっちもゾンビだらけだったのは……誤算だったけど」


冗談めかしたつもりだったが、声はあまり笑っていなかった。


梨花が少しだけ顔を上げる。


「……また、無茶しちゃいますね」


藍那が続ける。


「うん。異世界でも、こっちでも……

生きるために自分を削るの、つらいよね」


その言葉が、胸の奥にゆっくり沈んでいく。

重くて、あたたかい感情だった。


外の風の音だけが、三人の静かな沈黙を包んでいた。





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