藍那の目に映ったものは……
お久しぶりです。
「……っ、久斗?」
背後から藍那の声がして、俺はハッと我に返った。
梨花の温もりが、まだ唇に残っている。
梨花も俺も、息を呑んだまま固まる。
試着室の入り口に立つ藍那。
息を切らし、手にはハンガーを握ったまま――
俺たちを見つめていた。
「藍那……、これは――」
「…………」
藍那はゆっくりと梨花へ視線を移す。
梨花は顔を真っ赤にして、震える肩を押さえながら俯いた。
「り、梨花さん……脚、血……。大丈夫なの……?」
藍那は近づいてきて、梨花の傷跡を見た。
そこにはもう、薄い白い線が残るだけで、血は完全に止まっている。
「えっ……? 傷……もうほとんど……?」
そうだ。
藍那も見れば分かる。
普通の怪我じゃ、ありえない速度で治っている。
梨花は唇を噛みしめ、弱々しく言った。
「……あの……助けていただいたんです。久斗さんに」
肩にかかるダークブラウンの髪が揺れる。
「助けた……?」
藍那は俺を見る。
俺は深く息を吸った。
「梨花はゾンビに噛まれていた。
でも、異世界の薬で治せたんだ。なんとか間に合った」
「噛まれて……っ! 梨花さん、本当に……?」
藍那は梨花の手を握り、顔を歪めた。
「よかった……っ。ほんとに……よかった……!」
泣きそうな声。
梨花もそれにつられて涙をこぼす。
だが――そこで藍那は、また俺を見た。
少しだけ震える目で。
「……でも久斗、さっき……」
そう。
どう見ても、タイミングは最悪だった。
梨花は慌てて、顔を真っ赤にして手を振った。
「ち、違うんです……! わ、私……その、助けてもらって……
気が動転してて……。久斗さんに……」
「キ、キス……してた……?」
藍那の声は小さかった。
怒っているわけでも、泣いているわけでもない。
ただ、胸の奥がきゅっと詰まるような声。
「藍那……。梨花は――」
「説明はあとでいい。
……ここ、まだゾンビいるでしょ。行こ」
藍那は先に背を向ける。
俺が言うより早く感情を飲み込んだ。
この状況で一番適した判断だ。
だからこそ――胸が痛かった。
梨花は不安げに俺の袖をつまんだ。
「久斗さん……藍那さん、怒ってますよね……?」
「怒ってはいない。ただ……混乱してるんだ」
「……ですよね……」
梨花は俯く。
さっきの強気さはどこにもない。
俺は二人を守ってレジ付近へ向かうことにした。
――だが、その途中。
ふいに藍那が立ち止まり、振り返らずに言った。
「ねぇ久斗」
「ん?」
「……梨花さん、助けてくれてありがと。
私、ほんとに……怖かったから」
その背中が、かすかに震えていた。
俺は短く答えた。
「ああ。守るよ。二人とも」
藍那はそれ以上何も言わず、歩き出した。
梨花は胸に手を当て、ほんの少し泣き笑いみたいな顔になった。
こうして俺たちは、ゾンビの潜むユニク◯を脱出した。
三人そろって――でも、さっきまでとは少し違う距離感で。




