目覚めのお話。
一人称視点その2
「神……族……? って、あの神族か?」
「神族と言えばそれしかないじゃろう。なんじゃ、イメージと違って驚いたのか?」
「そりゃあ白い髭蓄えた爺さんとかだとばかり思ってて………まさか小さい女の子だとは……」
「お主今妾のことを小さいといったな!? なんじゃ身長か!? それとも胸か!?」
「……どっちも?」
「なんじゃとぉぉ!?」
どうやら「小さい」というのは禁句だったようで、神様の威厳を置いてけぼりにする勢いで頬をぷくーっと膨らませて地団太を踏む椿、その光景に俺は段々と笑えてきた。
まぁ俺が笑ったせいで、椿は余計に怒ってしまったのだが。
「まったく……近頃の他の種族は妾たちを馬鹿にしておるのか……?」
「いや、別にそういう訳じゃないんだけど……なんだかな……」
「笑いおって……まぁよい」
若干納得のいっていないようだったが何とか怒りを治めてくれたらしい。椿はせめてもの威厳の表れなのか腕を組んで胸を張りながら話を続ける。
「そうじゃのう、まずは妾たち神族の説明を挟もうかの。少年、お主名はなんという?」
「ヒビキ・アルバレストだ」
「ヒビキか、覚えたぞ」
コホン、とわざとらしい咳払いをして椿は神族の説明をする。
神族という幻であり存在すらあやふやなその種族に属する椿の口から語られたのは神族に関する衝撃の事実だった。
「まぁ端的に言うとな? 妾たち神族という種族は実体を持つ概念なんじゃよ」
「神様もうちょっと分かりやすく」
「要するにじゃ、神族というのは質量を持つ実体として存在することも出来るし今の妾のように精神体として質量のない概念としても存在できるというわけじゃ」
「あー……つまり俺らみたいにもなれるし幽霊とかみたいに存在だけにも慣れるってことか?」
「概ねそんな感じじゃ」
「ん? てかお前今精神体なの?」
「妾だけじゃのうてお主もじゃ」
また混乱してきた。
つまりなんだ? 俺は今精神体になっているってことか? え、俺今幽霊なの?
「何を驚いておる、ここはお主の心の中だというのに」
そんな俺をよそに椿はケロッとした表情でそう告げた。
「言っておらんかったか?」
「言ってねぇよ!? そういうことはもうちょっと早く言えって!」
「ほほほ、そうじゃったか。それはすまんかったな」
「つまり俺今死んでるの?」
「いや、そういうわけではないぞ。そこはあまり深くは考えでよい、感覚で十分じゃ」
「あぁ……そう」
「あ、でもこれでこの空間についての説明は済んだな」
楽観的にそう考えてケラケラと笑う椿、頭痛がしてきそうになるのをこらえる俺。
真っ白な自分の精神空間でちゃぶ台一つ挟んで交わされるこの滑稽な光景を、今頃必死になって戦っている皆が見たらなんて言われるだろうか。
「そういや運がいいとかなんとか言ってたろ。あれは結局どうなったんだ?」
「それは今から説明するぞ……ってもうお茶がないの」
そう言って椿はこれまたどこからともなく取り出した急須で新たにお茶を入れる。
自分のを入れ終えると流れるように俺の湯飲みにもお茶を足す。
椿は湯気の立ち上る湯呑を冷ましながら啜り、ほっこりとした表情を浮かべた。
「運がいいって話じゃったの」
「なるべく簡潔に頼む」
「神族っていうのは実は全ての種族の精神にいるんじゃ」
「はいごめんちょっと何言ってるか分からない」
「いいから最後まで聞け。そもそも妾たち神族の役目というのはな、お主らのような他の種族にある技術を授けることなんじゃ。その技術を授けるためには、ここのような己の精神空間に来る必要があるのじゃ」
「……まぁいいや、なんとなくで理解する。それでその技術ってのは何なんだ?」
俺が質問した瞬間、椿の雰囲気が若干変わった気がした。だがそれはすぐに元に戻り気のせいだったのかとも負わせるくらい一瞬のことだった。
「禁術、じゃよ」
少しだけ、自分の鼓動が早くなるのが分かった。
『禁術』
読んで字のごとく「禁じられた術」だ。ゲームやアニメの世界でもあるような、強大な力を持つ魔法。
「禁術というのはまともな方法では絶対に習得することは出来ん。己の精神を研ぎ澄ませ、新たなる断りを開かなければその存在に触れることすらできない」
禁術の話に入ると椿の一言一言に神と呼ばれるにふさわしい威厳を感じた。
そして、自分の体が若干震えているのも。
「さっき、殺意の感情が臨界点に達するとここに来るって言ったよな」
「そうじゃな」
「それに殺意の感情は厄介だとも、そしてそれに支配されるとも」
「そうじゃな」
「てことはだ。そう言う感情が臨界点に達したは良いけど、自分の精神空間に来る工程をすっ飛ばして感情に支配されることもあるってこと、だよな」
「ヒビキよ」
「なんだ」
「お主中々勘がいいではないか。その通りじゃ、ここに来る過程をすっ飛ばして感情に支配される者も多い。というかそっちの方が多い」
「だからこの精神空間に来ることのできた俺は他の奴よりも『運がいい』ってことか」
「そう言うことじゃ、話が早くて助かるぞ」
あっさりと俺の推測を認めた椿、どうやら正解だったらしい。
にしても禁術か、随分とスケールの大きな話になってきたな。そもそも魔導書とかにもあまり書かれていなかったからどんな魔法があるのか予想すらつかない。
「禁術ねぇ……」
「なんじゃ? 不服か?」
「いやそうじゃなくて、いきなり禁術とか言われても実感があまりないんだよ。そもそもどうやって習得できるのかも知らんし」
「安心せい、もうお主は禁術を扱えるようになっておる」
「は……?」
相も変わらずおかしなことを言う神様だと思う。
俺がすでに禁術を扱えるようになっている? だとしたら何かしらのアクションがあってもいいはずだ。もしかしてあれか? こいつもアリア先輩と同じで肝心なことを言わないタイプの人、もとい神なのか?
「正確には扱えるようになるきっかけじゃな。ほれ、そのお茶がそうじゃ」
そう言って椿は俺の目の前にあるお茶の入った湯呑を指差した。見た目はただの日本茶と何ら変わりないように見えるが……。
「黄泉戸喫って聞いたことあるか?」
「あの世の食べ物、だったか」
「そうじゃ。異なる世界の食べ物を口にするとその世界の住人になってしまうやつだな。これはそれの改良版みたいなもので、妾たち神族の力の断片的なものが入っておる。禁術を扱うには、禁術を扱えるものの力を取り込むのが一番早いということじゃ」
「なるほど……な」
「まぁ具体的なことは現実に戻ってから実際に試してみるといい。妾の見立て通りならお主はかなり特別な体質だと言える。魔力量も随分と多いみたいじゃし身体能力も高そうじゃ、妾たちの力の断片を手にした直後である今であれば、やろうと思えばどんな魔法も使えるじゃろ」
椿が一通り説明し終えたところで椿は俺に残ったお茶を全て飲み干せと言ってきた。そうすればより力を強く取り入れることが出来ると言って。
俺がお茶を飲みほした時、僅かだが椿が笑っているような気がした。
そして目の前が急に光に満ちて俺はたまらず目を瞑り両腕で顔を光から防ぐような体制をとった。
真っ白な光が視界を包む中、椿の声が聞こえた。
「今度はそちらの世界で会おうぞ、ヒビキ」
そして俺の意識はゆっくりと元の現実の体へと戻っていった。
次回から現実世界に戻ります




