恋心のお話。
100話到達
屋上にはそよ風が吹いていた。
アリアはちょいちょいと手招きして響を自分の元へと来るように合図する。響は何も疑わずに従順なペットのようにそちらへと歩く。
「どうしたんですか急に」
「話があってね。あまり聞かれたくない話が」
「はぁ……」
何かあったのだろうか、どんな話なのだろうか。
アリアのその言葉だけで響の頭はいろんな考えで埋め尽くされる。だがアリアはいつもと変わらぬ様子で響を見つめていた。響の考えなど意味もないと言うかのように、いつも通りだった。
「勇者パーティーの話あったろう」
「ありましたね。もしかしてアリア先輩選ばれたんですか?」
「いや、そういうことじゃないんだ。僕も誰が行くのか知らないからね」
「そうですか……」
「それでさ。仮に僕とヒビキ君の片方が勇者パーティーで片方が騎士団なんてことになったらしばらく会えなくなるかもしれないだろ? だったら早いうちに言った方がいいかなって」
「早いうちにって、何が――――」
「――――ヒビキ君」
先ほどよりも強い風が二人を包む、その中でもアリアは凛とした佇まいで響から視線を外していない。
その表情は覚悟を決めた戦士のようだった。
「ヒビキ君」
「なんですか?」
アリアは一つ深呼吸をした。
そして、
「僕と、結婚を前提に付き合ってくれないか?」
それは、響がこの世界に来て、いや、人生で二度目の告白だった。
先ほどまで強く吹いていた風がピタリと止み、屋上には静寂だけが残った。
「………」
響は言葉を発することが出来なかった、否、何も発しようとはしなかったのだ。
唐突過ぎるその事実に響の頭は考えることを無意識的に拒んだのかもしれない。あるいは、光の速度で考えた結果が何も発しないというものなのかもしれない。
「君と初めて任務に行った日」
そんな響をよそにアリアは言葉を紡ぎ続ける。
「あの日、僕は君に一瞬で引かれた。と言っても、可能性の塊のような後輩が出来たくらいにしか思っていなかったんだ。でも段々君と一緒にいる時間が増えたことで君の内面も知ることが出来た、僕はいつしか君のことを多く考えるようになってしまった」
「………」
「そしてこの前の王都での出来事、あの時僕は君を守って死ねるなら悔いはないと思っていた。君への気持ちが恋心なのかどうかも曖昧だったからね、一種の区切りに出来るならそうした方がいいと思ったんだ」
「それは……」
「でも僕は生きていた!」
その時だけアリアは声のボリュームを上げた、まるで、ここからが本番だぞと響に合図しているようにも聞こえた。
その時のアリアは少しだけ、涙目になっているような気がした。
「僕は生きて、君に助けられて、そして一時的とはいえ成長した君に出会った。あの時ベッドの上で君を見た瞬間確信した。……僕は君に惚れていたんだって」
アリアの顔が紅潮する。
響は未だ、白昼夢での出来事のように思っている。
「確かに君にはアズサがいる。それは分かっている。でも、君を独占させるつもりはない。私だって君の一番になりたい」
そしてアリアはもう一度深呼吸をして涙目の目じりを指でなぞった。
「だから、私と付き合ってくれないか。共に戦う仲間ではなく、男女の仲として君のことをもっと知りたい」
しばしの沈黙が訪れた。
時間にして僅か十秒程度のことではあったが二人にはその時間が一時間にも一日にも感じられた、それほどまでにこの告白は両者ともにある種の覚悟を見せつける場面でもあった。
純粋なアリアの恋心、まだ咲き誇らない蕾を響は、
「……ごめんなさい」
響はその蕾を摘み取る気持ちで答えた。
「……一応、理由を聞いてもいいかな?」
「俺の元々住んでいた国では、一夫多妻制や一妻多夫制はなく一人の男性に一人の女性、一人の女性に一人の男性というのが当たり前でした。この世界が一夫多妻制や一妻多夫性が認められているのは分かってます。でもどうしてもその考えがあって………あいつを裏切るような気がして………上手く伝えられなくてすみません」
「そうか……いや、いいんだ」
アリアはそれを聞くとひとしきり黙ってしまった。
「ちょっとすまない」。アリアはそう言うと後ろを向いた。響はアリアがどうして向いたのかは分かっている、だから、何も言わない。追及はしない。
それが終わるとアリアは目を赤くしながら再び響の方に向き直った。
「やっぱり敵わないな……」
「……あの」
「いい。何も言うな。さて、僕の告白は終わったぞ! アズサ!」
「……? 何言って――――」
響の認識が終わるよりも早く、ある人物が物陰から姿を現した。
梓だった。
いつからここに居たのだろうか、アリア先輩はいつから気付いていたのだろうか、また響の頭の中を様々な憶測が行き交う。
「これはどういう……ことだ……? 一体いつから……」
響の口からそれだけを絞り出す。
「最初から。実はアリア先輩に頼まれちゃって」
「……は?」
訳が分からなかった。アリアに頼まれたというのなら一体何のために、いやそもそも頼む必要があったのだろうか。響の思考はショート寸前である。
「お~い響? 大丈夫~?」
「えっ!? あ、あぁうん」
「まぁその反応が正しいよね、普通……」
響の反応を見て長引かせるのはダメだと悟った梓。
梓曰く、今日響が屋上に来る数時間前にアリアは梓に自分が響に告白することをあらかじめ伝えておいたのだ。無論、その時点で梓も驚いたのだが何故か落ち着いていたという。きっと梓はどこかで分かっていたのだろう、アリアが響に気があるであろうということを。
梓自身は、別に告白すること自体は許可したのだ。
だが問題は響の返事である、それでも梓は「私は響のこと分かってますから」と言ってどこか余裕だったらしい。きっと梓は響が日本人としての考え方からどうなるかを分かっていたのかも知れない。
梓はアリアの指示によってばれないように屋上のどこかに隠れ、アリアの合図で姿を現すということになり今に至るということだ。
「結構ざっくり言うとこんな感じ」
「……うん……うん……うん?」
「まぁ一回の説明で理解出来たら凄いよね」
「いやそもそもなんで先輩は梓に……」
「君の一番の座が欲しかった」
「おぉ………」
「いやぁでも……フラれちゃったな。じゃあヒビキ君。これからは僕は君の二番目の彼女として生きていくよ」
「そうですか……………えっ? 今なんて?」
聞き間違えだろうかと思って思わず響はアリアに今なんといったのかを聞き返す。
するとアリアは「いやだから二番目として生きていくって」とさも当然のことのように答えたので響はめまいがしてきた。何がなんやらさっぱりわからん。
「実はね、僕がヒビキ君にフラれたら二番目の座は貰ってもいいかい? ってアズサに聞いたらさ」
「おっけーしちゃいました」
「おぉ前ぇぇ……。いや、その、梓が良いならいいんだけど……あれ? いいのか?」
「郷に入れば郷に従えっていうじゃん。そういうのが認められてるんだしさ、いいかなって。安心して! 私は生涯響一筋だから!!」
「お、おう。ありがとう」
「置いてけぼりは酷いなぁ」
梓の大胆な言葉に少なからず動揺して照れる響、そしてそのやり取りに置いていかれるアリア。
「それで、ヒビキ君。どうだい? 彼女もこう言ってることだし。それともごく普通に恋愛対象ではなかったかな?」
「別にそういう訳では……」
それから中々答えを渋る響とアリアの押し問答の末に響が根負けし、晴れてアリアは響と結ばれることになった。
この世界では重婚などの類はごくごく一般的とはいえまさかそれが自分の身に起こるなんて想像すらしていなかった響。だがそんな響とは対照的に梓はあっさりとした様子でそれを認めていた、男が女にかなわないであろう瞬間の一つだと響は本能的に察した。女は強し、だ。
その日の夜、響はおもむろに手紙を作りそれにとある一文を書き綴った。
『拝啓、日本の両親へ。結婚を前提に彼女が二人出来ました』
それを響は紙ヒコーキの形に折って部屋の窓から飛ばした。日本に届くはずもなくどこに届かせるあてもないのに響は魔法を使って夜の空へと飛ばした。
△▼△▼△▼△
それから数日経ち、ようやく勇者パーティーに加わる正式メンバーが決定した。
メンバーは八人。
響、梓、影山、フラン、アリア、マリア、リナリア。これらが響たちの中から選ばれた。
ではもう一人は誰なのか。グリムによるとそれは後で分かるという。
その日、魔導学院はこの出来事に騒然としていた。そりゃあそうだろう、一気に七人もの在校生が勇者パーティーのメンバーとして引き抜かれるのだから。しかもその中でフラン以外が今年入ったばかりの新入生だというのでさえあり得ないのにその新入生の半数以上が齢十三なのだから尚更だ。
学院を上げての一大イベントとあってか大勢の生徒たちが響たちを祝福していた、実際にはまだ旅立ちはしないのだがそれを抜きにしてもお祭り騒ぎであった。
魔法学校に通っているかつてのクラスメイト達もお祝いに駆けつけてくれた。
そしていよいよ、旅立ちの日が明日にまで迫った。
ようやく、響たちの本当の役目を果たす時が来たのである。全員でいけないのは悲しいが二年待てば是認で勇者パーティーの一員として魔王討伐のために旅立つことが出来るかもしれない。
テンプレ打ち切り漫画ではないが文字通り「響たちの戦いはこれからだ!」である。
旅立つ前日の夜、響は家族と共に門出を祝ったという。梓や影山も同様に各家庭ごとにお祭り騒ぎだったらしい。
その夜、響は椿と夢の世界で会った。
要はいつものお茶会である、ただ今回はそこにアリアも加わってのものだった。
今回のお茶会はいつもとは打って変わって早めに終わった。
最後に椿はこう二人に言った。
「何かあったら妾も協力しよう。響の中からいつも見ておるぞ」
労いの言葉をかけられた後、残りの夜はとても静かなものとなった。
そして翌日。
清々しい太陽と共に新たな日々が幕を開けた。
次回より新章開幕。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。