106 船旅
「速いのねえ」
快速艇『アーカディア』に乗り込んだフィオレははしゃいでいる。
「ああ、このクラスの船に載せるのより1クラス上の魔石機関を2基載せてるからな、倍以上の速度が出る」
「だからユージが行くって言ったのね」
「ああ。普通なら4日近く掛かるところを2日で着けるからな」
季節は夏の終わりということで、まだ海は穏やかだ。あと1月もすると荒れ始めるだろう。
アンヌのいる島は群島国家の東の外れ、やや波が荒い海域になるが、この季節なら問題なく着けるはずである。
一応方位盤と連動した操舵機もあるので、当面は無人で走らせておいても大丈夫と、ユージはフィオレの話し相手になる。
「…へえ、そうすると、そのマリイって子をあなたが引き取ろうってわけ?」
「ああ、そうだ」
アンヌの所へ行けば当然マリイにも会うので、前もってフィオレに説明するユージ。
「…それで、その子のお母さんの形見っていう星の欠片を探してるのね、ユージは」
「そういうことだ」
フィオレはちょっと意地悪く微笑み、
「ひょっとしてあたしの言うこと聞いてくれてるのもその星の欠片を探すためかしら?」
と言ったが、ユージは平然と、
「それもあるな」
と答える。毒気を抜かれたフィオレは、
「なにそれ。普通なら『そんなことはない』、とか言うんじゃなくて?」
「多分この先、ギンガム侯の所へ行くことになる。そうしたらいずればれちまうだろ? だったら隠す必要なんか無いさ」
フィオレは面白そうに笑う。
「あはは、それならそれで『嘘は嫌いなんだ』とか格好つければいいのに」
「やだね。俺の柄じゃねえや」
そう言うユージをフィオレは笑って見つめ、
「本当に面白いわね、あなたって。ね、ね、そのマリイって子、かわいい?」
「あ? まあかわいいと思うぞ。大きな尻尾だって…ばさばさだったな…そのうちふさふさになるだろうけどな!」
するとフィオレは目を丸くする。
「え? マリイって子、亜人なの? 大きな尻尾、ってことは犬の亜人?」
「いや、先生が言うには狐の亜人だってさ」
「狐…聞いたこと無いわね…楽しみが一つ増えたわ」
そう言って楽しそうに笑うフィオレにユージは、
「あんまりいじめるなよ。あいつはずっとつらい目に遭ってきたんだから」
「わかってるわよ。あたしそんな意地悪じゃないわ。ただあたしって末っ子だから、妹って欲しかったのよ。だから会うのが楽しみ、って言っただけ」
「そっか、ならいいんだ」
そう言って海に目をやるユージに、
「ね、ユージの家族は? 何してるの?」
と無邪気に尋ねるフィオレ。ユージは一瞬だけ顔をこわばらせたが、次の瞬間にはいつもの表情に戻り、
「『大陸戦争』でみんな亡くしちまった」
苦笑いしながらそう言うと、フィオレは済まなそうな顔になり、
「ご…ごめんなさい!」
そう言って頭を下げ、謝った。驚いたのはユージである。
「お、おい。…驚いたな、謝る事なんて無いだろうに」
が、フィオレは、
「だって。…ユージって、いつも明るいから。まさかそんな過去があるなんて思わなかったから、気楽に聞いちゃったのよ。だから謝ったの」
そうしおらしく言うフィオレを見てユージは、
「ふふ、フィオって、我が儘なお嬢様かと思ってたら、結構いいとこあるんだよな」
と言うと、フィオレは真っ赤になり、
「何それ何それ何よそれ!」
「いや、だってよ、初めて会った時、なんか喚き散らしてたじゃないか」
それを聞いたフィオレは益々顔を赤くして、
「あ、あれはね…、あの時はね、島に着いたばかりだったし、その、…」
だんだん声が小さくなっていく。
「?」
よくわからない、という顔のユージを見て、ドナが助け船を出した。
「ユージ様、じつはお嬢様、船酔いされていたのでご機嫌が悪かったのです。普段のお嬢様は使用人にも気を使って下さるお優しいお方です」
だがドナにそう言われたフィオレは頭から湯気を出すのではないかというくらいに更に赤くなり、
「どどどどどどどドナ、ななななななな何言ってんのよ!!」
ユージはそんなフィオレを見て笑う。そんなユージを見たフィオレは、
「ユージもユージよ! 何笑ってんのよ!」
とユージの胸を小さな拳で叩いた。ユージはそんなフィオレに向かい、真顔で、
「バカにして笑ったんじゃないから勘弁な。…フィオ、お前、いい貴族になるぜ」
そう言ったものだから、今度こそフィオレは照れて船室を出て行ってしまった。
夕暮れ間近、無人の島に停泊する。さすがに夜の航行は危険すぎるのだ。暗礁に乗り上げたらお陀仏である。
が、やはり船に酔ったのか、少し青い顔のフィオレは、船の上でなく、海岸にテントを張ってそこで寝ると言い張った。
「まあ、たしかこの島は危険な動物いなかったはずだからいいか」
何度かアンヌの島へ通っているユージは、苦笑しつつもフィオレのためにテントを張ってやった。
「ドナ、君は? まさか一晩中そこにいるつもりじゃないだろう?」
フィオレのテントの前に座っているドナにユージが声を掛ける。
「いえ、私はここで結構です」
「だけどな…」
「ここで結構です」
「…」
押し問答しても無駄なので、ユージは船から毛布を持ってきてドナに掛けてやり、無言のまま船へと戻った。
そして何事も無く夜は更けて行く。
だんだんフィオレのキャラに愛着が出てきちゃいました…初めは我が儘一杯のお嬢様にしようと思っていたのに。




