105 印呪
「ふむ、そんな輩がいたのか」
伯爵邸に戻り、一通りの説明をすると、
「なぜこの島に…」
バルーダ伯も首をかしげた。はっきり言ってこの島はザルフェス群島国家の中でも群を抜いて治安がいいのだ。もちろん軍属の伯爵の力である。
「まあいい。捕まえた男を尋問すればはっきりするだろう」
伯爵はそう言って、同行してきた自警団に指示を出す。団員は一礼すると部屋を出ていった。
「まあここで報告を待つとしよう」
「伯父様、犯人が簡単に口を割りますでしょうか」
疑問を投げかけるフィオレに対して伯爵の答えは、
「何、いくらでも方法はある。爪の間に釘を差し込み、そこを火で炙る、歯を1本1本抜き、そこを抉る、とかな」
それを聞いて顔を顰めるフィオレに伯爵は、
「フィオ、指揮官になるなら汚れ仕事も覚えねばならん。綺麗事だけでは戦には勝てぬぞ。正確な情報を得ることが勝利に繋がるのだ」
と訓戒を垂れた。
「はい…」
うなだれながらも肯くフィオレ、だがその顔は晴れない。
「それが出来ぬのなら今からでも遅くはない、学校を変わるがいい」
そう言われるとフィオレはきっと顔を上げ、
「…今は出来なくても出来るようになってみせます」
そう答えたのだった。伯爵はその言葉に満足したのか、
「まあよい。少し早いがお茶にしよう。話の様子では3人ともろくに昼も食べてないのだろう?」
サンドイッチを一口二口かじっただけだったので、その提案はありがたかった。伯爵は心得たもので、お茶の他に大きめのケーキを用意してくれた。
ユージとしては甘ったるいケーキは苦手だったが、空腹には勝てず、今回は何も言わずに平らげたのだった。
ちょうどそこに、先ほどの警備員が入ってくる。
「失礼いたします、伯爵」
「いかがいたした?」
「は、申し訳ありませんが、ちょっといらしていただけませんか?」
そう言った警備員の済まなそうな表情を見て取った伯爵は、
「うむ、何かあるのだな?」
「は」
席を立つ伯爵。
「儂は行ってみるがお前達はどうする?」
「行きますよ」
「行くわ」
ユージもフィオレも行くと言い、ドナは無言で付き従ってきた。
地下へと続く階段を下り、石の壁、鉄の扉を開くと、そこが地下牢である。そこには上半身裸の男が二人、牢の中に据えられた柱に縛り付けられていた。
「何…!」
「これは…?」
伯爵、ユージが驚きの声をあげる。男達の上半身には、不思議な模様が一面に描かれていたからだ。
「まさか、印呪…?」
ユージが呟く。
「バカな、あれは戦争終結と共に葬られたはずだ」
伯爵がうめくように呟いた。
「ですが、こいつらの戦闘時、急に能力が上がりました。それはこの印呪が発動したからでは?」
それに答えるようにユージが言う。
「だが、印呪が発動したからと行って、狂乱状態になるなどというのは聞いた事がないぞ?」
「不完全なものなのかも…」
ユージとバルーダ伯、二人の会話に、フィオレが割って入った。
「伯父様、すみませんけどお二人が話してる『印呪』って何?」
すると伯爵は我に返ったように、
「あ、ああ、済まん。…見てしまった以上隠してもおけんな。いいか、印呪というのはな、あのように、身体に直接『魔導式』を刻むことによっていろいろな能力を付加するものなのだ」
そう聞かされたフィオレは、あらためて二人の身体を眺める。確かに、右の男の腕に描かれた魔導式は雷魔法のものであったし、左の男の腕には炎魔法の魔導式が描かれていた。
それだけでなく、二人の胸部には身体強化の魔導式が描かれていたし、今は見えないが脚にも筋力強化の魔導式が描かれているのかも知れない、と考えた。
「でもそれであのような狂乱状態になるんですか?」
当然の疑問。
「そうだ、そんなことが起こるはずがないし、起こってはならない。狂乱状態になってしまったら敵味方の区別が付かなくなる、そんな兵士は戦いに出す事は出来ん」
ユージはそれを引き継いで、
「だから伯爵と考えていたのさ。…伯爵、これは専門家の意見を聞かないと始まりませんね」
印呪を身体に刻むというのは刻む技術だけでなく、その魔導式も問題になる。
身体から魔力を吸い上げる式だけでも千差万別、出来るだけ効率が良く、身体への負担の少ない式が描かれることになる。大陸戦争でこの方面の技術は飛躍的に伸びたが、まだ完璧ではなかった。加えて印呪と被験者の適正というものもあった。
「この近くだとやっぱりアンヌ先生に聞くのが一番でしょうかね」
「そうなるな」
ユージと伯爵の意見は一致。だがフィオレにはわからず、
「伯父様、アンヌ先生って?」
「うむ、戦争時で主席医師をしていた魔法医師でな、世界でも指折りの実力を持っておる」
そう聞いたフィオレは首をかしげ、
「なんか聞いた事がある気もするわ」
「そうだろう、有名だからな。今は引きこもってここから船で4日程の島で暮らしておる」
「その人にこいつらを見せるわけ?」
「それが一番手っ取り早いのだが、こいつらを船に乗せるというのもな…」
万が一船の上で暴れられたら危険きわまりない。
「伯爵、俺が先生を呼びに行きましょうか」
ユージがそう言うと、
「うむ、やはりそれが一番確実だろうな、これもまた『確実な道が一番の早道』というわけだな」
「そうしますと、俺の船は?」
「急がせれば明日の朝には一応走れるだろう。ヒビの入った魔石機関を取り替えるだけしか出来ていないだろうがな」
「それでいいですよ。残りの整備はまた今度と言うことで」
「致し方ない、な。それでは頼むぞ」
そんなユージを見たフィオレは、
「ちょっとちょっと、ユージ、あなた、この島を出て行くの?」
「ああ。また戻ってくるけどな。多分往復で4日か5日くらいかかると思う」
「なによそれ。それじゃああんたが戻ってくる頃にはあたしの休暇は終わっちゃうじゃない。そんなのやだ」
「やだって言われてもな…」
「決めた。あたしも付いていく。そのアンヌ先生の島まで」
「えええ?」
「ユージ、まあ頼んだ」
そういうことになったのである。
さてさて、いよいよ物語も本番突入で、きなくさくなってきました。
伯爵はわざと残酷な尋問法を口にしています。フィオレの覚悟を試したんでしょうね。




