101 バルーダ伯爵
ユージが向かったのは群島国家ザルフェスの南端にあるダーモンド島。そこにはバルーダ伯爵の隠居所があった。
傷んだ魔石機関をいたわりながら4日かけてダーモンド島に着いたユージは、さっそくバルーダ伯爵に会いに行く。彼とは『大陸戦争』で上司と部下の関係だったのだ。
「旦那様は約束のない方とはお会いいたしません」
が、さっそく伯爵邸の門番に止められてしまった。無理もない、ユージはそこらの船乗りか冒険者と変わりない格好をしていたから。
「だーかーら−、俺の名前を伝えてもらえばわかるって言ってるだろう!」
「ですから、事前に約束いただけない限りお伝えできません」
押し問答を続ける二人。
このままでは埒があかないと、ユージは切り札を切ることにした。
「分からず屋め、じゃあこれを見ろ」
胸ポケットから取り出したのは銀色に光る騎士身分証。
「そ…それは!」
「わかったら伯爵に取り次いでくれ」
身分証を見て驚いている門番にユージがそう言った時、
「その必要はない」
当の伯爵が後ろからやってきた。外出していたらしい。
「ユージ、久しぶりだな、元気そうで何よりだ」
「伯爵! ご無沙汰してます、伯爵もお元気そうで」
「立ち話も何だ、中へ入れ」
気安そうにユージの肩を叩く伯爵。ユージは門番にざまあみろという意志を込めた視線を投げると、伯爵に続いて邸内に入っていった。
「しかし久しいな、2年ぶりか?」
伯爵の居室で向かい合う二人。
「戦争が集結してすぐ、伯爵は隠居なさいましたからね」
「ああ、もう戦争もないだろうからな、ゆっくりさせてもらうことにしたよ」
棚の後ろからワインを取り出しながら伯爵が言う。
「お前のことだ、世間話をしに来たわけじゃあるまい?」
高そうなワインを注ぎながら伯爵はユージの目をのぞき込みながらそう尋ねてきた。
「はい、実は…」
ユージは正直に、マリイとのことを全て説明した。
「ふむ、星の欠片か。確かに儂も2個持っておる。見るか?」
「ええ、是非」
「ちょっと待っていろ」
そう言って伯爵は、樫の木で出来た重厚な宝石箱を持ってきた。
「ほら、これだ」
その中には5ミリほどの直径の星の欠片が2個入っていた。が、マリイが持っていた物ではないのはもちろん、色もなんだかくすんで見える。
ユージがそう言うと、
「相変わらずはっきり言う奴だな。これでも1個が500万ジェンするんだぞ?」
「そんなにするんですか!」
「それだけ稀少なのだ。一部の蒐集家は金に糸目をつけないとまで言っておる。…まあドルドーラの奴とかだがな」
「ドルドーラ、ですか」
その名前はアンヌからも聞いていた。豪商である。
「ああ、奴はそれこそ金に飽かせて世界中の珍しい宝石を集めていると聞く」
「他にはいませんか? アンヌ先生からはギンガム侯も集めているかもと聞いたんですけどね」
「ギンガム侯か。確かに集めているだろうな。権力があるからドルドーラとは違った方面からのルートを持っていそうだ」
「そうですか…」
注がれたワインを一口飲み、ユージは考え込む。ここダーモンド島から近いのはドルドーラのいるメルメラ島だが、ユージは面識がない。
一方ギンガム侯とは一応『大陸戦争』の時に一時期その指揮下で戦った事もある。
「まあ、いずれにしてもおいそれと譲ってはくれんぞ?」
「その時はその時ですよ」
「その闇ブローカー、バサラと言ったか、そいつの足取りは掴めているのか?」
「わからないんですよ、だからこそ、買い手の近くで待つしかないかな、と思っているんです」
「なるほどな。まあ、儂の所へ持ってくる事があったらお前に教えてやるよ」
「ありがとうございます」
素直に頭を下げるユージ。そんなユージを見て伯爵は、
「お前、変わったな。そんなにそのマリイって娘が大事か? それとも惚れてるのか?」
「やだなあ伯爵、俺は子供に手を出す趣味はありませんよ。ただ、…先生には話したんですけど、…あいつにはアカネ…妹の面影があるんですよ」
「ああ、昔亡くしたという妹か」
「ええ、だもんで、なんか他人とは思えなくってね」
「そうか、まあいい。今日は泊まっていけ。隠居なんぞしていると退屈でかなわんからな」
「じゃあ現役復帰すればいいじゃないですか」
冗談めかしてユージがそう言うと、
「バカ、『獲物がいなくなると猟犬は用無し』と言ってな、今の王家には儂のような戦争バカはいらんのだよ」
* * *
翌日、ユージは朝食を済ませると早々にバルーダ伯爵邸を辞した。伯爵はわざわざ港まで見送りに来て、『アーカディア』を見ると、
「なかなかいい船だな。だが、随分無理をさせているようじゃないか? このままだと途中で動かなくなるおそれがあるぞ?」
長年の軍隊生活で鍛えられた眼力は、『アーカディア』の魔石機関が疲労しているのを見て取った。
「だけど、時間がないんです」
「バカ者。武器や装備は己の命を預ける物だと教えただろう? 船だって同じだ。『確実な道が一番の早道』と言うではないか。悪い事は言わん、きちんとした職人に修理を依頼しろ。何なら儂が紹介してやるぞ」
元の上司からそう言われ、一言もないユージ。黙ったままでいると、
「よし、文句がないなら儂にまかせろ。今日はこの島を見て回るなり好きにしろ。夜は儂の所へ戻って来いよ」
そう言って側にいた執事に何か指示を出す伯爵。ユージはその厚意を受けることにしたのである。
さらりとユージがマリイを気に入った理由を話しています…
『獲物がいなくなると猟犬は用無し』 狡兎死して走狗煮らる、と同じ意味ですね。 『確実な道が一番の早道』 は急がば回れ。
伯爵とユージは上司と部下ではありますが戦友でもあります。二人とも身分にこだわらないので馬があったんでしょうね。




