50.冷たい視線とメイド服
『奴隷市場』から強引に脱出させられ、私は森に隠されていた馬車に詰め込まれた。
ぞんざいすぎる、荷物以上の手荒さで。
お陰で手足は擦り傷だらけの痣だらけ。
痛む身体に応える馬車の震動は、私の憔悴しきった身体を絶望の淵まで追いつめる。
責め苛まれる苦痛と、先行き不安への苦悩。
この身を嘆くにも、情報不足への気持ち悪さで思考が回らない。
私はいつしか、半ば気を失う形で意識を失っていた。
そうして、気がついた時。
当然といえば当然だけど、私は全く見覚えのない、知らない場所にいた。
これも当然ながら、私を阻害する環境…
つまりは、『人間』の根城。その拠点の一つ。
それだけは分かったが、それ以上の具体的な状況は分からない。
ただ一つ言えるのは、不気味すぎる、私を買ったあの男。
仮面なんて付けて胡散臭いこと、この上ないが。
あの男が、どうやら『人間』の中ではそれなりに高い地位にいるらしいということ。
まあ、そうでなければ『奴隷』の取引などできる訳もないのだが。
私を引き摺る様に、仮面野郎は進んでいく。
こちらの歩調も、体調も気遣わない、その傲慢さ。
ああ、本当に私は『奴隷』になってしまったのか。
男の態度は、あからさまに私を『モノ』扱いしている様だった。
やがて私が連れてこられたのは、立派な建物。
どうやら私が連れてこられた町の中央に位置する…町の中心的な機能を持つ、建物。
つまりは、『人間』にとって重要な拠点。
そんなところに買ったばかりの『奴隷』を引き摺っていく、仮面の男。
様子は『奴隷』の所有登録に来たという感じではない。
道行く人々は彼に頭を垂れ、建物の従業員と思わしき人達は特に恭しい。
これは、この男が此処で重要なポジションにいるということではないだろうか。
…それは、この男が『人間』にとって重要人物ということ。
ああ、私は一体どんな相手に買い取られたというのだろう。
厄介な相手に、私は買い取られてしまったのか。
あんまりな状況に、馬車酔いだけではない眩暈がした。
予想以上に好ましくない状況へと、私は嵌り込んでいく様だった。
やがて男は建物の中でも、明らかに奥まった場所へと私を連れてきた。
どう考えても、此処は職員達の居住区ではないだろうか。
それも、位置から考えて重要な…中心人物達の。
男は予想通り、この町の中央に近い位置にいるらしい。
私ににっこり笑って、男は一つの部屋を示す。
「取り敢えず、君にはこの部屋を使って貰うよ」
「………」
男はにこやかだが、侮れない人物だと言うことはひしひしと感じている。
そんな相手に、まともに口を利く気になんてなれない。
従順にした方が良いのは分かっているが、どうしても私は反抗的になってしまう。
だけど、そんな『奴隷』の身を弁えない態度にも、男は気にした様子はない。
「僕の隣の部屋…本来は僕の従者用の部屋だけど、良いよね。あと、そのひらひらした服も似合ってるけど…流石に場違いだし。どうせだから使用人の服にでも着替えて貰おうかな」
「使用人の服…」
「…って、あれ? なんで、そんな冷たい目で見られてるのかな、僕」
此処まで来るまでにすれ違った、何人かの使用人の姿が脳裏に蘇る。
その、姿。
ソレを…あの、ひらひらはしていなくとも、ふりふりした衣装を、私に?
私がこの男をじとっとした目で見てしまうのも、仕方ないと諦めて貰おう。
暫く睨み続けると、首を捻っていた男もやがて私の考えに思い至ったのだろう。
今までになく慌てた様子で、男は挙動不審に陥った。
「ちょっ…ち、ちがっ」
「何が…?」
…よし。
初めて動じさせてやれた。
「違うから! 幼気な少女を繋いだ上に使用人の格好をさせて喜ぶ変態なんかじゃないから! 僕は、至って平凡普通の趣味趣向だから! 鎖で繋ぐのも、服も必要上のことで…!」
「でも、やっていることは、そのままソレと同じ…」
「本当に、違うから!」
じぃっと冷たい目で見続けてやると、やがて男は頭を抱えて項垂れた。
「僕は、僕は…」
「…幼女趣味?」
「君、幼女って年じゃないだろ! そもそも僕、犯罪趣味はないからね!?」
「でも、外見的な問題というか…表面的には、そう見えますよね」
年下趣味の、変態に。
…自分のことを指して、年下趣味と突きつけるのは虚しいけれど…
それで、この男に泡を吹かせてやれるのならば、私の屈辱なんて、二の次三の次。
私の自虐紙一重の指摘に、男は自覚があったのか、壁に向かって縋り付く。
「うああぁぁぁっ ソレ、考えない様にしてたのに!!」
よし。やりこめるの、成功。
私は、私の初勝利に内心で強く拳を握ったのだった。
その後、渋々ながらも使用人の格好に着替えた私。
それまで着ていた服が実用的でなかった分、例えふりふりしていても機能性重視の実用的な使用人の服装は、思っていたよりも着心地が良く感じられた。
やはり、動きやすさは大切だ。
私は着替えながらほっと息をつく。
だけど、それを素直に仮面の男に教えてやる義理はない。
動きやすかろうと、着心地が良かろうと。
こんな誰の趣味とも知れない使用人の衣装を着せられ、まだ思うところはあるから。
自分の趣味ではない服装に、不満もある。
『人間』の奴隷に落ちた身としては、不満に思っても享受しなければ仕方がないが。
それでも反骨精神を持つ続けるのは大切だと思うから。
服を着替え、部屋を出て再び仮面の男に鎖を引かれながら。
私は思う様、出来うる限り最高に冷たい視線で男の背中を凝視し続けてやった。
心なしか、視線を背ける男の背中は、やっぱり挙動不審で。
意味ありげに冷たい視線を向けながら。
私はそれとなく、勝利の微笑を無意識に浮かべていた。




