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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
最後の『奴隷市場』
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助けを待つ君にあいたくて



 どうしても、何を置いてでも、助けたいヤツがいる。

 その人が窮地に陥ったのが、自分のせいなら尚更に。

 俺は自分の甘さと、迂闊さと、浅慮さ。

 それら全てを悔いながら、噛み締めた唇から流れる血の味を身に刻む。

 この苦しみと、己の浅い考えが引き起こした一事を忘れない為に。

 これから向かう、騒乱の中。

 何としてでも、望んだアイツの姿を得ることができる様に。

 

 求める姿は儚く、遠くなってしまいそうだけど。

 今は未だ、伸ばした手も届く。

 未だ、決して手の届かぬ存在になった訳ではないのだと。

 俺は自分に言い聞かせ、信じるしかない。

 本当は不安と焦りで今にも心臓は止まりそうだったけど、信じるしかない。

 信じないと、苦しみも薄れない。

 薄れてはいけない苦しみでも、これから起こす行動を遮るモノにはできないから。

 俺は己と己の運命を信じ、幸運を求める。

 何が何でも救出しなければならないアイツは、何よりも大切な相手だから。


 俺の胸は引き絞られて、今にも潰れてしまいそうだけど。

 求めるアイツの姿を得る為なら、きっと少しは痛みもマシになるから。

 俺は自分を奮い立たせる為、懸命に襲いかかる不安を振り払おうとしていた。





 初めて見る、武装した姿で。

 いつもは飄々と、変わらない姿でどこにでも現れるラティ。

 その彼が、身軽さを損なわない皮鎧を纏い、腰の後ろに短刀を装備している。

 ただ一つ、手首に巻き付く一輪の薔薇が華やかな色を添えて。

 普段に比べて格段に真面目な姿をしているラティは、まるで別人の様に様子が違う。

 マイペースな妖精は、今ばかりは厳しい顔をしていた。

「グター君、リンネさんの場所、特定できたよ」

「…よく、分かったな」

「うん。意外な情報提供者がいて」

 こんな時でも余裕を失わないラティは、微かに苦笑を零す。

 しかし場違いだと思ったのか、直ぐに表情を引き締め、ラティは報告を続ける。

「報告によれば、リンネさんは妖精限定の特別な競りに何でか紛れてしまったみたい」

「何だかな。やっぱり、間違われたままか」

「いつ気付くか分からなくて、今まで妖精の獄と魔族の獄、どちらを攻めるか決めあぐねていたからね。でも、今回の特定は確実。早く救出しないと、競り落とされちゃうかも」

「それは困る。リンネのことはなるべくなら心の傷なんて負う前に助けたい…」

「既に繋がれている状況で、ソレはちょっと難しいかもね」

「だけど、早く助け出せればその分、心の傷は軽く済むだろ。頑張れば払拭できる筈」

「あまり軽々しく、身もしないうちに程度を決めない方が良いと思うけど」

「リンネは強い女だよ。あの鈍さはある意味、最強だと俺は信じてる」

「うわぁ。見事に根拠のない信頼だね☆」

「………おい、こら。不謹慎だろ、その軽さ」

「ごめんね、つい」

 照れくさそうに頬を掻くラティは、真面目にしていてもやっぱりラティだった。


 『市場』の包囲、『奴隷』の解放、『奴隷商人』の制圧。

 それら、主たる遠征の目的をフェイルに任せ、暗躍をパドレに任せて。

 元々戦働きに大した期待をかけられることもなく、ただの旗印として参戦していたグター。

 その護衛として付き従い、潜伏して協力している混血の魔族と繋がりを持つ、ヴィ。

 『奴隷』として捕らえられている妖精の纏め役に、個人的な伝手を持つというラティ。

 それらに数人の護衛を加えた一部隊が、グターの指揮下にある。

 元から大した役割を期待されていた訳でもなく。

 彼等には別働隊としての自由…リンネの救出を、許されていた。


 グターは大切な幼馴染みを助け出す為、合図を待っている。

 周囲を攪乱し、混乱を巻き起こす。

 そうやってパドレが隙を作り、攻め込む好機を作り出すこと。

 それが今回、フェイルとグターの同時侵攻の合図。

 心だけでも先に行きたいと、逸る気持ち。

 今すぐにも駆け出したくて、暴れ出しそうな身体。

 それを焼き切れそうな理性で必死に抑えながら、グターは焦燥に耐える。

 なけなしの理性は、耐えろと言うけれど。

 どうしても、どうしてもリンネに今すぐ会いに行きたいと。

 何を置いても、他などどうでも良いので、向かってしまいたいと。

 ただ確実にリンネを助け出す為と己に言い聞かせ、グターは硬く拳を握り締めていた。



 彼が競り場に殴り込み、見事乱入を果たしたのは、この3時間後。


 その時には既に遅かったのだと。

 彼が血が滲む思いで我慢した時は、無為に終わったのだと。

 時の運は目的を果たさせてくれなかったのだと。

 深い絶望の中でグターは知ることになる。


 時遅く、目の前から消えてしまった、大事な人の姿を求めて。

 救い出せると思っていたのに、掴み損ねた幼馴染みの姿を求めて。

 深淵の闇に沈みそうな暗く染まる視界の中。

 グターは自分が周囲を見通すこともできない闇に沈んでいく様に感じた。




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