35.同年代って本当ですか?
改めて青年はお兄さん達によって紹介された。
でも何故か、相変わらず簀巻きのままだった。
彼の身の上を聞き、名前を聞く。
「コイツは地下妖精を襲った『人間』達に使われてたヴィだ。仲間にした」
「ヴィーリック、です。よろしく、願います」
紹介された青年が、真っ直ぐに私の目を見ながら言った。
ん? なんで私を見ながら言う?
偉いのは私ではなく、私の隣にいる馬鹿ですよ。
確かに何故か、この場には私に気を遣っている様な空気があるのだが…
それは先程、倒れかけたからだろうと私は思っていた。
内心で疑問符たっぷりの私に、青年は視線を注ぎ続ける。
まさかアイツより私の方が偉いと錯覚しているとは気付かず、私は首を傾げた。
予想通り、彼は魔族と『人間』の混血らしい。
『人間』の血が濃いことを気にしている様だったが…
彼は未だ未成年らしいので、子供らしく甘えておけばいいと思う。
影のある様子は大人びていて、とても子供とは思えないけれど。
その育つ途上の細い体では、大人扱いに抵抗がある。
ちょっと育ちすぎでも、彼は未だ子供だ。
『人間』の国でどんな扱いを受け、どれだけ大人として振る舞っていたとしても。
体の未だ出来上がっていない子供は、素直に大人に甘えておけばいいのだ。
混血に生まれたのなら、どっちつかずの立場に置かれ、苦しかっただろう。
その苦しみを溶かすにも、彼は優しくされるべきだ。
自分ではどうにもできないことを、あまり深く思い悩んでも、どうにもならないんだから。
紹介を受けて、私達はアイツを見る。
一応、立場上はアイツの方が地位が上だ。
こう言う時、最初の声はアイツがかけるべしと、皆で無言の圧力をかける。
戸惑いがちではあったが、アイツも最近では何を求められているのか察する様になった。
慣れた、とも言う。
私達の無言の訴えを受けて、アイツは戸惑いがちではあったが、影のある青年に声をかける。
「え、と…ヴァーリット?」
「ヴィーリックです」
間髪入れず、影のある青年が言葉を返す。
紹介を受けたばかりだというのに、馬鹿め…
アイツは、一度は紹介を受けた相手の名前を間違えないと気が済まないのか?
「ヴィーリック、です」
胡乱げな視線でアイツを見下ろし、影のある青年が念を押す。
名前を速攻間違えたアイツに対する、複雑な感情が渦巻いている。
若干、ムキになっている?
むっとした顔でアイツを凝視する視線は、存外子供っぽい。
そう言えば体つきで青年一歩手前の年齢だと判断していたのだが…。
この影のある青年は、何歳なんだろうか。
「悪い、悪い。ヴァートリック、な?」
「だから、ヴィーリック、です」
私の考える間にも、アイツと影のある青年が言葉を交わしている。
おい。人の名前を覚えろ、馬鹿。
影のある青年の、視線の訴えが聞こえてきそうだ。
私が気にしていない間に、馬鹿が何度も名前を間違えていた様だ。
急にアイツの記憶力が心配になる。
学習計画、組み直すべきだろうか。
いつの間にか私がアイツの勉強を見ている状況に、不安で仕方ない。
私はちゃんと、アイツの頭を鍛えられているのだろうか。
いつしか自分の自信まで失いつつある前で、アイツ達の会話は続く。
「ヴィーイット?」
「…ヴィーリック」
「ヴァーイット?」
「ヴィーリック!」
「ヴ、ヴァー…?」
何がそんなに呼びづらいのか、アイツは口にする度に間違える。
元から人の名前を覚えるのは苦手な方だったが、ここまであからさまだっただろうか?
最初は縮こまっていた青年が苛々とアイツの間違いを訂正し続けている。
律儀だ。
この青年は、間違いなく、律儀だ。
それとも、己の名前が大好きなのかな?
「ヴィーリックだって言ってるだろう!?」
「ヴァーリット!」
「それは最初に間違えたのと同じだろうが!! お前、さっきからわざとじゃないか!?」
「悪い! 俺、人の名前覚えるの苦手なんだ。謝るぜ、ヴィーリック」
「ヴァーリック!!…って、あ。」
「お前も間違えてやんの」
あ。
アイツに釣られる様な形で、青年まで自分の名前を間違えた。
青年が顔を赤くして悶えている。自分の名前を間違えたことが恥ずかしいのだろう。
そしてそれを、気にせず指摘するアイツ。
青年の何が気にくわないのだろう。気のせいでなければ、今日は何だか性格が悪いな。
「おまっ 人が下に出てると思って! なんてむかつくんだ…!」
「下に出るとか、此処じゃ意味無いぞ? 気を抜くのもアレだけど、遠慮してたら喰われるぞ?」
「誰にだよ!?」
「ディー師匠に。本当、気をつけろよ? ヴァーリット」
「だから、ヴィーリックだって言ってるだろう!」
アイツがピッと指を差した先で、あかい人が婉然と微笑みながら手招きしている。
アイツと青年はそれを見なかったことにして、相も変わらず喧々囂々。
一方的にアイツが悪いとは思うが、青年の反応がアイツを助長させている気がした。
「ああ、ったく!! そんなに間違えるなら、もうそれで良いよ。それ姓にしてやるよ!」
あ。青年が自棄になった。
魔族には『姓』という制度は今のところないんだけど…
青年は知らない様だけど、別に指摘しなくても良いかな?
「滅茶苦茶に名前間違えやがって…!」
「どちらにしろ、貴方のそれは本名だから、それで呼ぶことはないと思うのだけど…」
ブツブツ零す青年に、苦笑気味のメイラが付け加える。
「え。その名前、本名だったのか。早く言えばいいのに」
「本名だから、なんだってんだ」
「いや、本名だったら、そのまま呼ぶ訳にはいかないだろ?」
間違っていたとはいえ、知らずに本名を連呼していた気まずさで、
「私達はヴィ君と呼んでいますよ」
「あ、それ簡単で良いな。それだったら俺でも覚えられるぜ。よろしくな、ヴィ!」
「………~っ!!」
実はわざとですか? 敢えて遊んでない?
そう言いたくなるくらい、アイツにしては珍しく青年をからかっている様に見える。
何か感ずるモノがあったのだろうが、それが何なのか、私には分からない。
じゃれている様にも見えるが、遣り取りに、何となく微笑ましく思う。
影のある青年は本気で苛立ってきていたが。
ある意味ではこれも打ち解けてきている様に見えるので、良いのだろうか?
初対面の相手でも気を緩めて接する様になる姿を、人徳といっても良いのだろうか。
何となくだが…
あの青年は、もう私達に遠慮しない。
完全に打ち解けさせられた姿に、私は確信していた。
完全に気を抜いたらしく、こちらに対する緊張感を失った影のある青年。
特に振り回したアイツに対する遠慮は既に皆無だ。
「あー…『解放軍』のトップに会うって言われてたのに。何か、馬鹿らしくなってきた」
「ちなみに、こちらの馬鹿がそのトップですが」
「って、こいつかよ!!」
分かってますかと問いかけると、影のある青年は素直に目を剥いた。
ああ、やはり言動の端々が幼いな。
ますます外見と年齢が一致していないのではないかと疑惑が深まる。
難しい顔をしながらもアイツをこづき回す様は、完全に拗ねていた。
「おやおや」
メイラの目が、微笑ましげに和む。
「やっぱり同年代、打ち解けるのも速攻ですね」
「「「え」」」
私とアイツ、青年の声が揃った。
三人で互いに、それぞれの顔をまじまじと見比べる。
同年代? この青年が…?
「お前等、いくつだ…?」
高まる疑惑に、青年は恐ろしいモノを見る目だ。
問いかける声が、微妙に震えている。
「「32歳」」
私達の声は揃った。何故なら私達は、同じ歳だったからだ。
返した答えに、青年の目が極限まで開かれる。
戦慄。その言葉が、よく似合う表情だ。
「お前は…?」
こちらも恐々と、アイツが躊躇いがちに尋ねる。
「………少なくとも、30以上。だけど35より上って事はない、と、思う…」
青年の言葉に私達はびりびりと全身に痺れが走る。
まるで電気に打たれた様な衝撃で、私達は硬直していた。
青年の身長は、私達よりも高くて。
柔らかさが削げ、幼さの失せた顔は、五つくらいは年上に見えるのに。
その青年が、私達と同年代。
彼が発育良すぎるのか、私達の発育が悪すぎるのか。
取り敢えず、彼のことを青年と呼ぶのは止めようと思った。
同年代だし、もしかしたら年下かもしれない。
それを思うと、あまり年上扱いはしない方が良いだろう。
影君。
…うん。心の中では、そう呼ぼう。
それが良い。そう思った。
私達は同じ場所の同じ仲間に属していて、同年代。
それは私からもなけなしの遠慮を奪った。
気を遣うのが、馬鹿らしくなる。
息を零す気配に、隣を見る。
息をついて、アイツが気を抜くのも分かった。
その肩から強張りが抜け、アイツの余分な力が抜けていく。
ああ、アイツもちょっとは緊張していたのか。
私達は衝撃を受けた影君の年齢に遠慮を全て吹っ飛ばされ、緩んでいく。
思わず苦笑を零して、ずっと自分が無表情だったことに気付いた。
影君の経歴に、ちょっと警戒していたのかも知れない。
でも、今からは遠慮など無用だし、いっそ友達の様に扱おうか。
新しい仲間の出現に無意識に緊張していた私だけれど…
色々と予想外だったり衝撃だったりで思惑は全て吹っ飛んでしまったから。
何となく気も揺るんで、結果的に蟠り無く受け入れることができたのだった。




