そうしてさよなら、地底世界
襲撃者を撃退したこと、そして防衛強化に尽力したこと。
このことで魔族達は地下妖精に厚く感謝された。
先に注文していた武具に関しても、サービスとして多くの優遇を与えられた。
注文していない品まで『土産』と称して贈ってくる始末。
それら全てを持ち帰ることは不可能と判じ、必要な物だけを望んだのはメイラ。
貰える物は貰っておけと気楽に言ったのはアシュルー。賛同したのはラティ。
ひとまず物は受け取らず、恩を売った事実だけを残して後で回収しようとラフェス。
そしていつの間にか仲間に加えられ、ひたすら恐縮しまくるのは一人の青年。
本人曰く「少なくとも30以上、35以下」という年齢ながら、成長途上の細い体。
どう頑張って老けて見せようとしても、未成年にしか見えない顔。
追い打ちとして、髭の生えない若々しい肌。
『人間』であれば成人に達する年齢も、魔族であれば未成年。
それを見事に体現するのは、いきなり好待遇(同情から)に戸惑うしかない青年で。
元々は襲撃者の仲間だったものの、昆虫採集のノリでラティに捕獲された、ヴィ。
彼は今まで受けたことのない、無償の好意にひたすら緊張するばかりだった。
特に、何故か子供扱いが激しく、周囲が親身に接してくることに。
未熟者、半人前として扱われた経験すらないヴィは、子供扱いに困り顔だった。
自分が役立たずだと言われている気がして、情けなくなるのだ。
『人間』社会の中で生きてきた身としては、35歳で子供扱いは有り得ない。
そもそも、まともな子供時代を送っていなかったが。
しかしそれも、魔族の年齢感覚だと子供が頑張って背伸びしている様に見える。
自分の立場を必要以上に弁えたヴィは口答えを控えていたが、その内心は。
「…俺、もう(推定)35歳(多分)なんですけどね」
がっくりと肩を落とし、落ち込んでしまうのも仕方がないだろう。
「あん? んだよ、まだそんなもんか」
ヴィの言葉を拾ったのは、アシュルー。
自身も混血(但し竜人族との)でありながら身も心も魔族気分の彼は、感覚も魔族だ。
拍子抜けしたという顔で、アシュルーはぽんぽんとヴィの頭に手を置く。
彼は基本的に、子供好きだ。
お陰で子供や子供に見える相手には必要以上に構ってしまう。
「まだ、たったの35かよー。もっと上かと…40過ぎかって思ってたぜ?」
「ああ、確かに。ヴィ君、発育良いですよねー」
「これで!?」
のほほんと告げられた言葉…「発育が良い」に反応して、衝撃を受けるヴィ。
思わず自分の体を見下ろして、パタパタと触ってしまう。
しかし触った体は発育が悪い貧相なものにしか見えない。
分かりやすい様子に、メイラは苦笑を漏らした。
今までどれだけ、ヴィは気を張っていたのだろう。
捕獲したばかりの頃は警戒心が高く、用心深かったヴィ。
隙を見せまいと慎重になっているのは見ただけで分かり、切なくなった。
それが徐々に気を許し、周囲の子供扱いにも慣れてきたのだろう。
毎日の関わりの中で不意に見せていた、子供の様な無邪気な顔が…
魔族にとっては年齢相応な顔が、増えてきた様に思える。
本人は不本意だろうが。
「お前、『砦』に帰ってみ? ぜってぇ驚くから」
「何にだ、アシュルー」
「何でテメェが聞くんだよ、ラフェス」
「気になったからだが。何に驚くんだ?」
「あー、グー坊やら参謀殿やらの外見だよ、外見」
「「「ああ」」」
アシュルーの言葉に、ラフェス、メイラ、ラティの三人が深く納得する。
一人、ヴィだけが自分には分からない話にきょとんとしていた。
アシュルーが再びヴィの頭をぽんぽんと叩くと、ラフェスが肩を叩いた。
見ているだけで、親しげな仕草。子供への気遣い。
「確かに、ヴィが『砦』に行って、あの二人を見たら驚くだろうな」
「そうですね。確かあの方々はヴィ君と同年代の筈ですから」
「ヴィ君が成長しすぎなら、あの二人はちょっと幼い気もしますけどねー」
「あの…皆さん、話の意図がよく、わからない」
窺う様な視線に、大人達の声が揃った。
「「「同年代の魔族の幼さに、絶対に驚くから」」」
「え」
同年代で幼いと言われ、ヴィは本気で戸惑った。
もしや、本当に自分は幼い年齢なのだろうかと。
思えば今まで暮らしていたのは『人間の国』だから。
彼は魔族の常識を全く知らないに等しい。
異種族に対して不遜な『人間』の中で育ったから。
思えば、魔族の成人が何歳かも知らない。
「あの、魔族って何歳?」
知らないので、聞いてみることにした。
返ってきたのは、簡潔な一言。
「一般的には50歳」
「ぶふっ」
驚きすぎて、ヴィ君は噴き出した。
「ごっ 50が成人って…! 魔族、何歳まで生きるんだよ!?」
「あ、それも知らないのか。個人差はあるが大体300くらいだが」
更に衝撃的な予想以上の寿命が回答され、ヴィは思わず頭を壁に打ち付けた。
「い、生きすぎだろ!? 『人間』なんて、精々50歳ってところだぞ!」
「それを言うなら、竜人族なんて5~600年生きるぞ?」
「僕達妖精族は、個人で幅があるけど。短くて150年、長くて8万年(記録更新中)ってところかなー。長老様ったら、長生き過ぎて嫌になるよね。後何万年生きるんだろ」
次々に返ってくる、予想を超えた桁違いの寿命。
『人間』の常識の通じない、あまりの違いにヴィの許容量が限界に振り切れた。
まだ本調子でもなかった彼が泡を吹いて倒れ、魔族達は大慌てすることになる。
ヴィは知らない。
己が未だ魔族の成人年齢に達していないお陰で優遇されたのが、日常の対応だけでないこと…そもそも魔族の仲間に受け入れるという判断にも、年齢のお陰で甘く見て貰えていたことを。
混血は、親の種族のどちらに属するのか、自分で選ぶことができる。
その、『人間』の忘れた常識も知らなければ、選べるのが成人になるまでだとも知らなかった。更に言うならば、自分で選んだ後は体のつくりが一気に選択した種族に傾くことも知らない。
これまではちょっと『人間』より優れた身体能力を持つだけだった。
それが今後、どんどん魔族よりの能力に目覚めていくこと。
その寿命も、外見も、成長速度でさえも。
ラティに捕まり、魔族に拾われ、そうして選んだ。
そうやって心から帰属意識を持った時、彼は魔族の自覚を持つに至る。
そのことで、確固たる『自分』と言う物ができていく。
未だ自分が子供であったという事実を知ったばかりの青年は、これからゆっくりと時間をかけて魔族の青年へと成長していくことになる。
その果てに彼が後悔するのか、満足するのか。
先の見えない行方を知る者はいないが、気を失った眠りの意識の中。
ヴィは、己が後悔しないことだけは確信していた。
気絶し、ぐったりとしたヴィを運ぶのも何度目か。
すっかり手慣れたなと、魔族達は苦笑する。
「未だ体のできていない子供に無理をさせるものではありませんよ?」
「説教は勘弁しろ」
「今はまだ、驚くことが多いので神経が参っているんだろう。その内に落ち着くさ」
「お、下の兄妹がいる奴は達観してんな」
「そんな訳ではないが…」
ラフェスは茶化されながら、ちらっとメイラの様子を窺う。
心配そうにヴィの様子を窺う様は、子供を案じる母猫に見えた。
今回は誰の責任でもないとラフェスは思ったが、先頃からすっかりヴィの保護者気取りになっているメイラの気を荒立たせない為、穏便な対応を心がける。
「しかし、ヴィも目が覚めたら驚くだろな」
ニヤリと、ヴィを担いだアシュルーが笑う。
悪巧みに勤しむ、悪戯坊主の笑みに見えた。
実際、そんな感じの心境だろう。
気を失ったヴィの体を運ぶのは、皆慣れている。
だが今回は、運ぶ距離が少々いつもと違う。
ヴィが気を失う直前、彼等は地底王と謁見し、帰還の許しを得ていた。
そう、彼等はこれから、『解放軍』の本拠地『砦』へ戻る。
気を失った、ヴィを担いだまま。
「速く返ろうぜ。ヴィの反応が見物だろ」
けけけっと笑うアシュルーは、まるで悪魔の様だ。
目が覚めた時、全く見知らぬ地であれば、ヴィはどう思うのか。
「どちらにしろ、ヴィが目を覚ます前に『砦』に戻るのは無理だろ」
「そうですよ。アシュルーさん、どれだけ距離があると思ってるんですか?」
「無理して超ダッシュすれば、何とか…」
「「「なりませんから」」」
予想通り、目が覚めた時にポカンとすることになるヴィを荷台に積んだまま。
遠い我が家を目指し、魔族達は帰途についた。
地底国での滞在は予想以上に長く、予想外の出来事も多かったが…
それでも最終的に手に入った成果もまた、予想以上で。
当初の予定よりも質・種類・量の豊富となった、補充の武具類。
いつか来る未来、魔族の君主となる少年に誂えた、稀代の名剣。
そして、『人間』の裏の仕事に関わっていたからこそ、多くの情報を持つ青年。
魔族となり、『人間』を捨てることを決意した、ヴィ。
『砦』にいる仲間達も知らない多くの荷を馬車に積んで、彼等は行く。
自分達の功績への満足に、新しい仲間の今後への期待に。
ゆるゆるとしたその歩みが『砦』に辿り着くまで、彼等は満足な顔をしていた。
ここのところ番外がとても長く続きました。
次からはまた、リンネ達の話に戻る予定。
…というか、合流予定です。




