地底世界の捕縛者(笑)
地底からの援軍が到着したのは、全てが終わった後だった。
撤収の準備を整えながら、メイラ達は捕獲した襲撃者を刺草で縛り上げていく。
恐怖の刺草に縛められ、襲撃者達は口から泡を吹いて気絶していた。
赤々としたお祭りに騒ぎ終え、返り血も生々しいアシュルー達も野営地に戻ってきている。
今彼等は一丸となり、全員で力を合わせて此処に来て最大の局面に立たされている。
そう、罠の撤去と後始末という、難しい難局に。
後先を考えずにはしゃいで地形操作や罠の大番振る舞いな設置後の数々。
地底への入り口へと続く道々は、大荒れに荒れている。
場所によっては土砂で埋められ、場所によっては真っ赤な泉が発生している。
転がっている肉の部分的破片もおぞましく、血みどろの道は生臭い。
おまけに血の臭いに引き寄せられて、様々な獣が寄ってきている。
獰猛な獣は、やはり責任を取って魔族が前面に出て駆除する必要がある。
地底への入り口は入り口で、大掛かりな地形の弄り方に、何やらテーマパークじみたナニかへと変貌を遂げている。体験して楽しもうとするには、大分物騒だったが。
洒落にならない悪戯好きの妖精達だからこそ笑って流してくれるが、これが他の種族の領地であればと考えると、メイラ達は吊し上げられても仕方のない状況である。
しかし積極的に地下妖精の国を防衛し、安全に貢献したと言うことで、魔族達は大層妖精達に感謝されることとなった。やりすぎ感に反省していたメイラにとっては、心苦しいことこの上ない。
「結局、捕獲できたのは僅か、たったの三人です。ちゃんと情報を聞き出せるでしょうか」
「あ? 数がいりゃいいってもんでもねぇだろ」
「そうだな。捕まえられただけでも大したものだ」
「そりゃ、貴方達はそうですよね…。結局、貴方達の所は生存者ナシですから」
「すまん…」
「悪気はねぇよ? 手が滑ったんだ、しょーがない」
「アシュルーさんは反省しましょうね。ラフェスさんは、反省すりゃいいってもんじゃありませんからね? 次に活かして下さいよ、次に」
「善処すると、約束する」
「その言葉、忘れないで下さいよ…?」
「ガンバレよ、ラフェス。でも、我慢はよくねぇぜ?」
「アシュルーさんも、他人事じゃないんですよ!?」
「分かった、分かった。次はしっかりやるって」
「本当ですかね、もう…」
どうせ次に反映されることのない言葉だとは思ったが、メイラは口を噤んでおいた。
メイラをは思ったことを何でも口に出さないでいられる分には、大人だった。
撤収の準備が整ったのは、とうに夜も明け、太陽が真上に近づいた頃だった。
今後の防衛も考えてある程度の備えを残しつつ、彼等は一時的に地底へと戻る。
地底王への報告と、今後の対策を共に相談する為、彼等には時が必要だった。
争いの痕跡も拭い去るには時が足りぬ。
だが、その痕跡が消え去る前に、彼等はきっと『砦』へと帰ることになる。
それが分かっているからこそ、彼等は出来うる限りの力を貸さなければならない。
当然のこととしてそう思えるだけ、彼等は地底の民に好意的であった。
それと同時に、技術力が流出することに危機感を持っている。
襲撃者が優れた地底の技術者を一人連れ去るだけで、どんな影響が出るか分からない。
彼等は彼等なりの真剣さで、地底に真摯に向き合おうとしていた。
「あ? そういや、ラー坊は?」
「ラー…あ、ああ。ラティ君のことですか?」
「そう言えば、姿が見えないな」
「あいつ、撤収作業サボリやがったか?」
「アシュルーさんが言うことじゃないですけど、違いますよ。ラティ君、昨夜は情報収集してくれてたじゃないですか。それ関係で何か気になることがあるって言ってました」
「それでは、ラティはその気になることの確認に?」
「はい」
「おいおい。一人で大丈夫かぁ? まだ残党がその辺にいるかもしれねぇってのに」
「確かに、昨夜襲撃があったばかりだというのに、単独行動は感心しないな」
「………」
ラティのみを心配する二人を前に、メイラ以下その部下達はふいっと目を逸らした。
「「?」」
物言いたげでありながら何も言わない仲間の反応に、二人が怪訝な顔をする。
「どうした?」
「…ラフェスさん達は」
「ん?」
「ラフェスさん達は、昨夜のアレを見ていないからそんなことが言えるんですよ…」
メイラの目は仄暗く、まるでおぞましい呪いを前にしたかのようだ。
誰かにそっと冥府の言葉を囁きかけるような、闇と死の匂いがする。
「どうしたというんだ、メイラ。様子がおかしいぞ、お前達」
「良いんですよ。私達は今後、ラティ君の心配をするのは止めたんです。少なくとも、身の安全的な意味では。様子もおかしくなります。昨夜のアレは、本当にアレだったんです」
「アレ? 一体、何をみたと言うんだ」
「言いたくありません。黙秘します」
「それじゃ、分からないだろう…」
「良いんですよ、本当に。ラティ君は『可愛い刺草』がある限り無敵です。敵無しです。心配するだけ無駄なんです。彼にはアレがついている限り、自衛手段はバッチリですから」
やさぐれた顔で、仕草で。
メイラはブツブツと繰り返す。
その異様な反応に、ラフェスはアシュルーと顔を見合わせた。
「…なあ、触らぬ神に祟りなしって言葉知ってるか」
「知ってるぜ?」
「その言葉、今回に適用できると思うんだが」
「賛成」
こうして彼等は、藪をつついて蛇が出ないよう、昨夜のアレとやらには触れないことにした。
内心に疑問を封じ込めながら、それでも思う、一言。
--ラティ、お前、昨夜は一体何をしたんだ…?
銀の刺草に纏わる、残酷事件を目撃していない彼等は、昨夜の出来事など分からない。
そして幸運にも、今後も知る由のないことなのであった。
単独行動を取るラティは、岩山の殺風景な中、探しているモノがあった。
腕に這わせた刺草に耳を寄せ、他の刺草が聞き取った囁きを集める。
「こっち? うん、こっちだね」
『子供達』から集められる足音を頼りに、彼は滞らぬ歩みを進める。
昨夜の襲撃に備え、彼は手持ちの刺草を全て山にばらまいた。
それこそ、虫の這い出る隙間もないように、満遍なく山道の全土に。
こうなると、彼の耳から逃れることのできる者は皆無である。
昆虫であろうが、獣であろうが…人で、あろうが。
ラティは気付いていた。
昨夜の襲撃者の中に、毛色の違う者が一人居たことを。
そしてその者が、逃亡の期を計っていたこと。
乱戦のどさくさに紛れ、魔族の目も仲間の目もかいくぐり、上手いこと逃げ出したこと。
その、逃亡経路から逃げた先まで。
銀の刺草がある限り、彼の追跡から逃げることはできない。
逃亡者は知らない。
自分が気付かず、銀の刺草が茂る中を逃げたこと。
その際に、刺草の葉が衣服の隙間に忍び込んだこと。
葉一枚であろうと、『親』たるラティにはその気配を追うことができること。
ラティという、恐ろしい魔性を露わにした妖精が接近しつつあること。
気付かないまま、逃亡者は疲労に満たされた体に急用を与えるべく、歩みを止めていた。
体が回復するのを待ち、物陰でじっと潜んでいた。
無事に逃亡を果たす為、避けるべき揉め事を回避するべく。
彼は側に近づくラティに気付きながらも、侮っていた。
身を潜めていれば、やり過ごすことができると。
相手は幼い少年。自分が目くじらを立て敵にするべき相手ではないと。
此処は地下の妖精郷が近いのだから、妖精くらいいるだろうと気にしていなかった。
確かに、平時であればそうであったかもしれない。
彼の潜伏技術を持ってすれば、確かにやり過ごすことのできる相手であっただろう。
ラティが確実に自分を追跡していること、自分が彼の耳から逃れることができないこと。
そうと青年は知らなかったが故に、油断していた。
「あ、いた」
確実に自分に向けて放たれた、妖精の声。
ぞくっ
少年の声を聞き取った時、言い知れぬ悪寒が青年の背を駆け上がる。
それは数限りなく潜り抜けてきた修羅場、死線によって鍛えられた、青年の危機察知本能。
もしくは、ただの勘であったのかも知れないが。
どのような言い方をしようとも、青年が凄まじい嫌な予感に襲われたのは確かだった。
「可愛い僕の『愛し子41号』、やれ!」
ヤケに元気に可愛らしく、明るい声だった。
まるで昆虫採集に来たような。
まるで猟犬に獲物を追わせるような。
捕獲される相手の心情など思いやらない、無邪気な声だった。
哀れな青年の心中など意に介さず、無情にも捕獲宣言は成された。
爆発的に一瞬で成長したのは、昨夜からお馴染みの銀の刺草。
「あ、悪魔の植物…!」
青年の顔から、怖気で一瞬にして血の気が引く。
抵抗する暇もなく、身じろぎすらできない間に。
青年は、呆気なさ過ぎる程に呆気なく、ラティによって簀巻きにされてしまっていた。




