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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第10章:接続先確認と切り離し条件〜動かす前に、どこへ繋がるか確かめろ〜
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第96話 規格書の「主基盤」とは何を指すか

 なぜ流し込みは失敗したのか。


 その問いをアシュレイは、もう少し正確に言い直していた。失敗したのではない。この核は外から魔力を流し込んだくらいでは、単独では起きないように作られている。問題は、なぜそう作られているかだった。


 手元には坑道図の調査で持ち越した、一行があった。地方都市規格書からの引き写しだ。〈外縁補助核は、主基盤との切断確認なく単独稼働させてはならない〉。


「ここに答えがある気がします」とアシュレイはノラに言った。


「この核は単独で起きないんじゃない。単独で起きてはいけない。どこかにある『主基盤』と切れているか確かめてから動かせ、と規格書が言っている。ならまず知るべきは――その『主基盤』が何を指すのかです」


---


 ローデリクが規格書の原典への、正式な照会を引き受けた。


 現場の引き写しではなく、原典そのものを当たる。それには王都監査院の権限が要った。ローデリクはその権限を持つ、数少ない一人だった。


「写しと原典では、重みが違う」とローデリクは言った。


「現場の引き写しは要点だけを抜く。抜くときに、書いた者の解釈が混じる。後で『主基盤とは何だ』と争いになったとき、引き写しでは証拠にならない。原典の定義の条文そのものを、版ごと押さえる」


 数日後、原典の該当条文が王都経由で届いた。アシュレイはエルリックと、文面を一語ずつ照らした。


「妙ですね」とエルリックが先に気づいた。


「『主基盤』の定義のところ。てっきりその都市の中央魔力炉のことだと思っていました。でも条文は、そう書いていない。『主基盤とは、複数の外縁系統を束ねる上位の供給系統を指す』――都市の炉ではなく、もっと上の、束ねるほうの系統だ」


---


 アシュレイはその一文を、何度か読み返した。


 主基盤=中央魔力炉。それが最初の見立てだった。外縁補助核は街の中心の炉に繋がっている。だから迂闊に動かすと、街を巻き込む。それまでの理解はそこで止まっていた。だが原典の定義は、その見立ての枠を静かに踏み越えていた。


「束ねるというのは」とアシュレイは慎重に言葉を選んだ。


「一つの街の中だけの話ではない、ということです。複数の外縁系統。それは複数の都市の外縁をまとめて束ねる系統かもしれない。だとすると、イルダンの外縁補助核は――イルダン単独の設備ではなく、もっと広い地方都市群の旧い基盤系統の一部だった可能性がある」


「待ってください」とエルリックが声を抑えた。


「それ、相当に大きな話になりますよ。一つの核を切り離す確認のはずが、複数都市にまたがる系統の話になる」


「だから断定はしません」とアシュレイは言った。


「条文は『可能性』を示しただけです。主基盤が実際にどこにあって、どこまでを束ねているかは、まだ何も分かっていない。分かったのは『主基盤』という言葉が、一つの炉を指す言葉ではなかったということだけです」


 ノラがその差を、すぐに記録に落とした。


「現場の見立て――主基盤=中央魔力炉」と彼女は台帳に二段で書いた。


「規格書原典の定義――主基盤=複数外縁系統の上位供給系統。この二つは別物よ。私たちはしばらく、見立てのほうで動いていた。定義のズレをここに残しておくわ。後でどちらが正しかったか、必ず突き合わせる」


---


 翌朝、アシュレイはその条文をガルドに見せた。


 現場で核の手触りを知っている男に、規格の言葉が現物とどう噛み合うかを聞きたかった。


「束ねる系統ねえ」とガルドは条文を指でなぞりながら言った。


「だが合点はいくぜ。あの流し込みがなんで失敗したか、ずっと引っかかってた。普通、古い核に魔力を流しゃ多少は反応する。なのにあの核はほとんど飲まなかった。空回りだ」


「飲まなかった」とアシュレイは繰り返した。


「ああ」とガルドは言った。


「俺は最初、ただ劣化で詰まってるんだと思った。だがこの条文を見ると、別の見方ができる。あの核は『主基盤と切れたか確認できるまで勝手には働かない』ように、自分で踏ん張ってたんじゃねえか。流し込まれても、上の系統との繋がりが切れたっていう合図が来てねえから、起きるのを拒んだ。だから飲まなかった」


 アシュレイはその読みを、しばらく転がした。


 もしそうなら、この核を守ったのは運だけではなかった。設計そのものが、無断起動を拒むようにできていた。古い設備が古いなりに、危険な単独稼働を自分で止めていた。


「だとすると」とアシュレイは言った。


「私たちが切り離し確認をしないまま、もし『正しい手順』で起こしていたら――核は素直に飲んでいた。無断で雑にやった者は、皮肉にも核の安全装置に助けられた。でも手順を知る私たちのほうが確認を飛ばせば、本当に起こしてしまえる。怖いのは向こうより、こっちのほうです」


「違いねえ」とガルドは苦笑した。


「知らねえ奴は扉を叩いて、開かなかった。鍵を持ってる奴が確かめずに開けるのが、いちばん危ねえ」


---


 その話が市庁に伝わると、案の定慎重論が出た。


「他都市の系統までなぜイルダンが調べるのだ」と市庁の役人は言った。


「これはイルダンの坑道で起きた、イルダンの問題だろう。うちの設備がうちの街に繋がっているか。それだけ確かめれば済むことではないのか。話をよその街にまで広げる必要が、どこにある」


 その言い分はまっとうだった。だからこそアシュレイは、丁寧に答えた。


「広げたいわけでは、ありません」とアシュレイは言った。


「ですがこの核を安全に切り離すには、『何から切り離すか』を正しく知らないといけない。相手が中央魔力炉だけなら、確認は街の中で済みます。でももし相手が複数の街を束ねる系統なら、街の中だけ確かめて『切れた』と判断するのは危ない。切れていないものを切れたと思って動かす。それがいちばん怖い」


「ではいつまでかかる」と役人は言った。


「分かりません」とアシュレイは正直に言った。


「だから範囲をまず、仮に決めます。全部を一度に確かめようとすれば、終わりません。今日の時点で『主基盤』が指しうる範囲を、暫定で置く。中央魔力炉と、そこから先に束ねられているかもしれない上位系統。そのうち確認できたところから一つずつ『ここは切り離し済み』と消していく。終わりは見えなくても、進み方は見えるようにします」


---


 その夜、アシュレイはローデリク、エルリックと暫定の定義を文にした。


 〈主基盤(暫定):イルダン中央魔力炉およびそれが接続しうる地方都市群の上位供給系統。範囲は未確定。切り離し確認は、確認できた経路から順に登録する〉。短いが、これがこれから何を確かめ、何を確かめ終えたかを数えるための物差しになった。


「これでやっと数えられます」とアシュレイは言った。


「確かめる先が霧の中だと、どこまで進んだかも分からない。暫定でも枠を置けば、残りがいくつか見えてくる」


「ただし」とローデリクが釘を刺した。


「枠を広く置いたぶん、確認は長引く。一つの核を切り離すだけのはずが、他都市の系統まで照らすとなれば、その間ずっと坑道の封鎖は解けない。住民も商人も『まだか』と言い始める。覚悟はしておくことだ」


 アシュレイは頷いた。


 主基盤が一つの炉では、なかった。それが分かったことは前進だった。だが前進した分だけ確かめる範囲は広がり、街を止めておく時間も長くなる。眠った核を安全に扱うために必要な時間と、街が止められていることに耐えられる時間。その二つがこれから、正面からぶつかろうとしていた。

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