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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第7章:別都市倉庫印と消えた資材台帳〜黒幕ではなく、経路を洗え〜
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第70話 経路は見えた。だから、次は入れる

 大会議室の机の上は、久しぶりに書類で埋まっていた。

 倉庫印の一覧表、支払い名義の照合表、ミレナが作った時系列表、荷馬車経路図、停止資産の接点一覧。それぞれ別の人間が別の時期に作ったものが、今日初めて一つの机の上に並んでいる。


 ミレナは会議が始まる前から来ていた。書類を並べながら、先端にインクのついた指で一枚ずつの配置を確かめていた。どれが最初に来るべきか、どれを補足として置くべきか。報告書を作るとき、順番は説明の筋と同じになる。

 アシュレイが入ってきたのは、ミレナが最後の一枚を置き終えた直後だった。


「揃っていますか」


「はい。証拠品管理台帳の対応番号も、各書類の右上に書き込んであります」


 アシュレイは机の上を一瞥して、頷いた。一枚一枚を読む前に、全体の構成が分かった。

 ノラ、リオネル、ガルド、セルマが順番に入ってきた。ローデリクは通信機越しの参加で、部屋の隅に設置した装置から遠隔で接続している。


 それから、もう一人。

 住民代表のウォンという中年の男だった。南区画の商店主で、旧鉱山区画の封鎖が始まったころから、たびたび役所に問い合わせをしていた人物だ。今日は正式な問い合わせの場として招いていた。


 アシュレイが報告の口火を切る前に、ウォンが手を挙げた。


「少し聞かせていただいてよいですか」


「どうぞ」


「随分と長い間、旧鉱山区画の周辺が封鎖されています。住民としては、何が起きているのかを知る権利があると思っています。……今日の会議では、その結果が出るとのことで参りました。率直に教えてください。結局、誰が悪かったんですか」


 部屋の中が、少し静まった。

 ウォンの問いは感情的ではなかった。声は落ち着いていて、怒りより困惑に近い。旧鉱山の周辺を通る道が封鎖され、迂回を余儀なくされてきた人間の、当然の疑問だった。


「その質問に答える前に、一つ整理させてください」


 アシュレイが静かに言った。


「今日の報告では、二つのことを区別します。一つ目は、旧鉱山区画への資材流入経路が見えたかどうか。二つ目は、その経路を動かした者が誰かが分かったかどうかです」


「……それは、別のことなんですか」


「別のことです。今日の報告は、一つ目については明確に前進できた。二つ目はまだ確定していません」


 ウォンが少し表情を曇らせた。「つまり、犯人は分からないということですか」


「今日の時点では、はい。ただ」


 アシュレイは机の上の書類を手で示した。


「誰が動かしたかが分からなくても、どう動かしたかが分かれば、同じ経路を二度と使えなくすることができます。今日の成果はそちらです」


 ウォンはしばらく考えてから、静かに言った。


「……分かりました。聞かせてください」


 ミレナが立ち上がり、報告書を読み始めた。


「今回確認できた経路を整理します。外部倉庫、休眠業者名義の契約、小口に分割された支払い、閉鎖済みの荷捌き場、旧鉱山脇道。この五つが組み合わさった経路で、資材が旧鉱山区画へ運び込まれていたと考えられます」


 ミレナは時系列表を示しながら、順番に説明した。最初の倉庫印から始まり、採番規則のズレ、商人ギルドの限定開示、休眠業者名義の発注、台帳同期の不備、荷馬車の接触点、閉鎖済み荷捌き場の鍵の痕跡、照会回答の封蝋に残った再封印跡。

 一つ一つは断片的だったものが、時系列表の上では一本の線として並んでいた。


 ウォンが途中で口を挟んだ。


「その荷捌き場というのは、南区画の古い建物ですか」


「そうです」


「あの建物、閉鎖されてからずっと誰も使っていないと思っていました」


「台帳上はそうなっています。ただ、現地の錠前に最近使用された痕跡があり、今回再分類と鍵の回収を行いました」


 ウォンは少し間を置いた。


「……うちの店の裏手に近い建物です」


「知っていますか」


「特に何かを見たわけではありませんが……。夜に人の気配がしたことが、一度か二度あったような気がします。気のせいかと思っていましたが」


「もし具体的に思い出せることがあれば、記録として残させてください。内容の有無にかかわらず、証言として残す価値があります」


 ウォンは頷いた。これ以上の追及はしなかった。

 報告の後半、各担当が今後の対応を説明した。


 ノラが証拠品台帳の最終番号を読み上げ、今回の調査で保全した記録の一覧を確定させた。


「証拠品の番号は連続しており、差し替えや欠落はありません。ローデリク殿の監査院控えとの照合も完了しています」


 通信機越しに、ローデリクが言った。


『確認した。証拠の保全状態については問題がない。……正式調査許可の前提条件についても確認する。現状で満たされているのは、証拠保全、危険評価、外部資材流入経路の一次照合の三点だ。残る条件は、内部調査の作業許可書と、安全手順の事前承認になる』


「それは次のステップです」とアシュレイが言った。


「今日は現状の確認まで。内部に入るための準備は、今日の会議の結果を受けてから始めます」


 セルマが商人ギルド側の再発防止策を出した。


「ギルドとしては、休眠業者との取引について、市庁から定期的に停止業者の更新情報を受け取る仕組みを今後も続ける。今回の件で一度台帳のズレを経験しているから、確認の仕組みは浸透している」


「それだけではなく」とセルマは続けた。


「外部倉庫からの納品については、倉庫印の事前登録制を提案したい。見たことのない印が押された資材については、受け入れ前に照合できる窓口を作る。ギルド内の合意は取れている」


「それは有効です。補則案に入れましょう」


 リオネルは警戒ルートの更新内容を報告した。


「旧鉱山脇道への巡回は、現在一日二回から三回に増やした。脇道の入口には測定点を追加し、車輪跡や足跡の確認を巡回の標準手順に組み込んでいる。閉鎖済み荷捌き場の周辺も、南区画の巡回ルートに追加した」


「巡回記録の様式は変更しましたか」


「ミレナが目撃記録の様式を配ってくれたものを使っている。時刻、場所、内容、記録者、確認者の五項目で統一した」


 ガルドが腕を組んで話し始めたのは、会議の後半に入ってからだった。


「旦那。一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「外の経路は分かった。証拠も揃ってきた。……で、中はどうするんだ。坑道の奥に何があるか、そっちも早晩確認が要るだろう」


 部屋が少し静まった。全員が同じことを考えていたが、誰も先に口にしていなかった話だ。


「その通りです」


「今の支保工は観察用に組んである。あれは封鎖のためで、調査員が入ることを前提にしていない。本当に中に入るなら、別の組み方が要る」


「どのくらいの支保工が必要になりますか」


「入り口から最初の十メートルだけ確認するなら」とガルドは言った。「軽量の一時支保工を六から八セット、崩落検知用の振動計を三点、退路確保のための安全綱の設置が最低限だ。俺が図面を引けば、三日以内に部材の調達リストが出せる」


「引いてもらえますか」


「ああ。ただし、入れるかどうかの判断は現場を見てからだ。図面を引いても、当日の坑道の状態によっては止める可能性がある」


「当然です。その判断はガルドさんに委ねます」


 ガルドは短く頷いた。

 会議が終わる直前、通信機のローデリクが少し声のトーンを変えた。


『一点だけ追加する。旧式安全核関連部材という分類名が出てきた件だが、これについて、王都の保守局に照会を出している。回答が来次第、こちらから連絡する』


「ありがとうございます」


『……この分類名は、王都でも管理対象になっている部材に関連する可能性がある。もし内部調査で同種の部材が見つかった場合は、作業を止めて私に連絡してくれ。独自の判断で動かないように』


「分かりました。手順に加えます」


 ローデリクの接続が切れた。

 会議が終わり、参加者が散った後も、アシュレイは机の前に残っていた。


 書類の山が少し低くなっている。報告書として整理されたものは、ミレナが台帳に収めた。証拠番号が付いたものはノラが管理する棚へ戻った。今日の会議で出た追加の確認事項は、ミレナが議事録として起こしている。

 ウォンが退出する際に、一度だけ振り返って言った。


「今日の説明は、正直なところでした。犯人が分からないことを誤魔化さずに言った。それは評価します」


「ありがとうございます」


「ただ、住民としては、最終的にどうなったかを知りたい気持ちは変わりません。経路を塞いだとしても、誰かが意図してやったことなら、また別の方法で来るかもしれない」


「その可能性はあります。だから経路を塞ぐだけでなく、塞いだ経路を監査できる状態にしておくことが必要です。今日の会議で決まったことは、その準備です」


 ウォンはそれ以上は言わず、出ていった。

 日が傾いてから、ガルドが役所に一度戻ってきた。


 書類と図面を抱えていた。軽量支保工の計画図で、入り口から第一分岐点まで、ガルドが設置点と設置順を書き込んであった。


「早かったですね」


「頭の中に大体あった。あとは調達リストだ」と言いながら、ガルドはもう一枚の紙を机の上に置いた。


「部材は五日あれば揃う。ゲイルに確認したいことがある」


「ゲイルさんに」


「坑道の最初の十メートルを手探りで進む場合、王都の現場技師はどういう危険管理をしてるか知りたい。あっちには旧鉱山じゃなくても、似たような条件の場所に入った経験があるはずだ」


「通信を繋ぎます」


 アシュレイが通信機を操作した。少し待ってから、ゲイルの声が届いた。


『おう、アシュレイか。ガルドが訊きたいことがあるって聞いたが』


「ガルドさんに替わります」


 ガルドが通信機の前に立ち、支保工の図面を広げながら話し始めた。設置点の間隔、振動計の精度、安全綱の固定方法、退路確保のタイミング。ゲイルが一つ一つに答えていく。二人の会話は、役所に来た時のような無駄のない言葉のやり取りだった。

 しばらくして、ゲイルが言った。


『その計画なら悪くない。ただし一点、坑道の最初の十メートルは慎重に探れよ。支保工の状態が予測できない以上、毎セット組んでから止まって、振動計を確認してから次へ進む。急がないことだ』


「分かってる」とガルドが返した。


『……それだけ条件を整えてあるなら、最初の十メートルだけは入れるかもしれねえ。後は現場次第だが』


 ガルドが通信機から離れ、アシュレイに向き直った。


「聞いたか」


「聞きました」


「三日で図面を完成させる。部材の調達リストも出す。入る前にもう一度、坑道の入口の状態を確認してから決める」


「分かりました」


 ガルドは書類を持って立ち上がり、扉に向かった。扉を開ける前に一度振り返った。


「旦那。外の経路は一段落ついた。次はいよいよ中の話になるな」


「そうなります」


「……楽しみにしてるぞ。俺の支保工が、坑道の中でどう動くか」


 それだけ言って、扉が閉まった。

 夜、アシュレイは一人会議室に残っていた。


 机の上には、今日の議事録のほかに、一枚だけ白紙の羊皮紙が置いてある。

 ペンを取り、書いた。


【外部経路監査、一次完了。倉庫印・休眠業者名義・小口契約・停止資産接点・旧鉱山脇道。五経路の証拠保全と照合は完了した。記録差し替えの痕跡あり。旧式安全核関連部材との接点については王都側で照会中。】


【補則追加:外部資材流入監査・休眠業者照会・停止資産接点点検の三項目を危険未確認基盤資産の管理補則に加えた。】


【次回課題:入るための作業許可条件。】


 ペンを置き、手帳を閉じた。

 窓の外は暗かった。旧鉱山の方向には当然、何も見えない。ただ、封鎖線の測定点から届く定時の記録が、今夜も異常なしとして届いていた。


 問題は解決していない。ただ、形になった。

 見えなかったものが記録の上に現れ、手が届かなかったものが手順の中に入った。次は、内側を確認するための準備が始まる。


 それで十分だった。

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