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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第13章:地面の下に張られた一本〜起こすな、割られた地図を継げ〜
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第127話 呼応する安全核

 王都からの便りが継送で届いたのは朝のまだ人の少ない刻限だった。差出はエルリックだった。封を切る前から折り目が急いでいるのが分かった。いつもの几帳面な畳み方ではなかった。


 中の字も速かった。


 ――ある晩、王都の安全核が独りでに震えました。誰も命令を通していません。当直も触れていない。それでも待機の波形が揺れた。


 アシュレイは窓際へ寄って紙を陽に透かした。


 王都の安全核。王都の地下にいちばん古くから据わっている最後の安全装置だ。かつて目隠しをされて眠らされていたものを、自分とエルリックの手で起こし直した。表の盤が嘘の正常を映し続けたあの夜、都のありったけの灯りが落ちかけたなかで、ぎりぎりの一線を拾い上げて踏みとどまったのがあの核だった。主の系統からは切り離されて独りで立っている。周りが崩れても道連れにならないよう、わざと孤立させてあるのだ。誰の命令も要らず誰の命令にも動かないはずのものだった。それが独りでに震えた。


 便りにはもう一つ書いてあった。


 ――同じ晩、名簿の都市の一つで誰かが古い手順を核へ通しかけた跡があります。ここから数百里も離れた街です。


 アシュレイは紙を下ろした。


 二つの晩が同じ晩だった。数百里を隔てた地方の核へ誰かの手が伸びたその晩に王都の核が揺れていた。


 ノラが綴りを抱えて入ってきてアシュレイの手元を覗いた。


「エルリックさんの字ね。ずいぶん急いで書いたみたい」


「王都の安全核が独りで震えたそうです」


「独りで……? あれは主の系統から切り離してあるでしょう。誰の命令も届かないから最後の砦になれたのよ」


「そのはずのものが揺れました。命令もなく、当直の手もなく」


 ノラは便りをもう一度読み返した。


「王都の当直長は経年のノイズだと言っているのね。古い装置がひとりで鳴っただけ、偶然だと」


「偶然にしては刻限が近すぎます」


 アシュレイは便りの二つの晩を指で示した。


「地方の核へ手が伸びた晩と、王都の核が揺れた晩。数百里を隔てて同じ夜です。ただの偶然にしては重なりが良すぎます」


「……通し番号で結んでみるわ。王都で揺れた刻と、地方で手が伸びた刻。両方を同じ帳面の隣り合った行に置いて日と刻がぴったり並ぶかどうか見るのよ」


 アシュレイは卓へ王都の名簿の写しを広げた。あの古い一葉。削られた符号の残る頁だった。


 半月ほど前、この頁の符号の並びをエルリックが読んだ。在り処の順でも名前の順でもない。核と核を繋ぐ順だ、と。束の寄っていく先は王都の安全核の方角だ、と。ただし彼は断定を避けた。紙の上の並びから読めるのはそこまでだった。


 その紙の推測が今度は現物の震えとして立ち上がろうとしていた。


「紙の並びで読んだことを核の震えで確かめる時が来たのかもしれません」


 アシュレイは低く言った。


「符号の並びは、こう繋がっているはずだという推測でした。核の呼応は違います。遠くの核が身じろぎすると王都の核も一緒に震える。……繋がっているかもしれない、ではなく今この瞬間に繋がっていると設備そのものが答えているんです」


 ノラが顔を上げた。


「誰かがまた古い手順で核を試しているってこと」


「そう思います」


 アシュレイは名簿の写しへ目を落とした。


「地方の核へ手を伸ばした者がいます。主の系統がまだ生きている前提で、古い正しい手順を通そうとする者。……去っていったあの元技師か、その筋の誰かでしょう」


 この系統を辿るのは古い謎を掘り返す道楽ではなかった。今まさに誰かが起こそうとしている一本を、起きる前に止める仕事だった。


 アシュレイは返事を書いた。エルリックには王都の核の震えを波形にして残すこと。揺れた刻と揺れ幅を一つ残らず記録へ落とすこと。ゲイルには現場で核そのものの動きを確かめること。当直の日誌と突き合わせ、本当に誰の手も触れていない晩に揺れたのかを裏取りすること。


 便りの終わりにエルリックはこう書き添えていた。当直長は記録を残すことすら渋っている、と。古い核が独りで鳴るのは毎度のことだ、いちいち騒ぐな、と言われた、と。


 アシュレイはその一行の前で少し目を細めた。


 異常を騒ぐな、という声には覚えがあった。かつて王都では現場の上げた警告が握り潰され、表の盤だけが正常を示していた。目隠しをされた核が最後まで踏ん張って都を救った。あの声がまだ残っている。


 だが今度は握り潰せない。揺れは波形に残る。刻は日誌に残る。誰が触れず誰が渋ったかも記録に残る。残る運用にしてある限り、なかったことにはできなかった。


 数日して、ゲイルからの短い返しが届いた。当直の日誌と現場の帳面を一枚ずつ照らした。あの晩、核の間近に立った者はいない。触れた手も、通した命令もない。それでも核は揺れた、と。人の手が入っていない晩に独りで震えた、という一点だけが確かになった。装置が独りで鳴ったのではない。何かに応えて鳴ったのだ。あとはそれが何に応えたのかだけが残っていた。


 その翌日、ノラが通し番号を振り直した帳面を持ってきた。


「並べたわ。王都で核が揺れた晩と、地方で手が伸びた晩」


 几帳面な字が二つの列で揃っていた。


「日は同じ。刻も王都のほうが半刻だけ遅れて揺れている。……手が先に伸びて、そのあとを追うように王都の核が応えているの」


 アシュレイは二つの列を上から下まで眺めた。


 独りで立っているはずの王都の核が数百里先の核の身じろぎに半刻遅れて応えている。二つは別々の設備ではなかった。同じ一本の上に載っているかのように片方が動けばもう片方が震えた。


 争点が動いた。削られた符号がどこを指すかという紙の上の話ではもうなかった。その符号が描く一本の系統は今も生きているのか。生きているなら、今それに触れているのは誰なのか。問いは紙から地面の下の設備へ移っていた。


 アシュレイは呼応を起こした地方の核の街へ人をやることにした。名簿の都市の一つ。切り離し条件も届いていない、名前だけの十七のうちの一つだった。現地に手はいない。だからこそ誰かが古い手順を通しかけられたのだ。まず地下で核が今どうなっているかを目で確かめさせる必要があった。


 人をやって幾日かして、その街から短い報せが戻った。


 地下へ降りた者が核へ至る途中で一つの継ぎ目に行き当たったという。管と導線が寄り合う要の一点だった。長く土に埋もれていたものが、いつのまにか土の外へ顔を出していた。誰かがそこを掘り返した跡はない。地面のほうがゆっくり痩せて、埋まっていたものを空へ吐き出したように見えたという。


 報せにはその継ぎ目に打たれた符号のことが記してあった。


 削られていなかった。


 これまで見てきた符号はどれも同じ手つきで掻き取られていた。南の排水溝跡でも、名簿のいちばん古い頁でも。在り処だけを残し、繋がりを消す手つきだった。だがその街の継ぎ目の符号は掻き取られた跡すらなかった。誰の手も入っていない。初めて目にする無傷の系統の符号だった。


 アシュレイは報せを二度読んだ。消された符号ばかりを追ってきた手の先に、消されずに残った一つがあった。南でも、名簿の最古の頁でも、繋がりを示す部分だけが決まって掻き取られていた。誰かが在り処は残し繋がりだけを消して回ったのだ。その手がなぜこの一つだけを見落としたのか。あるいは見落としたのではなく、ここだけは消しに来られなかったのか。それが何を語るのかは、まだ誰にも読めなかった。ただ一つだけ確かなのは、消して回った手の全部が、完璧ではなかったということだった。

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