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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第11章:よそで動きだした同じ核〜成功は、条件ごと渡さなければ凶器になる〜
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第108話 止めに来たを証明する

 セルマの報せを受けてアシュレイが据え付け場へ着いたとき、夜半の広場には松明の火がいくつも揺れていた。


 冬支度で疲れた男たちが核の据え付け座の周りに集まり、仮固定材を運び込もうとしていた。誰も悪びれてはいなかった。むしろ急いでいた。一日でも早く、とその手つきが言っていた。


「アシュレイ殿」


 声をかけてきたのは、供給担当のレンツだった。彼は松明の下で、困り果てた顔をしていた。


「止めに来られたのですか。……お気持ちは分かります。ですが見てください、この寒さだ。役所の若い者たちは、もう待てないのです。査問がどうの、権限がどうのと王都の都合を並べている間に、うちの街は凍える」


「据え付けを今夜のうちに進めてしまうと」


「そういう声が強いのです」


 アシュレイはすぐには、止めろとは言わなかった。頭ごなしに叫べば、この冬に追われた男たちはよその監査官の言葉など跳ね返してしまう。彼は松明の火の届く範囲を、静かに見渡した。


「レンツさん。据え付けを進めるのは止めません。据え付けはまだ、火を入れることではありませんから」


 その一言に、広場の手がわずかに止まった。


「ただ一つだけ、約束してほしいことがあります。据え付けは進めても、核へ起動の命令を入れるのは待ってください。あと三日でいい。三日のうちに、この核が今どういう体でいるのかを確かめます。動かしていい体か、動かしたら落ちる体か。それをこちらの手で測ってから決めてください」


「三日ですか」


「据え付けの手を止めろとは言いません。手は動かしてください。ただ火だけは、待ってほしいのです。据え付けと火入れは、別のことです」


 レンツはしばらく黙っていた。それから周りの男たちを振り返り、低く、据え付けは続けろ、だが火は入れるなと伝えた。強硬派の中には、不服そうな顔もあった。だが据え付けまで止められるわけではないと分かると、多くは渋々ながら手を戻した。


 その夜、アシュレイは借り受けた市庁の一室でセルマと向き合った。


「三日稼ぎましたね」


 セルマは外套を脱ぎながら言った。


「でも、たった三日ですよ。それで何を測るつもりです」


「イルダンで一度やったことです」


 アシュレイは卓に白紙を広げた。


「あの旧鉱山の核を、私たちは起動させずに『これは単独では動かせない』と証明しました。接続図と、待機の波形と、王都の核のログと、無断で起こそうとした痕。四つを突き合わせて、動かせない体だと示した。同じことを、この核でやります。ただ今度は、少し違う証明になるはずです」


「違うというと」


「イルダンの核は『動かせない』体でした。無理に起こしても、待つ気質で踏ん張って止まる。でもカダルの核は――」


 アシュレイはそこで言葉を切った。まだ測ってはいない。だが、いやな予感があった。


「同じ持病でも、こちらのほうがずっと古くて傷んでいます。踏ん張る余力すら、残っていないかもしれない。もしそうなら証明は『動かせない』ではなく、『動かしたら落ちる』になります」


 翌朝、アシュレイは二つのことを同時に始めた。


 一つは、イルダンへ残したノラと王都のエルリックへ便りを飛ばすこと。ノラには自分のこの半年の移動記録と作業記録を、「止めるための記録」として綴じ直してほしいと頼んだ。査問の盾は、そちらで組んでもらう。エルリックには王都の旧式安全核の系統ログのうち、「合図を失った核がどう暴れたか」の波形をもう一度送ってくれるよう頼んだ。


 もう一つは、測る相棒を現地で見つけることだった。


「よその街の監査官が一人で核を測って回っては、私物化を疑う人たちの思うつぼです」


 アシュレイはレンツに、そう頼んだ。


「この街の若い保守の人を一人貸してください。私が測るのではなく、その人が測る。私は測り方を伝えるだけです。記録も、その人の名前で残します。カダルの核のことは、カダルの人の手に残る。そのほうがいい」


 レンツが連れてきたのは、コルトという若者だった。


 まだ二十歳そこそこの、痩せた青年だった。核の据え付けをいちばん近くで手伝っていた一人らしく、両手には仮固定材の油と土がまだ残っていた。彼はアシュレイを、値踏みするような目で見た。


「あんたがイルダンの人か」


 コルトの声には、若さ特有のとがった響きがあった。


「据え付けを止めに来たって聞いた。おれたち、この核に賭けてるんだ。冬が越せるって、みんな信じてる。それをよそから来た人が止めるのか」


「止めるかどうかは、まだ決めていません」


 アシュレイは静かに答えた。


「まず測ります。この核がどういう体でいるか。動かしていいのか、動かしたら危ないのか。それをあなたの手で測ってほしいんです。私が『危ない』と言うのでは、あなたも街の人も納得しないでしょう。あなた自身が測って、あなた自身の目でどういう体か見てほしい」


「おれが測る」


「ええ。核に触れずに測るやり方があります。それを伝えます」


 コルトはしばらく黙っていたが、やがて油の残る手で測定具の柄を握った。半信半疑の、それでも確かめてやろうという顔だった。


 据え付け場での測定は、その日の午後から始まった。


 アシュレイはコルトに、非接触で核の待機波形を拾う手順を一つずつ教えた。核へ直に線を当てるのではなく、据え付け座の周りに置いた測定具で、核が眠りながら漏らしているかすかな脈を読む。イルダンで旧鉱山の核に対してやったのと、同じやり方だった。


 波形が細い針の震えとなって、記録紙に落ちていく。コルトは最初こそ疑わしげに手を動かしていたが、針が意味のある形を描き始めると、口をつぐんで見入った。


「……これ、脈みたいだ」


「眠っている核の寝息のようなものです」


 アシュレイは記録紙の上を、指でたどった。


「健やかに眠っている核なら、この寝息は静かで揃っています。でも見てください。この核の寝息は――途切れがちで、乱れている」


 現れた波形はアシュレイが予感したとおり、いや予感より悪かった。


 イルダンの旧鉱山の核は傷んではいたが、それでも規則正しい待機の脈を保っていた。だがカダルの核の脈は、ところどころで飛ぶように途切れ、次の脈が無理に追いつこうとして大きく跳ねていた。眠りながらうなされているような、波形だった。


「これはまずいですねえ」


 横から覗き込んだセルマが、素人目にもと前置きして言った。


「揃ってないってのは、私にも分かります。寝てるだけで、こんなに苦しそうなんですか」


「眠っているだけでも、この核は踏ん張るのに精一杯なんです」


 アシュレイは記録紙を、王都から届いたエルリックの写しと並べた。エルリックが送ってきたのは、王都で合図を失った核が暴れ出す直前に描いた、あの波形だった。


 二つの波形は、恐ろしいほど似ていた。


 王都の核が見張り役を失って、自分でどこまで出力を上げていいか分からなくなり、際限なく踏み込んでいく――その暴走へ入る一歩手前の乱れ方と、カダルの核が今眠りながら見せている乱れ方が、同じ形をしていた。イルダンの核は、まだ暴走の入口から遠かった。カダルの核はもう、その入口のすぐ手前まで来ていた。


「イルダンの核は『主基盤の合図を待つ』気質で、無理な起動に踏ん張れました」


 アシュレイはコルトのほうを向いた。


「でもこの核は、もう踏ん張る力を使い切りかけています。眠っているだけで、これだけ乱れている。ここへ起動の命令を一つ入れれば――踏ん張れずに、あの王都の波形をそのままなぞる」


「なぞるって」


「街の灯りごと落ちます。冬を越すために起こした核が、冬の前に街の芯まで焼く」


 コルトの手が、測定具の柄の上で止まった。


 彼は自分で測った波形と王都の波形を、交互に見比べていた。若い顔から、とがった色が少しずつ抜けていった。誰かに「危ない」と言われたのではない。自分の手で拾った寝息が、王都で暴れた核の断末魔の一歩手前と同じ形をしていた。それは言葉よりも、ずっと重かった。


「……おれが測ったんだよな。これ」


「あなたが測りました。私は測り方を伝えただけです」


「じゃあ、これはおれの記録だ」


 コルトは記録紙の隅に、自分の名をたどたどしく書き入れた。カダルの核の体はこうだった、と。アシュレイが言ったのではなく、この街の若者が自分の手で確かめた事実として。


 その夜、アシュレイは確かめた三つのことを白紙に順に書き留めた。


 一つ。カダルの核はイルダンの核と同じ持病を持つが、劣化がはるかに進んでいる。二つ。その待機波形は、王都で暴走に入った核の直前の波形とほとんど重なる。三つ。ゆえにこの核は「動かせない」のではなく、「あと一度の起動命令で踏ん張れずに落ちる」段階にある。


 それはアシュレイの潔白を証す材料でもあった。自分は核を起こしに来たのではない。落ちる寸前の核を、落とさないために測りに来た。この記録が、そのまま査問への答えになる。動かすための記録ではなく、動かさせないための記録だ。


 だがその手応えは、翌朝根元から揺さぶられることになる。


 三日と取りつけた約束は、二日ももたなかった。


 夜のうちに据え付け場では、火入れの支度が始まっていた。市庁の強硬派が、アシュレイの権限が査問で宙づりのままだと知って、その隙を突いたのだ。今のうちに、と。オルセンの手順に沿って核へ起動の命令を入れる段取りが、もう組まれていた。


 測って、証明して、ようやく「落ちる寸前だ」と示せた。だがその記録が査問の場へ届くより先に、火のほうが入ろうとしていた。止める立場を奪われたまま、止めるべきものだけが先へ動いていく。


 アシュレイはコルトの名が入った記録紙を、静かに手に取った。あとはこの一枚が間に合うかどうか――それだけが、まだ分からなかった。

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