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後編

TAKE

『こちらスネーク、現場に到着した』

Masa

『お前ら…ホントに着いてくんな』

TAKE

『親友のデートを応援したい親心だよ』

Masa

『親じゃねえよ』

堀田幹夫

『画像を送信』

Masa

『俺の写真撮るな』

TAKE

『お前そんなコート持ってた?』

Masa

『スタンプ送信』

マッチョが中指を立てる。

 

幼なじみ3人のグループチャットは、

過去最高潮の盛り上がりを見せていた。


Masa

『店までは着いてくるなよ?』

TAKE

『流石にそれは金が勿体ないwww』

堀田幹夫

『スタンプを送信』

パグが頑張れと書いたプレートを持っている。


冷たい風が吹いて、視線が手元から離れる。

服を整えて、コートの襟を閉めた。

広場にはキッチンカーが来ていた。

甘ったるい油の香りが充満していた。


─アプリを立ち上げる。

 

『今着きました、どちらに居ますか?』

『時計の下で待ってます』

いつも通りの丁寧な返事に安心する。


柱の影に黒いコートを見つけた。

プロフィールよりも小柄に見えた。


踏みしめるように歩く。

少しだけ足がもつれた。

「こんばんは、合ってますか?」


─彼女が振り返る。


写真で見るよりも遥かに美人だった。

綺麗に整えられた、艶のあるストレートの黒髪。

和風美人というのだろうか。


「合ってる…と─す。よろ─お願いし─」

彼女の声は街の小さな喧騒にかき消される。

誤魔化すように微笑んだ。

彼女の表情は一切変わらなかった。


ポケットの中でスマホが震える。

 

「今日寒かったのに、お待たせしてすいません」

「ちゃ…コート着てきた…大丈夫です」

彼女のかなり近くに寄ると、自分の耳に少し届いた。

 

「お揃いですね」

彼女から、返事は無い。


─短い沈黙。

 

「少し歩きますけど、行きましょうか」

彼女は静かに隣を歩いていた。

花のような甘い香りだけは心地よかった。


地図アプリとメッセージアプリを交互に開く。


堀田幹夫

『写真を送信』

Masa

『だから写真はやめろ』

TAKE

『クッソ美人じゃないか、つまらんな』

Masa

『声が小さくて聞こえん』

『あと表情がない』

TAKE

『表情が無いってwww能面かよ』

堀田幹夫

『市松人形』

TAKE

『それだ!』

Masa

『スタンプ送信』

マッチョがこちらを指差す。

堀田幹夫

『竹内と居酒屋にいるね』

 

「初めて行くお店なので、期待はずれだったらすみません」

声を聞き逃さないように詰め寄る。

「どんなお店か…楽しみです」

そう言っているのに、声と表情が噛み合っていなかった。

 

市松ちゃんのまつ毛は長く、瞳が潤っていた。

だけど、会話が終わる度に、小さく息が漏れた。


地図アプリから到着しましたと通知があった。

電柱の下にはチューハイの空き缶が積まれていた。

繁華街特有の生臭さが鼻につく。

 

「あっ…ここですね」

背後に気配を感じながら、階段を降りる。

扉が無駄に重たい。

「少し待っててください」

扉の隙間からの視線が背中に刺さる。

「予約、ちゃんとできてました」

「どうぞ」

扉を開けて招き入れた。


ニンニクの香ばしい匂いがした。

店内は暗くて、雰囲気はいい。

予約サイトをサッと開き、お気に入りに追加した。


いつものように、彼女の椅子を引く。

華奢な肩から、長い首筋が伸びていた。

乾いた唇を舐めて潤した。


店の静けさのおかげで、

市松ちゃんの声が少しだけ聞き取れる。

 

厨房から聞こえるフライパンの金属音。

何かを香ばしく焼いている匂い。

それに少しだけ、花の甘い香り。


「少しごめんね」

─スマホを開く。

 

TAKE

『暇だからもっと実況しろ』

Masa

『無理言うな』

『飯のアレルギー聞いたら猫言われた』

TAKE

『市松は猫食うのか…』

『呪われとるwww』

Masa

『スタンプ送信』

マッチョが悶える。

 

「お酒飲みますか?」

メニューに視線を落としたまま言う。

「少しなら…飲めると思います」

「赤と白どっちがいいとあります?」

「どっちが飲みやすいですか?」

「甘口の白なら飲みやすいかも」

市松ちゃんから、返事はない。

自分の声だけが静かな店内に響いた。


ワイングラスが二個用意される。

店員がなにか説明していたが、興味はなかった。

先に口をつけて「美味しいですよ」と答えた。


料理が運ばれてくる。

名案とばかりに料理の写真を撮る。

少しだけ画角に市松ちゃんが入るように。


Masa

『画像を送信』

TAKE

『グッジョブ!』

『市松ちゃんにはキャンドルより蝋燭だろwww』

堀田幹夫

『竹内、その辺にしときなよ』


間を埋めるだけの「美味しいね」を10回程口にした。

市松ちゃんは、こちらを見ながら料理を食べる。

視線が合う。

すぐに逸らす。

何度、繰り返しただろうか。

その視線で何を食べたかすら覚えていない。


食後にティラミスとエスプレッソを頼んだ。

市松ちゃんも同じものを頼む。

カップを持つ指先に、淡い白色のネイルが見えた。

細かなラメが、キャンドルの光を反射している。

その瞬間、目の前にいるのが人形みたいに思えた。

エスプレッソの苦い香りがテーブルに漂っていた。


─スマホが小さく何度も震える。

 

「少しごめんね」

スマホを確認する。

 

TAKE

『いつまで飯食ってんの?』

『ってかお前本当に楽しいの?』

『まさか、奢るつもりじゃないよね?』

『付き合う気ないんだよね?』

『そんな女に使う、金も時間もアホらしwww』

堀田幹夫

『竹内、日本酒飲んでるから。気にしないで』

『スタンプ送信』

パグがごめんねと書いたプレートを持っている。


胃のあたりが重くなった。

 

「お仕事ですか?」

今になってやたら鮮明に声が聞こえる。

「そうなんだよね、ブラック企業だから」

適当に返事をして、頭を掻きむしった。

「大変ですね」

なんで今更…。

「そうなんだよね、ごめん」

市松ちゃんを見ることができない。


「少し、煙草吸ってくるね」

少し寂しそうな顔をした気がした。

市松ちゃんをテーブルに残し席を立つ。


「煙草吸えるとこありますか?」

身だしなみの整った店員に聞く。

「申し訳ございません。店内禁煙となっております」

「ビルの入口に灰皿のご用意があります」

「分かりました、ありがとうございます」


─扉に手をかける。


「あっ…お客様お待ちください」

「外は冷えますのでお客様の上着をお持ちします」

黒のコートを受け取る。


階段を上がる足が重い。

自分のコートから甘い花の香りがする。

 

Masa

『煙草吸いに外出てきた』

TAKE

『鞄持ってきたんだろ?チャンスwww』

『お前も悪いやちのは』


そんなに酔ってるのか。

煙草を箱から出す間もなく追伸がきた。

 

TAKE

『竹内には自分からしっかり話しておく 幹夫』


しゃがみこんで煙草に火をつける。

街に消える煙をぼんやりと眺めた。


─空を見る。

ビルが邪魔して月すら見えない。

 

煙草の火を消す。

アプリを開く。

 

指先が重く震える。

 

マイページを開く。

 

白い画面に、静かに浮かぶ。

─本当に退会しますか?

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