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64.この歌を覚えてる

「あちらを」


修道服を着た白髪のシスターが、にっこりと微笑み、視線を背後へと向けた。


そこには、取り込んだ洗濯物かごの中から白い布を取り出し、頭にかぶって走っている子供だった。


まるでお化けのような格好で、布を羽ばたかせ、キャハハ!と明るい声をあげながら元気に走っている。


保育園のお遊戯会を楽しむ、幼児のような無邪気さだ。


「シスター! どこー?」


小さな男の子は布を被ったまま、シスターの隣に来ると、正体は僕でした! と言わんばかりにかぶっていた布を取った。


びっくりしてくれるかな? と期待に満ちた笑顔。


「君、は……」


アーサーさんはその顔見て、ゆっくりと口を開く。


あらわになった男の子は、2歳半から3歳ぐらいの幼児。


陽の光を受けてきらめく金髪と、助けるような青い目が特徴的な子供だ。


アーサーさんは息を呑むと、震える唇でその子の名前を呼んだ。



「レオ、なのか……?」


皇帝から子守りを任された、小さな赤子。

離宮の多くの部屋で二人きりで過ごしていた日々。

追っ手から守るために、この修道院に預けた、大切な子供。



「レオ、ぼくはレオだよ」



したったらずな声で、自分の名前を名乗る男の子。

銀髪で背の高いアーサーさんのことをじっと見上げて、少し考えているようだった。


「ぼく、しってる。あなたのこと……」


とアーサーさんを指さして、瞬きをしている。

レオは目を瞑り、小さな口を一生懸命開けて、歌を歌い始めた。



「きらめくほしのしたー、きぎもみなねむりー、あさひはまたのぼる、かがやくひがのぼるー♪」



初めて聞いたのに、どこか懐かしい歌。

母親が子供に歌うための、子守唄。



「このおうたを、だっこして、ぼくにうたってくれたひとでしょ?」



レオのその言葉を聞いて、アーサーさんの頬に涙が流れた。


レオが夜泣きをして眠れない時、ゆらゆらと抱っこしながら、故郷の歌を歌っていた。


自分の母親が歌ってくれたように、レオに歌ってあげた歌だと。


レオも覚えていてくれたのだ。


子守りなんてしたことない騎士団長が、試行錯誤しながら必死に子守りをしていた、大変だけれど、温かったあの日々を。



「ああ、そうだ。そうだよ……!」



アーサーさんはしゃがみ、レオと視線を合わせると、その幼い子を強く抱きしめた。


レオも、嬉しそうに満面の笑みで抱きつく。



「無事でよかった……!」



一年以上経ち、いつの間にか話せて、歩いて走れるようになった、小さな男の子。


怖くてずっと言葉にはできなかったけれど、レオは死んでしまったと思っていた。


毒入りのミルクを飲まされ、真っ青な顔で痙攣し、その命の炎は消えてしまうものだと思っていた。


その事実を聞くのが怖くて、王都に戻ることもできなかったのだ。


罪滅ぼしの為に、辺境で一人きりで過ごし、夜空に祈っていた。


でも、命を取り留めて、この修道院で過ごしていただなんて。


アーサーさんの心に影を落としていた存在が、元気に生きていて良かったと、私も思わずもらい涙を流してしまった。


そばにいた皇帝は、その様子を静かに見守っていたが、



「ルイズが、命懸けでこの子を守った」



と、小さく呟いた。


「聖女様が… …?」


レオを抱きしめたアーサーさんが、驚いた顔で皇帝を見上げる。


ああ、と頷き、カルヴァン皇帝はこの修道院で起こったことを淡々と語り出した。

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