63.ここは見覚えがある
「ハーリントン嬢。いや、神託の巫女よ。
君の「慈しみの抱擁」スキルで、フィオを育ててくれて助かった。
宰相の息がどの者にかかっているかわからなかったから、王宮で育てることはできなかった。
……側近のグレンまで、宰相の甘言に毒されていたからな」
聖堂で泣き止まないフィオを抱き上げたら、笑顔で懐かれた、「育児チートスキル」の持ち主、神託の巫女。
今後命を狙われるに違いない自分の子供を、預ける相手に選んだのだと。
だから皇帝は、フィオは誰の子だと聞いた時、「言えない。言わないのではなく、言えないのだ」と、自分が父親だということは隠したのだろう。
「いえ、私こそ、可愛い盛りのフィオと過ごせてとても楽しかったです。寝返りも打てるようになったんですよ」
「ううー!」
「……そうか」
胸の中で元気に手を挙げる可愛いフィオに、皇帝は微笑む。
「そしてアーサー、大義であった」
皇帝はそこで玉座からゆっくりと立ち上がり、アーサーさんの目の前まで歩いていく。
アーサーさんの赤い目を、カルヴァン皇帝はまっすぐに見つめた。
「……生きていてよかった。心から感謝を」
皇帝は胸に手を当て、恭しくアーサーさんに向かって礼をした。
王族が部下の騎士に頭を下げることはほとんどない、最大限の誉れである。
レオの子守りを頼まれ、聖女とレオの身柄を修道院へと預け、その後行方知らずとなっていた彼を、ずっと心配していたのだろう。
慌てて胸に手を当て頭を下げ、アーサーさんの銀髪が揺れる。
「……いえ、皇帝にお目見えする資格は、本来なら自分にはありません」
頭を下げたまま、アーサーさんは悔しそうに胸の手を握りしめる。
「レオを……皇太子様を、守れなかったのですから。
騎士団長、失格です。どんな罰も受けるつもりです」
『五感強化』のスキルを持つ優秀な騎士団長を信じて、自分の子供を預けた皇帝の期待に答えられなかったと、アーサーさんはずっと気に病んでいるようだ。
毒を飲まされたレオを守れず、大怪我を負ったとはいえ辺境に身を隠していた自分を罰して欲しいという気持ちのようだ。
しかし、カルヴァン皇帝はアーサーさんの肩を叩くと、
「お前ならそう言うと思った。馬車を手配したから、ついてこい。見せたいものがある」
そう言って、謁見の間の入り口の方へと歩き出した。
「ハーリントン嬢も、フィオと共に」
ついて来い、と双剣の紋章の入った王族の服を着たカルヴァン皇帝が手招きをする。
私とアーサーさんは、顔を見合わせ、真意がわからぬまま、カルヴァン皇帝に促されて入口に準備されていた馬車に乗り込んだ。
* * *
しばらく馬車に揺られ、ついた場所は人気のない山奥だった。
畑や小さな家が建ち小さな修道院がある。
「ここは……」
馬車から降りたアーサーさんは、どこかで見た景色だと辺りを見回している。
「お前は来たことがあるだろう?」
馬車から降り、黒い革靴で地面を踏み締めたカルヴァン皇帝が告げる。
ちょうど修道院の前では年配のシスターが、篭いっぱいに入った洗濯ものを干しているところだった。
小さく手を挙げた皇帝に会釈をしたシスターは、
「お久しぶりでございます。アーサー様」
と丁寧に頭を下げた。
「ここは……聖女ルイズ様の故郷の修道院……」
感謝祭の日に、ナイフを投げられ怪我をしたまま、呪毒を飲まされ瀕死のレオを抱きしめた聖女ルイズ様を預けた、修道院だと。
アーサーさんはその時を思い出し、古傷が痛んだのか左肩を反射的に押さえていた。




