14.仮初の夫婦ってことに
街に到着し、商店街の中を歩いていく。
「ナイフを研ぐ砥石と、ランプに差す油を買いたい」
私は食料や衣服しか買わないが、長く生活するためには必需品なのだろう。
アーサーさんは行き慣れた店に、備品を購入していく。
爽やかな香りがしたと思ったら、籠いっぱいに果物が詰まった果物屋さんの前だった。
「あらぁ、この前の赤ちゃんとお母さんだね。今日は旦那さんも一緒にお買い物かい?」
以前来た時も気さくに話しかけてくれた、果物屋さんのお婆さんが、今日も手を振ってくれた。
「い、いや、この人は旦那さんではなくて」
私が照れながら、否定をし手を振るが、
「ううー!」
フィオは機嫌良さそうにお婆さんに笑いかけている。
隣を見ると、アーサーさんはかすかに笑みを浮かべて、
「……家族で買い出ししに来たんだ。よく実った果物だな。オレンジといちじくを貰えるか?」
「はいよ、旦那さんお目が高い。いちじくは特に今が旬で美味しいよ」
アーサーさんは私たちが家族だと肯定し、果物を買って銅貨を払っていた。
「毎度あり、また来てね!」
おばあさんが手を振るので合わせて会釈をし、二人で歩き出す。
「な、なんで、否定しなかったんですか?」
私が斜め前を歩く背の高いアーサーさんに尋ねると、
「……若い女性と幼い子供だけで生活しているなんて、大っぴらに言うのは危険だ。どこからか噂になるかもしれない」
人に聞かれないように、小声で語る。
「この街に歩いて買い物に来れる距離なら、住んでいる場所は絞られる。それも、立派な屋敷に女一人子一人だなんて、強盗に入ってくれと言うようなものだ」
私は、そこで初めて自分に危機感がないことを思い知った。
「男が家にいると思われたほうが安全だ」
「た、確かに……」
胸に抱くフィオを眺めながら、確かにこの子を守るというのは、ただ身の回りの世話をするだけじゃなく、外部からの命の危険も守らなけれないけないのだと、気を引き締めた。
「俺が『旦那さん』では嫌かもしれないが、否定しないほうがいい」
「全然、嫌じゃないですよ!」
ニヤリとからかうように笑ってきたアーサーさんに、私は慌てて言い返してしまう。
「そうか、ならよかった」
「ばあ」
微笑みかけてきたアーサーさんに、腕の中のフィオも合わせて相槌を打った。
生活必需品や、食料を大量に買い込み、その荷物は全てアーサーさんが持ってくれた。
ぱっと見細身に見えるが、鍛えていたのか、荷物を持つ腕はたくましく、頼り甲斐がある。
屋敷につき、ベビーベッドにフィオを寝かせ、私は玄関に置いてある荷物を運ぼうとかがんだ瞬間、
「ーーーきゃっ!」
段差に躓き、バランスを崩してしまった。
ーーーぶつかる!
荷物を持っているので受け身を取ることもできず、床に落ちる、と思った瞬間。
一瞬で肩を抱き、強い力で引き寄せられた。
そして目と鼻の先に、透き通った赤い瞳。
「……大丈夫か?」
素早くアーサーさんに抱き留められて、まるでキスをするほどの距離で問いかけられた。
「あ、ありがとうございます」
肩を強く抱きしめる体勢のまま、アーサーさんは片手で私の上半身を起こしてくれた。
「怪我がなくてよかった。ここは段差があるから、気をつけて」
当たり前のようにアーサーさんが言い、私は無言でうんうんと頷く。
(だめだ、間違いなく自分の顔は赤くなっている。
恥ずかしくて目が見れない……!)
「はい、ありがとうございました! 助かりました。
あとは自分でできるので」
「ああ、ではまた」
私はぺこぺこと平謝りをし、アーサーさんを玄関から見送った。
ドアを閉め、深呼吸をする。
(……はあ。いけない、静まれ心臓!)
バクバクと高鳴る鼓動を抑えながら、私は大きく息を吸った。
頼りになる、心優しいアーサーさんにこれ以上期待してはいけないのだ、と。