06 10年来って、重くないですか?
時は少し前に遡る――――――。
セディリオ・フォン・アダルベルト。
王国の第一王子にして、魔王討伐の英雄。彼は、王都から少しばかり離れた屋敷の前で、馬に跨りながら、深い、深いため息を吐いた。
「殿下、どうされましたか」
そう聞いてきたのは、彼が最も重用する兵である、カインだ。セディリオより一回りほど年上の彼を、セディリオは重用している。
王国という政治的思惑に塗れた場所で、信用できる人間を見つけることは難しい。そんな中で、セディリオが最も信用していると言っていい男が、このカインなのだ。
魔王討伐の英雄は、王子セディリオと、聖女ルミナ。そういう風に世間で言われているが、セディリオはそれだけだとは思っていない。
たった二人で勝ち得た勝利ではない。
魔王軍とは、当然ながら、軍勢だ。軍勢に二人だけで挑むのなど、いくらなんでも御伽話が過ぎる。ルミナの力は御伽話のそれのようではあったが、実際のところ、王国からの多数の兵士たちと、セディリオと、ルミナ。そのメンバーで組織された、「魔王討伐軍」が、今回の英雄だ。
カインは、その魔王討伐軍に、セディリオの強い希望で登用された兵士だ。剣の腕はめでたく、魔王軍の将軍と戦った際も、このカインは、セディリオの背中を守り抜いてくれた。
戦闘を終えて、ルミナと魔王のいる玉座の間に辿り着いてすぐ。ルミナの姿がないことに気がついたセディリオは、すぐに、"伝承通りのその死"を悟った。
カインに、父王と、公爵家への書簡を書くと、すぐに旅立たせた。随分な行軍ではあるが、セディリオは現地で指揮を取らねばならなかったし、何より。
"ルミナが死んだ"などという書簡を送った時の、ロゼルフィーユの反応を想像して、セディリオの背は、ぶるりと震えた。剥き出しの脊髄をなぞられるような、怖気に襲われる。
昔から、あの幼馴染の気迫は恐ろしい。そんな気迫に耐えられて、尚且つ、信用している人物ともなると、セディリオの頭には、カインしか浮かばなかった。
「いや……俺ってなんか、ローゼに凄く、こき使われてると思ってな……」
カインの前では、素の口調が漏れる。カインはにやにやと笑いながら、セディリオを揶揄う。二人がこうしていると、まるで、兄と弟のようにも見える。
「それはただの惚れた弱みでは?」
「う、うるさい!うるさいぞ、カイン」
思わず、握った手綱を強く引いてしまう。
愛馬が抗議するように、鳴き声を上げた。どうどうどう、悪かった。セディリオは馬を宥めた後で、恨めしげな視線を送るが、カインは笑うだけだった。
「聞きましたよ」
「何をだ」
「フラれたんでしょ?」
今度はむせこんでしまった。カインが、セディリオの背中をさする。不敬だぞと言ってやりたい気になったが、むせていて、それどころではなかった。
「なんで知ってる!?」
「グレイシア嬢が居なくなった後の殿下、空気が澱んでましたし。それに、お呼びに行ったら、机の上にデカデカと書類が置いてありましたよ。婚姻届かな。殿下のサインだけ書いてあって、グレイシア嬢のサインはなかったですけど」
この臣下は遠慮というものを知らない。
「……カイン、聞くが、何故フラれたと思う?俺は、もう、10年以上もローゼのことが好きなのに」
「そりゃ、好きって言ってないからでは。言いました?ちゃんと。国益とかチラつかせて、グレイシア嬢の責任感につけこんでないですか?」
「……………」
「うわ。……ちなみに、なんて?」
「……ルミナ亡き今、君と私で、国を守るしかないのだと……」
カインは、自分の馬の手綱を握ったまま、静止した。その顔に書いてある言葉が、「ドン引き」だとは、いくらセディリオでもすぐさまわかった。
「……あの、殿下……」
「……なんだよ」
「『ルミナ死んだし、ロゼルフィーユで妥協しとくか!光魔法使えるし!』か、『よしよし。ルミナが死んだ。タイミングはサイコー。好きだ!ロゼルフィーユー』」
「うぐぅっ!」
「ドンマイです。本当にそうにしか聞こえません。普通、女を口説くなら、まず伝えるべきは国益じゃなくて愛なんですよね」
言われれば、本当にそうだ。
だが、セディリオのあの提案は、ロゼルフィーユへの自身の恋慕を抑え込んだ、最大限の誠実さだったのだ。あくまで、彼にとっては。
ルミナの死に、セディリオは、少なくない責任を感じていた。自分には何かを愛する資格は二度とないと思った。できることは、ルミナが守ったこの国を、守り抜くことだけ。そしてすぐに浮かんだのが、彼がずっと焦がれている幼馴染、ロゼルフィーユだった。
セディリオは幼少期から、気高く、その魂が高貴な彼女に、幾度も幾度も高貴なる者の使命を説かれた。だが悲しきかな、彼女の語る使命に、特に心が
動くことはなかった。セディリオは、ロゼルフィーユほど民を思えなかった。どうしたって、自分かわいさが存在している。だが、どうしてか。
「(……使命を説くその横顔が、すっと伸びた背中が、美しいと思った。心からそうはなれなくても、そう自分を戒めることぐらいはしないと、俺は、あの気高い女の子の横に立てないと思ったんだ)」
それからは、自分を律した。
初めは存在していなかった使命感も、見よう見まねでロゼルフィーユの真似をしていれば、少しはついてくるようになった。魔王という存在の害を、国が被り続ける不利益を、まともに考えるようになった。
自己研鑽に励み、そして、彼なりに最大限、国益のために頭を絞って考えた結果が、あの最悪プロポーズだ。自分の恋慕を抑え込んで、国益のためにロゼルフィーユを選ぶ……それが、彼にできる、ルミナへの贖罪であり、同時に、ロゼルフィーユという公爵令嬢への最大限の評価でもあったのだ。結果はまあ、惨敗であるが。
「さっさとポイント稼ぎ直したほうがいいですよ」
そう言い捨てて、カインは、目の前の屋敷に向き直った。ポイントという言い方はどうなんだと、セディリオは思ったが、ため息を吐いて、馬から降りた。腰の剣をすらりと抜き放つ。
白を基調とした服に身を纏い、宝飾の施された剣を抜くその姿は、御伽話の王子を彷彿とさせる――――だが、その目だけは、王子様がしているようなそれではない。幾度も戦場を渡り歩いた、戦士の鋭い瞳。
「――――男爵よ、改めである!セディリオ・フォン・アダルベルト。そなたの罪を、問いに来た!」




