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 薄いカーテンの布越しに柔らかい朝の光が差し込み、小鳥の鳴き声が聞こえる頃には、サリューナは身支度を済ませていた。

 昨夜の出来事を思うと、楽しい気分と憂鬱な気分半々といったところ。

 サリューナは少しでも嫌な気分を拭い去ろうと、鮮やかなレモンイエローの膝上ワンピースを選ぶ。

 そしてインディゴブルーのジーパン、髪も邪魔にならないようにバレッタで留める。歩きやすい靴をと言われていたのを思い出して、白いスニーカーにした。

 約束の時間は九時。今は八時四十五分。女子寮の前まで迎えに来てくれる約束だったので、サリューナは少し余裕を持って階下に降りる。 

「おはよう、サリュ」

 十分以上前だというのに、ウィンクルム達はもう寮の門前で待っていた。ウィンクルムは緑を基調にしたチェックのシャツ、イェクームは紺色のシャツ、共にジーパンという軽装だ。少し眠そうなシャマイームが、黒いパーカーに迷彩柄のカーゴパンツという、これまた軽装で伸びをしている。

「おはようございます。お待たせして、すみません」

 サリューナはとりあえず皆に挨拶と待たせた事を詫びる。

「大丈夫。そんなに待っていないよ、今来たとこだから」

「おはよう。こいつが早く起きすぎたんだ、気にしないでいいよ」とシャマイームがイェクームを指差した。

「女性を待つのはいいが、女性を待たせるなというのがシェレグ家の家訓なんだ。お前も見習え」

「その家訓には“男も待たせない”というのも、是非付け加えて欲しいものだな」とシャマイームは片眉を吊り上げて、涼しい顔のイェクームを睨みつける。

「それにしても、サリューナ嬢は本当に可愛いなぁ。まるで妖精のようだ」

 シャマイームを完全に無視して、イェクームは相変わらず流れるような饒舌で言葉を続ける。過度な比喩で褒められて、サリューナは耳まで真っ赤になった。

「危ない人だと思われてるからそのくらいにしておけ、イェクーム」とシャマイームはイェクームの首根っこを掴んで、引きずっていく。

「違うと説明してくれ、友よ」

「分かった」

 サリューナ達に説明するため、シャマイームは神妙な顔をして立ち止り振り向く。もちろんイェクームのシャツの襟首は掴んだままだ。

「このお兄さんは本気で危ない人だから、あまり近づかないように」

「はい!」と声を揃えて、サリューナ達は頷いた。

「全然フォローになっていないぞ、シャマイーム。君達も元気良く返事しない」

「俺は嘘がつけない性質(たち)なんだ」

 涼しい顔をするシャマイームに、イェクームは渋い表情を見せる。

 それを見て、シャマイームは大口を開けて快活に笑った。褐色の肌に白い歯が目立つ。彼の少し発達した犬歯が、サリューナの目に留まる。それはどこか牙のようにも思えた。

 サリューナ達を促しながら、シャマイーム達は数歩先を歩きだす。その間中、シャマイームが以前一時間以上イェクームに待ちぼうけを喰らった事を、面白可笑(おもしろおか)しく語るのを聞いて、サリューナとウィンクルムはつい笑ってしまった。

(シャマイームさんに、昨日のお礼とお詫び言いそびれちゃったな)

 シャマイームに昨夜寮まで送ってもらった礼と詫びを、サリューナは言いたかった。だがザビーネとの事に触れてしまうと思うと、皆の前でそういう話をするのも(はばか)られる。なんとなくタイミングを逃したまま、前を歩く二人を追うように歩き続けた。


「ウィンとゆっくり遊べるの久しぶりね」

 少し先を歩くシャマイーム達を追いかけながら、サリューナはウィンクルムに話しかけた。

「ごめんね、ずっとサリュを一人にして――」

「ううん、勉強は大事だし。でも熱心なのはいいけど、体壊さないようにしてね」

 すまなそうに謝るウィンクルムを制して、サリューナは微笑みかける。

「今日は勉強さぼって息抜きしようっと。だからサリュ、いっぱい遊ぼうね」

「うん、私達まだ学校を探検してなかったしね」

「うん」

 サリューナ達はお互いに顔を見合わせ、手を繋ぐ。

「サリューナ嬢も朝食はまだだよね? まず何か食べに行こうか」

 後ろ向きに歩きながら提案するイェクームに頷き、サリューナ達は少し足を速めた。


 寮は校内の北東側にあった。そこから二十分足らず西へ歩いたところに、飲食店や雑貨屋等が並ぶ市がある。辺りは朝食を取る学生達で賑わっていた。混雑する場所では迷惑かなと、サリューナ達は手を繋ぐのをやめる。

「ここがバザールのメインストリート。通称“(のみ)の市”だよ」

「わぁ、色んなお店があるね」

 イェクームの説明を聞きながら、サリューナ達は興味深く辺りを見回す。中規模な街の商店街くらいの幅はゆうにある大通り。色とりどりの果実や、カフェのオープンテラス、衣服を吊ったラック等の、店に入りきらなかった品物が往来まで溢れかえっている。

 今までは寮の隣の雑貨屋しか覗いていなかったため、大規模なバザールは二人には物珍しかった。

「寮の(そば)の店より、こっちの方が品数多いし安いよ。顔見知りになるとね」とイェクームは片目を瞑ってみせる。

 サリューナ達が不思議そうな顔をしていると、シャマイームが「こっちは学生が商売してるんだよ」と笑った。

「あれ、何かな? 僕、見た事無い」

 一軒先の店には多量の植物が小さな森を作っていた。その内の一株に興味を惹かれたらしいウィンクルムに説明しながら、イェクームも共に向かう。

「昨日はごめん。嫌な思いをさせてしまったね。本当は会った途端に謝らないとと思っていたんだけど、ついイェクームのペースになってしまった」

 二人が少し離れると、シャマイームはそっとサリューナに謝罪した。行き交う人々を避けるために少し体をずらして、サリューナを庇う。

「いえ、私の方こそ送ってもらったせいで。あんな事になっちゃって、ごめんなさい」

「いや、謝らないで。俺の方が悪いから」

「いえ、そんな――」

 申し訳なさそうに頭を下げるシャマイームに恐縮して、サリューナは慌てて首を振った。

「あの、大丈夫、でしたか?」

「彼女とはいつもの事なんだ。だから、そんなに気にしないで」

 おずおずと聞くサリューナに、苦笑いしながら答えるシャマイームの横顔が、それ以上この話をしたくないと語っている。

(やっぱり、シャマイームさんとは気まずいかも。ウィン、早く戻って来てよ)

 だがウィンクルムはイェクームと話すのに夢中で、サリューナの視線には気づかない。

「またイェクームの奴、長々とご高説を垂れ流してるんじゃないだろうな。俺達も行こう」

 サリューナの居心地の悪さを察したのか、シャマイームはウィンクルム達の方へ歩き出す。

 蒼銀の髪、琥珀色の瞳、何より右目を縁取る黒揚羽の刺青が物珍しいのだろう。周りの学生達が自分をじろじろと見ているのに、サリューナは気づいた。

(う、嫌だな~。そんなに私って珍しいのかな。でもさっきまではこんなに見られてるって思わなかったのに)

 そこでサリューナははっと気づいた。道を作るかのように、シャマイームは人混みをかき分け前を行く。

(もしかして、さっきも……)

 長身のシャマイームが今まで庇ってくれていたのではと、サリューナは少し前を歩く彼の後姿を見つめる。気のせいか、今も少し広い背中で、なるべく隠すように進んでくれているように思えた。

「混んできたね」

 振り向きサリューナが付いて来ているのを確認すると、シャマイームは穏やかに笑う。

(シャマイームさん、気まずいなんて思っちゃってごめんなさい)

 そんな彼に頷き、サリューナは心の中で少し謝る。

 何かと場を和ませようとするイェクームもだが、シャマイームも根は良い人なのだと、サリューナは思い始めていた。

 

 

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