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 一方、イェクームと攻防戦を繰り広げるウィンクルムは焦っていた。

 魔法すら防ぐ事が可能な鉄壁の守りを持ってしても、四方八方から繰り出されるイェクームの投げ針を防ぐのは困難であった。イェクームは死角や防御の隙を上手くついてくる。こちらの動きを読まれているとしか思えない。

 そこでウィンクルムは気付いた。

 最初からイェクームは鎖状のウィンクルムを狙わず、サリューナを狙っている事に。

 硬質化しているウィンクルムに、針は効かない。はなからイェクームはサリューナしか標的としていないのだという事に。 

“サリュ……”

 この人達って本当に戦い慣れてるよと呟くと、サリューナからは“とっくに分かっている”と苛立ち混じりの思念が返ってきた。

 少し離れた場所にいるサリューナとシャマイームの剣戟は、高い金属音を響かせながらも続いていた。絶え間なく聞こえてくるその音が、戦闘の激しさを物語っている。


 ――女の子だから手加減してあげる。

 これはサリューナが最も嫌う言葉だと、ウィンクルムは知っている。

 普段、女らしいと言われるのは、もちろん嫌いではないと思う。サリューナは母アルマの手伝いも良くしてたし、料理や裁縫だって上手い。まあ、双子の身内贔屓が多少は入っているのかも知れないが。

 だが、例え訓練とは言え、戦いの場でこういった類の言葉を聞くとサリューナは人が変わる。

 戦闘特化した遣い手に比べ、武器化する護り手は身体能力が劣る。決して遣い手が護り手の力を奪って生まれてくる訳では無いが、サリューナはどこかウィンクルムに対して申し訳無い気持ちもあるのではないだろうか。必死に父との鍛錬に勤しむサリューナを見る度、ウィンクルムの胸は痛んだ。

 そしてまたウィンクルムも護り手であるからといって、肉体的に弱い自分を恥じていた。

 七十人程のグルカ村――だが、その全てが彼らのような能力者では無い。せいぜい半数の十五組三十人である。

 その中でも女性の遣い手は希少とまでいかないが、数少ない。瞬発力、反射神経等は決して男性の遣い手に劣らないが、やはり筋力や、持久力に関してはやや劣る事を否めなかった。

 男女で能力が入れ替わっていたらと、思った事もある。

 もし自分が遣い手の能力を持っていたら――その方が良かった。サリューナの盾となり、守り、彼女の能力を引き出す立場であったなら――。

 今はまだ幼い双子は、同年代の者達にならそうそうひけを取らない。しかしこれから年齢を経た時には、その男女差は顕著に現れるだろう。

 だが、ウィンクルムは護り手である。どう願ってもそう生まれついたものは変えられない。

 今の自分の能力を厭うくらいなら、向き合った方が良い。短所は長所に変えられるはずと、いつも双子はお互いに思っていた。いや、自分達に言い聞かせていた。


 ――――だから僕はイェクームさんの攻撃だけでも防がなくては。

 グルカ族は普段温厚だが、やはり戦闘民族。

 その刃には正義と誇りを乗せて。

 いくら実戦経験豊富そうな先輩達とは言え、あそこまでコケにされたサリューナに、ムキにならないようになんて無理な話と、ウィンクルムは心中でそっと溜息を洩らした。


 鬱蒼と茂る樹海の木々に邪魔され、光はほとんど地に届かない。薄暗い樹海の中で、イェクームの黒針は視認しにくかった。相変わらず鎖に捕まらないよう間合いを開けて、イェクームは黒針を投げてきていた。投げる瞬間、少しだけ指先が動く。サリューナが言った通り、ウィンクルムはそれを目安に、イェクームの攻撃を避け続けていた。

「しっかし、これじゃキリが無いね~」

 相変わらずのほほんとしたイェクームの口調が、ウィンクルムには逆に薄ら寒く聞こえた。

 本当にそう思いながら手をこまねいているのか、それとも……何か奥の手を隠しているのか。

「面倒臭いから、あっちが決着つくまで俺は逃げようかな~」

 そう呟くと手を伸ばし、頭上にある木の幹にイェクームは飛びついた。そのまま懸垂の要領で自らの体を持ち上げる。しかも左腕のみで。

 接近向きではなく飛び道具を使う戦闘型だと思っていたら甘かったかと、ウィンクルムは歯噛みする。

「じゃ、そういう事で~」

 幹の上に立ち、ひらひらと手を振るイェクームを、鎖化したウィンクルムは追った。ここで彼を逃して、サリューナを上から狙われる事だけは避けなくてはならない。

「え、そんなに伸びるものなの!? それ」

 鎖化したウィンクルムが伸縮自在な事までは、知らなかったようだ。イェクームは小さく舌打ちすると、樹木の上部へと跳躍混じりに駆けあがって行く。

“逃がさない……っ!”

 強く念じながら、ウィンクルムはイェクームを捕獲しようと、鎖化した自らを伸ばし続ける。

『参加せずに済んで良かった。レベルが違いすぎるよー……』

 モニターで戦いの様子を眺めていたリーハの呟きが思わず漏れる。リーハの目には、蒼銀の無数の細い蛇が、獲物に襲いかからんとする様に見えたことだろう。

 大人の背丈四人分ほどの高さを登りきった頃、イェクームはかなり細くなった枝二本に片足ずつ立った。枝では体重を支えきれないと判断したのか、彼は右腕で樹の幹を掴んでいる。

 そして追ってくるウィンクルムを見下ろしつつ、腰の剣を初めて抜いた。

“もう少し”

 イェクームの足元にその触手を絡めようと、ウィンクルムはより一層速度を上げた。

「あんまり余裕無いかな~。とっとと済ませるか」

 イェクームは左腕で剣を振るうと、周りの木の枝を切り落とした。そしてすぐに剣を鞘へ戻す。

 樹海の一部が切り開かれて、陽光が降り注いだ。落ちてくる細かい枝葉を弾きながら、鎖はイェクームの足首を掴もうと、その触手を伸ばす。

 と、その瞬間、イェクームは鎖を避け、下に向かって逆さに飛びこんだ。勢いづいて昇っていたウィンクルムはすぐに踵を返し、イェクームを追った。イェクームは空中で懐に手を入れ、蒼銀の針を十数本程取り出す。そして、地に向かって針をまばらに投げているのが、ウィンクルムには見えた。

“サリュっ!”

 だが、サリューナ達はもっと離れたところで戦っている。イェクームの思惑は分からなかったが、サリューナに危害は無いと分かり、ウィンクルムは安堵した。

 その間にイェクームは途中にあった木の幹に右腕で掴みぶら下がると、落下の勢いを殺して針が作った図形の中心に着地する。針は、ウィンクルムの鎖が作る影の上に歪な三角――いや、それはどこか蝶が翅を広げて飛び立とうとする姿――を描く蒼銀の星座のように散りばめられていた。

「さてと、呪術詠唱完了」

 一本の少し長い蒼銀の針を取り出して、目の前に迫っていたウィンクルムに見せながら地に落とす。針が柔らかい腐葉土になんなく刺さると同時に、ウィンクルムは自らの動きが封じられた事を思い知った。

“なっ!?”

「影縫いだよ。いやらしい呪術系だから、あんまり使いたくなかったんだけどね~。それに君に効くかどうか分かんなかったし」

 良く見ると蒼銀の針には、魔力を増幅する為の文様が刻まれている。

 ウィンクルムは己の迂闊さ、注意不足が腹立たしかった。

 サリューナやウィンクルムの持っている護身用の武器も蒼銀製だ。蒼銀はそれほど珍しくないが、魔力を高めるのには優れた金属である。

 イェクームが見えにくい黒針から光を反射し輝く蒼銀製の針に変えた理由は、何らかの魔法を使うためとしか考えられなかったのにと。

 花に止まった蝶が飛び立とうか、どうしようか、迷って翅を震わせるように――動きを封じられたウィンクルムの鎖は小さく振動して、鈴に似た音色を奏でる。

「でもね、折角だから蝶にしておいたよ? 我ながら美的センスあるね」

 かなり自画自賛で得意気に微笑むイェクームを、ウィンクルムは唖然として眺めるしか無かった。

 樹の上に登って枝を切り払ったのは、光を作るため。そして光によって影を作るため。

 落下の間に、媒体とする針を配置し、詠唱を完了させた。それどころかわざわざ蝶の形にする余裕まで見せたのだ、この青年は。

「あれ、蝶は好きじゃなかった?」

 少し乱れた髪を結わえなおしながら、今は武器化して声を出せないウィンクルムにイェクームは問いかけた。

 濃い灰色の髪は木漏れ日に反射して、銀粉が混ざって煌めいているかのよう。色素の薄い鳶色の瞳は悪戯っぽく輝き、かなり満足そうに頬笑んでいた。

 

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