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ジョンブル潜入隊

 一方イギリス本国でも、オブジェクト調査のための新組織が結成されつつあった。

 こちらは、英陸軍と空軍の合同で編まれることになった。

「出来るだけ、現地に送り込むチームは小規模にしたい。そして、万一のバックアップに複数のチームでの観測を行う、全員が生還できれば膨大なデータになるし、一部しか戻れんでも最低限の成果は保証される」

 スカボロー空軍基地に設けられた調査隊の司令部で、居並ぶメンバーを前に語るのは、この作戦の指揮官を命じられた英陸軍のサー・カートン・ド・ワイアート中将である。

 彼の姿は異彩を放っていた。

 先の大戦で九度もの負傷を経験した彼は、片目と片腕を亡くしていた。

 左目の眼帯と左手の義手、いやそれは文字通りのフックであった、左腕のあるべき箇所から突き出た鉤型のそれのおかげで彼は影ではフック将軍と呼ばれていた。

「だがこれは単なるバックアップ確保の為だけでなく、何だったかな、フレミング中佐?」

 ワイアートは隣に立った参謀の、英陸軍情報部諜報課から派遣されたフレミング中佐に聞いた。

 フレミングは、えへんと咳払いして一同に告げた。

「この測定活動がオブジェクトの活動における謎である部分、すなわち前回の海戦で日本の攻撃隊に先んじて艦隊を探知し攻撃してきた謎に迫る重要なカギになるのは説明の通りです。そのオブジェクトに対する各種電波による計測には、位置の違う箇所からの測定で電位の差を記録するのが重要になります。すなわち、一か所の記録より二か所、二か所より三か所の記録が解明にとって重要なヒントになるのです。出来得ることなら派遣する全部隊の生還を我々は期待します。つまり、各採取データの差異が最も重要なキーとなるのであり、必要なのは別時点での同時間の計測データ比較なのです。閣下の言ったように一チームでも生還できれば最低限のデータは得られます、ですが軍が欲する完全なデータとは、すなわちばらばらに散った各チームのデータなのです。現地では過酷な自然条件などで苦労するでしょう、撤収期間はきっちり決まっています、それに合わせ生き延び、なんとしても生還を期し、最悪でもデータは回収チームに引き渡して欲しいのです」

 これを受けて、現場部隊の総指揮を任された大佐が軽く挙手して発言を求めた。

「なんでしょうウィンゲート大佐」

 フレミングが聞くと、指揮官となるパレスチナでのアラブ人反乱に対応している最中に呼び戻されたオード・ウィンゲート大佐は、慇懃に聞いた。

「生きて帰れと言うなら、相応に援護はして貰えるんだろうな」

 この質問に、フレミングはちらっとワイアートを見てから答えた。

「海軍の協力は、現地艦隊の司令官であるフィリップ提督だけでなく、英本国艦隊のフレーザー提督も確約しています。ただ、知っての通り航空機による支援は望めません」

 ウィンゲートが片手を振った。

「聞くだけ野暮だった。まあ、密林に入ってしまえば、自分の身は自分で守るしかない。これは、砂漠で経験したそれと何も変わらんな」

 ほんの一月前まで中東の砂漠で銃を握っていた大佐は、そう言うと意味不明の笑みを浮かべて見せた。

「ですがウィンゲート大佐、あなたには空軍の技師たちを守る役目もあることを忘れずに」

 フレミングが言うと、ウィンゲートが鋭い目つきで聞いた。

「生身の人間を、あのオブジェクトが襲う可能性ってのはどの程度あるんだ?」

 すると、これにはワイアートが答えた。

 それもかなりの大きな声で。

「それを、貴様らに身をもって確認して来いと言うのも今回の作戦のうちだ! 襲って来たら逃げろ、勝てるわけない相手なのだ。貴様が選ばれたのは、誰よりも狡猾だからだ。データを守り、技師を守り貴様ら陸軍軍人は、騎士道に則り盾となり散れ! お前なら出来るはずだ、そうだなオード」

 ウィンゲートが両肩を竦めながら頷いた。

「仰せのままにフック貴族閣下」

 イギリスが編んだオブジェクト観測隊は、電波によってオブジェクトの謎に迫る科学的アプローチを担っていた。

 おそらく危険度では、日本の観測隊以上の筈だ。かなりの近距離に行かなければ、正確な測定が難しいからだ。

「空軍側から、何か質問は?」

 フレミングの問いに、空軍側の現地派遣責任者のスイフト少佐が顎に手をやりながら答えた。

「特には何も、とりあえず現地に先行したテッダー少将が機材を全部準備しているはずですし、自分たちは陸軍の背中についていくだけですな」

 およそ緊迫感にかけたこの会議を見つめながらフレミングは呟いた。

「いつかこの有様を弟に教えてやったら、さぞや面白がるだろうな…」

 この時、フレミングはまさかその弟のイアンがこの後英海軍の情報部に勤め、対オブジェクト作戦に深くかかわるなどとは思ってもいなかった。

 こうして、戦場を遠く離れた地点で先を見据えた作戦が動き出す一方、当面の状況を少しでも好転させるため、日英両海軍の空母部隊は勝機のまったく見えぬ戦いに動き出していた。

 ついに人類とオブジェクトの二回目の死闘が始まろうとしているのであった。

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