日常
ーーピピピピッピピピピッ
「う、んぅ……」
ーーピピピピピピピピピピ……
タッタッタッタッ……
「うるさ……」
ーーピピピピピ……カチッ
カチャ…タッタッ
「ニャー」
「ん……」
敵を目覚まし時計から猫に変更しました。
「……んー」
「ニャー」
「……下り…て……」
「ニャー」
「……」
「ニャー」
「……」
「……ニャー!」
「い……っ!?」
引っ掻きやがった!
痛みでバッと起き上がると、してやったりといった表情で俺を見る猫と目が合った。
俺の上に乗っかってた猫を下ろし、今日もまた引っ掛かれた腕をさすりながらベットから下りる。
「ミオお前なぁ……!」
「ニャー?」
「……はぁ、何でもない」
俺が寝起きが悪いってのは理解してるし、朝っぱらから猫ーーミオを本気で相手するのはムダな気がしたので、大人しく引き下がる。
「紫音にぃ、起きたー!?」
「起きたよー!」
階段下から弟の声が聞こえたので、こっちも大声で返した。
「ニャー!」
「はいはい、さっさと着替えるよ」
ミオに催促されながら着替えを終え、鞄と絆創膏を持って1階に降りる。
洗面台で腕と顔を洗い、絆創膏を貼ってからリビングに入ると、すでに朝食の用意がされていた。
「おはよう、紫音」
「おはよう、父さん」
コーヒー片手に新聞を読む父の目の前の席に座り、膝の上に乗ってくるミオを受け入れる。
「おはよう。ミオは本当に紫音になついてるわね」
「おはよう。……そう?今日も朝から引っ掛かれたんだけど」
ふふっと笑いながら父の隣の席に座る母の言葉に、少しだけ顔をしかめた。
「でも紫音にぃ。僕は起こしてすらくれないよ」
「お前は寝起きが良いからじゃね?」
「えー?絶対、紫音にぃになついてるから起こすんだって!ねー、ミオ」
「ニャー」
「ほらね!」
「……」
自慢気に見てくる弟に何とも言えず、取り敢えずフレンチトーストを口に放り込む。
うん、相変わらず美味しい。
母さん特製のこの味を堪能していると、ふと父が新聞から顔をあげて言った。
「紫音、今週末は土日とも休みだったよな?」
その言葉に、頭の中のカレンダーをめくる。
そこそこ良い学校に行ってる俺は、土曜日はもちろん、日曜日も模試で潰れることは珍しくない。
それでも稀に土曜日が休みのことがある。
今週は……
「えーと……うん、どっちも休みだね」
「そうか。じゃあ、皆で温泉にでも行くか?」
「そうね、良いんじゃないかしら」
「え!?……やったぁ!久々の温泉旅行!」
母は、椅子の上で大喜びする陽翔を困った目で見て、俺に視線を移した。
「久々の休みだものね。のんびり過ごしましょう」
「うん、楽しみ。でもミオはその間どーすんの?」
「そうねぇ……」
思案気な表情で悩む母から、膝の上で俺のことをジッと見てくるミオに視線を移す。
耳の後ろを撫でてやれば、気持ち良さそうに目を閉じた。
……前に温泉旅行に行ったときは、まだミオはいなかった。
連れていくのは難しいだろうし、誰かに預けるなり何なりしないと。
「お母さんにでも預けようかしら。猫好きだし、喜んで預かってくれるわ」
「あぁ、そうしよう」
ミオの預け先も決まり、久々の温泉旅行に心を踊らせながらのんびりと話していると、突然チャイムが鳴り響いた。
ピンポーン♪
「あら?」
母は時計を見て、納得したような表情で玄関へ急いだ。
疑問に思った俺と陽翔が時計を見ると、
「う、わぁぁあぁ!?」
「やべっ、ゆっくり食べてる場合じゃなかった!」
2人揃って驚き、慌てて野菜を口の中に掻き込む。
カフェオレで流し込んで、音をたてながら椅子から立ち上がった。
ミオが驚いて飛び下りる。
ごめん、ミオ!
「「ごちそうさま!」」
「お粗末様でした」
玄関から戻ってきた母が、仕方のないものを見るような笑顔で答えた。
「どうしよ、紫音にぃ!僕まだ歯磨きしてない!」
「俺もしてない!」
玄関に鞄を放り投げて、大慌てで洗面台に向かう俺たちを、母が玄関に招き入れた陽翔の友人が唖然と見ていた。
「ごめんね、ちょっと待ってて!」
「え、う、うん。大丈夫」
顔だけひょっこり出して謝る陽翔に、驚きながら返答する友人くん。
「ひゃはひぃほへひょはっはは」
(優しい子で良かったな)
「はぁへ、ひゃはひふひふへほ」
(まぁね、優しすぎるけど)
俺たち兄弟でしか通じない会話をしながら、歯を磨くと同時に髪を整えていく。
流石にこんな寝癖でボッサボサのままじゃ学校に行けない。
超特急で準備を終わらせ玄関へ向かうと、母が俺
の弁当を持って待っててくれた。
「準備終わった?」
「うん」
「終わった!」
「はい、これお弁当ね」
「ありがとう」
「いいなー、僕も弁当が良い」
中学生の陽翔はまだ給食だ。
羨ましそうに俺の弁当を見てくる。
俺は見せつけるように弁当を鞄の中へ入れた。
「あー!」
「どやぁ……!」
わざとらしく手を伸ばしてくるので、思いっきりドヤ顔をしてやった。
……効果音つきで。
「でも給食もあと少しだろ」
「その少しが長いんだよぉ……」
「まぁまぁ、頑張ろう?」
泣き真似をする陽翔を、友人くんが宥める。
優しいねぇ、友人くん。
「ほらほら、もう出ないと。本当に間に合わないわよ」
母の声で慌てて靴を履き、友人くんが開けてくれた扉をくぐる。
「いってらっしゃい」
「「「いってきます!」」」
……。
…………。
………………。
「あの家はいつも賑やかだねぇ」
「良いことじゃないか」
……実はこのドタバタ劇、毎日のことだったりする。
「しーちゃんはね♪紫音っていうんだほんとはね♪だけど可愛いから皆はしーちゃんって呼ぶんだよ♪可愛いね、しーちゃん♪」
高校と中学は反対の位置にある。
家の前で陽翔たちと別れて歩いていると、どこからか可愛らしい声の歌が聞こえてきた。
……このサッちゃんの替え歌は……。
「……鈴」
「せーかい!鈴でした~!」
溜め息を吐きながら犯人の名前を当てると、右斜め前の電柱の裏から女子が出てきた。
天峰 鈴。
生まれたときから一緒にいる、俺の幼馴染みであり、好きな相手。
美人と言うより可愛らしい顔立ちに、長いくせ毛の茶髪をふんわりとしたツインテールにしている。
なんだったか、低い位置で『くるりんぱ』をしてくくるのがポイントなんだとか言ってた気がする。
「本当に好きだよなぁ……その替え歌」
「うん!」
何でこの替え歌が好きなのか全くわからない。
まぁ、いつも歌いながら現れるわけじゃないから良いけど。
「『しーちゃん』って呼ぶのは鈴だけだからねー。この替え歌は、なおさら特別感が表れるのですよ!」
「へー……特別感ね」
たしかに、そんなアダ名で呼ぶ奴自体いないからな。
「そうそう!しーちゃんも鈴のこと『すぅちゃん』って呼ぶ?分かるかもよ?」
「呼ばない」
てか恥ずかしくて呼べないから。
いや、まぁ取り敢えず想像してみよう。
『すぅちゃん』
『なぁに、しーちゃん』
『すぅちゃんは今日も可愛いね』
『やー!恥ずかしいよしーちゃん!』
そこまで想像して、ぞわっと鳥肌がたった。
不思議そうに見上げてくる鈴に提案をする。
「せめて『ちゃん』を『くん』に変えてくんない?」
「しーくん?」
「そう」
「うーん……確かに、これもまた捨てがたいですな……」
俺としては『ちゃん』ってつけるのをやめてくれたら何でも良いんだけど。
男子高校生としては、幼馴染みに『ちゃん』付けで呼ばれるのは恥ずかしくて仕方がない。
「いいよ!じゃあ今日から『しーくん』って呼ぶね」
「言えば変えてくれる!?」
じゃあもっと早く言えばよかった!
言っていれば、クラスで大声で呼ばれて恥ずかしい思いすることがなかったのに!
「鈴は、嫌って言われたことは基本的にしない主義ですから!」
「なるほど」
そんな他愛ない話をしながら、電車に乗って学校へ向かう。
「むぅ……相変わらず人が多いねー」
「鈴なら目を離した隙に流されそうだね」
「失礼な!流されないです!」
身長が平均よりも少しだけ低い鈴を心配しての言葉だったんだけど……。
機嫌を損ねたか、と思い謝ろうとすると、くんっと袖口を引かれた。
何かと思い後ろを見ると、鈴が俺の袖を掴んでいた。
「だって、しーくんの袖を掴んでるもんねー」
紫音にダメージ1000!
紫音は倒れた!
「しーくん?」
「いや、何でもない」
ダメだ、可愛すぎる。
そこから学校の最寄り駅で降りるまで、ひたすら会話に集中して煩悩を振り払う俺であった。
おかげで無事に鈴が人混みに流されることもなく、無事に学校に着けた。
ちなみに、この一連の流れもいつも通りである。
「はよー!文月」
「おはよ」
「おはよう、鈴ちゃん!」
「おはよう!」
教室に入って挨拶をしていると、どこからかキラキラオーラが漂ってきた。
……げ。
密かに俺が顔をしかめていると、入口にいる俺たちの正面、教室の奥の方に出来ていた人だかりが割れて、5人の男女が近づいてきた。
「天峰さん、おはよう」
「おはよー、鏡宮くん!」
まず一番最初に鈴に挨拶したのが鏡宮 勇輝。
キラキラオーラを背負いまくった、名前からして眩しい奴。
ハーフだとかいう奴が金髪をかきあげると、教室中に女子の悲鳴が響き渡った。
「勇輝、その眩しいキラキラを片付けて。……おはよう、鈴、文月くん」
「うん、おはよう郁ちゃん」
「おはよう風羽屋」
次に挨拶してきたのが、風羽屋 郁。
綺麗に手入れされた長い黒髪をバレッタで1つに纏めてある。
何か1つ行動する度に、女子男子問わず悲鳴が上がる。
「郁お姉様ー!」だって。
「おっ、おはよう!天峰さん、文月くん」
「おはよう、永井くん」
「おはよ、永井」
永井 颯太。
低い身長と茶色い癖毛、オドオドした態度が母性本能をくすぐるそうで、これまた女子に愛されている。
「はよー!りんりん、紫音ちゃん!」
「おはよう、藤下くん」
「はよ。『ちゃん』づけ止めろっていつも言ってんだろ」
「えー、りんりんには許してんじゃん!」
「鈴は今日直したし、男に『ちゃん』づけされても嬉しくねーよ!」
藤下 歩。
クラスのお調子者。
よく先生に怒られるが、ノリが良く、運動神経が抜群で、よく部活の助っ人に出てる。
入学早々、俺たちにふざけたアダ名をつけてくれやがった。
「おはよぉ。鈴ちゃん、紫音くん」
「おはよー!桃花ちゃん」
「おはよう、姫野」
最後に姫野 桃花。
鈴いわく、要注意人物。
腰辺りまで伸ばした茶髪を、ふんわりとした三つ編みにして2つに分けている。
おっとりとした垂れ目で、口元にはいつも微笑みを浮かべている、名は体を表す代表。
そんなクラスメイトどころか全校生徒の注目を浴びる5人が近づいてくると、とにかく目立つ。
俺自身の顔は、父母ともに整った顔のおかげで悪くはないと思うけど、コイツらに比べたら全然だ。
それに何より目立ちたくない。
俺としては平和に日々を過ごしたい。
入学当初からの切実な願いは叶わず、今日も今日とて囲まれた。
「文月、いつまで俺の天峰さんの側にいるんだ?」
「……鈴はお前のでもないだろ」
どうやら鏡宮は鈴のことが好きらしく、こうして事ある毎に絡んでくる。
「鈴はー、しーくんの物だよー」
キャッと可愛らしく頬を染めるけど、今は黙っていてほしい。
ほら、鏡宮の笑顔が冷たくなった!
気迫に飲まれて1歩下がりそうになると、鏡宮の後ろにハリセンが現れた。
え、なぜにハリセン?
呆然としていると、スパーンっと小気味良い音をたてて鏡宮の頭が叩かれた。
「なっ、郁!?」
「なに文月くんに喧嘩売ってんの?」
「い、いや、これは違う」
「へー、何が違うのか説明してくれる?」
般若を背負いながら鏡宮を問い詰める風羽屋。
残りの3人が慌てて止めようとしたところで、俺の後ろの扉が開いた。
「おい、全員早く席につけ。読書できるか?藤下」
「出来ますよ先生!てか何で俺!?」
「毎回お前が一番遅いからに決まってんだろーが」
そう藤原をからかいながら入ってきたのが担任の佐藤先生。
生徒達は慌てて自分の席に座り、朝読書を始めた。
休み時間毎に絡まれた以外、特に何事もなく授業を終え、放課後。
日直だった俺は日誌を書いていた。
前の席には鈴が座り、俺が日誌を書くのを楽しそうに眺めている。
「なぁ、見てて楽しい?」
「うん、楽しいよ!」
「……へー。……すぐ書き終えるから」
「じゃあ待ってる!」
「ん」
書き終えて、教務室に寄って帰ろうと立ち上がった時、教室の扉が音をたてて開かれた。
「あら、まだ残ってたの?」
「天峰さん!」
「はいストップ」
鈴にかけよろうとした鏡宮を風羽屋が止める。
「もう帰るんだよね?あの……え、駅まで一緒にどうかな?」
「途中に有名なクレープ屋さんがあるんだぁ。皆で一緒に行かない?」
その隙に永井と姫野が近づいてきた。
今日は予定がないから無理なわけじゃないけど、コイツらと一緒に行ったら間違いなく目立つ。
「あー……いや、今日は……」
「えぇぇ、何でぇ?」
断ろうとした雰囲気を感じ取ったのか、姫野が泣きそうな顔をする。
それに鈴がピクッと反応した。
冷たい目で姫野を見る。
姫野が腕に触れてきたところで、藤下が来た。
「無理って言ってんだから、強引にしちゃダメだろー!」
笑いながら冗談っぽくいうけど、目は笑ってない。
それを見て姫野は大人しく離れていった。
……そういや、姫野と藤下って付き合ってたんだっけ?
以前鈴が言ってたのを思い出した。
そりゃ、恋人が他の男にベタベタしてたら面白くないよなぁ。
永井は強引に誘おうとしないし、ストッパー2人が止めてくれている間に帰ろうと、鈴の手を握ったときにそれは起こった。
ブワッと風が教室に吹き荒れる。
「きゃあっ」
「ちょっ、え?」
姫野の悲鳴と永井の困惑した声。
バンッと教室の扉がしまる音がして、風羽屋が慌てて扉を開けようとするけどびくともしない。
「っ、何で開かないの!?」
「あれ見て!」
鈴の声に教室の中心を見ると、眩しく光る何かが床にあった。
「あれって……魔方陣?」
俺の声に姫野がこっちを向いた。
「何で魔方陣があるのぉ!?」
「いや、俺に聞かれてもわかんないから!」
「……っ。取り敢えず1ヶ所に集まれ!」
自分も風羽屋の肩を抱いて教室の中心に向かいながら、鏡宮が指示を出す。
だんだん風が強くなる中、教室の中心に全員が集まった。
奇しくも魔方陣の中に集まるような形で。
「しーくん、大丈夫!?」
「いや、鈴の方こそ大丈夫か!?」
風でスカートが捲り上がっている。
仕方ないから、抱き締めて風をやり過ごそうとした。
他のやつらもそれぞれ誰かの側にいる。
藤下は姫野を抱き寄せ、鏡宮は風羽屋を片手で抱き絞め、もう片方の手で永井の手を握る。
「し、しーくん……!」
「大丈夫?」
「うん、しーくんが側にいるから……」
好きな子にそんなこと言われて嬉しくないはずがない。
さらに抱き締める力を強くしたところで、風も光も強くなった。
薄目で状況を見ると、魔方陣は教室全体に広がっている。
やがて教室中が光と風に包まれーー




