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(3) 一粒の熱

・・・


 TOP19の誰もが、カミやミコト、ブブやイシュタ・ルーのように走り回っているわけではない。

 そもそも、第1位の左端や第5位のユノ、第7位のアスタロトに第16位のマックスの計4人は現在、消息不明で、どうやらシステム側の担当者たちにもその行方が分からないらしい。

 そして、その他のTOP19たちも…。


 「…ふん。どうだ、お前たち。その伝説の武具とやらを探し出して、下剋上というやつでも起こしてみちゃぁ?」


 例えば、この男。

 赤茶けたくるくる巻きの癖毛を伸ばし、薄布を羽織っただけの筋骨隆々の逞しい体を、他者を威圧するかのように見せつけ、豪奢な椅子に深々と腰掛ける…第4位。

 ジュピテル。


 彼の前に跪くのは、12名の親衛隊長たち。

 挑発するようなジュピテルの言葉を、身じろぎもせずに黙って聴いている。

 全員いつものように頭を垂れていて表情が見えないため、一人一人の本心は窺い知れないが、誰一人としてそんな挑発には乗ってこない。


・・・

 

 物語的には、俯いた顔を野心に満ちた表情で歪ませているイスカリオテのユダ的なキャラが一人ぐらいはいた方が面白そうだと思うかもしれないが…彼らジュピテル親衛隊は、そもそもジュピテルの神がかった強さに惹かれて集った連中だ。

 特に、この12人の親衛隊長は、デスシムのサービス開始当初にジュピテルが「伝説の古代神」モードを活用して起こした数々の「奇跡」を直接その目で見ている。

 そして、その後、ジュピテルが精力的に領土獲得に動きながら、現在のような強大な帝国制度を鮮やかに確立していく手際をも、その最も傍で目にしてきたのだ。

 むしろ彼らは、自分たちがジュピテルの強さの一部であることに誇りを持っている。


 いわゆる「心酔」という慢性的なトランス状態にある親衛隊長たち。

 RPGという形態のゲームにおいて、自らが主人公となるのではなく、他の誰かを引き立てるための親衛隊になろうなどと思う時点で、既に彼らは少々、イっちゃっている人種なのである。


 ジュピテルを斃すための専用の武具が存在するという噂は、当然、親衛隊長たちの耳にも入っている。しかし、彼らには、目の前のジュピテルが単に武具の強弱だけで斃せるような相手には到底思えないのである。

 いや。自分たち親衛隊の存在自体を、ジュピテルの強さの一端であると考えている彼らにしてみれば、その噂は実に許しがたいふざけたものに思えた。


 大富豪や大貧民と称される昔から伝わるカードゲームに喩えれば、ジュピテルは最強のカード…ジョーカーである。そのジュピテルを斃せる武具は、さしずめスペード又はハートの3ということになる。確かに、それはジュピテルを斃しうるかもしれない。


・・・

 

 しかし、その喩えに従うならば、自分たち親衛隊は2だ。

 ジョーカーに勝てるからといって、3などというカードは所詮、最弱のカードだ。

 ジュピテル帝国には、ジョーカーにこそ勝てはしないが、それ以外のカードには無敵の強さを誇る2が全ての絵柄で揃っている状態だと言って良い。

 ジュピテルを斃したければ、まず、自分たち親衛隊を倒す必要があるのだ。

 それを、3を手にしたぐらいで、勝てると思うのは大間違いなのである。


 「………確かに…ジュピテル様に対する専用の武具というものを手にすれば、我々でもジュピテル様のお相手が務まるかもしれません。しかし、仮に、そのようにしてジュピテル様を亡き者にできたとして…我々が得るものなど、何もありません」

 「自分も同意見ですな。ここにいる12名、それなりの強者揃いではありますが…しかし、ジュピテル様亡き後に、この偉大なる帝国を維持できるような力量を持つ者は誰一人としておりません。我々は見たいのです。ジュピテル様がこのデスシム惑星の全域をその支配下に治める日を。そして、自分がその一助となれることを誇りに思うのです」

 「同意。もし、この中の誰かが、悪魔の囁きにそそのかされたとしても、他の11人の手により、直ちに誅殺されるのは火を見るより明らか」


 表現は違えども、12人の親衛隊長は、口々にジュピテルへの忠誠を誓う。

 その様子を、一段高い床の上の豪奢な椅子に腰掛けたまま、顎から口にかけてを右手で覆うように頬杖をついて、面白そうに見ているジュピテル。

 しかし、次の瞬間…目だけに異様に強い殺気を宿らせて…冷たい口調で囁く。


 「…ということだが、13人目。それでも、悪魔の囁きとやらをしてみるかぃ?」


・・・

 

 12人…いや、13人の親衛隊長たちに衝撃のようなさざ波が走る。

 彼らは、ジュピテルの前に半円を描くように1列に並んでいた。

 誰もが、一足飛びにジュピテルへと襲いかかることができないような距離で、ジュピテルから等距離の位置に跪くというのが、彼らの暗黙の取り決めだった。

 それは、ジュピテルから強制されたルールではなく、彼らが自主的に取っている配慮だったのだが…


 「…ひ、一人…多い?」

 「い、いつの間に?…そ、そんな馬鹿な…誰も、気づかぬハズが…」

 「ジュピテル様…わ、我々に反意はございません。た、直ちに、侵入者を明らかに…」

 「…くっ。貴様か?…それとも貴様!?…いや。俺ではない…貴様こそ!」


 12人が等間隔にジュピテルの前に跪くというのは、いつものことであり、そこに誰かが混じることで自分の位置や、他者との位置関係が変われば、気づかぬハズがない。

 それなのに、今、ジュピテルから指摘されたその瞬間まで、彼らは誰一人として自分たちが普段より1人多くなっていることに気づかなかった。

 動かずにいた方が良かったものを、犯人捜しに全員がいつもの位置を離れて集まる。

 慌てて、見知らぬ顔の存在を確認しようと、全員がキョロキョロと互いの顔を見合うのだが…見知った顔ばかりで不審な者はいない。

 しかし、指さししながら人数を確認すれば、確かに12…いや、自分を入れて13。

 間違いなく1人多い。

 最強の軍団を率いるリーダーであるはずの12人の親衛隊長が、半ばパニックを起こしかけて色めき立つ。


・・・

 

 「…くっくくくくくくく。ぷはっぁあははははははははっ!」


 その様子を睨みつけるように眺めていたジュピテルが、突然に笑い出した。

 とても自分の居城に不審者の侵入を許しているとは思えぬほど無防備に、膝を叩きながら「げらげら」と笑うジュピテル。


 「…はぁあ。笑っちゃぁ…すまねぇな。だが、お前たち、お客様は、もう、あちらの扉の前へと、お帰りの支度を済ましてやがるぞ?」


 ギョッとして、12人の親衛隊長が、一斉に扉の方へと顔を向ける。

 すると、そこにはシステム側の担当者であるジウが、いつものように無表情で扉のノブを握ったままの姿勢で、動きを止めている。


 「…な、何故、システム側の担当者が?」

 「ふ、ふざけるにも程があるぞ、ジウ!!」

 「い、いや。しかし、何故、13人いるように見えたのだ?…奴は、全然違うぞ」


 ジュピテル親衛隊の鎧姿に対して、ジウはいつも通りの黒いスーツの上下。

 たとえジウが13人目だったにせよ、気づかぬハズはないのだが…。

 戸惑いを隠せない12人の親衛隊長たち。

 そんな親衛隊長たちを見かねて、ジュピテルは解説をしてやる。


 「ジウじゃねぇよ。ソイツは。そのソックリさんだ」


・・・

 

 正体を見破られている。それは間違い無いのに、ジウの見た目をした侵入者は別段焦る様子もなく、扉の前に佇んでいる。

 ジュピテルは、その侵入者に全く脅威を感じていないのか、余裕の笑みを浮かべたままで、親衛隊長たちへの解説を続ける。


 「お前たち親衛隊長も、決して弱くはねぇ。それは俺が保証してやる。今日のことで、自信を失う必要はまるで無い。…が、よく覚えておけ。これが、TOP19と、そうでないプレイヤーの実力の違いだ…ってことをな。奴の正体は、敢えて口に出さねぇでおくが、お前たちは奴に認識を歪められたんだ。暗示…とも言うらしいが…」


 親衛隊長たちは、それで目の前のジウが、本当はTOP19の一人だと知る。

 本来ならば、ジュピテルの身の安全を図るため、直ぐにでも飛びかかって相手を拘束すべきだと思うのだが、得たいの知れぬ恐怖が、彼らをその場に釘付けにしている。

 認識を歪める…?…暗示?

 全く気づかれることなく、それらしい切っ掛けも無く、そんなことが可能なのか?

 もし、いつでもそれが可能なら、自分たちは全く危機に気づくこともなく、目の前の侵入者に【死】を与えられてしまうのではないか。

 こうしている今も、既に、自分の認識は歪められ…その首筋に刃が………


 「心配するな。そいつに殺意はねぇよ。…というより、あれか?…そいつは、殺意までは隠せない。まぁ、俺から言わせりゃ、まだまだの未熟者だ。基本的に、そいつは自分じゃぁ、直接のリスクは侵さず、他人を操って目的を果たす…そういうタイプだ。今、お前等が、操られそうになったように…な」


・・・

 

 「…何のことでしょう。私は、システム側の意図によらず広まってしまった、例のクエスト…いわゆる『TOP19狩り』に関して、TOP19の皆さんが動揺していらっしゃるのではないかと、お見舞いに伺っただけです。操るなどと…」

 「あぁ…。喋んなくて良いぞ?…それも、貴様の常套手段だって分かってるからな。口先だけで、俺を惑わせると思うなよ。別に、俺も貴様をどうこうしようとは思ってねぇからよ。帰るんなら、さっさと帰んな。うちの親衛隊長たちの良い勉強になったようだし、その授業料として、貴様の命は預けといてやらぁな」


 初めて声を発した侵入者の言葉を、ジュピテルは途中で遮る。

 ジュピテルとしても、もう、この件で得るものがあったのだ。親衛隊長たちが見破れなかった侵入者の技を、ジュピテルだけはアッサリと見破って見せた。その実力の違いを、親衛隊長たちは思い知ったハズだ。今は、侵入者の直接的な脅威に怯えて身動きがとれない親衛隊長たちだが、侵入者が去れば、改めて冷静になり、自分たちの君主ジュピテルが、侵入者以上の使い手であることを再認識することだろう。

 だから、もう、これ以上、侵入者にベラベラ喋らせる必要はない。

 侵入者の正体が予想どおりなら、おそらく、自分の失策を巧みな弁舌をもってして取り返そうとするだろう。それは、おそらくジュピテルにとっては、損失となるハズだ。

 だから、ジュピテルにしてみれば、これ以上、侵入者がここに残って何かをされるよりも、さっさと消えてくれた方が都合が良いのだ。


 お互いの思考を読み合う視線と視線での駆け引き。空中で火花を飛ばして絡み合うそれは、親衛隊長たちには窺い知れないレベルの戦いだった。

 TOP19の強さとは、単なる武力だけでは無いのである。


・・・

 

 誰一人として瞬きしたつもりはないのに、次の瞬間、親衛隊長たちの目の前から侵入者の姿が消えていた。

 それは、まるで「忽然と」という表現がぴったりの消え方であり、本物のシステム側の担当者たちのように思えた。


 「…ほ、本当に…あれは、ジ、ジウではないのですか?」


 親衛隊長たちの一人が、信じられない…という口調でジュピテルに確認する。

 主君の言葉を疑う…という失礼を働いていることに気づきもせずに。

 幸いジュピテルは、別にそのぐらいのことで激怒したりする狭量な男ではなかった。


 「くくく。何なら、俺も、同じようにお前たちの目の前から消えて見せようか?」


 無礼を咎めるのではなく、このように答えることで、ジュピテルは「侵入者が今したことと同じことは自分にも出来るのだ」ということを、改めて印象づける。

 そうすることで、対ジュピテル用の専用武具の有無程度では、自分たちとの力の差が埋められないということを思い知らせることが出来るハズだ。

 実際、12人の親衛隊長たちの目に灯った光は、それ以前にも増してジュピテルへの忠誠に満ちたものであった。


 それでも、12人の親衛隊長の下には、それぞれ数十人の親衛隊員が従えられているから、その中にはジュピテルへの反意を持つものも現れるかもしれない。

 しかし、それはこの12人の隊長に任せておけば、未然に防がれることだろう。


・・・

 

 つまりは、当面、「TOP19狩り」などというふざけたクエストが、ジュピテルの脅威となる可能性は極めて低いということだ。

 もっとも…と、ジュピテルは、自分の椅子の背後へと意識を向ける。


 「…もしも、お前の手に…俺を斃すための専用の武具が渡ったら…。お前は、それで、俺を斃すんだろうな。パラス…」


 突然に声を掛けられて、パラスは驚いたように視線を上げる。

 自分が…ジュピテルを…斃す?

 思いも掛けずに提示された仮定の未来に、パラスの思考はその意味を直ぐには理解できなかった。


 彼女は、別に、ジュピテルから虐待を受けているわけではない。

 女性として屈辱的な義務を課せられているワケでもない。

 ただ、大切な人から引き離されて、ジュピテルのGOTOSとして傍に置かれているだけだ。食事の世話程度は、させられているが…その程度のことは、それほどに苦痛というわけでもなく、それ以外の時間は比較的、自由でいることを許されている。


 自分がジュピテルを斃す。

 パラスは、もう一度、胸の中でその言葉を反芻してみる。

 果たして、自分はジュピテルを憎んでいるのだろうか?


 「…何を…馬鹿な…コトを…」


・・・

 

 震える声は、果たして、ジュピテルと自分のどちらに向けたものか。

 ジュピテルは、椅子に深く腰掛けたまま黙っている。


 パラスとて、シムタブ型のMMORPGへとサインインしたぐらいなのだから、全く戦闘力を持たないひ弱な存在というワケではない。

 TOP19の中にも、第2位のフーを始め、第5位のユノ、第17位の朱雀に第19位のカミ…というように女性PCはいる。

 デスシムの仕様上も、女性が不利なルールなど基本的にはなく、ただ、性別の差による性格的な志向や傾向により、自然と男女差が生じるシーンがあるというだけだ。

 それは、差別というよりは区別の範疇であり、自分が今、こうして愛する男性のために人質となっているのも、二人の性格を見定めてジュピテルが振り分けた役割分担であり、中には男性PCが人質となっているケースもあるときく。


 (だけど…私には、ユノ様のような強さは…無い)


 そうだ。先ほど声に出してしまった言葉は、やはり自分に向けたものだったのだ。

 ユノのような超絶的な魔法技能を持つワケでもなく、性格的にも攻撃的な志向を持つワケでもない。

 そのような自分が、ジュピテルの正面に立ってどうやって闘えるというのか?

 食事を持ってこい…という命令の声にすら、少しボリュームが大きいだけで怯えて体を竦ませてしまうというのに。

 もしも、自分の手に、ジュピテルを斃すための専用の武具とやらが手に入ったとしても、それを振るうだけの勇気は自分には無いのだ。


・・・

 

 それが、パラスの結論。

 そして、ジュピテルも、それ以上には訊いてこなかったから、この話はそれでお終い。

 パラスにとっては、少々の気まずさを味わわされることとなったが、そのぐらいはいつもの事だ。別に、くよくよと思い悩むほどの事でもない。


 ただ。

 …そう。ただ。


 この左手の中に握られた、一粒の小さな玉から伝わってくる熱のようなものが、妙に不快な感覚としてパラスの心を落ち着かなくさせるのだ。


 その小さな玉を、いつから自分が握っているのか…パラスにはハッキリとした記憶がなかった。

 ぼんやりとした記憶。

 それを手繰ると、先ほどジュピテルがいるはずのない13人目の親衛隊長を看破した…そのほんの少し前。

 彼女の背後に、ほんの僅かの間、誰かが居たような気がする。


 (お嬢さん。この錠剤を、ジュピテルの食事に混ぜるんです)


 妙に印象の薄い声で、誰かに囁かれたような気がするのだ。


 (それで、アナタにもジュピテルを斃すことができる)


・・・

 

 本当にそのような言葉が聞こえたのかどうか、自信はまるで無い。

 単なる気のせいである可能性の方が高い…のだが。

 しかし、左手の中には、確かに小さな玉の感触が残っている。


 (これが、彼を斃すためだけに用意された武具です。アナタに預けます)


 こんな形の武具など、あり得るのだろうか?

 パラスは、先日のメジャーアップデートの内容を思い起こす。

 確か、「Face Blog ER」上の告知板には、TOP19には「レジェンド・エネミー属性」というものが付与され、それにより一般プレイヤーがTOP19を倒せる可能性が生じるのだと記されていた。

 でも、そこに例示されていたのは「竜」のような高難度モンスターを倒す際の「魔剣グラム」や「叢雲むらくもソード」などの竜殺し用に強大な魔力を付与された特別な武器…であり、こんな小さな玉などでは無かったように思う。


 これは、武具というより…暗器。暗殺用の道具に近いのではないか?

 いや。囁きは、これをジュピテルの食事に混ぜろ…と言っていた。

 ということは…「毒」か?

 …私に…ジュピテルを…毒殺しろ…と?


 (これをどうするのかは…アナタの自由です。人に譲ってもかまいません)


 囁きは、そのようにも言っていた。


・・・

 

 自分で玉を食事へ混入する勇気がなければ、親衛隊長の誰かに渡せば良い…とでもいう意味だったのだろうか?

 でも、その思惑は、先ほどジュピテルに侵入を見破られた瞬間に崩れ去ったハズだ。

 自分で使うか。

 それとも、何らかの方法で、外部の誰かへと玉を委ねるか。


 呼吸困難になりそうなぐらい、パラスの胸は出口の無い思考で苦しくなった。

 いや。待て。それほどまでに、自分はジュピテルを憎めているか?

 どんな手を使ってでも亡き者にしたいとまで、彼を恨んでいるだろうか?

 何よりも…そう、何よりも、そんな形でジュピテルを斃した後に、自分は元通りこの世界を楽しむことができるのか?

 目の前が暗く感じるほどに、パラスの思考は内側へと巻き込まれる。


 「…冗談だ。そんなに真剣に考える必要はない。からかって、すまなかった」


 その圧迫を破るように、ジュピテルの声が聞こえて来た。

 彼も話を打ち切っていたわけではなかったようだ。

 どのぐらい時間が経っていたのか、気が付くと、親衛隊長たちは無言で部屋から退出していくところだった。

 最後の一人が部屋から出て、扉がバタン…と妙に大きな音を立てて閉まる。

 それで部屋の中には、いつものようにジュピテルとパラスだけが残る。

 いや。残ったのは、ジュピテルとパラスと…今までは無かった…小さな玉。


・・・

 

 「まあ。あくまでも冗談だったんだが…お前のために教えておこう。パラス。もし、お前の手に、俺を斃すための武具が入っても、お前が直接それを使うのは止めておけ」


 パラスは、息を吸い込みそうになって、必死にそれを我慢する。

 下手な行動は命取りだ。

 ジュピテルが、この手の中の小さな玉の存在を知っているハズがない。

 だって、自分ですら、感触としてそれを知っているだけで、掌を開けて実際にその小さな玉を目で確認したわけではないのだから。


 「命乞い…をしているんじゃないぞ。お前になら、殺されてやっても良い。だがな、俺亡き後、俺を手にかけたのがお前だと知れたら…さっきの12人が、お前のことをどんな酷い目に遭わせるか…俺にも想像ができん」


 あぁ…。

 パラスの体温が、一気にいつもの温度へと下がっていく。

 そうだ。そのとおりだ。

 ジュピテルを斃すということは、自分の身をも滅ぼす覚悟でなければ出来ることではないのだ。そして、それが可能なら人質などにならず、もう、とっくの昔に自分からログアウトという道を選択している。【死】という手段を用いて。


 「信じては貰えないだろうがな…。俺は、俺なりに…お前の幸せを考えている。この世界を、俺なりの方法で…誰もが平等に生きられる世界に…変えたいと思っているんだ。できれば、それを…もう少し、見守っていて欲しい。俺の傍で…」


・・・

 

 まるで愛のメッセージのように、ジュピテルは掠れた声で囁く。


 どうして、ジュピテルは私をGOTOSに選んだんだろう。

 いつもと同じ疑問が、また、彼女の脳裏に過ぎる。


 ジュピテルのGOTOSでありながら、彼と共にクエストやシナリオをこなすこともなく、領土争奪戦で戦うこともない。

 ダンジョンでナビゲートをすることもなく、帝国運営の相談に乗ることもない。

 かといって、体を求められるワケでもなく、性的な屈辱を与えられることもない。

 ただ、ただ、食事や身の回りの世話をするだけだ。


 「わ…わ…私は一体………アナタの…何なんですか?」


 それは、パラスがジュピテルのGOTOSとなって、初めて発した能動的な言葉だった。

 ずっと心の深い場所へと押し込めていた、素直な感情の発露。いや…爆発か。

 恐怖の対象でしかなかったジュピテルに向かって、そのような強い口調で問い質すことができるなどと、パラス自身が思ってもいなかった。

 しかし、一度、発せられた言葉は、もう、喉の奥へと戻すことなどできないのだ。

 言い終えて、パラスは可哀想なほどに顔を青ざめさせている。


 「…ほう。やっと…俺と本気で話してくれる気になったか…」


 ジュピテルが椅子から体を起こし、立ち上がる。


・・・

 

 立ち上がったジュピテルは偉丈夫そのもので、見下ろされたパラスはそれだけで身を縮めて体を硬くしてしまう。

 それに気づいたジュピテルは、気まずそうに椅子の手すりへと再び腰掛けて、その目の高さをパラスのそれと同じ高さへと合わせた。


 「脅かすつもりは…なかった。許せ」


 パラスがおそるおそる視線を上げると、不思議な程に静かな瞳で、ジュピテルが視線を合わせてくる。

 恐怖というより、気恥ずかしさで目を逸らしたくなったパラスだが、ジュピテルの真剣な目がそれを許さなかった。


 「お前は、俺のGOTOSだ。俺を、正しい道へと導くガイド…すなわち道標だ。俺が、自分の力に溺れて道を踏み誤ることがないように、お前は傍で俺を見ていてくれたら、それでいいんだ…」


 意味がわからなかった。

 ジュピテルが何を自分に求めているのか。まるで理解できなかった。

 どうやら彼は、ただ暴虐の限りをつくして、自分より弱い者を虐げている…というわけではなさそうだ。それは、少しだけ理解できた。

 しかし、「正しい道」…とは?


 「わ、私には、何がアナタの正しい道なのか…全く、分かりません!」


・・・

 

 またしても、強い口調をジュピテルにぶつけてしまうパラス。

 ジュピテルは、少しだけ悲しそうに眉を寄せるものの、何も言わない。


 「…分かるわけないじゃないですか!…無理矢理に人質にとっておいて、何の説明もしないで、私に何かを期待するなんて…勝手すぎます。私が、アナタのGOTOSだというなら、少しぐらい私にもアナタの考えを聞かせてくれたって良いじゃないですか!」


 吠えるように、それまで胸の奥に押し込めていたものを吐き出すパラス。

 左手に握り締めた小さな玉の感覚が、ジンジンと熱のような痺れのようなものをパラスに伝えてくる。


 「…そうだな。お前が…嫌でなければ、今後は、お前にも少し、相談をさせてもらうことにしよう…」


 意外にもジュピテルは、パラスがそういうのを待っていたかのように頷く。

 そして、照れたように顔を背けて、頬をポリポリと掻きながら言う。


 「ただ…何から話したらいいのか。俺にも正直分からないんだ」


 思いもかけないジュピテルの告白を、パラスは困惑した顔でただ受け止める。

 圧政をもって人々を自らの帝国に縛り付けている暴君。

 そういうイメージでしかジュピテルを見たことはなかったパラス。

 左手の中の熱を、どうして良いのか分からずに、ただギュッと握り締めた。


・・・

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