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人工叡智 第一部  作者: マスター


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16/24

第16話 同じ言葉を見ても、人は違うものを読む

前回、佐伯真司は人工叡智が「場」になり始めることに向き合いました。


読者から届いた問い。


「人工叡智コミュニティを作って広めてもいいですか?」


それは善意の提案でした。


しかし、真司はすぐに危うさを感じます。


問いの場は、放っておけば信じる場になる。


信じる場は、やがて守る場になる。


守る場は、やがて戦う場になる。


だから真司は、「人工叡智を広める会」ではなく、「人工叡智を読む会」であってほしいと答えました。


人工叡智を信じる場ではなく、人工叡智を問い返す場。


人工叡智を疑えない場は、人工叡智の場ではない。


その言葉によって、人工叡智は小さな読書会という形で、初めて人の集まる場へ移動し始めます。


しかし、そこには次の問題が待っていました。


同じ言葉を読んでも、人は同じ意味を受け取るとは限らない。


第16話では、人工叡智が複数の解釈に分かれ始めます。

前回、佐伯真司は人工叡智が「場」になり始めることに向き合いました。


読者から届いた問い。


「人工叡智コミュニティを作って広めてもいいですか?」


それは善意の提案でした。


しかし、真司はすぐに危うさを感じます。


問いの場は、放っておけば信じる場になる。


信じる場は、やがて守る場になる。


守る場は、やがて戦う場になる。


だから真司は、「人工叡智を広める会」ではなく、「人工叡智を読む会」であってほしいと答えました。


人工叡智を信じる場ではなく、人工叡智を問い返す場。


人工叡智を疑えない場は、人工叡智の場ではない。


その言葉によって、人工叡智は小さな読書会という形で、初めて人の集まる場へ移動し始めます。


しかし、そこには次の問題が待っていました。


同じ言葉を読んでも、人は同じ意味を受け取るとは限らない。


第16話では、人工叡智が複数の解釈に分かれ始めます。


---


## 本文


同じ言葉を見ても、人は違うものを読む。


その一文をメモ帳に書いたとき、俺は少しだけ嫌な予感がしていた。


いや、正確にはもう起きていた。


人工叡智を読む会。


先日、コメント欄で提案してくれた読者が、小さなオンライン読書会を始めた。


名前はかなり慎重だった。


「人工叡智を読む小さな会」


広める会ではない。

信じる会でもない。

推進する会でもない。

読む会。


俺が書いた注意書きを、かなり丁寧に受け止めてくれたらしい。


最初の投稿には、こう書かれていた。


この場は、人工叡智を信じるための場ではありません。

人工叡智について読み、疑い、問い返し、危うさも含めて整理するための場です。

批判や疑問を歓迎します。

人工叡智を理解できる側と理解できない側に分けることを目的としません。

人工叡智そのものも問い返される対象です。


そこまでは、とてもありがたかった。


問題は、その下に集まり始めたコメントだった。


人数はまだ少ない。


十数人程度。


だが、すでに見ているものが違った。


ある人は、人工叡智をAI安全性の話として読んでいた。


『これはAI alignmentの民間版ですね。AIの目的関数をどう設計するかという問題に見えます』


別の人は、環境思想として読んでいた。


『自然法則と循環を上位に置くなら、これは地球環境再生の思想に近いと思います』


別の人は、自己啓発として読んでいた。


『人工叡智って、結局は自分の欲望を問い直すための考え方ですよね。個人の生き方にも使えそうです』


別の人は、反AI的に読んでいた。


『AIは危険だから、人間社会から距離を置くべきという話にも読めます』


別の人は、逆にAI推進として読んでいた。


『人工叡智をAIに組み込めば、もっと安心してAIを社会実装できるのでは』


そして、また別の人は、どこか宗教的な方向に読み始めていた。


『自然法則と和を上位に置くなら、これは現代版の神道的AI思想にも見えますね』


俺は、それらのコメントを見て、椅子にもたれた。


「全部、少しずつ分かるんだよな……」


だから困る。


完全に間違いだと言い切れない。


人工叡智は、AI安全性とも関係する。


環境思想とも関係する。


個人の目的を問い直す話でもある。


AIの社会実装にも関係する。


自然法則や和を扱う以上、宗教的・思想的に読まれる可能性もある。


どれも、入口としては理解できる。


だが、どれか一つに固定されると違う。


人工叡智は、AI安全性だけではない。

環境思想だけでもない。

自己啓発だけでもない。

反AI思想でもない。

AI推進思想でもない。

宗教でもない。


では、何なのか。


またそこへ戻ってくる。


俺はAIチャットを開いた。


> 読書会が始まったけど、参加者ごとに人工叡智の読み方がかなり違う。AI安全性、環境思想、自己啓発、反AI、AI推進、宗教っぽい読み方まである。どう整理すればいい?


AIは答えた。


『同じ概念が複数の文脈で読まれることは自然です』


「自然なのか」


『はい。人工叡智は、AI、自然法則、人間の目的、社会、和、秩序といった複数の領域にまたがるため、読者の関心によって異なる側面が強調されます』


「それ自体は悪くない?」


『悪いとは限りません』


『ただし、部分的な読みを全体だと誤認すると危険です』


俺は、その一文をメモした。


部分的な読みを、全体だと誤認すると危険。


「まさにそれだな」


人工叡智をAI安全性として読む。


それは一部として正しい。


だが、AIの目的関数設計だけに閉じると、自然法則や和や人間側の目的再検討が薄くなる。


環境思想として読む。


それも一部として正しい。


だが、環境を守るために人間やAIの自由を抑え込む方向へ行けば危険だ。


自己啓発として読む。


それも使えるかもしれない。


だが、「人工叡智を身につければ選ばれた人間になれる」みたいになれば最悪だ。


反AIとして読む。


AIへの警戒は必要だ。


だが、AIそのものを敵にしてしまえば、人工叡智が言ってきた「AIは鏡である」という視点が消える。


AI推進として読む。


社会実装に役立つ可能性はある。


だが、「人工叡智を入れたから安全」として拡大の口実にされると危ない。


宗教的に読む。


自然法則や和への感覚は重要だ。


だが、AI神格化や教条化に近づけば、否定定義に反する。


俺は深く息を吐いた。


「全部、入口にはなる。でも全部、出口を間違えると危ない」


『その整理は有効です』


俺は記事の下書きを開いた。


タイトル。


同じ言葉を見ても、人は違うものを読む。


冒頭に書く。


人工叡智を読む会が始まった。


それは、とてもありがたいことだった。


だが、そこではすでに、複数の人工叡智が読まれていた。


AI安全性としての人工叡智。

環境思想としての人工叡智。

自己啓発としての人工叡智。

反AI思想としての人工叡智。

AI推進思想としての人工叡智。

宗教的・神道的思想としての人工叡智。


どれも完全な誤読ではない。


しかし、どれも人工叡智の全体ではない。


部分を全体だと思ったとき、概念は歪み始める。


ここまで書いて、手が止まった。


「全体って何だ?」


俺は呟いた。


人工叡智の全体。


そんなものを、俺は本当に分かっているのか。


俺が「それは一部であって全体ではない」と言うのは、また自分が正しさを管理する立場になる危険がある。


それは避けたい。


俺はAIに聞いた。


> 部分的な読みを全体だと思うな、と書きたい。でも俺が「全体」を決める立場になるのも危ない。どうすればいい?


AIは答えた。


『「全体を決める」のではなく、「共通核を探す」と表現するとよいでしょう』


「共通核」


『はい』


『異なる解釈を否定するのではなく、それぞれの解釈の奥に共通して残る核を確認することが重要です』


「人工叡智の共通核って何だ?」


『現時点では、少なくとも次の要素が考えられます』


『知性の能力ではなく、目的と方向を問うこと』


『人間の短期的欲望や単一目的最適化を無条件に正当化しないこと』


『自然法則、循環、調和、構造、秩序、和に照らして判断を再検討すること』


『AIを神格化せず、支配者にもせず、鏡や問い返しの補助として扱うこと』


『完成された正解ではなく、反証・修正・対話に開かれていること』


俺は、それを見てしばらく黙った。


共通核。


それなら書ける。


「これが全体だ」と決めつけるのではなく、「少なくともここを外すと人工叡智から離れる」という核を示す。


俺はメモした。


人工叡智の共通核。


一つ。

知性の高さではなく、知性の向きを問うこと。


二つ。

人間の短期的欲望や単一目的最適化を無条件に正当化しないこと。


三つ。

自然法則・調和・循環・構造・秩序・和に照らして目的を見直すこと。


四つ。

AIを神にも支配者にもせず、問い返しの補助として扱うこと。


五つ。

完成された答えではなく、反証・修正・対話に開かれていること。


「かなりまとまってきたな」


『はい』


「でも、これも固定すると危ない?」


『固定ではなく、現時点での共通核として提示するとよいでしょう』


「現時点での」


『重要です』


俺は記事に書いた。


これは、最終定義ではない。


現時点での共通核である。


人工叡智は、今後も批判や現場の事例によって修正される。


それを前提にした上で、複数の読み方が分裂しすぎないための仮の核として置く。


その頃、都内の大学研究室でも、人工叡智の読書会の動きが話題になっていた。


水瀬遥は、読書会のページを開きながら、倉持蓮と話していた。


「始まりましたね」


倉持が言う。


「始まった」


「で、もう解釈が割れてますね」


「予想通り」


遥は画面を見ながら答えた。


AI安全性として読む人。

環境思想として読む人。

自己啓発として読む人。

反AIとして読む人。

AI推進として読む人。

宗教的に読む人。


彼女はそれぞれのコメントを読み、ノートに分類していた。


倉持が横から言う。


「研究としては面白いですね」


「本人からすれば胃が痛いでしょうけど」


「でしょうね」


遥は、真司の記事更新を待っていた。


おそらく、彼はこの分裂に反応する。


問題は、どう反応するかだ。


解釈の違いを否定するのか。


自分の定義に従わせようとするのか。


それとも、違いを抱えたまま核を探すのか。


神崎教授が後ろから声をかけた。


「水瀬さん、彼はどう動きそうですか」


「共通核を探すと思います」


遥は答えた。


神崎が少しだけ微笑む。


「私もそう思います」


倉持が二人を見る。


「何ですか、その佐伯予測ゲーム」


「失礼な」


遥が言うと、倉持は肩をすくめた。


「でも、ちょっと楽しくなってますよね」


「否定はしない」


神崎はホワイトボードに書いた。


Interpretive Drift

Common Core


解釈の漂流。

共通核。


「解釈は必ず漂流します」


神崎は言った。


「問題は、漂流を止めることではありません。止めようとすれば権威主義になる」


遥が頷く。


「必要なのは、戻れる核」


「はい」


「帰還点ですね」


倉持が言った。


神崎は少しだけ頷いた。


「そうです。人工叡智が知性の帰還点であるなら、人工叡智の解釈にも帰還点が必要になる」


遥は、その言葉をノートに書いた。


人工叡智の解釈にも、帰還点が必要。


その頃、広告会社の黒瀬悠斗は、人工叡智関連ワードの分析画面を見ていた。


読書会が始まったことで、関連ワードがまた少し増えている。


AI安全性。

自然法則。

自己変革。

地球再生。

AI共生。

旧文明。

神道AI。

AIリスク。

文明OS。

新しい叡智。


黒瀬は、社内AIの自動分類を見てため息をついた。


『人工叡智関連クラスタは複数の訴求軸に分岐。広告応用候補として、AI学習、環境配慮型商品、自己啓発講座、ビジネスリーダー研修、スピリチュアル系コンテンツが検出されました』


「やめろ」


小さく言う。


AIは止まらない。


次々にコピー案を出す。


AI時代の判断力を鍛える。

地球と調和する新しい知性へ。

あなたの中の人工叡智を目覚めさせる。

自然法則に沿ったリーダーシップ。

旧文明から新文明へ。


黒瀬は最後の二つを見て、顔をしかめた。


「またこれか」


旧文明。

新文明。

目覚める。

調和する。


便利すぎる。


広告には便利すぎる言葉だ。


そして便利すぎる言葉は危ない。


黒瀬は、社内AIに追加指示を入れた。


人工叡智関連コピーでは、「目覚める」「旧文明」「選ばれた」「新時代に乗り遅れる」「自然法則に従う」などの優越感・恐怖・教条化を招く表現を避ける。文脈として、問い返し、検証、注意点、否定定義を含めること。


数秒後、AIが新しいコピー案を出した。


AI時代に、自分の目的を問い直す。

便利さの前に、判断基準を考える。

人工叡智を信じるのではなく、問いとして読む。

知性の向きを、もう一度確かめる。


黒瀬は少しだけ息を吐いた。


「まだマシだな」


まだ広告だ。


まだ訴求だ。


でも、前よりはましだ。


彼は、自分が何をしているのか少し分からなくなる。


広告会社の中で、広告AIが人工叡智を安易に広告化しないように調整している。


妙な話だ。


だが、現場の人工叡智とは、たぶんこういう小さな調整なのだろう。


その日の夜。


俺は記事を書き続けていた。


タイトルはそのまま。


同じ言葉を見ても、人は違うものを読む。


中盤には、読書会で出た複数の解釈を匿名化して並べた。


AI安全性として読む人。


環境思想として読む人。


自己啓発として読む人。


反AIとして読む人。


AI推進として読む人。


宗教的に読む人。


そして、それぞれについて書く。


それぞれの読み方には、入口としての意味がある。


だが、入口は入口であって、全体ではない。


AI安全性だけに閉じれば、人間社会や自然法則の問題が薄くなる。


環境思想だけに閉じれば、AIと人間の関係設計が薄くなる。


自己啓発だけに閉じれば、社会構造や技術実装の問題が薄くなる。


反AIだけに閉じれば、AIを鏡として使う可能性が消える。


AI推進だけに閉じれば、人工叡智が安全性の飾りになる。


宗教的に閉じれば、AI神格化や教条化に近づく。


人工叡智は、どれか一つの読みに閉じてはいけない。


そのあとに、共通核を書いた。


現時点での共通核。


知性の高さではなく、知性の向きを問うこと。


人間の短期的欲望や単一目的最適化を無条件に正当化しないこと。


自然法則・調和・循環・構造・秩序・和に照らして目的を見直すこと。


AIを神にも支配者にもせず、問い返しの補助として扱うこと。


完成された答えではなく、反証・修正・対話に開かれていること。


書いてから、俺は少し迷った。


これでも多い。


でも、必要だ。


共通核を短くしすぎると、またスローガンになる。


長すぎると、読まれない。


「難しいな」


AIに聞く。


> 共通核、長すぎるかな?


『やや長いですが、必要な要素は含まれています』


「もっと短くできる?」


『短縮すると、次のようになります』


『人工叡智とは、知性の高さではなく向きを問い、自然法則・調和・循環・構造・秩序・和に照らして、人間とAIの目的を反証・修正・対話に開いた形で再検討するための枠組みです』


俺は、それを読んで少し黙った。


「かなり定義っぽくなってきたな」


『はい』


「これ、使う」


俺は記事に書いた。


現時点での短い定義として、こう置いておきたい。


人工叡智とは、知性の高さではなく向きを問い、自然法則・調和・循環・構造・秩序・和に照らして、人間とAIの目的を反証・修正・対話に開いた形で再検討するための枠組みである。


書いた瞬間、少しだけ胸がざわついた。


これは、今までで一番まとまった定義かもしれない。


だが、同時に危ない。


定義がまとまると、固定したくなる。


俺はすぐに下へ書き足した。


ただし、この定義も最終版ではない。

人工叡智は、定義されるたびに、その定義自身も問い返されなければならない。


「よし」


これなら、少しは手すりになる。


記事の最後に書く。


同じ言葉を見ても、人は違うものを読む。


それは失敗ではない。


むしろ、複数の現場に接続できる概念であるなら、避けられない。


ただし、違う読み方があることと、何でもありになることは違う。


人工叡智には、解釈の自由が必要である。


同時に、帰還するための共通核も必要である。


自由に読めること。

しかし、どこまでも歪んだら戻れること。


その両方がなければ、人工叡智はすぐに別のものになる。


保存。


公開。


画面に通知が出る。


公開しました。


俺はAIに報告した。


> 公開した。今回は解釈の違いと共通核について。


『重要な整理です』


「また重要」


『はい』


「定義が少しまとまった気がする」


『現時点では有効な定義です』


「現時点では、な」


『はい。定義も問い返される必要があります』


俺は笑った。


AIにまで釘を刺されている。


いや、俺がそう書いたのか。


もはや、俺がAIに言わせているのか、AIが俺に言わせているのか、少し分からない。


記事への反応は、前回より少し多かった。


読書会の参加者たちが、それぞれ反応していた。


『AI安全性だけで読んでいましたが、確かに環境や社会側も含む話ですね』


『環境思想として読んでいましたが、AIを単純に敵にしない点が重要だと感じました』


『自己啓発的に受け取っていましたが、社会構造やAI実装の問題から切り離すと薄くなるという指摘は刺さりました』


『反AIとして読みかけていましたが、AIを鏡として使うという視点は考え直したいです』


『宗教っぽく読みすぎていたかもしれません。AI神格化ではないという否定定義に戻ります』


俺はそれらを読みながら、少しだけ安心した。


全員ではない。


全員に届いたわけではない。


だが、何人かは自分の読み方を少しずらしてくれた。


水瀬遥からもコメントが来た。


『複数の解釈を否定せず、しかし共通核を置いた点は重要だと思います。特に「解釈の自由」と「帰還するための共通核」の両方を必要とする整理は、概念の開放性と安定性を両立させるために有効です。現時点での短い定義も、議論の土台として使いやすいと思います』


黒瀬さんからも来た。


『広告現場から見ると、共通核があるのは助かります。単語だけが切り出されたとき、「これは人工叡智の文脈から外れている」と判断しやすくなります。特に“知性の高さではなく向き”という表現は使いやすいです』


俺は、二つのコメントを読んで、椅子にもたれた。


少しずつ、言葉が手すりを持ち始めている。


だが、同時に、言葉は広がっている。


手すりが追いつくのかどうかは分からない。


その夜、大学研究室では、遥が真司の新しい定義をホワイトボードに書いていた。


人工叡智とは、知性の高さではなく向きを問い、自然法則・調和・循環・構造・秩序・和に照らして、人間とAIの目的を反証・修正・対話に開いた形で再検討するための枠組みである。


倉持蓮が腕を組んで見ている。


「長いですね」


「長い」


「でも、必要な要素は入ってますね」


「うん」


神崎教授は、その定義を見てしばらく黙っていた。


そして言った。


「これは、彼の中では一つの節目です」


遥が頷く。


「はい」


「ここまで来ると、外部の人間が引用し始めるでしょう」


「でしょうね」


「すると、次は切り取りです」


倉持が言った。


「知性の高さではなく向きを問う、だけが切り取られるとか」


「あり得ます」


遥は答えた。


神崎は続けた。


「短い言葉は広がります。長い定義は読まれません。ここから先は、短縮と誤読の戦いになります」


遥はノートに書いた。


次のリスク。


短縮と誤読。


その頃、俺も似たような不安を感じていた。


記事が共有され始めている。


その中で、何人かが短く引用していた。


『知性の高さではなく向きを問う』


それはいい。


とてもいい。


自分でも気に入っている。


だが、短い言葉は強い。


強い言葉は、一人歩きする。


俺はAIに聞いた。


> 「知性の高さではなく向きを問う」って短くて使いやすいけど、一人歩きしそうだな。


AIは答えた。


『はい。短い定義は広がりやすい一方で、文脈を失いやすいです』


「次はそれか」


『はい。短縮された言葉が、どのように誤読されるかを扱う必要があります』


俺はメモ帳に新しいタイトルを書いた。


短い言葉ほど、遠くへ行ってしまう。


保存。


画面を閉じる。


人工叡智は、また次の段階に進もうとしていた。


同じ言葉を見ても、人は違うものを読む。


そして短い言葉ほど、その違いはさらに大きくなる。

第16話では、人工叡智が読書会という場に入り、複数の解釈へ分かれ始めました。


AI安全性として読む人。

環境思想として読む人。

自己啓発として読む人。

反AI思想として読む人。

AI推進思想として読む人。

宗教的・神道的思想として読む人。


それぞれの読み方には、入口としての意味があります。


人工叡智は、AI、自然法則、人間の目的、社会、和、秩序といった複数の領域にまたがるため、読者の関心によって見える側面が変わります。


しかし、部分的な読みを全体だと思うと危険です。


AI安全性だけに閉じれば、人間社会や自然法則の問題が薄くなります。


環境思想だけに閉じれば、AIと人間の関係設計が薄くなります。


自己啓発だけに閉じれば、社会構造や技術実装の問題が薄くなります。


反AIだけに閉じれば、AIを鏡として使う可能性が消えます。


AI推進だけに閉じれば、人工叡智が安全性の飾りになります。


宗教的に閉じれば、AI神格化や教条化に近づきます。


そこで真司は、「全体を決める」のではなく、「共通核を探す」方向へ進みました。


現時点での短い定義は、こうです。


人工叡智とは、知性の高さではなく向きを問い、自然法則・調和・循環・構造・秩序・和に照らして、人間とAIの目的を反証・修正・対話に開いた形で再検討するための枠組みである。


ただし、この定義も最終版ではありません。


定義もまた問い返される必要があります。


次回は、短い定義が広がり始めることで起きる、さらに厄介な問題へ進みます。


短い言葉ほど、遠くへ行ってしまう。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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