20.アンバラスへ
着替え終えた兄さんはすぐにでも走り出して私の身体を探しに行く気概でいたようだけど、それは叶わなかった。ウォーレンさんから「俺たちが討伐する予定だった魔物をそっちが先に倒してしまったんだから、そのことを依頼主に共に説明してほしい」と言われたからだ。兄さんは嫌そうな顔をしたが、こちらが報酬を得られる可能性があるぞとトゥタカルタさんに言われて渋々従った。
リリアちゃんとカリーナさんを先頭に、一同は森を歩く。七人ともなると勇者一行としては多めの人数になる。そのためか魔物もあまり近寄ってこず、街までの旅路は割とスムーズなものだった。途中で野宿し、翌朝また歩き出すと、昼前にはアンバラスに到着した。
「と~ちゃ~く! ここがアンバラスで~す! 皆お腹空いてるだろうけど、先に報告しに行くよ~」
のんびりとした声で、リリアちゃんがあと少しの距離を案内する。
アンバラスという街は、随分栄えていた。街のぐるりは防壁で囲まれ、門には見張りの衛兵が立っている。貿易が盛んなのか、門の前で行商人が列をなしている。旅人であってもこの列に並ばなければならないのだろうが、勇者は別。行列を無視して進み、バッカスさんが己の勇者証を門番に見せるとすぐに通してもらえた。
防壁の中は活気に溢れていた。賑やかな声がそこかしこから聴こえてくる。露店がずらりと並び、食べ物やアクセサリーなんかが売られている様子。私には分からないが、美味しそうな匂いに釣られたのだろう。
「「腹減ったな。……ああ?」」
兄さんとバッカスさんの声が揃い、二人同時に取っ組み合った。
「こんなところで喧嘩をするのはいけませんよ、リーアムさん」
「やめろバッカス。無駄な騒ぎを起こすな」
ソフィーさんとウォーレンさんが二人を諫めると、お互い手を離した。兄さんはソフィーさんに、バッカスさんはウォーレンさんに逆らえない質なのだろう。とは言え相手を睨み続けてはいたが。
「お互い、馬鹿がいると苦労するわね」
「ああ。本当にな」
カリーナさんとトゥタカルタさんが揃って嘆息する。
「お腹空いてるとイライラしちゃうのも分かるけど、街中で、しかも勇者同士で争うのはご法度だからね? というわけで、はいと~ちゃ~く! 今回の依頼主、クライド・ピルキーのお家で~す!」
「「「……家?」」」
道案内をしていたリリアちゃんが示したのは、家……と言うよりも、小さな物置小屋と呼んだ方がいいような代物だった。訳がわからず、兄さん、トゥタカルタさん、ソフィーさんの三人が首を傾げる。私も人知れず疑問符を浮かべていた。
「本当にここに人が住んでんのか?」
「ああ。それについては俺も疑問に思った。だが、入れば分かるぞ」
兄さんの疑問にバッカスさんが答え、彼はそのまま小屋の扉を開けた。その先にあるのは、下へと延びていく階段だった。
「ピルキー氏は少々風変わりな貴族でな。人混みを避けて家と街を行き来するために、こうやって街の各所に屋敷へと続く地下通路を作っているんだ」
ウォーレンさんの解説が入った。なるほど。確かにこの人混みを進むのは大変だ。馬車が行き交うため、行きたい場所までたどり着く前に何度も足止めを食らうことだろう。そんな無駄を省くために地下に通路を作ってしまうというのは、大胆ではあるが理に適っているとも言える。
扉をくぐり、階段を下り、長い長い通路を歩き、再度兄さんとバッカスさんが揃って「腹減った」と言って喧嘩になりそうになった後、上りの階段が見えてきた。それを上るとまた扉があり、その扉を開くと目の前に豪邸が現れた。
「ここがピルキー氏とやらの屋敷か?」
「は~い! カルカルちゃん正解で~す! この時間なら家にいるはずだから、さっそく中に入るよ!」
そう言ってリリアちゃんが元気よく屋敷に入ろうとしたので、慌ててトゥタカルタさんが止めに入った。
「待て待てリリア嬢。ここは貴族の屋敷で、しかも依頼主なのだろう⁉ 勝手に入ってはまずいだろう。使用人を通すとかしないといけないのでは」
「あ、大丈夫だよ~。ここ私の家だから」
「……つまり、依頼主のピルキー氏というのは」
「私のお父さん!」
「……そうか」
元気よく、とびきりの笑顔で答えるリリアちゃん。流石にトゥタカルタさんもそれ以上は何も言えず、屋敷に入っていくリリアちゃんを黙って見送った。
「なんつーか、色々とびっくりだよな」
遠い目をして言うバッカスさんに、兄さんが黙って頷いた。




