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白銀のソロディウス  作者: みーこ


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19/31

19.別の勇者

 気を取り直したトゥタカルタさんは、陽の光を浴びるように泉のほとりで仰向けになった。自分一人では動けない私も、何もすることがないのでぼんやりと風景を眺めていた。さわさわと葉の擦れる音が聴こえる。ぱしゃぱしゃという水の音が聴こえる。どこからか鳥のさえずりも聴こえてくる。ここが魔物の出る森の中であるとは思えない長閑さだ。遠くの方から複数の足音も……。


(……ん?)

「何か……いや、誰か来るな」


 先程まで黙って寝転がっていたトゥタカルタさんが真剣な声を出し、剣を手に取り起き上がる。


「恐らくソフィー嬢は気づくだろうが……リーアムはすぐ察知する方か?」

〝いえ、私の方が先に察知して兄さんに教えています〟

「ああ、そんな気はした。とりあえず、この格好をどうにかするか」


 トゥタカルタさんの姿が一瞬にして濡れそぼった格好から旅装束に変化した。こうやって真面目にしていれば格好いいんだけどな、と思いつつ、私はこちらへと向かってくる気配に意識を向ける。


〝四人中一人が魔法使い、かな。たぶん他の勇者一行だと思います〟

「わざわざ報告ご苦労。勇者一行なら警戒する必要はないだろうが、万が一ということもあるからな。気を抜くなよ」

〝はい〟


 私とトゥタカルタさんの周囲に緊迫感が流れる。

 だがそれを打ち破る者がいた。


「何でお前がそれ持ってんだよ」


 水浴びし終えた兄さんがこちらに来て、間の抜けた声で問う。


「……君にはこの空気が分からないか」

〝兄さんにそれを求めるのは酷です……〟

「あ? いや、それよりも返せよそれ。俺のだぞ」

「あらあら。どうしましたか。また喧嘩ですか?」


 兄さんがトゥタカルタさんから剣を奪い返そうとしているところに、ソフィーさんまでやってきた。しかも状況を分かっていないので何やら勘違いしている様子。


「待て待て二人共。リーアム、私は別に君の剣を奪おうとしている訳ではないぞ。ソフィー嬢、私たちは喧嘩をしてはいない。とにかく落ち着いてくれ。今はそれどころではない。誰か来て——」

「お前たち! そこで何をしている!」


 トゥタカルタさんが二人を宥めようとしていると、離れた場所から鋭い声が飛んできた。釣られたように皆が一斉に声のした方を向く。そこには腰に剣を下げた青年を筆頭に、斧を携えた筋骨隆々の男性、魔法の杖をこちらに向けて構えている少女が立っていた。あともう一人は姿こそ見えないが、私は木の上辺りから気配を感じた。そこで弓でも構えているのだろう。

 三人は困ったように顔を見合わせた。誰だあいつら。恐らく勇者だ。どうする? 素直に水浴びしてましたって言えばいいのでしょうか。いや、それよりも俺の剣返せ。分かった分かった今返す。云々かんぬん。とりあえず誰もあちらの問いかけに答える気は無さそうだった。

 向こうもそんな気配を感じたのか、リーダーらしき青年がこちらに近づいてきた。


「お前達は何者だ? 一般人……がこんな森の奥地まで来るのは危険すぎるから勇者か? だったら素直に……あれ? お前、どこかで……」


 こちらまでやってきた推定勇者の青年は、兄さんの前で立ち止まり、顔をじろじろと観察し始めた。


「な、何だよ」


 兄さんは露骨に嫌そうな声を出し、一歩後退る。すると青年は一歩前へ出る。


「彼は君の知り合いか、リーアム?」

「いや、覚えが……」

「ああ! そうか! リーアム! お前万年銅勇者のリーアムか!」

「……はあ?」


 青年は納得した顔をしたかと思うと、すぐに嘲笑うような態度を取ってきた。


「お前万年銅勇者のクセに美女を二人も連れ添ってるなんて、良いご身分だなぁ? 羨ま……いや、けしからんぞ! おおい、お前たち! 警戒する必要全然無いぞ! 美女を連れた万年銅勇者のリーアム様だ!」


 青年が呼びかけると、後方の二人が警戒を解いて武器を下ろし、ついでに木の上からも一人降りてきた。私が予想した通りこちらは弓使いだった。


「久し振りだなぁ、リーアム。お前大した魔法も使えなかったクセに、どんな魔法使ってこんな美女をゲットしたんだ?」

「いや、だから誰だよお前」

「はあ⁉ お前俺のことを覚えてねぇのかよ!」


 やたら馴れ馴れしく話しかけてくる青年に、困惑する兄さん。見かねたトゥタカルタさんが助け舟を出した。


「やあ初めましてこんにちは出会い頭に下世話なことを聞いてくる者よ。確かにこちらは銅勇者のリーアム殿であるが、そういう君はどちら様だ? このままでは名乗りもせずに失礼なことばかり言う最低クソ野郎という認識止まりだぞ?」

「ぐっ……」


 トゥタカルタさんに気圧され、青年が後退る。その様はどうにも小物っぽい。


「お、俺は銀勇者のバッカスだ。そこのリーアムとは同時期に勇者になったが、俺はその一年後にはめでたく銀勇者になったぞ。……それで、綺麗なお姉様方のお名前べふっ⁉」


 青年——バッカスが急に変な声を出した。どうやら後ろから頭を叩かれたらしい。その犯人は、彼の仲間である斧を担いだ男性だ。


「すまないな、うちの馬鹿が変なことを言って。俺はこいつと共に旅をしている、斧使いのウォーレンだ。後ろにいるのは魔法使いのリリアと、弓使いのカリーナ」


 名前を呼ばれ、魔法使いの少女リリアは「こんにちは~」と言いながら手を振り、弓使いの女性カリーナはふんとそっぽを向く。慣れ合う気は無い、という意思表示か。


「駄目だよ~カリーナちゃん。ちゃんと挨拶しないと」

「うちの馬鹿と同じ様な馬鹿に挨拶するのは馬鹿の所業よ、リリア」

「「馬鹿って何だよ」」


 兄さんとバッカスさんの声が被り、両者は睨み合った。

 そんな馬鹿……もとい、兄さんとバッカスさんをまあまあと宥めすかせ、ウォーレンさんが口を開く。ゴツゴツとした見た目とは裏腹に、物腰は柔らかそう。


「ところでそちらの金髪の方……ああ、失礼だが名前をお聞きしても?」

「私はカルカルだ。そっちの赤髪のはソフィー」

「ソフィーです。よろしくお願いします」

「カルカルとソフィーだな、よろしく。少し聞きたいことがあるんだが、君たちはここで何をしていたんだ?」

「ああ、それはだな……」


 巨大なコウモリを倒し、その後汚れや異臭を落とすために水浴びをしていたことを、トゥタカルタさんがかいつまんで説明した。


「それは災難だったな。その魔物なんだが、依頼を受けて討伐したのか?」

「いや? あの魔物を討伐してほしい、という直接的な依頼を受けてはいないぞ。私たちが先日まで滞在していたスマル村付近で小型の魔物が増え、村人たちが被害に遭って困っていたんだ。恐らく大型の魔物が増えていることが原因だろうと考えた私たちは、こうして旅をしつつ大型魔物を探し、討伐しているという訳だが……なるほど。君たちは討伐依頼を受けていたのだな、あの巨大コウモリの」

「ああ、その通りだ」


 ウォーレンさんが困ったように頭を掻く。


「ようやく巣穴を見つけ、いざ倒そうとしたら既に死んでいてバッカスが激怒。更に異臭も酷くて女性陣も怒り爆発。見たところ倒されてからまだそんなに時間は経っていないことが判明したから、近くにあれを倒した人がいないかと探していたら……君たちを見つけた」

「そうだったか。それは何と言うか、迷惑をかけたな。すまん」


 すまん、と言いつつもトゥタカルタさんに反省する様子は無い。自分たちとしてはあの魔物に討伐依頼が出ていたことも知らなかったし、悪いことをしたという認識はないので致し方ないが。


「討伐依頼受けてたんなら、あの魔物の残骸でも持ってって俺たちが討伐しましたとでも言えばいいだろ」


 バッカスさんを睨みつけながら、兄さんが突然そんなことを言い出した。だがその方法は、手柄を横取りするようなものだ。不正を働いて手柄を得る行為は、明文化こそされていないものの暗黙の了解として禁止されている。バッカスさんの態度に腹を立てていたのか、兄さんはそれを分かった上でわざと言ったのだ。バッカスさんは銀勇者としてのプライドを汚されたとでも言わんばかりに兄さんの襟首を掴もうとして……しかし兄さんは現在上裸のため掴む場所が無く、バッカスさんは上げた手をそのまま宙に浮かせ続けた。


(色々と残念な人だなぁ……)

「銅勇者のクセにそんなこと言いやがって……銀勇者の俺を馬鹿にしてるのか⁉ はっ。美女を二人も連れて不正を持ちかけるような奴に成り果てたんだ。そりゃああの可愛い妹がお前から離れる訳だ。街に一人でいるのを見かけたぜ?」

「ッ⁉」

〝えっ⁉〟


 こればかりは流石に(小さくではあるものの)私も驚いて声を上げてしまった。兄さんも驚いた様子で剣を離し、両手でバッカスさんの襟首を掴んだ。


「テメェ、見たのか⁉ キーヴァを!」

「お、おう……」

「お前らも見たのか⁉」


 兄さんはバッカスさんの仲間たちにも問う。


「え~っと、キーヴァ……ちゃん? って、どんな人?」

「この人の妹ってことは、銀髪の女の子ね。見かけたことあったかしら……」

「あ、たぶんあれじゃないか。ほら、すれ違った瞬間にバッカスが馬鹿でかい声を出してナンパしてた、魔法使いの子」

「ああ~! あの子! うん、見た見た~!」

「どこの街で見た⁉」

「ふん。綺麗な人を二人も連れて、更に出ていった妹を連れ戻したいなんて、とんだお調子者の馬鹿ね」

「うるせぇ! こっちは真面目に聞いてんだよ! あいつは今、身体を乗っ取られてんだ!」


 緊迫した様子の兄さんに、すました態度のカリーナさんも流石に気圧された。


「ご、ごめんなさい……それは大変ね。あの子を見たのはアンバラスという街よ。あそこで巨大コウモリの討伐依頼も受けたの」

「ああ。だが、バッカスが話しかけた際、彼女は急いで森に行かなきゃいけないと言っていた。バッカスは俺たちも森に行くから一緒にどうだと誘ったが、こことは反対方向にある森だと言っていたから、もしかしたら今頃はそちらに行っているだろう」

「そうか、ありがとう。バッカス。お前と以前会ったことがあるかどうかは忘れたが、この恩だけは忘れねぇぞ」

「一緒に試験受けたろ……」

「知るか! 忘れた! おいお前ら! 行くぞ!」

「待てリーアム」


 兄さんはバッカスさんから手を離し、代わりに剣を拾い上げて歩き出そうとする。しかしトゥタカルタさんが兄さんの腕を掴んで止めた。


「何で止めるんだ! あいつの居場所が分かったんだから早く」

「服を着ろ」

「……」

「……くしゅん」


 ソフィーさんが小さくくしゃみをした。

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