12.依頼話はパイと共に
「お待たせしたね、木苺のパイの出来上がりだよ! おや、ソフィーちゃんいらっしゃい。今日は……どうだったかい?」
「いえ、駄目でした……」
「そうか、それは残念だったね。まぁ、そのうちふらりと戻ってくるさ」
会話の様子からして、店主とソフィーさんは顔見知りらしかった。兄さんたちが勇者一行だということも知っていたし、彼女はこの村の住民なのだろう。
(魔王軍の人じゃなくてよかった……)
私はこの二日間でだいぶこの状態で魔法を扱うのにも慣れてきた。でもいきなり強敵と戦えなんて言われても無理だ。実戦に勝る訓練は無いが、難易度が跳ね上がりすぎる。
店主とソフィーさんの二人は何やらしんみりした様子で言葉を交わしていた。だが、それを終えると店主は明るい声を出した。
「二人は彼女に会うのは初めてだよね。この子はソフィー。時々店の手伝いをしてくれるんだ。魔法が使えるから、皿洗いを頼むとあっという間に終わらせてくれてね。とても助かっているよ」
(この魔力を皿洗いに⁉)
魔人は得てして強い魔力を秘めている。ソフィーさんも例外ではない。私が彼女から感じている魔力は桁違いに強い。やろうと思えばこの山裾亭周辺を一瞬で更地にするなんて造作もないはずだ。それなのに、その強い魔力を皿洗いに使っているだなんて……!
(もったいない! だったらいっそ、この建物を建て直すのに使えばいいのに……!)
兄さんが「隙間風が……」とぼそりと呟いていたことを知っているんだ私は。
「いつも美味しいお料理をいただいているので、そのお礼ですよ。少しでもお力になれているのであれば嬉しいです。ああ、ところでリーアムさんとカルカルさん、でしたっけ。せっかく勇者が来られたのなら少し相談したいことがあるのですが……同席してもよろしいですか?」
「ああ、よかろう」
兄さんの同意を得ることなく、トゥタカルタさんは空いている席をソフィーさんに勧めた。兄さんは少し迷惑そうな顔をしたけど、いつもの無表情からちょっと眉間に皺が寄った程度。私以外誰も気づいていない。兄さんが止める暇もなくソフィーさんは椅子に座り、店主に飲み物を頼んだ。
「ソフィー嬢も共にパイを食べるか? 同席者がいるというのに、パイを私達だけで食べるのは気が引ける。いいよな、リーアム」
「……ああ」
兄さんは自分の取り分が減ることが気に入らなかったが、断ったら断ったで面倒なことになりそうだ、といった様子で頷いた。食い意地だけは強いのだ。
(……いや、剣も強いけど)
私がやりますね、と言って慣れた手つきでソフィーさんがパイを切り分けた。切った断面から赤く輝く宝石のような木苺が現れる。
(ああ~! 美味しそう~! これ全部私が食べたい~!)
兄妹揃って食い意地が張っていることは、本人たちを含めて誰も気づいていなかった。
店主がソフィーさんの分の飲み物を持ってきて、仕込みをするからとまた厨房に戻る。すると待っていましたとばかりにソフィーさんが話を切り出した。
○
「一ヶ月程前から、友人が行方不明なんです」
そんな話を、天気の話をするような気楽さで紡ぐ。
「今までも長期間出掛けることはありましたが、そういう時は前もって伝えてくれていました。それなのに、今回は何も言わず、突然姿を消してしまったんです」
「ふむ。それは心配だな。もしや、先程店主と話していたのはそれか?」
同情するようにトゥタカルタさんが言うと、ソフィーさんはこくりと頷いた。
「ええ。毎日森の中を探しているんですが、魔物に襲われたような形跡もなければ死体もなく……」
「んんん⁉ ちょっと待ってくれないか⁉」
先程までのしんみりした空気はどこへやら。急角度で入ってきた予想外の情報に、トゥタカルタさんが慌てた様子でツッコミを入れた。兄さんも驚いた様子で、パイを食べる寸前で動きが止まっていた。
「な、何故ご友人を森の中で探しているんだ? そのご友人はよく森の中で遊ぶなり仕事なりしているのか?」
恐ろしいことに質問の意味が分かっていないのか、ソフィーさんはきょとんとした顔で首を傾げた。
「何故って、森以外どこを探せと……ああ」
そこでやっと納得したようにぽんと手を打った。
「すみません。言い忘れていましたね。友人は森の奥に住んでいるんです。私は時々、ここの主人に作っていただいたお料理を持って会いに行くんですよ。魔物の生肉だけじゃなくて、もっと」
「待って⁉ 何の生肉だって⁉」
再度のビックリ情報に、トゥタカルタさんは再度ツッコミを入れた。兄さんもパイを頬張った状態で咽ていた。
「魔物の生肉です」
私何か変なこと言いました? とでも言いたげな表情で答えるソフィーさん。そんな彼女に対してトゥタカルタさんは引き気味に質問する。
「そ、ソフィー嬢。君のご友人は、一体何者なんだ? ドラゴンやグリフィンなどの大型の魔物の類いか?」
「いえ、違います。まぁ、身体は大きいほうですけど、魔物ではありませんよ。ちょっと偏食気味なだけです。好んで食べるのも大型の魔物が多いようですし」
「そ、そうか……」
トゥタカルタさんはこれ以上ツッコミを入れるのを諦めた。彼の元の姿があの鳥人間なのであれば、魔物を食らうくらいのことはしていそうな気もするが……。
(……ん?)
私の脳裏にとある可能性が浮かび上がった。
大型の魔物を消費している人(かどうかは不明)が消えたなら、その分大型の魔物が増えることになるのでは?
小型の魔物が増えたことと、ソフィーさんの友人が消えたことは関係があるのでは?
「話は逸れましたが、とにかく友人がどこを探しても見つからないのです。探すのを手伝っていただけないでしょうか」
ソフィーさんはとても困っているようには見えない、穏やかな表情で私たちを順番に見つめた。
「ふむ。ここまで話を聞いておいて無下に断るのは勇者としてあるまじき行為だが……どうする、リーアム」
トゥタカルタさんは言外に「この依頼を受けたら奴の捜索が後回しになるぞ」という意味を含ませ、兄さんに判断を促した。主に喋っていたのはトゥタカルタさんでも、勇者であるのは兄さんだ。トゥタカルタさんはお供のカルカルということになっているから、決定権は兄さんにある。
「……」
兄さんは悩んだように眉根を寄せた。確かにこの依頼を受ければ〝キーヴァ〟の捜索は後手に回ってしまう。しかしこの村の魔物被害の大元を断つことも忘れてはいけない。村人たちの話を聞いて依頼を受けた以上、無下にするのは憚られる。それにソフィーさんの依頼も愛ければ、一度に大きな依頼を二つも達成できるまたとない機会になる可能性もある。
そこで兄さんは、一番信頼できる人物に意見を聞いてきた。
「キーヴァ。ちょっと聞きたいんだが、こいつの強さはどのくらいだ?」
〝へ? 強さ?〟
「それを聞いてどうするのだ?」
突飛な質問に、私もトゥタカルタさんも呆けた声を出した。
「私の強さがどうかしましたか?」
ソフィーさんも困惑している。魔人であることを隠しているのか、できれば知られたくない、といった様子だ。
兄さんはソフィーさんを見据えて言う。
「お前、森の奥まで行って〝無傷〟で帰ってきてるよな。つまり、皿洗いだけするのにはもったいないくらい魔法が強い。キーヴァ、そうだな?」
〝うん。並みの魔法使いよりもずっと強い魔力を感じるよ〟
「んじゃ、決まりだな」
悩みが吹っ切れたように、兄さんはすっとソフィーさんに真っ直ぐな眼差しを向けた。
「お前、俺たちと一緒に来ねぇか?」
「……え?」
間の抜けた声を出したのは、ソフィーさんでもあり、トゥタカルタさんでもあり、そして私でもあった。何でいきなりそんな話になったの?
総じて疑問符を浮かべられたことを無視して兄さんは話を続ける。
「キーヴァが今この状態になってるのは、誰かにキーヴァの身体を奪われたからだ。だから俺たちはそいつを探してる。それが最優先事項だ。だが偶然立ち寄ったとは言え、この村で起きてる魔物被害の話を聞いて無視できるほど俺は落ちぶれちゃいねぇ。魔物被害の原因は大型の魔物が増えたせいだと、こいつ……カルカルが予想を立てた。だから奴を探しつつ大型の魔物を狩っていけばいいだろうと考えていたが、恐らく魔物被害が起きた本当の原因は、お前の友人が消えたからだ」
「あっ」
ソフィーさんもこの村の住民ならば、魔物被害が増えていることくらい知っていて当然だ。そして今この話を聞いて、その原因に思い至った。
「この村で起きている魔物被害を減らすために、私の友人を探す必要がある。だから友人のことを知る私に同行してほしい。……そういうことですね」
「ああ」
「待ってくれリーアム」
トゥタカルタさんが厳しい表情を兄さんに向けた。
「だからと言って同行させる必要は無いだろう。ソフィー嬢の友人がどんな人物なのか特徴を聞いて、それに合う人物を私たちで探せばいい。ソフィー嬢も、同行するとなれば慣れない旅で苦労することになる。無理に付き合う必要は」
「あら、私旅は好きですよ? 今はこの村に住んでいますけど、その前は一人でのんびりと旅をしていましたから」
そう言ってソフィーさんはうふふ、と微笑を添えた。
「それとも、カルカルさんは私が加わると何か不味いことでもあるんですか? ああ、もしかしてリーアムさんが私に取られてしまうのではと心配していらっしゃるんですね?」
「は? いや、そんなことは全く……」
「ふふ、大丈夫ですよ。歳が離れすぎている人に興味はありませんので」
「いや、私はそんな話をしているわけでは……って、どう見ても君とリーアムは同じくらいの年頃だろう」
「あらあら、気付いていませんでしたか? 私魔人ですよ? 見た目よりずっと長生きしてます」
「えっ⁉ ……って、え? 何で私しか驚いていないんだ?」
心底驚いた顔のトゥタカルタさんが兄さんと私を交互に見やる。そんな彼に対して兄さんは冷静な声で一言。
「むしろ何でお前は気がつかなかったんだよ」
「それはこちらの台詞だ。何故君は気がついたんだ。キーヴァなら魔法使い同士何か感じる所もあっただろうが」
「そのキーヴァが言ってたろ。並みの魔法使いよりもずっと強いって」
「……まさかそれが決め手か?」
「ああ。前に別の魔人に会った時も同じこと言ってた」
「何なんだその理由は」
ついにトゥタカルタさんが頭を抱え始めた。確かに、根拠としてはどうかと私も感じた。何しろ自分で過去にそう発言していたことをすっかり忘れていたのだ。
兄さんは未だに頭を抱えるトゥタカルタさんを放っておいて、ソフィーさんに向き直る。
「で、どうする? 来るか?」
「はい、行きます」
誰かが口を挟む間もなく一瞬で交渉が成立した。そのまま兄さんはソフィーさんに必要なものや明日出発することを伝える。兄なだけあって、兄さんは意外と面倒見がいいのである。
話し合いが進むと、トゥタカルタさんももうツッコミを入れる気力を無くしたのか、黙って話を聞いて時折口を挟んでいた。明日ここで昼食を食べてから旅に出ることで話が纏まると、ソフィーさんは準備をするからと自宅へ戻り、私たちも各々準備に取り掛かるために二階にあてがわれた部屋へと向かった。




