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白銀のソロディウス  作者: みーこ


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1/9

1.業火の中の

 ごう、と炎が舞い上がる。黒い煙が空を覆う。視界が赤と黒に染め上げられる。


(失敗……しちゃった、のかな)


 突然街を襲った業火。見える限りを燃やし尽くさんとするかのように、あちらこちらに火の手を伸ばす。炎は貴賤や老若男女の区別も問わず、人を、建物を、思い出を、燃やしていく。

 私は危険を察知すると、すぐに結界魔法を展開した。できるものなら街全体に展開したかったが、それができるだけの力も時間も無かった。だからせめて近くにいる人たちだけでも。そんな想いで結界を張ったが、何者かに破られてしまった。結果、私は身体の感覚を失い、地面に倒れて空を見上げることしかできなくなっていた。

 他の人たちはどうなったのだろう。あの炎に巻き込まれて死んでしまったのだろうか。私も身を焼かれ、苦しみながら死ぬのだろうか。兄さんも……。


(兄さん……)


 大切な兄さんの無事を確かめたくても、私は起き上がるどころか首を動かすことすらできないでいた。ああ、なんて情けないんだろう。兄さんを助けるために魔法を沢山練習したと言うのに。これでは何のために一緒に旅をしてきたのかわからない。

 周囲の状況とは裏腹に、私の意識はぼんやりとしていた。ゆっくり死んでいくとはこういうことなのか。もう痛みすら感じる余地もないのか。などと考えていると、視界の端に〝何か〟が現れた。


「うっ……ごほっ……」


 その〝何か〟は人間だった。何度か咳き込み、よろりと立ち上がる。この惨状の中で生き残った人がいる。それはある種の救いのように思えた。すぐ破られてしまったけど、結界を張った意味はあったんだ。

 件の人物が己の身体を確認するように手足を動かした。そしてぽつりと呟く。


「ちょっと小せぇけど、仮の器としては上々か」

(……?)


 その人物の言葉に私は違和感を覚えた。この状況で発する言葉として不釣り合いすぎる。一体どういう意味なのか。それにこの声は――。


「おい……待て、キーヴァ。どこに……」

(兄さん?)


 私の思考を遮るように、別の声が聴こえてきた。今のこの声はリーアム兄さんのもの。よかった。兄さんも生きている。私はほっとして兄さんに声をかけようとした。が……。


「お前は……ああ、そうか」


 また先程の人物の声。


「すまんな。今はこの器が必要なんだ。借り受けるぞ」

「……? 何、言ってんだ……キーヴァ」

(えっ?)


 私は今しがた聞こえた兄さんの言葉に耳を疑った。キーヴァは私のことだ。それなのに、何で兄さんは別の誰かを〝キーヴァ〟と呼んだの?


「いや、本当にすまんが、今この器に入っているのは――ッ!」


 兄さんから〝キーヴァ〟と呼ばれたその人物は、何かを警戒するように周囲に目を配った。


「悠長に説明している暇は無い。詳しいことはその〝キーヴァ〟に聞け」

「お前、何言って……⁉」


 謎の人物は、あろうことか燃え盛る炎の只中へと飛び込んでいった。己を呑み込まんとする炎を意にも介さず、それどころかこの惨状が見えていないかのように。その背中を見送ることしかできなかった兄さんは、戸惑うように、弱々しく呟いた。


「何でだよ、キーヴァ……」

(兄さん、その人は私じゃないよ。私はここだよ……!)


 何故兄さんがあの人物を私だと勘違いしたのか、皆目見当もつかない。けれどもとにかく本当の私はここにいると伝えようと、私は口の感覚は無くとも声を出そうと気力を振り絞った。


〝にぃ、さん……!〟

「ッ⁉ キーヴァ? キーヴァなのか⁉ どこだ……どこにいる、キーヴァ!」


 兄さんは、どこからか聴こえてきた私の声にはっとした様子。業火に襲われた時の衝撃で倒れていたようだけれども、鞭を入れて立ち上がり、私の姿を探し始めた。そんな兄さんに向けて、私もまた声を張り上げる。


〝兄さん! ここ! 私はここだよ!〟


 お願い。気づいて。下を見て。


〝私はここだよ、リーアム兄さん!〟


 私は未だに動けずにいた。でも、ぼんやりしていた視界は、依然として煙が立ち込めてはいるものの、だいぶマシになっていた。漸く私を見つけた兄さんの顔が視界に入る。その顔は驚愕しているようにも、怯えているようにも見えた。


「キーヴァ……?」


 兄さんはしゃがみ込み、観察するように私を見つめた。私もまた兄さんの姿をよく見てみた。兄さんの銀髪は煤で汚れ、顔の半分は火傷で爛れている。いつも澄み渡る青空のようだと思っている瞳も陰っている。酷い有様ではあるが、それでも兄さんは動けている。それに対し身動きも取れない私はどれ程の痛手を負っているのだろう。不安と恐怖が沸き上がり、居ても立っても居られなくなる。


〝兄さん、ねぇ、一体どうなってるの? 何が起きたの⁉ 色々ありすぎて、もう、何がなんだか……!〟

「落ち着け、キーヴァ」


 兄さんは諭すように言った。しかし簡単に落ち着けられる状況ではない。兄さん自身、身体中の痛みを我慢するだけで精一杯のように見受けられた。普段であれば私が治癒魔法を施すけれど、その私がこの状態では土台無理な話。手を動かすことすらできない。自分の不甲斐なさに涙が出そうだけど、実際に出ているのか、出ないほど枯れてしまったのか、判別がつかない程身体の感覚が無い。

 兄さんは打開策を考えようとしたのか、周囲を見渡し始めた。しかしどこもかしこも火の手だらけ。助けてくれそうな人は――生存者は見当たらない。

 だが突然兄さんは何かに気がついたような顔をした。


「キーヴァ。お前、ずっと結界張ってんのか?」

〝え?〟


 私は耳を疑った。結界は破られたはずなのに。でなければ何者かが結界の内側に侵入するなどありえない。しかし兄さんの言う通り、四方を火の壁に囲まれている割にはこちらに迫ってくる様子がまるでない。身を守るため、無意識の内に再度結界を張っていたのだろうか。


〝意識はしてないけど、たぶん、そうなのかも〟

「たぶん?」

〝うん。上手く説明できないけど、兄さんがそう言うのなら、ずっと結界を張ってるのかも〟

「そうか……」


 私の返答を聞き、兄さんは思案顔をした。今すべきことを考えているのだろうが、身体が痛むのか、すぐに苦しそうに呻き声を上げた。


「うっ……ごほっ」

〝だ、大丈夫、兄さん?〟


 兄さんは全身に火傷を負っている。吸った煙の量も少なくないだろう。むしろ未だに動けていること自体奇跡だ。ここで意識が途切れれば、もう目を覚ますこともないかもしれない。ああ、どうして私は今動くことができないの⁉ 頑張って覚えた治癒魔法を使うべき時なのに!

 兄さんが苦しんでいる姿を、私はただただ眺めていることしかできないでいた。屈辱的な思いでいっぱいになる。助けたいのに助けられない。それがこんなにも苦しいなんて。


〝ごめんね、兄さん。治癒魔法、かけれたらいいんだけど……身体、動かなくって……〟

「っ⁉ いや、お前は……」


 兄さんが更に顔を歪めさせた。痛みに、と言うよりも、私の言葉や姿に、だろう。私はきっと兄さんよりも酷いことになっている。そんな私に気を遣わせてしまったと後悔しているのかもしれない。

 恐らく私は兄さんよりも先に死んでしまう。でも、最期に兄さんとこうして言葉を交わせるだけでも幸せだ。口を動かしている感覚はこれっぽっちもないけれど。もしかしたら神様が苦しみながら死なないように、と身体の感覚を全て取り払ってくださったのかもしれない。


「キーヴァ、お前は――」


 兄さんが私に手を伸ばしながら何事かを言おうとした、その時。


「俺が手を貸してやろうか?」


「――は?」

〝え……?〟


 突然空から声が降ってきた。気づけば視界の中心に大きな黒い影。初めは鳥かと思った。でも違った。ゆっくりと舞い降りたその影は、半分程を羽毛に覆われた人間の身体の背に、捕食者を思わせる大翼が広がっている。


 その姿は天使と呼ぶには禍々しく、悪魔と呼ぶには壮麗すぎた。

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