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2話 あの子と友達 愛の女神ヘラ誕生!

あらすじ

 

 悪魔たちの脅威から人間界を守るために、『神様チルドレン』の一柱である正義の女神アテナに変身する事になった愛奈。そんな愛奈は、憧れの祖母の母校である『聖ルーチェ学園中等部』に入学する。そこには、幼馴染の阿久勝利がいて、愛奈は驚くものの、新しい友達ができるとクラスメートと積極的に交流しようとした。しかし、隣の席に座る平野結は、自ら副学級委員長に立候補しながらも、クラスメートとの交流を拒んでいた。愛奈は結と仲良くなりたくて声を掛けるが、なかなか心を開かない彼女に困惑する。


 一方、マーチが持つ水晶玉によって、『神様チルドレン』は桜神市周辺の町に集まっている事が発覚する。神様チルドレンの捜索の難航や、結と仲良くなれない事に悩む愛奈だが、ある日、結にまつわる噂を耳にし―?

 平野結(ひらのゆい)は、真新しい中学校の制服を着て、姿見の前に立った。

「今日から、学校が始まる・・・」

 結の脳裏に、思い出したくもない記憶が次々と(よみがえ)る。

 忌々しい記憶を振り払おうと、目を思い切り(つむ)り、頭を振る。

 もう二度とあんな思いはしたくない。

 結にはある決心がついていた。


 その前日。

 愛奈は上機嫌に鼻歌を歌いながら、指定の通学バッグに、筆記用具やファイルなどの小物類を入れていた。

 壁に設置されているフックには黒のブレザーと、胸元のポケットには白い糸で刺繍(ししゅう)されたS字マークと赤いライン、ネイビーにグレーと青のギンガムチェックのスカートが、セットで掛けられていた。

「愛奈さん。やけに機嫌がいいですね」

 見習い天使のマーチが、机の脇から現れた。

「だって、明日は、憧れの『聖ルーチェ学園』の入学式なんだもん」

 愛奈は、正義の女神アテナの意思が宿る神様チルドレンの一人で、こう見えて、先日、天空界ヘブンと人間界征服を企む悪魔たちと戦った訳だが、今は明日の入学式の事で頭がいっぱいで、綺麗さっぱり忘れていた。

「聖ルーチェ学園って?」

「学校だよ。幼稚園から高校まであってミッション系の学校なの。しかも、大好きなおばあちゃんの母校!」


 聖ルーチェ学園は、愛奈の暮らす桜神市にある私立のミッションスクールである。

 男女共学で、幼稚園から高校まである。

 今年で創立六十七年。

 愛奈は、当初その学校の存在を知らなかった。

 と言うか、両親が教えてくれなかった。

 中学から私立に通うとなると、一家の大黒柱である和成にとってかなりの負担となる。

 ここ最近、中学受験をさせる家庭が増えているようだが、物価高のご時世、少しでも家計の負担を減らしたい。

 それだからこそ、愛奈には、地元の公立中学校に通ってもらい、高校も、実質学費が無償化された公立に進んでもらいたいと考えていた。

 しかし、運命とは残酷なもので、愛奈の父方の祖母の一周忌の法事の後の食事の際、祖母の昔話をしていた親戚がうっかり、彼女が、中高六年間聖ルーチェ学園に通っていた事を話してしまったのだ。

 それからだ。愛奈が、和成とゆかりに向かって、聖ルーチェ学園の事を()いてくるようになったのは。

 どうせ、すぐに忘れるだろうと最初は気にも留めなかったが、祖母の法事から一ヶ月経っても、その話題は消えなかった。

 ゆかりは、私立は受験があるので、高校からにしてくれないかと説得したが、愛奈の頭は既に聖ルーチェ学園でいっぱいだった。

 娘の熱意に和成は根負けし、受験料を出すと約束した。

 ゆかりは、愛奈の成績では合格しないので、金の無駄遣いだとあまり期待していなかったが、愛奈は真面目に勉学に取り組むようになり、成績も軒並みに上がり、どうにか聖ルーチェ学園の一般試験に合格した。

 学校から合格通知が届いた時は、嬉しさのあまり、近所中にその合格結果を言いふらした。

 ゆかりは、たまたま受かっただけよと呆れていたが、その日の夕食は、愛奈の好物であるオムライスだった。

 ちなみに、一家には、愛奈の他に、高校に進学する愛登と言う息子がいるが、彼は公立高校に合格したため、その辺は少なからず節約できた。

 小学校の卒業式では、愛奈以外の同級生は、ほぼ全員、地元の公立の中学校に通う事になっていたので別れを惜しんだ。

 みんなと離れ離れになるのはとても寂しかったが、中学校で新しい友人を作ろうと張り切っていた。


「愛奈ー!明日、早いんだから、もう寝なさい!」

「はーい!」

 ゆかりに返事をすると、部屋の照明を消して布団の中に潜った。

 マーチも、チェストの上に置かれた人形用のベッドに入る。

(あー、楽しみだな。いっぱい、友達ができるといいな)

 愛奈は掛け布団を頭まで被るなり、明日の入学式が楽しみ過ぎて、なかなか寝つけなかった。

 

 翌日、愛奈は、目覚まし時計のアラームではなく、ゆかりの怒声で起きた。

 時計を見ると、起きるつもりだった時刻と一時間近く遅れており、(あわ)てて壁に掛けていた制服に着替え、朝食を食べ、洗顔、歯磨きを済ませた。

 慌てて階段を駆け下り、玄関に向かうと、ゆかりに呼び止められた。

 スカートに、しつけ糸がついたままだったのだ。

 ゆかりにしつけ糸を取ってもらった愛奈は、「いってきます!」と家を出た。

 愛奈の自宅から、聖ルーチェ学園までは片道三十分かかる。

 自宅から最寄駅まで徒歩十分、最寄駅から学校のバスターミナルがある駅まで五分弱、そして、駅のバス停から学校のバス停まで、バスで十五分かかる。

 聖ルーチェ学園は、幼稚園児と小学生のためのスクールバスを所持しているが、中学生以上になると、自転車通学が可能となるため、基本的にバスは、民間が運営するものを利用する事になっている。

 そのため、急行以外は、生徒や教職員以外の乗客と乗り合わせる事も多い。

 さっそく駅に到着した愛奈だが、例のバス停には、既に長蛇(ちょうだ)の列ができていて、バス停にいた教職員に押し込まれる形で、バスに乗車した。

 人生初の満員乗車を体験した愛奈は、押し潰されてしまうのではないかと思った。


 約十五分間、密室に閉じ込められた愛奈はバスから降り、外の空気を吸った事で、一気に解放感を覚えた。

「わあ・・・」

 愛奈の目に飛び込んできたのは、クリーム色の三階建ての校舎だ。

 校舎は、北校舎と東校舎、職員室などがある中央の三つの棟で構成されていて、各校舎に昇降口が設置されている。

 北校舎と東校舎を繋ぐ中央の棟の屋根は、ガラス張りのドーム型になっていて、外壁にかけられた時計の上には、大きな十字架の飾りがかけられていた。

 バス停から校舎までの道は、公立学校みたいに砂ではなくアスファルトが敷かれ、道沿いに植え込みや桜の木などが植えられていて、まるで、街中を歩いているかのようだ。

 聖ルーチェ学園は、山の(ふもと)を南向きに切り開いた所に設置されている。

 中等部の西側に初等部があり、北東側に高等部がある。

 中等部と初等部の間には、中等部の生徒と初等部の児童が共用できる、噴水付きの庭園があり、北には、中等部の生徒がメインで使う第二グランド、高等部の生徒がメインで使う第三グランドがある。

 ちなみに、第一グランドは初等部の敷地内にあり、幼稚園は、ここから少し離れた所にある。

(今日から、聖ルーチェ学園の生徒になれるんだ・・・!)

 愛奈は、校舎を見るなり心が躍った。

「今日から、三年間、よろしくお願いします!」

 校舎に向かってお辞儀をする愛奈を見て、横を通る生徒たちは苦笑した。

 昇降口にて自分のクラスがA組と確認すると、生徒スタッフの案内でその教室へ向かった。

 各学年六クラスで一年生の教室は三階にあり、A組は、東校舎の視聴覚室の手前にある。

 教室から楽しそうな笑い声が聞こえ、愛奈も心が躍る。

 このクラスには、どんな面々が集まっているのだろうと、ドアに手をかけた。

 すると、ドアが勝手に開き、見覚えのある顔が目に飛び込んできた。

「あれ?愛奈じゃん」

「しょ、勝利(しょうり)・・・」

 目の前に立つのは、幼馴染の阿久(あく)勝利だ。

 ゆかりと勝利の母が友人同士で、物心が付く前からの付き合い。

 幼稚園と小学校は一緒でも、さすがに中学校は別々だろうと思っていたが、まさか、ここでも一緒になるなんて。

 別に勝利の事は苦手ではないが、彼との腐れ縁には少々呆れる。

「ちょっと、そこ、どいてくれよ。俺、トイレに行きたくてしょうがないんだから」

 勝利は青ざめた様子で、股間(こかん)を抑える。

「ねえ。何で、勝利がこの学校にいるの?」

 愛奈は勝利に道を開けながら、その理由を(たず)ねる。

「何でって、前に言わなかったか?ここのバスケ部、この辺だとかなり強いって」

 勝利は投げやりに答えると、トイレ、トイレと男子トイレの方へと駆けていった。

 そう言えば、勝利は、小学校からスポーツクラブに入るほど、バスケットボールに打ち込んでいた。

 そのため、バスケの強い中学に進学したいとか言っていた。

 それが、この聖ルーチェ学園中等部だったとは。

 ここの男子バスケットボール部が強豪だと言う話は、これが初耳だ。

 愛奈はため息をつくと、教室の中へと入った。

 愛奈が足を踏み入れると、後方に集まる生徒たちが見てきた。

「あ、おはようございます」

 愛奈は、彼らに向かって、にっこりと挨拶(あいさつ)する。

「お、おはようございます」と、各々に挨拶を返してくれた。

 窓側にいる男子たちが、座席に向かう愛奈を見ながら、ひそひそと話す。

「あの子、可愛くね?」

「確かに」

「どこ小だろう?」

 愛奈は、彼らの会話を聞き流し、自分の座席にバッグを置いた。

 廊下側から三列目で、前から三番目。

 視力には自信があるが、少し背が低いので、自分より背の高い生徒が、前に座ったら黒板が見えにくいかもしれない。

 それはさておき、愛奈は隣に座る生徒にも挨拶しようとしたが、右隣は空席なので、左隣の生徒に挨拶する事にした。

「おはようございます」

 愛奈は元気よく声を掛けるが、その生徒は、本を読んでいるせいで、顔がよく見えない。

「あのー、おはようございます!」

 愛奈は、生徒の耳元に顔を近づけ、大きめな声で挨拶してみた。

 すると、声に驚いたのか、その生徒は肩をすくめて、本から顔を離した。

「な、何なの?いきなり、大声出さないでくれる?」

 読書をしていた女子生徒が、眉をひそめて愛奈を軽く(にら)む。

 やや吊り目で鼻筋が通り、少し大人っぽさのある整った顔立ちだ。

「ああ、ごめんなさい。反応がないから、聞こえてないのかなって」

 愛奈は、照れくさそうに頭の後ろをかくが、女子生徒は、怪訝(けげん)そうな表情を浮かべながらも、再び本と向き合った。

(あれ?挨拶、返してくれないのかな?)

 愛奈は、首を傾げながら席に着いた。

 女子生徒を見ると、さっきよりも険しい表情で本を読んでいる。

 まるで、話しかけてくるなと言うオーラを放って。

(人見知りが激しいのかな?)

 そう思いながら、黒板に書いてある座席表と名簿を照らし合わせる。

 女子生徒の名前は、平野結と言うらしい。

 初めて聞く名前だ。

 それは、もちろん、先ほど会った勝利を除けば、このクラスメート全員、愛奈とは別の学区出身なのである。

 愛奈にとっては、色んな子たちと知り合えるいい機会だと、前向きに捉えた。

 三十二名全員揃い、担任もやってきた事で、入学式が行われる体育館へと向かった。

 普段、授業や部活動で利用している時は、それほど広くないと思えるのだが、入学式などの行事では全校生徒約五百人、それに加えて、教職員や新入生の保護者たちを収容できるのは改めて凄いと思う。

「新入生の皆さん、本日はご入学おめでとうございます。肌寒い日が続いておりましたが―」

 校長挨拶では、退屈なのか、数人欠伸する声が聞こえた。

 理事長挨拶、PTA会長の祝辞、来賓(らいひん)紹介、担任紹介と生徒呼名、教職員の紹介、生徒会会長の祝辞、新入生代表挨拶、校歌斉唱と言う流れで入学式は終了した。

 教室に戻ると、さっそく教壇(きょうだん)に立った担任の青山晃久(あおやまてるひさ)が、生徒たちに呼びかける。

「明日の総合で、係や、各委員会の担当を決めようと思うのですが、その司会進行を行う学級委員長と、副学級委員長を、今、決めたいと思います」

「ええーっ!」

 すぐに、男子を中心にブーイングが響いた。

 愛奈も、ちょっと面倒くさそうだなと内心緊張していた。

「先生の希望としては男女でお願いしたいのですが、誰か、やりたい人はいませんか?」

 そう呼びかけても、素直に挙手する生徒はいない。

 みんな一斉に青山と視線が合わないように(うつむ)き始め、「早く、帰りたい」とぼやく生徒も出てきた。

 青山にとって、予想通りの反応らしく、教壇に両手をつきながら、深いため息をついた。

「誰もやりたくないと言うなら、先生がくじ引きで決め―」

「先生!待ってください!」

 教室から声が聞こえて、一斉にその場所に注目が集まる。

 結が、まっすぐ右手を挙げている。

「副学級委員長なら、私、やります!」

 結の堂々とした宣言に青山は目を丸くさせ、教室が(ざわ)めく。

「平野さん。本当にいいんですか?」

「はい」

 青山の問いかけに、結はしっかりと頷いた。

「では、副学級委員長が、平野さんでいい人は拍手してください」

 初めはまばらであったが、やがて、クラス全体が拍手した。

「よし、副学級委員長は平野結さんにお願いします。あとは、学級委員長を決めようと思いますが、誰かやってくれる男子はいませんか?」

 青山は、期待を込めながら教室を見渡す。

「そんな難しい仕事じゃないぞー」

 青山は声を潜めながら、男子に呼びかける。

「先生。僕、やります」

 一人の男子生徒が、手を挙げた。

「君は、中島(なかじま)くんだね?中島くん、本当に、学級委員長をお願いしても大丈夫ですか?」

 中島と言う男子生徒は、ぎこちなくも頷いた。

先ほどと同じようにクラスメートの拍手で、中島裕太(ゆうた)が学級委員長に決まった。

 その後、連絡事項を手短に伝えて、生徒たちは下校となった。


 バスターミナルへ向かうと、バスの到着を待つ生徒たちで(あふ)れていた。

 入学式に合わせてバスは増発しているらしいが、それでも間に合わないらしく、前のバスに乗り損ねた生徒たちが待っているのだ。

 この調子だと、一本は遅らせる必要がありそうだ。

 話し相手がいない愛奈は、どうやって暇を潰そうかと考えていると、前方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 顔を上げると、背中を向けていて顔はわからなかったが、背格好や雰囲気から、自分のクラスの男子だと気づいた。

「中島。お前、(うらや)ましいな」

 出会ったばかりなのに、恰幅(かっぷく)のいい男子が、馴れ馴れしく中島の肩に手を回した。

「そ、そうかな・・・」

「平野さんだっけ?あの子、綺麗だよな」

 もう一人の男子も、にこやかに中島の肩に手を置く。

(そこかい!)

 愛奈は、心の中で突っ込んだ。

「でも、先生に決められるより、こっちから、先に手を挙げた方が楽じゃない?」

 中島の意見に、他の男子二人も賛同したように頷く。

「それにしても、平野さんは、偉いよなー」

 恰幅のいい男子生徒が言った。

「あの子、自分から、バシッと手を挙げたような感じだったじゃん。あの子、クールそうだけど、意外とやる気があったりして」

 その考えに愛奈も賛同する。

 誰かのために、自ら行動を起こそうとする人物は少ない。

 自分を犠牲にしなくてはいけないし、必ずしも見返りがある訳でもないし、時に、その行動自体がマイナスになってしまう事もある。

 学級委員と言うのは、あまりやりたくない役職かもしれないが、結と中島は、自ら立候補したのだ。

 中島は、クラスの雰囲気に()された様子であったが、結は、初めから決心が着いたかのように、やる気に満ちていた。

 結の行動は素晴らしいと思うし、愛奈も、ぜひとも、そのお手伝いがしたい。

 バスが到着したので列が動き出す。

 愛奈は、波に押されるがまま車内へと乗り込み、そして、今朝と同様缶詰状態のまま駅へと向かった。

 後で知った事だが、創立当時から、中等部と高等部にも、スクールバスを手配するようにと言う要望が多い中、卒業生やPTAの会員が支払った学校維持費は、聖堂や噴水、または校舎内の絵画の修復などに当てられ、生徒や保護者からは批判が殺到(さっとう)しているらしい。

 確かに、学校の景観の維持は大切かもしれないが、毎日多くの生徒(それに加えて民間人)が利用するバスの配備も考えてほしい。

 これが、聖ルーチェ学園のマイナス評価の一つである。

 駅に到着し、バスから降りた。

 ターミナルの中央に設置されている時計は、既に十三時を回っていた。

 ここは寄り道をせずにまっすぐ帰ろうと、駅の改札へ向かおうとした時、一人の老女が、横断歩道を渡ろうとしているのが見えた。

 かなり小柄で、腰はほぼ直角に曲がっており、杖をつき、小さなキャリーバッグを引きながら、おぼつかない足取りで歩いている。

 ターミナルにはバスやタクシー、送迎の乗用車で多くの自動車が集まるため、老女一人だけでは心配だ。

 愛奈は老女を助けようと駆け寄ろうとした時、後ろから誰かに抜かされた。

「おばあちゃん。大丈夫ですか?」

 結が身体を(かが)めて、老女と目線を合わせながら、優しく声を掛ける。

 そして、一言、二言会話した後、結は老女の手を取り、左右を見渡して車が来ないかどうかを確認しながら、横断歩道の向こうへと渡り切った。

 再び、結と老女が向き合い、老女がお礼を言ったらしく、結はとても嬉しそうに微笑んだ。

(平野さんも、人助けするんだ!)

 愛奈はこの一場面に感動し、老女と別れた結の元に駆け寄った。

「平野さん!」

 そう呼ばれた結は、大きく目を見開くが、愛奈はそれを気にせず、彼女を()め始める。

「平野さん。凄い、おばあちゃんを助けるなんて」

「人助けって、あなた、見てたの?」

 結が、怪訝そうな様子で愛奈を見る。

「うん。私が声を掛けようと思ったら、平野さんに先を越されちゃって」

「それが、どうしたの?」

 照れくさそうに笑う愛奈に、結は冷たい眼差(まなざ)しを向ける。

「いや、人助けって結構難しいし、恥ずかしいし、それをできちゃう平野さんは、凄いなーって」

「ふーん」

 結は、怪訝そうに目を細める。

「あ、そうだ。私は神田川愛奈。よろしくね」

 愛奈は右手を差し出すと、結は一瞬(ひる)むが、すぐにそっぽを向いた。

「悪いけど、私、急いでるから」

 結は、そそくさと線路沿いへと歩いていった。

 だんだん小さくなっていく結の後ろ姿を、愛奈は呆然と見つめていた。

「平野さんって、照れ屋さんなのかな?」

 愛奈は気を取り直して、駅の改札へと入った。


 結は、線路沿いの道を速足で歩いた。

 さっきの行動をクラスメートに見られていたなんて。

 恥ずかしさで顔が熱い。

 向こうから声が聞こえたので顔を上げると、制服を着た女子中学生二人が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 あの顔に見覚えがある。

 彼女たちとすれ違う寸前、結は、顔をそっぽへ向けた。

 目線だけを動かすと、彼女たちは話しながらこちらを見ていたが、結は知らないふりをした。

「あの子って・・・」

 女子中学生の声が聞こえないように、歩く速度を速めた。

 あの二人は、結が小学校高学年の時に同じクラスだった。

 結が通っていた同級生の多くは、彼女の地元である南中に通っている。

 本来なら結も南中に通うはずだったが、ある事情で、聖ルーチェ学園中等部の受験したのである。

 今日は、桜神市内の多くの中学校は入学式らしく、真新しい制服を着た中学生やその保護者とすれ違った。

 帰宅すると、先に帰宅したはずなのに、なぜかスーツ姿でいる父の幹俊(みきとし)がカメラをセットしていた。

 結の入学式だから、家族五人で記念写真を撮ろうと言うのだ。

 結は真ん中に立たされ、小三になる妹の(まい)、年中になる弟の恵太(けいた)、母の夕子(ゆうこ)、幹俊が囲み、カメラのシャッターが切られた。

 結は私服に着替えると、家族と一緒に昼食を取った。

「結も、遂に中学生か。先週、会社の人に話したら、「もう、こんなに大きくなったのか」と驚かれたよ」

 声を上げて笑う幹俊を気にせず、結は、昼食の焼きそばを食べる。

「あれ?結、何だか元気がないな。さっそく、嫌な事でもあったのか?」

 娘が反応してくれない事に、幹俊が首を傾げる。

「別に、何でもない」

 結は食事を終えると、食器を流し台に運び、そのまま自室へ行った。

 ベッドの上に仰向けで転がり、深いため息をついた。

 今日から始まった中学校生活。

 なるべく目立たずに、平穏に過ごせる事ができるだろうか?

 あの頃の苦々しい記憶がフラッシュバッグし、結は思わず頭を抱える。

 “あの子”も、先ほどの愛奈のように手を差し伸べてきた。

 “あの子”を信用したせいで、自分の人生は大いに狂わされた。

(友達なんかいらない・・・!)

 結は、固く目を閉じた。


 帰宅した愛奈は、空腹だったので制服のまま昼食を取り、食べ終えると自室へと向かった。

「マーチ。ただいま・・・」

 ドアを開けると、なぜかカーテンが閉められていて、室内は薄暗かった。

 壁には、桜神市とその周辺の地図と、各地に無数の赤い点が映し出されていた。

 ベッドを見るとマーチが座っており、彼が持っている水晶から光線が出ていて、それによって例の画像が映し出されているのだ。

「わあ。何だか、刑事ドラマに出てきそう」

 愛奈は机の脇にバッグを置くと、マーチの隣に腰を下ろした。

「あの赤い点は、神様チルドレンの位置を示しています」

「えっ、そうなの?」

 愛奈は壁の方を見る。

 赤い点は、桜神市を中心に北多摩(きたたま)市、東原市(ひがしはらし)南園市(みなみぞのし)西口町(にしぐちまち)と散らばっていた。

「これって、神様チルドレンは、意外と近くにいるって言う事?」

「そう言う事になります。ただ、これは、あくまでも位置を示すだけで、誰なのか、何の神か女神の意思が宿っているかまではわかりません」

 マーチは水晶をしまい、壁に映し出されていた画像も消えた。

 愛奈はカーテンを開けると、ある事を思い出した。

「そう言えば、この間言っていたオリュンポス十二神って、アテナ以外にもどんな神様がいるの?」

「そうですね―」


 オリュンポス十二神は、神々の王である全知全能の神ゼウス、戦の神アレス、海王神ポセイドン、鍛冶(かじ)の神ヘファイストス、緑の神ヘルメス、豊穣神(ほうじょうしん)ディオニュソス、太陽神アポロンの男神七柱。

女神の方は、愛奈に力を貸している正義の女神アテナ以外に、愛の女神ヘラ、美の女神アフロディテ、(みのり)の女神デメテル、月の女神アルテミスの五柱がいる。

 元々、神々はティタン十二神が支配していたが、それに代わって、オリュンポス十二神が神々の頂点に立つようになった。

 千年前の天使と悪魔の戦いでは、オリュンポス十二神が、百六十体にも及ぶ神と女神を率いて、ヘブンの平和を死守した。

 

「―と言う事は、男の子が七人で、女の子が、私を入れると五人になるのか」

「そう言う事になりますね」

「ねえ。神様チルドレンは、選ばれし子どもたちがなれるって言うけど、具体的には何歳から何歳ぐらいまでなの?ほら、こう言うのって年齢制限とかあるでしょ?」

「選ばれし子どもたちと言っても、その範囲は限定的なものではなく、年齢に関しても幼すぎたり、大人と同等に捉えてもおかしくない年齢ではないと考えると、おそらく、人間界で言う小中学生が妥当(だとう)じゃないでしょうか?」

 小中学生と言えば、個人差はあるが、多くの人々が幼い、未熟者と捉える。

 そんな小中学生が、危機から人間界を守ると知ったら、大人たちはどう思うのだろう?

 残りの十一人は、どんな子たちが集まるのだろうと想像しようとしたところ、結の顔が浮かび上がった。

「平野さん。今頃、何をしてるのかな?」

「平野さん?」

 愛奈の独り言が聞こえたのか、マーチが首を傾げる。

「同じクラスになった女の子の事なんだけど、その子が気になって」

 愛奈は、学校でのやりとりや、駅前でのやりとりをマーチに話した。

「なるほど。その平野さんと言う方、恥ずかしがり屋と言うよりも、素っ気ないと言う印象ですね」

「えっ、そう?」

「愛奈さんのお話を聞くと、平野さんから恥じらいを感じられなかったので、わざと愛奈さんを避けている可能性があります」

「嘘!私、平野さんどころか、クラスの子たちに意地悪なんかしてないよ」

「そうじゃなくても、わざと相手を避ける人がいると言う事です」

 慌てる愛奈を落ち着かせようと、マーチは落ち着いた声で言った。

「それって、どう言う事?」

 愛奈は、結に嫌われているのではないかと不安になる。

「人によって理由は様々ですが、よく考えられるのが、昔、()()()()()()()()()()()()()くらいでしょうか?」

「人間関係で嫌な事・・・」

 愛奈はその言葉を呟くと、心臓に、針が刺さったかのような痛みを感じた。

 人間関係のいざこざは、誰もが避けたいものだ。

 ただ、その人間関係のもつれは、誰にもあり得る事である。

 冷静でしっかりしていそうに見える結は、一体、過去に、人間関係においてどんな事を体験したのだろう?

「気になる事かもしれませんが、相手にとっては、思い出したくない記憶の場合もあるので、無暗に()かずにそっとしておくのが一番です」

「でも・・・」

 人間関係にトラウマを持っているままだと、友達作りなど、今後の人間関係の構築に影響があるのではないのか?

 愛奈はそう思った。

「平野さんから過去のお話を聞かれて、愛奈さんには、何ができると言うのです?」

 マーチの釘を刺す言葉に、愛奈は口をつぐむ。

 結が、どんな人間関係のいざこざを持っているのかは、直接本人に訊くしかないが、その度合いによっては、助けたくても話を聞くだけで終わってしまうだろう。

「でも、私、平野さんとは友達になりたいんだ」

 愛奈は、声を振り絞る。

「マーチにとって、平野さんの印象は悪いかもしれないけど、平野さん、凄く優しくていい子だと思うんだ」

 愛奈は、結が副学級委員長に立候補する様子と、駅前で老婆を助けている様子を思い出していた。

「平野さんと友達になれたら、きっと心強いだろうし、これからの学校生活も楽しくなると思うんだ」

 愛奈の言葉にマーチは頷く。

「確かに、態度や仕草で、人の性格を決めつけるのは良くないですよね。愛奈さん、平野さんと仲良くなれるといいですね」

「うん」

 愛奈は笑顔で頷いた。


 人間界の某所(ぼうしょ)

 廃墟と化した古い洋館の地下で、人間界侵攻の中心部として置かれている悪魔たちの住処がある。

 内装は、暖炉があり、壁に設置されている蝋燭(ろうそく)、シャンデリア、騎士の甲冑(かっちゅう)が置かれているなど近代の西洋を思い起こさせるが、電気、水道、ガスの配線を引っ張り、現代人と変わらない生活を送っている。

 幹部の一人ドアンゴは、仲間たちの溜まり場である大広間を覗いていた。

 ドアンゴは、他の四人の幹部たちと共に人間界に来た訳だが、前回、初めての人間界襲撃において、正義の女神アテナの意思が宿った少女に敗れたのである。

 ドアンゴは、仲間たちがその失態を話のネタとして、自身を馬鹿にしているのではないかと不安であった。

 彼らに気づかれないように、息を潜めながら耳を澄ますが、今、人間たちの間で、こんなものが流行っていていると批評し合っていた。

 人間界を支配するはずなのに、人間の物事に興味を持つなんて。

 それと同時に、四人の仲間に対して強い優越感を覚えた。

「あいつらはのん気だから、いつまでも能なしなんだよ。よし、あいつらにこの間の失態がばれないうちに、あの天使の小僧とあの小娘を倒してみせる」

 ドアンゴは強く決意すると、地上に出るために姿を消した。


 愛奈が中学を入学してから二日目。

 愛奈は、結に積極的に声を掛けているが、結はいつまでも知らん顔だ。

 無視されているのは、何も愛奈だけではない。

 他のクラスメートたちも、結に親しく声を掛けているのに、彼女は仏頂面(ぶっちょうづら)で冷たく突き放つのだ。

 結の態度に多くのクラスメートは戸惑うが、中には、結に反感を持ち始めるクラスメートも出てきた。

 いかにも、スクールカーストの一軍に属していそうな気の強い女子三人組が、結の陰口を叩いているところを愛奈は耳にしてしまった。

 このままでは、結は、副学級委員長なのに孤立してしまう。

 愛奈にとって、それは絶対にあってはいけない事だ。

 愛奈は、授業中、隣に座る結を気にかけるが、彼女は唇を固く結び、睨むような形で教壇に視線を注いでいた。

 今日は、教材の配布、明日から始まる授業の説明、学年集会でお昼頃に終了した。

 ホームルームが終わり、一部の男子生徒が勢いよく教室を飛び出す。

 愛奈は、結に一緒に帰らないかと声を掛けようとしたが、結はそそくさと教室を出ていってしまった。

(平野さんって、隙がないんだな)

 愛奈は、がっくりと肩を落とした。

「あの」

 後ろから声を掛けられて振り返ると、二人の女子生徒が立っていた。

 一人は、黒髪のボブショートで、和風の雰囲気が(ただよ)志田歩美(しだあゆみ)

 もう一人は、背が高く、ロングヘアーのハーフアップが特徴の中村礼菜(なかむられいな)だ。

 仲がいいのか、よく二人で行動するところを見かける。

「神田川さんも、平野さんと仲良くなりたいんだよね?」

 歩美が、おずおずとした声で(たず)ねる。

「そうだけど、二人もなの?」

 愛奈の質問に、二人はおそるおそる頷いた。


 三人は場所を変えて、中等部と初等部の共有地である庭園に移動した。

 三人は、噴水の(そば)にあるベンチに腰を下ろす。

「私も、神田川さんと同じで、平野さんと友達になりたいなって思ってるんだ。でも、何て、話しかければいいのかわからなくて」

 歩美は、寂しそうに俯くと、スカートの(すそ)を握った。

「志田さんの気持ち、よくわかる。私、誰に対しても、平気で話しかけちゃうタイプなんだけど、平野さんって、いつも素っ気なくて。平野さんを意地悪だと思ってないけど、このままじゃ良くない気がする」

「そうだよね。平野さん、私たちのために、学級委員もやってくれてるんだし、一人にはさせたくないよね」

 俯いていた歩美は、顔を上げて空を見る。

 愛奈も彼女につられて空を見上げると、涼やかな青空に、白い雲が風によって西から東へと流されていた。

 人間関係も、この澄み切った空のように清々(すがすが)しければいいのに。

「実は、私、平野さんと同じ小学校だったんだよね」

「「えっ?」」

 礼菜の告白に、愛奈と歩美が一斉に彼女を見る。

「と言っても、私が行ってた小学校、一学年五クラスもあったから、同じクラスになった事はないんだよね。ただ、名前を知ってるだけ」

「ねえ。中村さんは、平野さんに対して、何か(うわさ)とか聞いた事あるの?」

 愛奈は、身を乗り出しながら礼菜を見る。

「噂・・・。平野さん個人じゃないんだけど、私が五年生の頃、平野さんのクラスで、いじめがあったって言う噂を聞いたような気がする」

「いじめ?」

 愛奈は、怪訝そうに片眉をひそめる。

「でも、その噂はすぐになくなって、誰がいじめて、誰がいじめられたのか、わからないままなんだよね」

 根拠のない噂は人々を惑わせるので良くないが、いじめが本当だったら、その時に対処しなければならない事案である。

「噂だとしても、いじめはよくないよ」

 歩美の意見に、愛奈と礼菜はしっかり頷く。

「ただ、その噂が流れた後なんだけど、私、平野さんの幼馴染の子と友達になって、その子から、「平野さんが変わったって」と言う話を聞かされたんだよね」

「それって、どう言う事?」

 歩美が身を乗り出す。

「私は、小学校時代に平野さんと会った事がないから、どんな子だったのかは知らないけど、その友達(いわ)く、本当に変わっちゃったって。その子は小学校に入って、進級してから平野さんと遊ぶ機会が減っちゃったらしくて、学校でも、たまにすれ違うくらいで、『私が知らないうちに、向こうが大人になったんだろ』って解釈してるんだけどね」

 確かに成長や環境の変化によって、性格が変わる場合は十分考えられる。

 愛奈の場合、幼稚園の同級生と偶然街中で再会すると、あの時はやんちゃ坊主だった男子が、気さくな男子に変わっていたりと、一瞬、本人なのかと目を疑ってしまった事がある。

「ああ、あと、平野さんのクラスに関する噂を思い出した」

「何、何?」

 愛奈はベンチから立ち上がって、礼菜の前に立ち彼女に詰め寄る。

 礼菜は一瞬怯むが、(つば)を飲み込み、真剣な表情で答えた。

「これも、いじめがあったと言う噂が流れた時と、同じ頃に流れた噂なんだけどね。平野さんのクラスで、男子が好きな女子に告白したんだけど振られて、その男子が、別の女子と付き合う事になったらしいんだけど、その男子を振った女子が、クラス中から悪者扱いされるようになったんだって」

「告白を断っただけなのに、悪者扱いするなんて(ひど)い!」

 愛奈は思わず叫んだ。

「まだ小学生なのに、そんな恋愛のいざこざがあったんだ」

 歩美は、衝撃を受けたらしく、口元を手で隠した。

「当時の同級生たちの間では、いじめの噂と恋愛の噂が関連するじゃないかって言う考えがあって、中には、男子と付き合う事になった女子の策略じゃないかって言う考えもあったんだよね」

「女子の策略?」

「そう。その女子が、どうしてもその男子と付き合いたくて、男子が好意を持ってる女子に、彼からの告白を断るようにって、わざと仕向けたんじゃないかって」

 女性の底無し沼のようなどろどろとした愛憎劇(あいぞうげき)は、テレビドラマでよく見かけるが、小学生の時点でそんな出来事があったなんて、恋愛とは無縁の愛奈にとっては、ただ、ただ、衝撃であった。

「もしかして、それを仕向けられた女の子が、平野さんだったりするの?」

 歩美の質問に、愛奈は胸に痛みを覚える。

「それはわからないよ。だって、平野さんのクラス、女子十五人もいたから、誰が仕向けて、誰が仕向けられたかなんて、他のクラスの私が知る訳ないじゃない」

 礼菜が困惑の表情を浮かべたので、歩美は申し訳なさそうに謝った。

「平野さんに直接聞けば、わかる事なのかもしれないけど」

「噂のような根拠もない話。平野さんは聞いてくれないよね」

 礼菜と歩美は、揃って深いため息をついた。

「よし!」

 愛奈は、何かを決意したかのように、両手を握りしめた。

「神田川さん?」

 歩美と礼菜が、不思議そうに愛奈を見る。

「私、平野さんを捜して、その噂が、本当かどうかを確かめてくる」

「ええっ!?」

 歩美と礼菜が、目を丸くさせながら驚く。

 それと同時に、彼女たち以外にも驚く声が、愛奈の耳に入った。

「だって、それに苦しんでるとしたら、平野さんが可哀想じゃない?」

 愛奈は笑顔で答えると、歩美と礼菜に手を振って、結を捜しに行った。


 ―愛奈さん、愛奈さん。

 バッグから声が聞こえたのでファスナーを開けると、そこに身を潜めているマーチが顔を出した。

「まさか、平野さんの所に言って、直接真実を確かめる気ですか?」

「そうだけど」

「駄目ですよ。そんな事をしたら、相手の(しゃく)(さわ)って一、生仲良くできなくなりますよ」

 すると、愛奈は足を止めた。

 マーチは、何事かと見ていると、愛奈は重く口を開けた。

「友達になるなら、その子の事を知らなくちゃ意味ないでしょ?その子にとっては嫌な事でも、私が知らなくちゃ。平野さんは、一人で苦しみながら、これからも生きてくんだよ。そんなの可哀想だよ!」

 愛奈の決意に、マーチの心は折れた。

「わかりました。愛奈さんに任せます」

「ありがとう、マーチ」

 

 愛奈とマーチは、校内を(めぐ)りながら結を捜した。

 一年生は既に下校しているが、二、三年生は今日から授業が始まり校内に残っているので、結を捜している合間、上級生らとすれ違い、怪訝そうに見られた。

 昼休みが終わり、二、三年生はそれぞれの教室に戻り、愛奈は、誰もいない廊下を歩いていた。

 結は帰ってしまったのだろうかと諦めかけて、最後の頼みとして別館の図書室に入った。

 聖ルーチェ学園中等部の図書室は二階建てで、一万冊の蔵書を保持しているなどと、図書室と言うより図書館と言った方が相応しい規模である。

 屋根がガラス張りで窓も大きいので、そこから太陽光が入りこみ、少ない照明でも室内は明るかった。

 やはりと言うか、図書室にいたのは一年生と思しき生徒数名、あとは司書教諭(きょうゆ)と、その補助職員ぐらいであった。

 愛奈は、結がいないかと、各本棚を覗いてみるが見つからない。

 一番奥の本棚に差し掛かろうとした時、そこから出てきた結と、思わずぶつかりそうになった。

 結は本を何冊か抱えていて、目を見開きながら愛奈を凝視(ぎょうし)した。

「平野さん」

 愛奈が声を掛けようとした刹那(せつな)、結はそっぽを向き、すたすたとカウンターへと歩いていった。

 そして、貸出を済ませると、速足で図書室を出た。

 愛奈は呆然としてしまうが、すぐに気を取り直して結の後を追った。

「待って!平野さん!」

 愛奈は走ったおかげで、結に追いついた。

 結は逃げなかったものの、険しい表情で睨みつける。

 まるで話しかけてくるなと言う雰囲気を感じられたが、愛奈は怯む事なく、結に訊ねた。

「平野さん。訊きたい事があるんだけど」

「何?私、忙しいの」

 結は苛立った声で言う。

「平野さん、小学生の頃、いじめられての?」

 その質問に、結の瞳の色が変わった。

 口をぽかんと開けていたが、やがて、唇を震わせながら何か呟こうとした。

「見つけたよ、お(じょう)さん」

 頭上から声が聞こえて振り返ると、宙に浮いたドアンゴが、連れの悪魔たちと共にこちらを見下ろしていた。

「誰?あの人・・・」

 結は意識を失い、愛奈は彼女を受け止めた。

 愛奈は、結を渡り廊下の壁に寄りかからせてあげると、ドアンゴの前に出た。

「前回、君に敗れたのは、たまたま僕が油断していただけさ。だけど、今日は、君とちっこい天使を倒して、人間界を制服してやるさ!」

 ドアンゴは、巨大怪物デス・デビルを召喚した。

 愛奈は正義の女神アテナに変身し、デス・デビルに立ち向かった。

 さっそく、デス・デビルの胸元にパンチを入れるが、今回は前回と違って弾力性があり、すぐに跳ね返されてしまった。

「ふん。一応、デス・デビルも学習するんだよ。一度やられたら、どうすればやられないかなってね!」

 ドアンゴの興奮した声に合わせて、デス・デビルがアテナを攻撃する。

「きゃあああ!!」

 アテナは吹き飛ばされ、近くにある銀杏(いちょう)の木にぶつかった。

 背中に激しい痛みを感じるが、歯を食いしばりながら立ち上がり、地面を強く()った。

 今度は上空から、デス・デビルの脳天に向けて蹴りを入れる。

 やはり弾力性があるせいか、これも跳ね返されてしまうが、すぐによけたので攻撃を受けずに済んだ。

 アテナとデス・デビルが激しい戦いを繰り広げている最中(さなか)、ドアンゴは、ある事を思い出した。

「そう言えば、君はまだ一人なのかい?残りの百五十九の仲間とやらは、誰一人見つかっていないのかい?」

 ドアンゴは、嘲笑(あざわら)うように訊ねる。

 彼の指摘通り、アテナは、オリュンポス十二神に属する神や、女神すらも見つけられていない。

 神を見つける能力を持っていないアテナが、自力で、神や女神を見つける事はできない。

 唯一わかっているのは、神の意思が宿っている子どもたちが、桜神市とその近辺に集まっている事だ。

 あとは、マーチが持つ水晶で確かめるしかない。

「だから、私は、あなたたちに負けてられないの」

 アテナはドアンゴを強く睨むが、彼にとってはどこ吹く風らしく、鼻で笑うだけだ。

「これからもっと痛い目に遭う前に、ここで引き下がった方が身のためだよ」

 一々、頭に来る喋り方をする男だ。

 平気で他人を(けな)す。

 一体、どう言った心持ちでいたら、それができるのだろう?

「そんな事、あなたに言われる筋合いじゃない!」

 アテナは、ドアンゴに攻撃しようとするが、目の前に現れたデス・デビルに見事弾かれた。

「おやおや。すぐ、相手の挑発に乗ってしまうのは、馬鹿がやってしまう事だよ。人間は高度の知能を持つとか言われているけど、全くそうには見えないね」

 ドアンゴは肩をすくめ、やれやれと首を横に振った。

 彼は、自分以外の者は、みんな(おと)っていると思っていたいのだろうか。

 アテナが反論しようとした時、ドアンゴの手下である悪魔が現れた。

「ドアンゴ様。この近くで、人間の娘を捕まえましたぜ」

 もう一人の悪魔と抱えていたのは、何と結だ。

「平野さん!」

 アテナが悲鳴を上げると、ドアンゴは目を細めて笑った。

「なるほど・・・」

 ドアンゴは何かを察したらしく、尖った(あご)(さす)り始める。

「あの娘にも、女神の意思が宿っているのか」

「えっ!?」

 ドアンゴを見ていたアテナは、慌てて結を見る。

 結は両腕を持ち上げられ、ぶら下がる状態でいた。

 アテナには、結に、神の意思が宿っているかどうかはわからない。

「ただ、彼女には、()()()()()()()()ようだけどね」

「どう言う事?」

「実は、僕たち悪魔にはいくつか能力があってね、そのうちの一つに、相手の記憶を覗く能力があるのさ」

「記憶を覗く?」

「そう。いつもは秘密にしているけど、悪魔がいかに優れた生物なのか証明するために、今回は特別に見せつけてやろう!」

 ドアンゴはマントを(ひるがえ)すと、力なく項垂れる結の顔を覗き込み、気を集中させた。

 やがて、ドアンゴの脳裏に、結の過去が映り始めた。

「ほう。あの娘は、平野結と言うのか」

 ドアンゴは独り言を呟きながら、結の記憶を覗き込んでいるうちに、高らかに笑い始めた。

「ふふ、見えたぞ!あの娘の過去が。そう、あれは、十歳の時・・・」

「十歳って」

 十歳と言えば、小学校四年生か五年生だ。

 アテナは、礼菜から聞いた、結が五年生の時に起こった、彼女のクラスにまつわる噂を思い出した。

「平野結は、小学校のクラス替えで、()()()と言う少女と出会い、彼女と友達になった―」


 結が、まなみと友達になったきっかけは、向こうが声を掛けてきたからだった。

 いつも笑顔で親しみやすく、少しわがままな一面があるところを除けば、可愛らしいクラスの人気者であった。

 結とまなみは、お互いの家を行き来し、時には、他の友達を交えて、遊園地や水族館に遊びに行くなど親密になっていた。

 五年生の秋。

 結は、まなみから呼び出され、ある話を持ちかけられた。

 それはまなみが好きな男子に告白したいので、その前に、結に、彼の気持ちを確かめてほしいと言うのだ。

「何で?まなみが直接、寺嶋(てらしま)くんに訊くべきよ」

 結は、当初その頼みを断ろうとした。

 すると、まなみは瞳いっぱいに涙で(うる)わせ、上目遣いで結を見る。

「だって、それで、寺嶋くんに他に好きな女の子がいると知ったら、まなみが傷ついちゃうじゃない?だから、結ちゃんに、寺嶋くんの気持ちを確かめてもらいたいの。ねえ、お願い」

 まなみは眉毛を下げ、今にも泣きそうな顔になる。

 結は心の中で違和感を覚えたが、友達のためと、まなみの頼みを承諾した。

 それが、まなみの企みだと知らずに―。

 数日経った放課後、結は言われた通り、誰もいない教室に寺嶋を呼んだ。

 寺嶋は結のクラスメートで、男子の中で一番背が高く、成績優秀でスポーツ万能、気さくな上に、容姿もいい事から女子の人気者であった。

「平野さん、話って?」

 結は生唾を飲み込み、寺嶋に好きな子はいるのかと訊ねてみた。

 ここでは、まなみの名前を()えて出さなかった。

 それがいけなかったのかもしれない。

「いるよ」

「えっ?」

 寺嶋の言葉に、結は耳を疑った。

 そして、寺嶋から出た言葉に、結は、しばらくの間、頭が真っ白になった。

 寺嶋が好きなのは結だったのだ。

 人生初めての告白に動揺する結だが、寺嶋の事を異性として意識していなかった事と、まだ、自分には恋愛と言うものがわからなかった。

「ごめん・・・」

 結は、ただそれだけしか言えなかった。

「そっか。僕の方こそ、ごめんね」

 寺嶋は静かに苦笑すると、教室を後にした。

 結は、高鳴る胸の鼓動を抑えようと深呼吸をしていると、ドアが開き、とっくに下校したはずのまなみが現れた。

 まなみは、なぜか含み笑いで結を見る。

「寺嶋くん、結ちゃんの事が好きなんだ。でも、結ちゃんは、寺嶋くんの告白を断っちゃった。どうして?」

 そう微笑(ほほえ)みかけるまなみの声が、心を突いているようで恐ろしく感じた。

「それは、私、寺嶋くんの事、付き合うとかそう言う風に見てないから・・・。だから、まなみが告白しても大丈夫だと思う」

 結はまなみを鼓舞(こぶ)するが、すぐに返事をしてくれなかった。

 不安そうにまなみを見ていると、急ににやりと笑い始めた。

「結ちゃんって、寺嶋くんの事、どうでもいいと思ってるんでしょ?」

「えっ?」

 思いがけない言葉に、結の身体が固まる。

「寺嶋くんに興味ないから、まなみにあげるんでしょう?もしかして、結ちゃんって、()()()()()()()()()()()()()?」

 まなみは、結に顔を近づけながら詰め寄る。

 結は寺嶋を(ないがし)ろにしていないし、年上しか興味ない訳ではない。

 結は首を振りながら否定するが、まなみは聞く耳を持たない。

「明日、寺嶋くんとみんなに伝えておくね。結ちゃんは、あんたたちみたいな子どもには興味ないって」

 結は、その言葉に強い衝撃を受けた。

「待って!私、そんな事、一言も・・・」

 結はまなみを止めようとしたが、まなみは教室を出ていってしまった。

 翌日。

 結は、まなみがでっち上げた嘘により、寺嶋はもちろん、クラス全員から距離を置かれるようになり、やがて孤立した。

 まなみは別の女子と行動するようになり、結は一人で過ごすようになった。

 結は、知らないうちに、まなみを傷つけてしまったのだろうだと考え、彼女に謝ろうとした。

 しかし―、

「まなみ、あんたの事なんか、()()()()()()()()()()()()()

 女子小学生とは思えない、暗く冷たい声で言われた結の胸に、大きくて深い穴が開いたような気がした。

『まなみと結ちゃん、ずっと“親友”でいようね!』

 いつの日だったかは忘れたが、まなみは天使のような笑顔で、そう言ってくれたのだ。

 しかし、それは、自分を苦しめるための(わな)に過ぎなかったのだ。

 結は、その日、一晩中泣いた。

 初めは頑張って登校していたが、やがて教室にいるのが辛くなり、毎朝早起きだったのが、遅刻ぎりぎりで家を出る事から、夕子から不思議がられた

 結は両親に学校の出来事を話し、すぐに学校側に取り合ってもらった。

 学校でいじめに関するアンケート調査が実施され、結のクラスでは、結を除く児童全員に個別で面談をしたが、いじめはなかったと言う結果報告が出された。

 おそらく、まなみがみんなに圧力をかけていたのだろう。

 圧力をかけていなかったとしても下手に言ってしまったら、今度は自分がいじめられる。

 その恐怖で、真実を伝えらえなかったのかもしれない。

 担任も、この報告結果から、「気にするな」と真剣に取り合ってくれなかった。

 そもそも、この担任は若く、学生時代はかなりやんちゃだったらしく、結みたいな大人しい児童より、まなみみたいな活発な児童の方を気に入っている言動を見せていた。

 担任にも相手にされなくなった結は、次第に追い詰められていった。

 憔悴(しょうすい)しきった結を心配した両親は、自宅から一番近い聖ルーチェ学園の受験を持ち掛けてみた。

 知り合いがほぼいない環境に移りたかった結は、その提案を受け入れた。

 元々、成績が優秀だった結は、難なく受験に合格した。

 そして、結は決意した。

 裏切られないためにも、二度と友達を作らないと―。


 結が抱える悲しみを知ったアテナは、心臓を強く締めつけられた。

 結がいじめられていたなんて。

 しかもその理由が、あまりにも幼稚で身勝手な行動に、温厚で滅多(めった)に怒らないアテナも、そのまなみに対して激しい怒りを覚えた。

「全く。人間の馬鹿どもは友情を美しいものだと(うた)っているが、そんなのはただの偶像。みんな自分が一番で、他人なんて二の次。友達なんか、所詮(しょせん)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ドアンゴは、呆れたように肩をすくめる。

「友達は、道具なんかじゃない!」

 アテナは地面を蹴ると、ドアンゴの顔面にめがけてパンチを入れようとした。

 しかし、寸前の所でかわされ、(こぶし)は空を切った。

「すぐに感情的になるとは、本当に、人間は馬鹿な生き物だよ」

 ドアンゴは顎で命令すると、デス・デビルが背後からアテナを襲った。

 地面に墜落したアテナは、歯を食いしばりながら上半身を起こそうとした。

「哀れだよ。君も、他人に騙された平野結と言う娘も」

「哀れじゃない!!」

 ドアンゴの嘲笑(ちょうしょう)(さえぎ)る勢いで、アテナは叫んだ。

「平野さんは可哀想な子なんかじゃない。平野さんは、みんなのために頑張ってくれる、とてもいい子なの」

 アテナは、両(ひざ)を抑えながらゆっくり立ち上がる。

 アテナの脳裏には、結に関する様々な場面が浮かび上がっていた。

 その頃、結は夢を見ていた。

 まなみに裏切られ、クラスメートや担任から無視されると言う悪夢だ。

(また、今日も、私がいないかのように過ごしてる・・・)

 結は頭を抱え、一人苦しんでいた。

(辛い。一人にはなりたくない。でも、もう裏切られたくない!)

 結の気持ちは、大きく揺れていた。

『結、負けてはいけません』

 突然、どこからか女性の声が聞こえた。

 それは、謎の流れ星の日に聞こえた声と同じであった。

『結。希望を持ち続け、誰かを信じれば、その苦しみから救われます』

「でも、でも、私は、誰にも裏切られたくない!」

 結は、泣きながら訴えた。

『結。あなたが、これから出会う子たちの中に、あなたを裏切るような子は一人もいません。例えば、あの子を見てください』

 突然、場面が小学校の教室から、聖ルーチェ中の中庭に変わった。

 そこには、自分と同じくらいの少女が、何やら黒い巨大な生物と対峙(たいじ)していた。

 結は、少女に見覚えがあった。

「あの子は、神田川さん?」

『結。あの子をよく見るのです』

 結は声に従って、アテナをじっと見つめる。

「確かに友達に裏切られたくない。裏切られたら、私だって人を信じられなくなるかもしれない。でも、私は絶対に友達を裏切らない。だって、友達を裏切るのは、友達はもちろん、()()()()()()()()()()()()()!」

 アテナの言葉に、結の心に溜まっていた(おり)が溶け、涙として溢れ出た。

「平野さんが、どんなに嫌がったとしても、私は、平野さんと友達になりたい。平野さんがもう一度心から笑えるように、私が平野さんを守る!」

『結。あの子はいい子です。彼女は、あなたを苦しみから救い出してくれるでしょう。もう、怖がる事はありません。彼女と共に、この世界の平和を守るのです。みんなのための平和を』

「私が、平和を守る・・・」

 意識を取り戻した結は、現実離れした場面に言葉を失った。

 目の前には、夢で見た可愛らしい衣装に身を包んだ愛奈(アテナ)と、怪物の姿が見えた。

 何が起こっているのかと驚いていると、水晶を持ったマーチが現れた。

「に、人形が空を飛んでる?」

 結は肩をすくめて驚くが、マーチは、水晶を結の額にかざした。

「この水晶をじっと見ていてください」

 マーチに言われ、結は水晶を見つめる。

 結の額に『光』属性の印が現れ、水晶には『愛の女神ヘラ』の名前が浮かび上がった。

 結の掌に、黄色のダイヤモンドがついた十字架が落ちた。

「これは一体?」

「あなたには、愛の女神ヘラ様の意思が宿られております。この十字架で女神に変身して、目の前の悪と戦ってください」

「よくわからないけど、変身して、あの気味の悪い怪物を倒せばいいのね」

 結は、十字架を強く握りしめた。

「マインド・デイファイケーション!」

 結は、十字架に前に突き出すと、額に『光』の印が現れ、女神に変身した。

 オリーブの葉と実を組み合わせたヘッドドレスに、百合の花のコサージュ、(うぐいす)色のハイネックのドレスで、スカートはフィッシュテールで、腰にはパールの飾りを付けた。それにエメラルド色のアンクルストラップを合わせ、金色のブレスレットを付けた。

「愛の女神ヘラ!降臨(こうりん)!」

 ヘラの誕生に、アテナとマーチは顔を輝かせ、ドアンゴたち悪魔は顔をしかめた。

 ヘラは自身の変わりように一瞬驚くが、すぐに気を取り直して、アテナの(もと)へ向かった。

「私も手伝うわ」

「平野さん。じゃなくてヘラ」

 ヘラは、デス・デビルを睨みつけると、地面を蹴って高く飛び上がり、デス・デビルの眉間を強く蹴った。

 その衝撃で、デス・デビルは後ろへよろける。

「何だ?いきなりの登場で、調子に乗るな!」

 ドアンゴは焦るが、ヘラはさらに攻撃を続ける。

 アテナも別の方向からデス・デビルを攻撃し、デス・デビルは疲れが出始めていた。

 デス・デビルの体力がなくなった事をチャンスに、ヘラは、十字架を百合の(つぼみ)をイメージした(しゃく)に変えた。

「宇宙の全ての力よ、邪悪な力を打ち滅ぼせ!クリスタル・ショット!」

 錫の先から、銀色の光の粒子(りゅうし)が矢のように飛び出し、デス・デビルの身体を叩きつけた。

 やがて、地を揺さぶるような断末魔が響く中、デス・デビルは浄化された。

「二度も負けるなんて・・・!くっ・・・!」

 ドアンゴは悔しそうに歯を食いしばり、悪魔たちとともに姿を消した。

 

「あの、今までの事はごめんなさい。私、人が怖くて、つい冷たい態度を取ってたの・・・」

 変身を()いた結は、愛奈に頭を下げた。

 気まずいのか結は眉間に(しわ)を寄せ、今にも泣きそうな様子だ。

「ううん。私は気にしてないよ」

「ヘっ?」

 結は顔を上げ、唖然(あぜん)とする。

「私だって怖いものに対して、つい気を張っちゃうもん」

 愛奈は笑顔で胸を張るが、すぐに真剣な表情に変えた。

「平野さん。私は、あの子のように、平野さんを裏切ったりしないよ。これから何があっても、私は平野さんの味方だから」

「神田川さん・・・」

 喜ぶ結の瞳から涙が零れるが、その泣き顔を見られたくないのか、そっぽを向いて袖で涙を(ぬぐ)った。

「ねえ。良かったら、私の事、「結」って呼んでくれるかな?」

 結が、おずおずとした様子で頼んできた。

 愛奈は一瞬きょとんとするが、すぐにとびきりの笑顔を見せた。

「もちろん!じゃあ、私の事も「愛奈」って呼んで」

「ありがとう、愛奈」

 結は瞳を潤わせながら、新しい友達に向かって微笑む。

「おーい!神田川さーん、平野さーん!」

 校舎の向こうから、歩美と礼菜が走ってきた。

 二人は、急にいなくなった愛奈を心配して、学校に残っていたのである。

 歩美と礼菜は、結の様子が変わった事に首を傾げるが、愛奈が適当に話を作って誤魔化(ごまか)した。

 その後、この四人は友達になった。


 愛奈は、オリュンポス十二神である愛の女神ヘラの意思が宿る結を、仲間にできて嬉しかった。

 あと十人集めれば、オリュンポス十二神は全員揃う。

 それ以外の神や、女神の意思が宿る神様チルドレンも捜さないといけないが、中には、結のように、辛い過去を持つ子たちもいるかもしれない。

 愛奈は、そんな彼らの心に寄り添いたいと思うのであった。



次回予告

3話『トラブル連続の校外学習?戦の神アレス誕生!」


 愛の女神ヘラに変身する結と友達になれた愛奈。ある日、校外学習で南園市にあるアスレチックパークを訪れた愛奈は、結や幼馴染の勝利らと班を組んで、教師から出された課題に挑戦する事になる。愛奈と勝利が口喧嘩になりながらも、チームで力を合わせて次々と課題を解決していく。しかし、そんな中、生徒たちが相次いで負傷すると言う事件が発生して―?

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