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1話 私が神様に?正義の女神アテナ誕生!

あらすじ

1話「私が神様に?正義の女神アテナ誕生!」


 天空界ヘブンでは、地帝国デビルエリアの悪魔軍の侵攻により、多くのエリアが被害に遭っていた。この窮地を救うため、ヘブンの女王マリアは、見習い天使のマーチに、神々の意思が導く子どもたち―神様チルドレンを捜すようにと命じる。四大天使の一人・ミカエルの援護を受けながら城を出るマーチだが、悪魔の攻撃により、神霊箱の蓋が外れて、中に入っていた神々の意思を流出してしまう。それは、流れ星のように人間界に降り注ぎ、それを目撃した神田川愛奈は不思議な体験をする。


 翌日。愛奈は、幼い頃より定期的に通っている『桜神カトリック教会』のクラーク神父やシスター・エレナから、教会内で不吉な出来事が起こっている事を教えられる。その帰り道、ひょんな事でマーチと出会った愛奈は、自分が神様チルドレンの一員である事を知らされる。突然、責任重大な役目を背負わされて躊躇う愛奈だが、外で異様なカラスたちがこちらを見ている事に気づき―?

 

 天空界ヘブンの(いた)る所では、住民たちの悲鳴が上がっていた。

 それに混じって聞こえる、耳を突くような悪魔たちの笑い声。

 悪魔軍の攻撃により、石造りの建物は破壊されて火の手が上がり、人々は、悪魔たちの脅威(きょうい)を恐れながら宮殿へと避難していた。


「お伝え申し上げます!敵方の攻撃により、第八エリア、第二十六エリアが陥落(かんらく)

 宮廷内に置かれている天使軍の本陣では、次々に戦局が報告された。

 この宮殿付近にも、悪魔軍の一部が侵攻し、城壁に向かって攻撃をしていた。

 女王のマリアは、城の外に魔法でバリアを張り、宮殿を守っていた。

「女王様!ここは危険です。早く、お逃げください」

 四大天使の一人・ミカエルが、両手を突き上げるマリアの(もと)に駆け寄った。

「わたくしは、ここを離れるつもりはありません」

 マリアはそう答えるが、かなり体力を消耗(しょうもう)していて、眉間(みけん)(しわ)を寄せ、額には汗が浮かんでいた。

「ミカエル。千年前に、百六十体の神々が残した言葉をご存知ですか?」

「確か、『千年後、魔王サターンの封印が解かれた時、神々の意思が、優しさと純粋な心を持つ子どもたちを導き、その子どもたちが悪魔たちと戦う』と言うものでしたよね?」

 ミカエルの聞き返しにマリアは(うなず)く。

「神々は、その言葉とご自身の意思を入れた神霊箱(しんれいばこ)を残し、それぞれの支配地にお戻りになられた」

 宮殿には神霊箱が大切に保管され、千年前の戦いに貢献した百六十体の神、女神の石像が安置されている。

「ミカエル、お願いがあります」

「何でしょうか?」

「神霊箱をマーチに届け、彼に、神に選ばれし子どもたち―“()()()()()()()”を捜すようにと命じてください」

 ミカエルは、マリアの指示に目を丸くさせた。

「女王様。本当にあの者に、この重要な使命を任せるのですか?この使命は、天空界だけでなく、人間界を含む全ての生命に関わるもの」

「だから、マーチに頼むのです!」

 ミカエルの訴えを遮るように、マリアは叫んだ。

「時間はありません。早くマーチを見つけて、彼に神霊箱を渡してください」

 マリアが言い終わると同時に、チェストの上に古びた木製の小箱が現れた。

 小箱は固く(ふた)が閉じられているが、隙間から色とりどりの光が(こぼ)れ落ちていた。

 ミカエルは、おそるおそるチェストに近づく。

 確認のために後ろを振り向くと、マリアはゆっくりと頷いた。

 ミカエルは小箱を手に取り、急いでマーチの下に向かった。

 マーチは、神々の石像が安置されている部屋に身を潜めていた。

 外から、ヘブンの人々の悲鳴や悪魔軍の怒号が聞こえてくる。

 宮殿に悪魔軍が侵入してきたら、自分の命はない。

 マーチは全身を震わせながら、身体を縮ませていた。

「マーチ!マーチ!」

 ふと、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 石像の陰から顔を出すと、そこには、辺りを見回しながら、自分を捜すミカエルの姿があった。

「ミカエル様!」

 マーチは、ミカエルの胸に飛び込んだ。

 憧れのミカエルが(そば)にいると、さっきまでの不安が嘘だったと思うくらい心が落ち着いた。

 マーチは、ミカエルの胸にすり寄りたかったが、すぐに顔を離されて肩を掴まれた。

「マーチ。お前に頼みがある」

 ミカエルは、マリアに言われた事をマーチに話した。

 案の定、マーチは仰天し、おろおろとし始めた。

「神霊箱を守るなんて無理ですよ。そんな大事なお役目を任せるなんて」

「マーチ!これは、女王様のご命令だ」

 ミカエルは、おびえるマーチを一喝した。

 ミカエルは、マーチと目線を合わせるために腰をかがめた。

「女王様が、一体どのようなご心境で、このお役目をお前に託されたのかは私もわからない。ただ、女王様が、お前を信頼されている事には間違いない。お前は、この神霊箱を持ってここから脱出し、人間界に赴いて神々の意思に選ばれし、神様チルドレンを見つけるのだ」

 ミカエルは、マーチの小さな肩に手を置いた。

 マーチは心が揺らぐが、やがて決意した。

「わかりました。必ず、このマーチが神霊箱を守り、神様チルドレンを見つけて参ります!」

 マーチの宣言と真剣な眼差しに、ミカエルは安堵した。

「しかし、この姿だとやつらに気づかれてしまうな」

 ミカエルは、マーチの全身を眺めながらある事を思いついた。

「そうだ!マーチよ、しばらくの間、仮の姿になってもらう」

「仮の姿?」

 ミカエルは、目を閉じて精神を集中させると、右人差指をマーチに向けた。

 人差指から黄緑色の光の粒子が出てきて、マーチの全身を包み込んだ。

 光は螺旋(らせん)を描くようにマーチを包み、彼の身体は徐々に小さくなっていった。

 すぐに光が消え、そこに現れたのは、とても小さな、小さな、人の(てのひら)ほどの大きさの天使だった。

「ミ、ミカエル様!僕、どうなったのですか?」

 目の前に立つミカエルが巨大化したので、マーチは激しく動揺する。

「今、お前に身体が小さくなる魔法をかけたのだ」

「え、何でですか?」

「あの姿で人間界に赴いたとなると、悪魔たちに狙われるだけではなく、人間にも不審に思われてしまう。小さければ何かと融通が利く」

「そうは言いましても、ここまで小さくなさらなくても」

「とにかく時間がない。途中まで送るから、早く城の外に出ろ!」

 ミカエルにせかされ、マーチは城門へと向かった。

 その途中、ふと空を見上げると、数えきれないほどの数多の星が瞬いていた。

 ヘブンが戦乱の最中(さなか)にあっても、必ず夜空には月が昇り、星々が瞬いている。

 この国も、夜空のように平穏であればいいのに。

 そんな事を考えているうちに、城門へと辿り着いた。

「マーチ。悪いが、私が行けるのはここまでだ。あとは強行突破なり、人間界へと向かえ!」

「ええ、そう言われましても・・・」

 マーチが嘆いた時、外から悪魔たちの怒号が聞こえた。

「不味い!やつらが近づいている」

 ミカエルは歯を食いしばった。

「マーチ、早く行け!悪魔たちがここに来る前に!」

 ミカエルはあたふたするマーチを押し、城門の外へと出した。

「ミカエル様!」

 振り返ると同時に、門扉(もんぴ)が閉じられた。

 いきなり外に放り込まれたので、とてつもない不安が襲いかかる。

「女王は、どこにいる?」

 悪魔の声が聞こえたので、慌ててその場から逃げた。

 しかし、上空へ飛ぶマーチを数人の悪魔が気づいた。

「おや?あいつ。神霊箱を持ってるんじゃねーか?」

「だとしたら、これは、見過ごす訳にはいかねーな」

 悪魔たちは地面を蹴り、マーチを追いかけ始めた。

「わわっ!」

 マーチはスピードを上げるが、自分より遥かに大きい悪魔に敵うはずがない。

「待て、おら!」

 悪魔が、長く伸びた赤い爪の先から光線を出す。

 マーチは、それを交わしながら必死に逃げるが、雲の切れ目に差し掛かった時、それが背負っていた神霊箱に当たってしまった。

 当たった衝撃で神霊箱の蓋が外れ、中身が零れ落ちた。

「わあぁぁー!!」

 マーチは、神々の意思と共に地上へと落下した。

 その様子は、まるで、天から地へ降り注ぐ流星群のようであった―。


「あれ?流れ星だ」

 ベランダのカーテンを閉めようとした神田川愛奈(かんだがわあいな)は、深紺の空を彩る流れ星に気づいた。

 窓を開けて、ベランダに出る。

 確か今日は流星群じゃなかったはずだが、次から次へと流れ星が現れる。

「まあ、せっかくだし、中学生活を満喫(まんきつ)するためにお願い事をしようと」

 愛奈は両手を握り、流れ星にお願い事をした。

 愛奈は、三日後に、中学校の入学を控えている。

「中学では、たくさん友達ができますように。スポーツが少しでも上達しますように。テストでは毎回いい点数が取れますように。それから、彼氏ができますように。って、どんだけ、欲望深いんだよ、私は」

 愛奈が、自分に突っ込みを入れた時だった。

 一つの流れ星が、自分に向かって接近しているのに気づいた。

「え、何、何?」

 夢でも見ているのかと目を(こす)っているうちに、流れ星が自分に衝突した。

 突然、目の前が暗くなる。

 しばらくして目を開けると、不思議な空間がそこには広がっていた。

 生と死の(はざま)にいるような青白い光に包まれた空間だ。

 何だか、肉体ではなく心だけが不思議な世界に迷い込んだ、そんな感覚だった。

「ここは一体?」

 愛奈が辺りを見回していると、フラッシュを焚いたかのような眩い光が目の前に現れた。

『―愛奈、愛奈』

 光から、優しそうな女性の声が聞こえた。

「どうして、私の名前を?」

 戸惑う愛奈をよそに、光が接近する。

『あなたは、誰に対しても思いやりがある子。あなたは、私の意思を継ぎ、仲間たちと共に悪と戦うのです』

「仲間たちと共に悪と戦う?」

『そうです。百五十九の仲間たちと、この世界の平和のために・・・』

 光は愛奈にそう言い聞かせると、愛奈の胸に溶け込むようにして入った。

(温かい)

 痛くも痒くもなく、温かい感じがして、愛奈は胸を抱きしめた。

 ずっとこのままでいたい―。

 愛奈はやすらぎを覚えると共に、意識が遠のいていった。


 意識が戻るなり、耳に入ってきたのは、雀のさえずりや、一階から自分を呼ぶ母の声だった。

 (まぶた)を開けると、(まぶ)しい光に反射的に顔をそむける。

「あれ?もう、朝」

 愛奈は、朝になっていた事だけではなく、自分がベランダで寝ていた事にも驚いてしまった。

 いくら、治安がいい平穏な町だとしても、外に寝るのはよろしくない。

 それに四月に入ったとは言え、春の朝はまだ寒い。

 愛奈は頭の後ろをかきながら、部屋の壁に貼ってあるカレンダーを見た。

「あ!今日は日曜日だ」

 愛奈は部屋に入るなり、服に着替え、一階へと降りた。

「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、おはよう!」

 愛奈は挨拶(あいさつ)するなり、自分の椅子に座った。

 神田川家は、父、母、兄、そして愛奈の四人家族。

 父の和成(かずなり)は飲料メーカーに勤務しており、母のゆかりは地元のスーパーでパートとして働き、三つ年の離れた兄・愛登(あいと)は、この春高校生になる。

「いただきます!」

 愛奈は手を合わせると、おかずを口の中に入れた。

「愛奈、どうした?そんなに慌てて」

 新聞を読んでいた和成が顔を上げる。

「今日はミサがあるから急がないと。ごちそうさま!」

 愛奈は光の速さの如く食事を終わらせると、残りの身支度を進めた。

「行ってきます!」

 愛奈は玄関の外へ飛び出すと、ガレージに停めてある自転車を引っ張り出した。

 自転車を漕ぎながら、道路の両脇に植えられた桜の木々を眺める。

 桜色の花が満開に咲き、道端には花弁(はなびら)が落ちていた。

 空からは暖かい日光が差し、時々吹いてくる風も心地良い。

 愛奈は、自分が一番好きな季節になって嬉しかった。

 ただし、花粉症である父と兄にとっては悲惨な季節だが。

「こんにちは!」

 愛奈は、道ですれ違う近所の人たちに笑顔で挨拶をした。

 下り坂では、ペダルから足を離し、少しブレーキを切りながら進み、登り坂に出くわすと立ち漕ぎでそれを越えた。

 十分足らずで、愛奈は目的地に到着した。

 レンガを積んで造られた門には、『桜神カトリック教会』と言う文字が刻まれたプレートが取り付けられていた。

 築五十年にもなるチャペルのクリーム色の外壁は、長年の(ほこり)や泥により薄灰色に汚れ、木製の扉にも引っかき傷があるなど少々寂れているが、毎日信者以外にも多くの人々が訪れ、ここで結婚式を挙げるカップルも少なくない。

 チャペルの中に入ると、ミサに参加する人たちが集まっていた。

 愛奈は、後方の席に腰を下ろして聖書を開く。

 表紙はところどころ剥げ、中身も、湿気を含んでしわくちゃで、日焼けした年季物である。

 二年前に、病死した父方の祖母からの譲り物だ。

 ミサに参加しているものの、愛奈は、キリスト教信者ではない。

 愛奈の家族、親戚一同は、みんな仏教徒―確か父方は真言宗、母方は浄土宗で、先祖の菩提(ぼだい)は寺院にある。

 ただし、父方の祖母だけは違った。

 祖母は、敬虔(けいけん)なクリスチャンだった。

 いくら、信仰の自由と言っても、身内で唯一のキリスト教信者だった祖母は、周りから一目置かれる存在だった。

 幼い頃の愛奈も、熱心に聖書を読み、十字架を持って祈りを捧げる祖母を不思議そうに見ていた。

 愛奈が、神様に興味を持つようになったのは、幼稚園に入学して間もない頃だった。

 人見知りが激しかった愛奈はクラスに馴染めず、毎朝、幼稚園に行きたくないと駄々をこねていた。

 これを見かけた祖母は、愛奈をこのチャペルに連れてきた。

 祭壇の背後に飾られている十字架に架けられたキリスト像と、ステンドグラスの絵画に心を奪われた事を愛奈は今でも憶えている。

「愛奈。おばあちゃんはね、いつも、ここでお祈りしているのよ」

 初めてのチャペルに興味津々の愛奈に、祖母は優しく声を掛けた。

「お祈りって?」

「そうね。神様にお願いをする事よ。例えば、愛奈にお友達がたくさんできますようにとか、おじいちゃんの腰の具合がよくなりますようにとか、色々お願いしているのよ」

「へえ」

 愛奈は、祭壇の方を見る。

 ステンドグラスに日光が差し込み、宝石のように輝いていた。

「愛奈。悲しい時は神様にお祈りするのよ。神様は、頑張っている子には願い事を叶えてくれるのよ」

「そうなの?」

「でも、神様はいつでも愛奈の事を見ているから、愛奈が悪い事をすると、神様はお願い事を叶えてくれなくなるの」

 祖母はしゃがみ、愛奈と視線を合わせる。

「愛奈。神様は、優しくて強い子が好きなの。愛奈、みんなと仲良くなって、駄目な事には駄目と言える子になりなさい。そうすれば、いつか神様が、あなたに何か特別なプレゼントをくれると思うわ」

 この時の祖母の笑顔は、太陽に照らされた女神のようだった。

 それから、祖母の言葉通りに、愛奈は勇気を出して、クラスの子に声を掛けてみた。

 すると、あっさりとその子とは仲良くなり、みんなの輪にも入れるようになって、いつしか多くの友達に囲まれるようになった。

 人見知りを克服し、知らない人にも平気で声を掛けてしまうなど、両親を困らせる事もあったが、小学生時代は、クラスのムードメーカーとしてみんなから愛された。

 毎週日曜日には、祖母と共に、このカトリック教会のミサに参加した。

 そして、小学五年生の時に祖母が末期の(がん)で倒れ、祖母を見舞った時に彼女から聖書と、婚約した頃、祖父からプレゼントされたと言う十字架のネックレスを譲り受けた。

 祖母は、死後、この教会の裏手にある墓地に眠っている。


 ミサが終わり、愛奈は、祭壇にいる二人の男女の(もと)に歩み寄った。

「おはようございます。クラーク神父。シスター・ヘレナ」

 愛奈の声に、茶髪の碧眼(へきがん)に背の高い痩身(そうしん)の男性と、おっとりとした雰囲気の美人が気づく。

「オオ、ミス・愛奈。オハヨウゴザイマス」

「おはよう。愛奈ちゃん」

 クラーク神父は片言で挨拶し、ヘレナはにっこりと微笑んだ。

 クラーク神父は、本名ジョンソン・クラークで、洗礼名はエレウテリウス。

 イギリスのスコットランド出身。年齢は今年で三十五歳。

 イギリスにいた頃に、大学で日本文化を学び、勉学のために日本に留学しに来た訳だが、日本と言う国そのものに深い感銘を受け、以後神父として十年近く滞在している。

 本当は日本語を流暢(りゅうちょう)に話せるのだが、日本人が持つ外国人のイメージを壊したくないと、わざと片言の日本語で話すユニークな人物だ。

 ヘレナは本名桜川彩音(さくらがわあやね)で、年齢は今年で二十三歳。

 ミッション系の短期女子大学を卒業し、二年前から見習い修道女として、この教会で修行している。

「聞いてください。明後日、中学校の入学式なんです!」

 愛奈は目を輝かせて、飛び跳ねる勢いで二人に近づいた。

「もう中学生になるのね。愛奈ちゃん、大きくなったわね」

「ハジメテアッタ、ミス・愛奈ハ、コンナニチイサカッタノニ」

 微笑むヘレナと、自分の腰の位置に手を当てるクラーク神父に、愛奈は思わず笑ってしまった。

「お友達が、たくさんできるといいわね」

「はい!クラスのみんなはもちろん、学校、いや、学校以外の友達もたくさん作りたいです!」

「オオッ!ミス・愛奈ッテバ、ズイブント、オオキイモクヒョウヲモッテイルミタイデスネ!」

 クラーク神父が、そう(はや)し立てた時だった。

 コト―。

 祭壇の方から、物が落ちる音が聞こえた。

「Oh,My god!」

 悲鳴を上げ、頭を抱えるクラーク神父の足元には、木彫りのマリア像が転がっていた。

 揺れていないはずなのにと、愛奈が首を傾げていると、後ろからヘレナの深いため息が聞こえた。

「最近、よくあるの。揺れてもなければ、誰も祭壇に触れてないのに、祭壇に置かれてるキリスト像やマリア像が落ちてたりするの。一昨日なんか、柱に付けられてるキリスト像が外れかかってて、後一歩で床に落ちるところだったのよ」

「ええっ!?」

 愛奈は、柱に取り付けられているキリスト像を見る。

「きっと、私たちの身に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ヘレナは悲しそうに、キリスト像を見つめた。


 マーチは、顔に冷たく、ぬるっとした感触がした事で目を覚ました。

 寝ぼけ(まなこ)で瞬きしていると、爛々と輝かせる黒目が視界に現れた。

「ワン、ワン!」

「わあっ!」

 犬に驚いたマーチは、慌ててその場から離れた。

 昨晩、悪魔の攻撃により、人間界へと墜落したマーチは、民家の庭にある茂みに落下していた。

 それから長い間、意識を失い、危うくこの民家で飼われている犬に食べられそうになった。

 マーチは、少し離れた電柱の陰になっている塀の上に座った。

 少し気持ちを落ち着かせてから、背負っていた神霊箱を前に持ってくる。

「あれ?」

 神霊箱の蓋が外れている。

 茂みに落としてしまったのだろうかと戻ろうとするが、先ほどの犬が飛びかかってきそうなのでやめた。

 あれこれ思索していると、昨晩、悪魔の攻撃が神霊箱に当たり、その拍子で蓋が外れ、中身が零れてしまったのだと言う考えに行きついた。

 ん?中身が零れたとなると―。

「あわわ、不味(まず)い!神々の意思が全部、どこかに飛び散ってしまった」

 おそらく、神々の意思は、流れ星の如く、人間界に降り注いだに違いない。

 マリアから神霊箱を託されたのに、あっさり中身を流出させてしまった。

 本来なら、神霊箱に眠る神々の意思を基に、神様チルドレンを捜すはずだったが、中身がなくなった今、彼らを捜すにはこれしかない。

 マーチは、ポケットから、ビー玉サイズの水晶を取り出した。

 この水晶は、神々の意思が宿っているかもしれない子どもの額に当てると、その神の属性の印が額に現れ、水晶には、その神の名前が映し出されると言うものだ。

 他にも機能があるが、主な機能がそれだ。

 水晶を覗き込むと、眉尻を下げ、(うつ)ろな目をしたマーチが映った。

『どうして、全ての生命に関わる重要な役目をマーチに任せたのですか?』

 脳裏に、兄がマリアに向けて、自分を訴える様子が浮かび上がる。

 兄たちが、神霊箱の意思を全て流出してしまった事を知ったら、激怒して勘当してくるかもしれない。

 今は、悩んでいても仕方ない。

 一つ、一つ、自分で捜すしかないが、遥か上空で散らばったので、日本全国、いや、世界中に神々の意思が迷い込んでしまったに違いない。

 この広い世界で、たった一人で捜すとは、大変気が遠くなるようだ。

 肩を落としながらため息をついていると、水晶に大きな影が映り込んだ。

「え?」

 振り返ると、一匹の猫がこちらを覗き込んでいた。

「ニャア!」

「わあっ!」

 マーチは、慌ててその場から飛び去った。

 猫は飛べないとわかっているのに、あの猫が飛んでくるのではないかと、後ろを向いたまま飛んでいたら、前方で羽を羽ばたかせる音が聞こえた。

「カア、カア!」

「うわあっ!」

 カラスにぶつかりそうになったマーチは、今度は急降下する勢いで低空を飛んだ。

 人間界は、ヘブンとは違った危険が多い。

 この小さい身体だと、人間や悪魔には見つけられにくいが、言葉を話せない小動物に捕まりやすい。

 一息をつきたくても、これじゃあ何もできないじゃないかと、しばらく空を飛んでいた時、水晶が光っている事に気づいた。

 飛行したまま水晶玉を見ると、金色の光が強く光っていた」。

「これは、近くに、神の意思を宿す子どもがいる?」

 マーチは、四方八方見渡した。


 愛奈は自転車を漕ぎながら、先ほどの光景が頭から離れなかった。

『きっと、私たちの身に、何か悪い事が起こると言う警告なのかもしれないわ』

 ヘレナの言葉が胸に重くのしかかる。

「私たちの身に起こる悪い事って・・・」

 ふと、顔を上げた時だった。

 上空から、顔面に向かって何かが降ってきた。

「あっ!ええっ!?」

 あたふたしているうちにそれは頭にぶつかり、自転車の籠の(ふち)にバウンドした後、地面に落ちた。

「何?何?」

 愛奈は、頭を摩りながら空を見上げると、数羽のカラスが旋回(せんかい)しているのが見えた。

 次に下を見ると、一つのマスコット人形が転がっていた。

 掌サイズの天使の人形で、小さくて黒い丸目と楕円形の薄紅色の頬、口角が上がった口とよくあるデフォルメをしていた。

 愛奈は自転車から降り、その人形に近づいてみる。

 しゃがんで、その人形を拾う。

「カラスが、どこからか持ってきたのかな?」

 ひっくり返して背中を見ると、チェーンは付いていなかった。

「うーん」

 愛奈は、人形をひっくり返しながら、全身くまなく見つめる。

 不思議な事に、この人形はフェルトの感触ではなく、人肌のようになめらかな感触がし、おまけに温もりもあった。

 持ち主の体温が、まだ残っているのだろうか?

 それにしては、この人形が自ら熱を放っているような気がする。

「落とし物なら、交番に届けた方がいいよね」

 愛奈がそう言う一方で、彼女の掌の中では、マーチが、早くこの状況を抜け出したいと心の中で焦っていた。

「ふっ・・・」

 声が漏れてしまい、愛奈が怪訝(けげん)そうに凝視(ぎょうし)する。

「うーん?この人形、話せる機能とか付いているのかな?」

 愛奈はマーチ(人形)をひっくり返し、服の裾をめくろうとした。

「や、やめてください!」

 マーチは慌てて、愛奈の掌から離れた。

 そして気づいた。

 人間に、自分の姿を見せてしまったと。

「あ、あわわ」

 どうしようかとキョロキョロするが、視線を感じて下を見ると、愛奈が目を丸くさせながらこちらを見ていた。

「人形が喋った!それに、空を飛んでる!」

 愛奈は、お喋り機能が付いた人形やぬいぐるみを知っていたが、飛行可能の人形を見るのは初めてだ。

 まあ、人形遊びを卒業したのは随分昔なので、特殊な機能が付いた人形が、世間には流通しているのかもしれない。

「僕は、人形じゃありません!」

 人形と間違われたマーチは、顔を赤くしながら怒鳴った。

「人形じゃないって、最近の人形って、人工知能が付いてるの?」

「人工知能が付いているどうとかではなく、僕は、人形じゃないんですってば!!」

 マーチは、愛奈の耳元で叫んだ。

 耳元で怒鳴られた愛奈は、指を耳の中に突っ込み、ざわめきを落ち着かせた。

「もしかして、あなた、本物の天使なの?」

「はい」

「えっ!?」

 マーチの受け答えに仰天した。

「ちょっと待って!天使と言えば、ほら、キューピッドみたいに可愛らしい天使とか、漫画に出てくるようなイケメンとか、そんな感じじゃないの?」

 今、目の前で浮遊しているマーチは、愛奈、いや、多くの人間が持つ天使像と大きくかけ離れていた。

「この姿は、本来の姿じゃないんです。訳あって、この姿になっているだけです」

「訳あって?」

 愛奈が首を傾げると、自転車に乗った人が通り、不思議そうに二人を見た。

「ここだと話しづらいので、別の場所に移動しませんか?」

「そうだね」

 愛奈はマーチの提案に乗り、自宅に帰った。

 自宅には、和成と愛登は外出中らしく、ゆかりしかいなかった。

 愛奈は、ゆかりにただいまと言うと、二階の自室へ向かった。

 南側にベランダがあり、窓にはレースとクリーム色のカーテンが取り付けられている。

 西側にはベッドがあり、壁にはコルク版が掛けられ、家族写真などが貼りつけてある。

 東側、ベランダのすぐ傍に勉強机が、その後ろには、愛奈の胸の高さほどのカラーボックスが壁側に置かれていて、そのまた後ろにクローゼットがある。

 中央には白い丸テーブルがあり、その上に、グラスを花瓶替わりにして、ガーベラが活けてあった。

 愛奈はベッドに腰を下ろし、マーチはその前に浮遊した。

「そうだ。まだ自己紹介していませんでしたね。僕は天使のマーチです。天使と言いましても、ごく一般市民から、城に仕えるようになった見習いですけどね」

「見習い?天使なのに見習いなの?」

「はい。僕が暮らす天空界ヘブンの住民は、一通り天使と言えるのですが、宮殿にお仕えする天使は、他の天使と違い階級があるのです」

 マーチは、天使の階級について説明を始めた。

 ヘブンの宮邸に仕えるためには、宮中天使採用試験と言う入隊試験を受け、それに合格しないとならない。

 試験を受けられる年齢は、ヘブンでは最低でも十歳以上とされており、試験に合格すると見習い天使と言う称号を受ける。

 その後、先輩宮中天使の指導の元、研修を受け、年に二度行われる昇級試験に合格すれば、天使の階級が上がる。

 もちろん、その昇級試験は、階級が上がるに連れて難易度が高くなる。

 天使の階級は、下から数えて見習い天使、天使、大天使、権天使(けんてんし)能天使(のうてんし)力天使(りきてんし)主天使(しゅてんし)座天使(ざてんし)智天使(ちてんし)熾天使(してんし)である。

 人間界には、見習いを除く九つの階級が伝えられている。

「へえ。天使にも階級があるんだ。私ってば、天使は、みんな同じかと思っていた」

 愛奈は、天使の事情に感心した。

「天使の姿も様々です。人間とそれほど変わらない者もいれば、妖精のような天使、獣人の天使だっています」

 マーチの説明を聞いて、愛奈は、人間と同じ姿の天使と妖精のような天使、獣人の天使を思い浮かべた。

「ところで、あなたは?」

「あ、私?私は、愛奈。神田川愛奈って言うの」

 愛奈は、にっこりと挨拶した。

「愛奈さん、ですか」

「うん。でも、どうして、天使のマーチがこんな所にいるの?」

 愛奈が訳を(たず)ねると、マーチは顔を曇らせた。

「何かあったの?」

 マーチの落ちこみ様に、愛奈も不安になる。

 マーチは、深いため息をついてから事情を話し始めた。

「実は、ヘブンの女王様から、神々の意思が眠る神霊箱を守るようにと命じられたのです」

「女王様?」

「はい。人間界では、イエス・キリストの聖母として伝えられているマリア様です」

「えっ?マリア様?」

 歴史に疎い愛奈でも、その名前は知っていた。

 イスラエル北部にある『ラザレ』と言う町に生まれたマリアは、婚約者ヨゼフとの結婚を控える中、純潔の乙女であった彼女の元に四大天使のガブリエルが現れ、子どもを身籠(みごも)った事を告げられる。

 世に言う『受胎告知』である。

 その後、マリアは男の子を産み、その子は『イエス』と名付けられた。

 マリアは、カトリックでは、キリスト教を産んだ聖母として(あが)められている。

「人間界で、聖母として崇められているマリア様は天に召された後、ヘブンの女王になられたのです。ヘブンで生まれた天使は、人間とは間隔が違いますが年を取ります。しかし、別の世界で生を受け、死後、ヘブンに召された者は、その人物が生涯で一番輝いていた頃の姿のままです。マリア様がヘブンの女王になられてからで千年以上経たれますが、そのお姿は、イエス様をお産みになられた頃と変わらないそうです」

「へえ。マリア様って、天国でも凄い人なんだね」

 愛奈は、他人事のように感心した。

「はい。ただ、マリア様が女王になられてしばらく経った頃でした。今から千年前、天空界の天使と、地帝国デビルエリアの悪魔との間に戦争が起こりました。デビルエリアは人間界から見て地獄に当たります。魔王サターンが、悪魔の大軍をヘブンに送り込み、ヘブンを支配しようと企んだのです。悪魔軍三十万に天使軍は五十万で対抗しましたが、悪魔軍が優勢で天使軍には多くの犠牲が出て、戦闘には参加していない民間人までが犠牲になりました」

 マーチは、悲しそうに目を伏せた。

「天使軍が劣勢となり、絶対的な危機に直面した時でした。マリア様は、最終手段として、各地を守護していた百六十体の神々をヘブンに呼び寄せ、援軍を求めたのです」

「百六十体の神様?」

「はい。オリュンポス十二神やティタン十二神などの、神八十五体、女神七十五体の神様たちです。百六十体の神様たちは、悪魔軍と戦い彼らを倒し、魔王サターンを封印する事に成功。見事、ヘブンの平和を取り戻した神様たちは、それぞれの土地にお戻りになられました」

「何だ。ハッピーエンドじゃん」

「いいえ、違います」

 マーチの表情が険しくなる。

 彼の表情の変化に感化され、愛奈は背筋を伸ばす。

「確かにサターンを封印した事により、悪魔たちがヘブンに侵攻してくる事はなくなりましたが、物に使用期限があるように封印も永久ではなく、千年の効力しか持ちません。そして、天使と悪魔の戦いからもうすぐ千年。サターンの封印の効力が弱まる中、再び、悪魔軍がヘブンに侵攻してきたのです。しかも、今回はヘブンだけではなく、人間界までも支配しようと企んでいます。ヘブンでは、悪魔軍の攻撃により多くのエリアが陥落しています。天使軍は、最大限の力を使って抵抗していますが、どうも歯が立ちません。そこで、マリア様は僕に、神の意思に選ばれし子どもたちを捜すようにと命じられたのです」

「神の意思に選ばれし子どもたち?それってどう言う事?」

 愛奈は、話の続きを促そうと身を乗り出す。

 マーチは、一拍置いてから説明を再開した。

「千年前の戦いの後、百六十体の神様たちは、自身の魂の分身とも言える意思を、この神霊箱に納められたのです」

 マーチは、蓋がなくなった木箱を見せた。

 マーチが背負っていた事もあり、とても小さく、指で摘まめそうなサイズだ。

 一見、普通の木箱に見えるが、この中に神々の意思が入っていたらしい。

「神様たちは、この神霊箱に、ご自身の意思を納められた時に、こうおっしゃったそうです。『千年後、魔王サターンの封印が解かれた時、神々の意思が、優しさと純粋な心を持つ子どもたちを導き、その子どもたちが悪魔と戦う』と。僕はこの神霊箱を守りながら、神々の意思が導く子どもたち―神様チルドレンを捜す事になったんです」

「神様チルドレン・・・」

 初めて聞く名称だが、それが、愛奈に強く印象が残った。

「ですが」と、マーチが急に表情を暗くした。

「人間界に向かう途中、悪魔の襲撃を受けて、神霊箱の中身が全部零れてしまったんです」

「全部零れたって、それって、相当不味いやつじゃないの?」

 愛奈が取り乱すと、マーチは力なく返事した。

「神々の意思が人間界に散らばった今、僕は、この水晶で、神様チルドレンを捜すしかありません。―って、あれ?」

 マーチは力なく水晶を取り出してみると、水晶が強い光を放っている事に気がついた。

 そう言えば、愛奈と出会う前、この水晶が、何かを察知したかのように強く反応していた。

「どうしたの?」

 愛奈が、不思議そうにこちらを覗き込んでくる。

「この水晶は、神の意思を宿す子どもが近くにいると、こうして強い光を放つ訳なんですが・・・」

 そこまで言いかけて、ある事に気づいた。

 そして、きょとんした表情の愛奈を見る。

 水晶が強く反応していると言う事は、まさか彼女が―。

「愛奈さん。ちょっと失礼します」

 マーチは、愛奈の額に向けて水晶を当てた。

 水晶から一筋の光線が出てきて、愛奈の額に当たる。

 すると、愛奈の額から光属性の印が現れ、水晶には神の名前が(つづ)られた。

「正義の女神、アテナ・・・」

 マーチは、水晶に浮かび上がった名前を見て驚愕(きょうがく)した。

 一方、愛奈は、突然の事に軽く混乱していた。

「今の何?」

 愛奈が怪訝そうに自分の額をかいていると、マーチが腹部に飛び込んできた。

「感激です!まさか、最初にお会いできた神様がアテナ様だなんて!」

 愛奈は、自分の腹にすがりつくマーチを引き離した。

「アテナ様って、ギリシャ神話に出てくる有名な神様だよね?」

「はい!アテナ様はオリュンポス十二神の一人で、千年前の戦いでも、大きく貢献してくださいました」

 マーチはよっぽど嬉しいのか、部屋中を元気よく飛び回る。

 この様子が、何だか、餌をもらって喜ぶ犬のように見えた。

「それにしても、何で、そのアテナ様の意思が私に宿ってる訳?」

 愛奈の疑問に、浮ついていたマーチは思考を現実に戻し、真剣な面持ちである事を質問した。

「愛奈さん。昨日あたり、不思議な経験をしませんでしたか?」

「不思議な経験?うーん、あ、そうだ、昨日、ベランダで流れ星を見ていて―」

 流れ星が自分に当たりそうになった時、不思議な空間に迷い込み、そこに謎の光が現れ、謎の声と共に自分の体内に入ってきたのである。

「確か、その時、『悪と戦う』とか言ってたような・・・」

「それです!きっと、アテナ様が、愛奈さんを悪と戦う子どもの一人にお選びになられたのですよ!」

 マーチは、愛奈の人差指を両手で握った。

 マーチは目を輝かせるが、愛奈には現実離れした話で、あまり実感が湧かない。

「でも、アテナに選ばれたからと言っても、私、普通の女の子だよ?」

「そこは、大丈夫です!アテナ様が力を貸してくださいます」

 マーチが、愛奈の人差し指を握ったまま、ぐいっと身を乗り出す。

「それでも、私一人だけなのは心細いし、悪魔って何だか怖いじゃん」

 愛奈が躊躇(ためら)っていると、マーチが、真剣な眼差しで見つめてきた。

「愛奈さん。アテナ様があなたをお選びになられたと言う事は、あなたに何か大きな力が眠っておられる。あるいは、悪に打ち勝つような強い意志をお持ちになられている。神様は、常に全ての生き物を見守っておられます。そして、神様は、優しさと正義の心を持つ者を深く愛されるのです」

 マーチの言葉で、愛奈は、幼い頃、祖母に言われた事を思い出した。

 神様が、何か特別なプレゼントをくれるだろうと。

 そのプレゼントが、女神アテナに選ばれた自分が悪と戦う事なのだろうか?

「確かに、悪との戦いは、心身共にやられてしまうもの。時には、命に関わるような危険な戦いになる事だってあります。ですが、神に選ばれたと言う事は、あなたが悪との戦いに必要な人物である事。それと同じくして、この世界を守るのにあなたが必要だと言う事です」

 マーチに激励された愛奈の脳裏に、次々に、不安が浮かび上がった。

 もし、悪との戦いに、家族や友人を巻き込まれたら?

 もし、世界を守れなかったら?

 もし、自分が死んでしまったら?

 不安に押し潰されそうになるが、ふと、外から「カア」と言う鳴き声が聞こえた。

 ベランダの方を見ると、目の前の電柱で、数羽のカラスがこちらを凝視していた。

 一見普通のカラスだが、じっと、その目元を覗き込むと、瞳が鮮血のように赤く染まっていた。

 愛奈は、この異様な姿を見て、全身が震え上がった。

 本能で危険を察知する。

 このカラスたちは、ただのカラスじゃない!

「愛奈さん!逃げてください!」

 マーチが叫び、愛奈は狼狽(うろた)えながらも、部屋から出た。

「チッ、ばれちまったか」

 聞き覚えのない男の声が聞こえたが、それを気にしている暇はなかった。

「どうしたの?愛奈。さっきからうるさいんだけど」

 階下から覗き込んだゆかりが、糸が切れたかのようにその場に倒れた。

「お、お母さん?」

 愛奈は急いで駆け寄り、ゆかりを揺さぶるが反応しない。

「悪魔が人間界に出現している時は、人々は気を失ってしまうんです」

 後ろからついてきたマーチが説明してくれた。

 愛奈は、ゆかりを連れて行こうと身体を持ち上げようとするが、自分より背の高い母を上手く持ち上げられない。

 マーチは、悪魔にゆかりの存在は気づかれていないと思うので、そのままにしておいた方がいいと助言した。

 愛奈は後ろめたさを感じながらも、ゆかりの無事を願って、マーチと共に家を出た。

 

 家を出ると、目の前では異様な光景が広がっていた。

「あれ?さっきまでは晴れてたのに」

 空全体を雨雲のように厚く黒い雲が覆い、空気も四月にしては肌寒い。

 行く当てもないまま走っていると、道路の至る所で人々が気を失っていた。

「これも全部、悪魔たちの仕業です」

 マーチは、眉間に皺を寄せながら歯を食いしばった。

 突然、アスファルトの地面に三体の人影が映った。

 顔を上げてみると、全身青紫色の肌に覆われ、骨と皮しかない痩身の肉体、赤くて鋭い爪、糸のような目と、耳まで裂けた口を持つ悪魔たちがこちらを見下ろしていた。

「愛奈さん、もっと早く走ってください!」

「そうは言っても、私、運動は得意じゃないの!」

 愛奈は文句を言いながらも、自宅近くの小さな公園に逃げ込んだ。

 呼吸を整えていると、三体の悪魔がこちらに近づいてきた。

「人間どもが気絶してる中、お嬢ちゃんだけ、元気よく動き回ってるなんて不思議だな」

「おい。このお嬢ちゃんから神の意思を感じるぞ」

「しかも、よく見てみろよ。随分と可愛らしい顔をしてるじゃねーか!」

 興奮する悪魔たちを、愛奈は怯えながら見ていた。

「こんな所で、何をしているんだい?お嬢さん」

 背後、正確には、頭上から若い男の声が聞こえた。

 振り返ると、若い男が宙に浮いたまま、(さげす)んだ目で見下ろしていた。

 二十代と思われる背の高い青年で、夜空のように深い群青色の髪に目鼻立ちが整っているが、彼の殺気にも似たオーラから人間ではない事は察知できた。

「へえ。君、女神の意思を宿しているのか」

 男は、嘲笑(あざわら)うかのようにして言った。

「あなたは誰なの?」

 愛奈は(あご)を引き、見上げるような形で男を(にら)みつける。

「僕は、悪魔五大幹部の一人・ドアンゴ。悪魔の中でも、ずば抜けた頭脳を持つ男さ」

 ドアンゴと言う男は、舞台に立つスターのようにマントを(ひるがえ)した。

「ドアンゴ・・・」

「サターン様からのご命令で、他の四人と共にこの人間界を支配するようにと言われたんだが、他のやつらはただの足手まといに過ぎないし、何の力も持たない人間なんか、僕一人で十分なんだよね」

 ドアンゴは、やれやれと言う風に肩をすくめた。

「ねえ!あなたたち、悪魔の狙いは何なの!?」

 愛奈は、声を張り上げながら訊ねた。

「それは、もちろん。サターン様がこの世の全ての神となり、全ての生き物に、悲しみ、苦しみ、憎しみ、絶望しか味わえないようにするためさ」

 ドアンゴは大きく背中を反り、高らかに笑った。

 マーチは、そんなドアンゴを憎らしそうに睨んだ。

 すると、ドアンゴに自分の存在を気づかれた。

「おや?何でこんな所にヘブンの天使がいるんだい?ははー、さては、神霊箱を持ち出したのは君だな」

 ドアンゴの指摘に、マーチは絶句する。

「先ほど、ヘブンにいる手下から連絡をもらってね。宮殿から神霊箱が消え、それを背負った天使が、城を脱出するところを見たと。手下の一人が君を攻撃して、神霊箱を壊す事には成功したみたいだけど、君はどうやら無事だったみたいだね」

 ドアンゴの(しゃく)の触る話し方に、愛奈は強い怒りを覚え始めていた。

「神霊箱が壊れ、神々の意思が散らばったとしても、ヘブンの天使がいる事は、こちらにとっては不都合なんだよね」

 優雅な面持ちだったドアンゴの表情が豹変(ひょうへん)し、目と口をむき出しにした悪魔の笑みを浮かべた。

 ドアンゴは、掌に青黒い火の玉を出した。

「いでよ、デス・デビル!この世界に、漆黒の闇をもたらすのだ!」

 火の玉は宙に浮かび、膨れるようにして大きくなり、五メートルほどの高さの巨大な怪物に変わった。

 得体の知れない化け物に、愛奈は足がすくんだ。

「何?あの気持ち悪い化け物は?」

「あれはデス・デビルと言って、悪魔が出す巨大怪物です。デス・デビルは、物を破壊する事しか頭にありません。天使軍が、悪魔軍との戦いで苦戦したのも、このデス・デビルがいたからです」

 マーチは説明しながら、デス・デビルが、自分が住んでいた町を破壊している情景を思い出した。

「さあ、デス・デビル。あの小娘と天使を始末するのだ」

 ドアンゴに命じられたデス・デビルは、両腕を突き上げて雄叫びを上げた。

「愛奈さん。僕を置いて逃げてください」

 マーチがドアンゴたちを睨みつけたまま、愛奈に言った。

「え、でも・・・」

「愛奈さんでは、あの怪物には太刀打ちできません。僕があいつの気を引き付けるんで、愛奈さんは逃げてください」

 しかし、マスコットサイズのマーチでは、もっと太刀打ちできないと言う事は愛奈にもわかっていた。

「そうは言っても―」

「いいから、早く!」

 マーチに怒鳴られ、愛奈はその場から駆け出した。

 愛奈は、時々後ろを振り返りながら、マーチを案じた。

 マーチは肩に力を入れ、眉間に皺を寄せ、唇をきゅっと結び、ドアンゴ、デス・デビル、悪魔たちを睨んだ。

「何の力も持たない見習い天使が、僕たちに抵抗するなんて。ふん、面白い。まずは君からだ。行け、デス・デビル!」

 デス・デビルは、地面に拳を落とした。

 その衝撃が宙にまで走り、マーチは吹き飛ばされた。

「ああっ!」

 マーチが心配で、茂みから様子を見守っていた愛奈は声を上げた。

 地面に転がったマーチに、すかさず一体の悪魔が近づき、手で払うようにしてマーチを飛ばした。

「うわあっ!」

 マーチは、たちまち全身傷だらけになった。

 マーチは、片目を薄らと開けて様子を(うかが)う。

 三体の悪魔が不気味な笑みを浮かべながらこちらを見ていて、上空では、ドアンゴが、含み笑いで見下ろしていた。

「ふん。ちっこいのに、なかなかしぶといんだな。だけど、次の一撃で、君は確実に終わりだ」

 ドアンゴの言葉の語尾が、胸に重くのしかかった。

 デス・デビルは右肘を後ろに引き、その反動で拳を突いた。

 マーチは逃げ出したかったが、恐怖からか、それとも疲労からか羽に力が入らない。

(さようなら!)

 マーチは思い切り目を瞑り、顔をそむけた。

「やめて!」

 愛奈の悲鳴が聞こえたかと思うと、突然身体を掴まれた。

 ドアンゴたちも、何が起こったのかわからないらしく、目を大きく見開いたまま砂煙を見ていた。

 砂煙が消えて視界がはっきりしてくると、逃げたはずの愛奈がうつ伏せになって倒れていた。

 愛奈の手の中にいたマーチは、おそるおそる顔を上げた。

「マーチ。大丈夫?」

 愛奈は額に汗をかき、目を細めていた。

 マーチは愛奈が自分を助けた事に頭が混乱し、言葉が出なかった。

「ほう。人間の小娘が、天使を助けるなんて」

「助けて、当たり前でしょう?」

 嘲笑するドアンゴに、愛奈は強く言った。

「困ってる人がいたら助けてあげる。死んだおばあちゃんから言われたんだ。困ってる人がいたら助けてあげなさい。みんなには優しくしなさいって」

 愛奈は(ひざ)を抑えながら、ゆっくりと立ち上がった。

「助ける?人間どもが(うた)っている、馬鹿馬鹿しい美徳じゃないか」

「馬鹿馬鹿しくなんかない!」

 愛奈の反論に、ドアンゴは一瞬(ひる)んだ。

「確かに、人助けするのが恥ずかしい時や、自分にとっては、何の見返りにならない事だってある。それでも、相手が喜んでくれたり、少しでも自分が役に立ったなら、得なんかしなくてもいいの!」

 愛奈は顎を下に引き、挑むような形でドアンゴを睨みつけた。

 愛奈の全身から強い気を感じる。

 普通の人間には出せない、宇宙の全ての力を集めたかのような強靭(きょうじん)なものだ。

「何だ、この力は?」

 愛奈の身体から発せられる(まばゆ)い光に、ドアンゴたちの目が(くら)んだ。

「みんなを困らせる人は許せない。私が、人間界も、ヘブンも、あなたたちから守ってみせる!」

 光がさらに強くなる。

 それと同時に、マーチが持つ水晶が反応する。

「これって、まさか・・・」

 マーチは水晶を見つめ、全身の気を集中させる。

 風が吹き上がり、愛奈の髪がなびく。

 ふと、愛奈の十字架のネックレスが宙に浮かんだ。

「何?」

 ネックレスは水晶から出た光に当たると、その光に包まれてネックレスの部分が消え、やがて形を変えて、愛奈の掌に落ちた。

 拳ぐらいの大きさの金色の十字架で、中央には黄色いダイヤモンドが付いていた。

「おばあちゃんからもらったネックレスが」

「愛奈さん。これで、女神に変身してください」

 マーチに言われ、愛奈は目を(つむ)り、十字架を顔に近づけた。

(お願い、アテナ。私に力を貸して!)

 時間が止まったかのように、世界が静寂に包まれた。

『愛奈。喜んで、あなたに力を貸してあげましょう。あなたの優しさと純粋な心で、闇から光を取り戻すのです!』

 自分に宿るアテナの意思が言うと、自然と頭に変身の呪文が浮かび上がった。

(私が必ず!)

 愛奈は、十字架を握り直した。

 愛奈は変身するために光の空間へ移動し、タンクトップ型の白いワンピースに身を包んだ。

「マインド・デイファイケーション!」

 愛奈は十字架を前に突き出すと、額に光の印が現れた。

 愛奈の身体を黄色の光が包み、桃色を基調としたミニドレスに変化した。

 トップスはビスチェ、スカートはパニエで、裾がふんわりと広がっている。

 光の反射によって虹色に輝く、シアー素材の銀色のアームドレスに、桃色のリボンが付いた白のハーフブーツ。

 胸元と腰にはレースの白いリボンが飾られ、髪の毛には、レース付きのフラミンゴピンクと白を重ねたリボンが付けられた。

 腰に十字架を付け、変身が終わった。

「正義の女神アテナ!降臨!」

 地上に降り立ったアテナの姿に、マーチは感動のあまり涙を流し、ドアンゴたち悪魔は呆然としながら見ていた。

 アテナも、しげしげと自分の身体を眺める。

「わあ、可愛い!私、一度でもいいから、この格好してみたかったんだよねー」

 アテナは、アイドルのような格好に心が躍った。

 女神の力を借りているとは言え、彼女は、まだ中学一年生の女の子なのだ。

「浮かれている場合ですか!」

 マーチが、その場をぴょんぴょんと跳ねるアテナを突っ込んだ。

「そうだ。いくら女神に変身しても、このデス・デビルに敵うはずがない」

 ドアンゴが得意気に言うと、デス・デビルが、アテナに向かって拳を突っ込んできた。

 拳がぶつかりそうになった刹那(せつな)、アテナは地面を蹴って空高く飛び上がった。

 あまりの速さに、デス・デビルは焦る。

「嘘。何で、こんなに高く上がれるの?」

 アテナ自身も驚いているらしく、空から、地上にいるデス・デビルたちを眺めた。

「それに、何だか身体が軽くなったような気がする」

 地面に降り立ったアテナに、再びデス・デビルが攻撃するが、アテナは、どこ吹く風と軽い身のこなしでよけていく。

 アテナは地面を蹴り高く飛ぶと、デス・デビルの脳天にめがけてミサイルのように落ちた。

 柔らかいシリコンのような額が大きく窪み、後ろへとよろけた。

「これが、神様チルドレンの力なのか」

 ドアンゴは驚くと共に、歯を食いしばった。

「こんな事でくたばるではない、デス・デビル!天空界を思い出せ。天空界を火の海にしたように、ここも火の海にするのだ!」

 ドアンゴの台詞に、マーチの瞳に建物が崩壊し、紅蓮(ぐれん)の炎の中、逃げ惑うヘブンの人々の姿が浮かび上がった。

 デス・デビルは両腕を突き上げ、雄叫びを上げた。

 口を大きく開けたまま、口内に光線を溜めた。

「そんな事させない!」

 横からアテナが飛んできて、デス・デビルの左頬を蹴った。

 デス・デビルの顔は(ゆが)み、そのまま、崩れるようにして地面へ倒れた。

「な、何、やってる!?デス・デビル!」

 ドアンゴは空中で地団駄を踏み、デス・デビルは、頭の後ろをかきながら上半身を起こした。

「ええい!調子に乗るんじゃない!今は一人で十分だとしても、そのうち、君一人じゃ太刀打ちできなくなる!」

 ドアンゴは、両腕を広げながら空を(あお)ぐ。

「そうだよ!」

 アテナの叫びに、ドアンゴは固まる。

「今は私一人だけど、私には、あと百五十九人の仲間がいる!どこにいるかはわかんないけど、きっと、優しくて、純粋で、誰かを守りたいと思っているはず。だから、仲間が現れるまでは、あなたたちに負けていられない。マーチやヘブンの人たちのためにもヘブンを取り戻して、この世界を守ってみせる!」

「アテナ様・・・」

 マーチの瞳から一粒の雫が落ちた。

 ドアンゴは、歯を食いしばりながらアテナを睨んだ。

 アテナは決意した。

 腰に付いていた十字架を外し、背丈よりも高い(しゃく)へと変化させた。

「宇宙の全ての力よ、邪悪な力を打ち滅ぼせ!シャイニー・トルネード!!」

 錫の先から、桃色と金色が混じった細かい光の粒子が飛び出し、螺旋を描くようにしてデス・デビルを包み込んだ。

 螺旋が天高くまで伸びると、地面の底から湧いたような断末魔が響き、螺旋が消えると同時に、デス・デビルの姿も消えていた。

「憶えてろよ、神様チルドレン」

 ドアンゴは忌々(いまいま)しそうに吐き捨てると、悪魔たちと共に消えた。

 アテナは変身を解き、普通の人間の少女・愛奈に戻った。

 空を覆っていた雲は消えて青空が覗き、気を失っていた人々も、何事もなかったかのように意識を取り戻していった。


「さっき、愛奈さんが、百五十九の仲間とか言っていましたが」

 愛奈とマーチが自宅へと戻る途中、マーチが声を掛けた。

「それが、どうしたの?」

「百五十九の神々が揃うのが理想ですが、これほどの大人数を集めるのは、相当長い時間がかかります」

「そっか」

 言われてみれば、百も超える大人数を一人で集めるのは難しい。

「全員を集めるよりも、まずは、他のオリュンポス十二神を集める事に専念した方がいいと思います」

「あー。そういや、さっきも言ってたけど、オリュンポス十二神って何なの?」

「愛奈さんに、お力を貸してくださっているアテナ様も属する神様の集団で、神様の中では、トップ集団と言える存在です。わかりやすく言えば、内閣のようなものでしょうか?」

「じゃあ、私は、その偉い神様の一人から選ばれたって事?」

「そう言う事になりますね」

 愛奈を自信づけるかのように、マーチはしっかりと頷いた。

 他のオリュンポス十二神は、どんな面々がいるのだろう?

 他のメンバーを想像しようとした時、愛奈のお腹が鳴った。

「お腹、空いちゃった」

 愛奈は右手で腹部を抑え、左手で頭の後ろをかきながら、照れくさそうに笑った。

 その笑顔に、マーチも思わず噴き出した。

「早くおうちに帰って、ご飯を食べよう!」

「はい!」

 愛奈は、ジョギング感覚で足を速めた。

 それにマーチも続く。

「ところで、仮の姿とか言ってたけど、何でそうなったの?」

 愛奈は、悪魔の襲来で()けなかった質問をマーチに投げる。

 マーチは、人間や悪魔に気づかれないために、あえて小さい姿に変えられたのだと説明した。

「へえ。それって、自分の力で戻れたりしないの?」

「それが、わからないんですよ・・・」

 愛奈の質問に、マーチは肩を落とした。

「えっ?それって、かなり不味いんじゃないの?」

「そうは言われても、ミカエル様が僕に魔法をかけたんで―」

 言い争いになりながらも、楽しそうにはしゃぐ二人を、マリアは、城の地下にある井戸の水面を通して、微笑ましそうに見守っていた。

「わたくしたちが心配しなくても、きっと、マーチは、他の神様チルドレンを見つける事でしょう。」

 傍に控えている四大天使―ミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエルに声を掛ける。

 楽観的なマリアに対し、ミカエルたちは気難しい様子でいた。

「ただし、マーチはまだ子ども。神々の意思に導かれるのも、この世の(ことわり)を把握しきれていない子どもばかりです」

「それだからこそ、大人にはない力を秘めていたりするのです」

 マリアは、ミカエルに優しく微笑んだ後、視線を宙に移す。

(マーチ。最後まで諦めずに、残りの神様チルドレンも見つけてください。全ての神様チルドレンが揃えば悪に打ち勝ち、この世界は愛と希望、平和に包まれる事でしょう)

 マリアは、再び、人間界を映す水面に視線を落とす。

(いつか、あなたに会える事を楽しみにしていますよ。わたくしの“()()()()使()”)

 地上にいる愛奈とマーチは、ヘブンからマリアが見守っている事を知らずに道の真ん中でじゃれ合い、時々、通行人から不思議そうに見られた。

 

 神田川愛奈、もうすぐ十三歳になる少女。

 運命のいたずらなのか、宿命なのか、望まなくして女神アテナの意思に導かれ、悪と戦う事になってしまった。

 しかし、彼女は、生まれながらに持つ優しさと純粋さ、そして、誰かを守りたいと言う強い心のおかげで、これから、迫りくる悪と対峙する決意があった。

 オリュンポス十二神をはじめとする残りの百五十九の神様チルドレンは、どのような面々が集まるのだろう?

 性別や年齢、性格や特技、趣味、国籍なども違うかもしれない。

 それでも、愛奈は、彼らと『神様チルドレン』と言う枠組みを越えて、深い絆を築きたいと考えていた。

(みんなでヘブンを取り戻す。みんなで人間界を守る。みんなでこの世界を平和にする)

 愛奈は、ぼんやりと夢心地な気分でそんな事を考えた。

 悪との戦い。

 愛奈にとって、神様チルドレンが全員揃えば、たいしたものじゃないだろうと考えていたが、その考えとは裏腹に、想像を上回る厳しい戦いが待ち受けているのであった。


次回予告

2話『あの子と友達。愛の女神ヘラ誕生!』


 神様チルドレンの中心的存在『オリュンポス十二神』の一柱である正義の女神アテナに変身し、悪魔たちと戦う事に決めた神田川愛奈。そんな彼女は中学1年生になり、大好きだった父方の祖母の母校である『聖ルーチェ学園中等部』に入学する。同じクラスに、幼馴染の阿久勝利がいる事に驚く愛奈だが、クラスメートと仲良くなろうと積極的にコミュニケーションを取る事にする。ところが、隣の席の女子生徒・平野結は、人を寄せ付けないようなオーラを放っていて―?

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